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閑話・錯綜

日々閲覧、ブックマーク、ありがとうございます。

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「どうしてた?」

「大丈夫よ。ぐっすり眠ってる。それにツツジがいるから、心配しなくてもいいわよ」


つばきが、盆に徳利を乗せて座敷に入って来た。その言葉を聞いて、止水は安心したように息を吐くと、手にしていた猪口の酒を一気に流し込んだ。


つばきはその傍らに座り込むと、持って来た徳利を止水の空になった猪口に酒を注いだ。止水も別の徳利を手にして、つばきが手にした猪口に注ぎ返す。


二人はしばらく無言のまま、開け放った座敷の明かりを受けてうっすらと浮かび上がる中庭を眺めながら数杯呑み交わした。

今夜は新月だった。屋根に四角く切り取られた夜空と、背の高い木立の影が同じ色に溶け合っていた。


「あいつ…大丈夫かな」

「こればっかりは、あたし達にはどうすることも出来ないわよ。手助けは出来ても、心は自分でどうにかしてもらわないと」


いきなり見知らぬ世界に放り込まれたら、混乱しない人間はまず居ない。今回やって来てしまった鈴華は、まだ十代の少女だった。恐慌状態になって泣き叫んだり、暴れられたりしてもおかしくはなかった。だが彼女は予想以上に聞き分けがよく、妙に恐縮していた。怖がっていると言うより、まるで自分が迷惑をかけてしまったかのような態度だった。

帯刀の説明も驚く程すんなりと受け止めて、理解もしているようだった。言葉遣いや態度も丁寧で、きちんとした教育を受けて来ていることは容易に想像がつく。言葉はあまり多くなく、聞かれたことに答えることにほぼ終始していたが、色々と思考しているのだろう。その目には多くの感情が浮かんでは消えを繰り返し、忙しなく動いていていた。


しかし、落ち着いて見えても我慢はしていたのだろう。一旦感情が吹き出すと、鈴華は堰を切ったように泣きじゃくっていた。そしてそのまま泣き疲れて眠ってしまったのだった。


「そうなんだけどさ…」


帯刀に抱きかかえられて奥の間に連れて行かれる時も、鈴華は目を覚まさなかった。姿が見えなくなる直前にチラリと見えた閉じられた瞼は、何度も泣き止もうとして擦ってしまった為に赤く腫れぼったくなってしまっていた。そのことを思い出して、止水はつい渋い顔になった。


「まあ取りあえず、アンタが鈴華に怯えられなくて良かったわ」

「う…それにつきましては、大変反省シテオリマス…」


綻びから妖が侵入して来た際、それを感知する能力者から妖を打ち払えることが出来る能力者へ通報が入る。止水はそれを受けてその場所へ赴いたのだが、聞いていた情報よりもはるかに多い妖が、牛車に似た箱を率いていたのだ。しかし、止水はむしろ自分が不利な状況になればなるほど楽しくなってしまう困った性分だった。

更に牛車の中に囚われているらしい少女を見付けてしまい、彼女を小脇に抱えながら戦うという局面に、嬉しくてうっかりタカが外れた。


結果、鈴華を抱えたまま問答無用で大立ち回りを行い、帯刀とつばきが駆け付けた時には、気を失っている少女を抱えた血まみれの誘拐殺人鬼にしか見えない様相の止水が出来上がっていたのだった。


