七・ご都合設定万歳
「鈴華、貴女が一番気になっているであろうことを話してもいいかな」
帯刀さんがスッと居住まいを正した。かまいたちの毛並みを堪能しながらも、私は一瞬にして空気が変わったのを感じ取った。
「不幸にも君の意志とは関係なくこちらの世界に来てしまった訳だが…」
「帰れないんですね?」
相手が一瞬言い淀んだ隙に、私は言い放った。そう、なるべくあっさりと。出来るだけドライに聞こえるように。
ほら、だって。こういう異世界転移って、巻き込まれた人は帰れないのがセオリーでしょ。知ってるんだから。最初から、ここが異世界って気付いた時から、分かってたことだから。
「鈴華…」
止水さんの、苦いものが混じったような声。
多分、いちいちカッコ付けて来る止水さんにあった違和感はこれなんだと思う。
きっと、いきなり全然知らない世界に放り込まれた挙句、妖に遭遇するわ、帰れないわじゃ私が泣き出すと心配してくれたんだ。だから、少しでも私の気を軽くしようとしてたんだよね。正直、方向性間違ってたけどね。
うん。でもまあ、心配してくれるのはありがたいよ。大丈夫。私はこれでも結構図太いよ。
「帰れますよ」
「…へ?」
グッとお腹に力を入れて笑顔を作ろうとした私に、あっさりと帯刀さんは返して来た。
「いつ、とは確約出来ない。でも、必ず帰しますよ」
「そうだぞ。俺らが何とかしてやるって」
「それまではあたし達が面倒見るから。安心して」
優しく微笑む帯刀さん。頭をくしゃくしゃと撫で回す止水さん。ぎゅうぎゅう抱きしめて来るつばきさん。
…これはもう、反則だよね。
いつも存在感が薄くてほったらかしにされていることに慣れていた私は、家族以外にこんなにも心配されたことは初めてだった。
だから。
だから、ほんのちょっとだけ泣けてしまったのは、仕方ないことだと思うんだ。
☆★☆
「奉行所には綻びを感知する能力者もいるので、鈴華がいた世界に繋がったかどうかを見張るように手配をしておこう」
「何から何までお手数お掛けします…」
「いや、こればかりは待つことしかできないからね」
世界を隔てているはずの壁が繋がってしまう綻びは、いわば自然現象のようなものらしく、何時何処で、どの世界に繋がる綻びが発生するかは予測出来ないそうだ。ただ最近は、発生する直前に大体の場所は分かるようになって来たらしい。あれか、地震速報みたいなものだ。
かつて、わざと陰の気と陽の気のバランスを崩して人為的に綻びを発生させようとした学者がいたらしいけど、結構な大惨事を起こして以来禁止されているとか。
だから帰る為には、もう一度私のいた世界に繋がる綻びが発生するのをひたすら待つしかないのだ。一応、綻びは時間軸のずれは生じないと言われているので、帰ったはいいけどすごい過去とか未来とかに飛ばされることはないのは不幸中の幸い。…だと思うことにする。
この世界は、ざっくりと聞いた感じだと江戸時代に近い気がする。正式タイトルは分からないけど「大江戸なんちゃら」だしね。
でも実際の江戸時代とは違って鎖国はしてない。なんて言うか、明治維新を迎えずに西洋化主義にもならず、そのまま日本の文化を進歩させて行った感じ?とは言え異国の文化も便利だから取り入れているところもあって、庶民は行灯だけど裕福な商人街辺りではガス灯を見ることだって出来る。更にお城の一部では発電機もあって、実用化に向けて研究されているらしい。ゲームの設定だからかな。おかげで生活面はそこまで不便さを感じずに済んでいる。ご都合設定万歳。
言葉も文字も分かるし、住むところや生活面はつばきさんのところでお世話になっているし、帯刀さんも色々便宜を図ってくれる。止水さんは…なんか励ましてくれる。
「鈴華ちゃん、ご飯の支度、手伝ってくれるー?」
「はぁーい!今日も美味しそうですね!」
「今日は鈴華さんの摘んで来てくれたツクシの卵とじですよー」
この赤華寺には、つばきさんの他に、見習い尼僧のツツジちゃんとサクラちゃんがいる。
二人とも私より年下だけど、何にも出来ない私の面倒を随分見てくれた。おかげで、最近は自分で着物が着られるようになったのだ。
ここに来てひと月が過ぎた。
最初は、家族に会いたくてこっそり落ち込んだりもしていたけれど、その度に何故かバレて、つばきさんや止水さん、帯刀さん達がめちゃくちゃ甘やかしてくれた。一歩間違えば路頭に迷うどころか、妖のお弁当になるところだった私だ。それが、こんなにも恵まれた環境に置いてもらっている。
私は相当ツイてる方じゃないかな。
だから、もう不安に思うことは止めよう。腹を据えてここの生活を頑張って、帰れる日を待とう。
「いただきます!」
私は両手を合わせて、ご機嫌に炊きたてのご飯を頬張るのだった。
次の閑話で世界観紹介編は終わりです。
次からはほのぼの日常と、まだ登場していないメインの人物を出していきたいと思います。




