1話 道徳診断
「今日は朝から道徳診断かー。やだなー私あれ本当に苦手なのよねー」
「そうか?でも優子はいつも診断結果いいじゃん」
「結果はいいんだけどさ。診断で毎回見せられる映像とかホントだめでさ。しばらく立ち直れないかもーってくらい落ち込むのよねー」
「そっか。この前の診断の後はしばらく学校休んでたもんな」
学校では定期的に道徳診断が行われる。診断結果が悪いと精神病院への通院が強制され、場合によっては入院もありえる。
「輝くんは道徳診断、全然平気そうだよね?うらやましー」
「全然平気ってわけでもないよ。それに俺の診断判定は優子ほどよくないから、受けられるカリキュラムも制限されてるし。むしろうらやましいのはこっちなくらいだよ」
道徳診断の結果が良いと、より高度な超能力の開発カリキュラムを受けることができるようになる。よりモラルのある人間が、より強い力を持つことが許されるのだ。
「とはいってもなー。あの映像だけはホント勘弁⋯⋯」
「まあ逆に言えば、インモラルなことに嫌悪感が強いからこそ優子の診断は良いんだとも思うけどね」
「でもほら、笑知花とかは道徳診断も平気そうなのに診断結果も良くて、超能力の成績もトップでしょ?おまけにかわいいし。あんな子と幼馴染なんて輝くんは幸せ者ですなー」
「まああいつは異常なだけだよ。あんなに粗暴な奴が道徳診断S判定なんて、信じらんねーな」
「誰が粗暴ですって?」
輝の頭に後ろからゲンコツが振り下ろされる。振り返ると眉間をピクピクさせながら不敵な笑みを浮かべた少女がいた。
「イテッ!⋯⋯ゲッ、笑知花!」
「ゲッ、じゃないわよ!」
笑知花は再びゲンコツを振りかぶる。
「ちょっ、ちょっとストップ!!ほら、これから道徳診断だしさ、こんなに俺のこと殴ったら診断結果悪くなるって!だからストップ!!」
「まあ私くらいになればちょっと殴ったらところで道徳診断なんて余裕だけどね。よし、というわけでもう一発いくわよー」
「ちょっ!ちょっとタンマ!!」
笑知花がゲンコツを振り降ろしかけると、教卓から先生の声がした。
「おーい、そこのお二人さん、朝から仲良しそうでなによりだがホームルームはじめるぞ。二人とも席につけー」
「別に仲良くなんてありませーん」
笑知花はふてくされた顔で、しぶしぶ自分の席に戻る。
そして、先生はいつもの通り、名前順で出席をとり、連絡事項のアナウンスをする。
「連絡としては⋯⋯みんなも知っての通りで今日は道徳診断の日だ。ギリギリまでしっかりとコンディションを整えるように。それと、あともう一点。最近この辺りでボヤ騒ぎが多いみたいなので、気をつけるようにしてください。水流系の能力を持つ者は消防隊から協力依頼があるかもしれないので、その際は積極的に参加すると課外活動になって良いと思います⋯⋯。はい、じゃあ今日の朝礼はこんな感じで」
朝の事務連絡が終わると1時間目の道徳診断がはじまる。出席番号順に一人一人が個室に呼ばれ、検診を受けることになる。自分が呼ばれるまでは自由時間なので、だいぶ教室はガヤガヤしている。
診断内容はごく簡単だ。はじめに自分の超能力についていくつか簡単な質問がされる。能力の制御や発動の調子や自分の能力について気づいた点などだ。
次の質問は自分の能力が社会的にどんな意義があるかについて聞かれる。たいていの人は毎度お馴染みのテンプレ気味な答えがあるのでそれを答えるだけでいい。いかに自分は個性的で、いかに社会貢献できるかを熱弁する。
そして最後に自分の能力が悪用されたとしたらどんなことが起こりうるかについて議論させられる。その中で優子の言っていた例の映像が見せられる訳だが、その映像は実際に自分の能力が悪用された際のシミュレーション映像が自動生成されて流される。
これを見ている際の動悸や呼吸、表情などをデータ化し、システムでメンタルへの負荷を算出する。その数値が一定以上高ければ、暴力行為を忌避できるモラルの持ち主として評価され、合格となる。
メンタルの負荷が高ければ、よりレベルの高い能力開発のカリキュラムが受講可能となるので、嫌な思いをしつつも嫌悪的な自己イメージと向き合う。
もちろん精神に負荷をかけるわけだからこのタイミングで気分を悪くしたり、体調がすぐれなくなる生徒も多い。場合によっては気絶したりすることもある。ただ、これは正常な反応で、むしろ自分の能力が悪用された際のシミュレーションを見て、あまりにも気持ちに変化がない場合、モラルが欠如されているとみなされ、道徳疾患症と診断される。とはいえモラルが極度に発達したこのご時世に、診断で引っかかる人なんてほとんどいない。
しかし、そんなご時世であるにもかかわらず、輝は明らかに道徳疾患を患っていた。自分の能力で誰かを殺める様子を想像したところで、全く動揺しないような気質の持ち主である。
本来ならば精神病送りになるところだが、これまでの道徳診断はちょっとしたズルでクリアしてきた。
「輝、そろそろあんたの道徳診断よね。あっち行きましょう」
笑知花が僕の方にやってきて声をかけてきた。彼女はそのズルの共犯者である。
「うん、そうだね。行こうか」
笑知花と一緒に廊下に出て、教室の隣にある資料準備室に入った。この部屋はほとんど使われることはない。準備室というのは名ばかりで実際のところ、ただの倉庫といってもいいだろう。
「いいわね。やるわよ」
「悪いな。助かる」
「何言ってんのよ。いつものことでしょ」
「だな⋯⋯よろしく頼む」
「じゃあ、早く目瞑って⋯⋯」
「うん⋯⋯」
笑知花は輝の耳元に口を近づける。