その姿を見た瞬間、止水はつばきにお説教をくらったのは言うまでもなかった。


「鈴華のヤツ、やっぱ隠形の巫女になんのかな…」

「そりゃそうでしょ。いくら異なる世界から来てるからって、あの髪色と目の色、それに何より()()()()。本人は無自覚みたいだけど」

「だよなあ。その割には帯刀の旦那、何にも説明してなかったよな」

「いっぺんに説明しても混乱するでしょ。どうせ近いうちにお(かみ)から直々のお沙汰があるわよ。その時にでも言うつもりじゃないの?」

鈴華(アイツ)もツイてねえな。隠形の巫女なんて苦労背負い込まされて」


溜息をつきながら止水は手酌で酒を注ぐと、一気に猪口を呷る。露になった目立つ喉仏が、嚥下に合わせてゴロリと蠢いた。


「その苦労を負担に思わせないように、あたし達が見てあげればいいのよ。しばらくは赤華寺で面倒見ることになるんだし」

「そうだな」

「止水ももっと優しくしてあげなさいよ」

「俺は何時でも優しいよ!」


少し酔いが回ったのか、いつもよりも陽気な様子のつばきにこめかみの辺りを突つかれて、止水は言い返しながらそれを避ける。それが何故か面白かったらしく、つばきはにじり寄りながら嫌がる止水を何度も突ついて遊んでいた。




☆★☆




「随分楽しそうだな」

「帯刀様。お役目お疲れさまです」


鈴華のことを奉行所に報告しに行った帯刀が戻って来た。


「いかがでした?」

「まあ…だいたい予想通り、かな」


ニコニコと笑いながらつばきが差し出した座布団に座る。その笑顔は一見するといつも通りに見えるが、帯刀と付き合いの長い二人には大変恐ろしく映った。奉行所で色々腹に据えかねることがあったのは察しがつく。


「当面、鈴華は赤華寺預かりになった。安全面を考慮して、しばらくは寺から出さないようにとのお達しだ」

「隠形の巫女の就任についてはいかがでした?」

「例外はない。近いうちに沙汰が下りるだろう。早急に能力と人柄を検分せよ、とのお奉行直々の言葉だ。そしてありがたくもそのお役目を私が仰せつかったさ」


一瞬だったが、帯刀の眉間に皺が寄る。つばきがそれを目敏く確認して、先程までほろ酔い加減だったのが一気に醒めた。こういう表情の時の帯刀は相当に機嫌が悪い。八つ当たりをされることはないのは分かっているが、触らぬ神に祟りなし、というのは経験上知っていた。


「帯刀の旦那が検分って…それって鈴華をいいように言いくるめろ、ってことじゃないですか」

「そういうことだ。ついでに、貴重な隠形の巫女だから、あちらに帰すことも諦めさせるように、とな」

「……嫌な方向に予想通りでしたね」


黒髪、黒い目を持った隠形の巫女は希少な能力者である為、鈴華がたとえこの世界の者でなくても幕府が囲い込もうとすることは予想していた。そして、見知らぬ世界に来て心細い思いをしているであろう彼女を、人当たりのいい帯刀に懐かせていいように利用させることも想定内だった。


「どうせ()()()にすぐに見つかって面倒なことになるのが何故分からないのか」

「全くです…」

「どうすんです?帯刀の旦那」

「どうもしないさ。お奉行には庵主様にせいぜい絞られてもらうよ」


三人は、申し合わせたように揃って溜息を吐いたのだった。




☆★☆




「これからどうしましょうか」

「取りあえず、お奉行の命に従うこととして鈴華の検分をするさ。言葉も問題ない上に、どうやらこちらと近い文化のところのようだからね。色々と話を聞くのが楽しみだよ」

「それ…完全に帯刀様の趣味ですよね…」


帯刀の趣味は読書だ。読書と言うより、知識を得ることを何より好んでいた。おそらく鈴華の話を聞きたかったのだろう。


「お奉行はあっちにシメてもらうとして、鈴華の周辺はどうすんだよ。俺やつばき姐さんがいつも張り付いてるのは無理だろ」

「それは『夕顔』に依頼済みだ。あの男なら上手く立ち回るだろう」

「それ…別の意味で鈴華ちゃんが心配なんですけど?」

「そこは彩椿尼がシメておいてくれ」

「簡単におっしゃいますね」


三人は、夜更けまで鈴華の今後について話し合っていた。

不確かなことも多く、これから鈴華に関わろうとする厄介ごとも予測されるが、何があっても必ず元の世界に帰すことだけは全員一致していた。



これで第一章の世界観説明編は終わりです。

まだちょっと説明してない設定もありますが、話の中で少しずつ出して行く予定。


次章からは、日常ほのぼの多めで行きたいです…

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