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五・亀と蟹じゃ、攻撃力が違うよね


お風呂から上がって、用意してもらった着物をツツジちゃんに着付けて貰った。今年の夏に自力で浴衣は着てたけど、簡単マジックテープ仕様のやつだ。ちゃんとした着物は無理。

着せてもらった着物は、紺色のさらりとした生地に小さな赤い花が散っている。山吹色の帯にも似た赤い花が刺繍してあってすごく可愛い。


着付けが終わった頃にタイミング良くつばきさんが顔を出して、私は百済さんと藤波さんの待っている座敷に通された。


「よう、綺麗になったじゃねぇか」

座敷に面した中庭に降りて煙管を吹かしていた藤波さんが、いち早く私に気付いてそう声を掛けて来る。


き、綺麗ですと!?

いやいやいや、さっき血まみれだった姿がキレイになったってことですよね!


分かっていてもあまり言われ慣れない言葉を掛けられて、つい頬が熱くなる。初対面の時は状況が状況だけに意識してなかったが、藤波さんも結構なイケメンだ。さすがゲームのメインキャラ。確か恋愛シミュレーションだったから、きっと攻略対象というやつだ。そうに違いない。


「気分は悪くありませんか?」


百済さんがにこやかに座布団を勧めてくれる。

私は素直にそこに座って、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます。おかげさまでサッパリしました」

「それは良かった。では早速色々話を聞いてもいいですか?」

「はい…何だかよく分からないことだらけですが…」

「今、答えられるだけで充分ですよ。本来ならもっと落ち着くまで待って日を改めるべきですが…大変申し訳ありません」

「あ、いえ、トンデモゴザイマセン」


百済さんが私に向かって頭を下げる。大人なのに、こんな胡散臭い小娘に丁寧に接してくれる。優しいなあ…ありがたい。きっと百済さんも攻略対象だ。間違いない。


調書的なものでも書くのか、百済さんは小さな文机の前に座る。その上には硯と筆が置かれていた。おお、習字セットなんて小学生以来だ。

確か世界観は和風だったはずだから、割と馴染みのものが多いのかもしれない。姉の話ではタイトルは「大江戸なんちゃら」だったし、時代劇っぽいと思えば…時代劇というと、45分くらいに印籠出したり桜吹雪の入れ墨見せつけたりするのくらいしか知らないけど。


筆を手渡されて、自分の名前を書くように言われる。毛筆なんてこっちも小学生以来…

情けないほどヘロヘロな字を書く。あまり手元を見ないでいただきたい。


「鈴華…こういう字を書くんだね」


無事に読めたようですね。和風世界観、ありがたや。

百済さんは、自己紹介がてらサラサラと三人の名前を書き付けて見せてくれた。おお達筆。

思ったよりも崩し字ではないことに安心した。これなら何か読み物があっても大丈夫そう。




☆★☆




まず、お互いに自己紹介をし合った。


百済帯刀(くだらたてわき)さん。本人のリクエストにより百済さん改め帯刀さん。大江戸奉行所の第五同心頭。お役人さん。地域の平和と安全の為に働くお巡りさん…みたいな認識でいいらしい。地区によって担当が分けられていて、帯刀さんは八つあるうちの地区の一つを担当している役人を束ねている…とのこと。部隊長的なもの?なのかな。どのくらい偉いのかは分からないけど、多分偉い。仕事ができそうな気配がすごくする。

濃い緑色のふわふわした癖のある髪に、薄い茶色の目。シュッとした和顔イケメン。かなり長身だけど、細くもなく太くもない均整の取れた体形で、雰囲気が柔らかくて威圧感はない。


藤波止水(ふじなみしすい)さん。本人の以下略…止水さん。本人曰く、浪人。でも帯刀さんの元で働いているらしい。役人ではないと本人は主張してたけど、その差は分からん。

紺色のモジャモジャヘアを強引に束ねていて、淡い青の目。細くて骨張った少し面長な顔立ちだけど、大変整っている。よくつばきさんに馬扱いされていたので馬系イケメンか。真顔になると少し強面に見えるけど、話してみると気さくな感じで、笑うと途端に無邪気になる。なるほど、ギャップ萌え路線ね。他の二人からの扱いを見ていると、多分一番年下。

そして体形は、ご飯食べてる?と問詰めたくなるくらい痩せ形。細い、通り越して薄い。肉を食え。


彩椿尼(さいしゅんに)こと、つばきさん。尼さんでありながらけしからんファビュラスボディの妖艶美女。この赤華寺で二番目に偉い人らしい。一番偉い人は滅多に顔を見せないので、実質トップ。つばきさんも帯刀さんの元で仕事を請け負っているとのことだ。

赤みの強い紫の髪を隙なく結い上げていて、白い項が眩し…いや、そのつい。金色の目にぽってりした唇がとってもセクシー。

でも性格はかなり世話好きなお母さん体質なよう。何かあるごとに色々と私のことを気遣ってくれる。ちなみに、途中から正座が辛くなったのをいち早く察知してくれて、縁側に腰掛けるように移動させてくれた。助かった。


確かゲームのパッケージイラストにはもっと人数がいたので、きっとこの世界のどこかにはいるんだろう。会えるとは限らないし、私が気付くかも怪しいな。ああ、ちょっとでもプレイしとけばもう少しこの世界のことについて理解出来たのになあ…


「鈴華、今の段階では確定とは言えないけれど、おそらく君はこことは違う場所…()()()()()と言うべきかな。そこから来たのだと推測出来る」


ふおおおぉぉぉ!?いきなり異世界転移肯定??


私のしどろもどろな自己紹介を静かに聞いていた帯刀さんが、衝撃発言をして来た。


え?こういうのって、巻き込まれた人は異常者とか思われたりするから秘密にしてるとかのパターンじゃないの?




☆★☆




「どこから説明したらいいかな。鈴華は、御伽噺などで住んでいるところとは別の、夢のような場所に行った話は聞いたことはないかな。うーん…『浦島太郎』とかは聞いたことあるかな」

「あ!ありますあります!助けた亀に連れられて竜宮城に行くやつ…」

「亀ぇ!?」


帯刀さんが考えながら口にした単語が、まさかの浦島太郎。異世界で思わぬ共通点が!

私が答えた瞬間、止水さんが素っ頓狂な声を上げた。え?亀に何か問題でも?


「亀って、どうすんだよ。竜宮城に行くまでに無事じゃ済まねえだろうが」

「は?無事ってなんですか?」

「止水。話が進まないだろう。ええとね、我々が知っている浦島太郎は蟹とともに鮫を退治しながら、竜宮城に閉じ込められた乙姫を救いに行くという話なんだよ」


何だその冒険ファンタジーみたいな浦島太郎は。楽しそうだな。


「私の知ってる浦島太郎は、亀を助けたお礼に竜宮城に招待されるお話なんですが」

「その辺りの差異は大変興味深いな…いや、話が進まないので、それは今度ゆっくり聞かせてもらおうか」

「はあ…」


私も聞きたいけどな。今はこの世界を理解する方が先。


「仔細はともかく、主人公がそうやって違う世界に行ったり、不可思議な力を持つ者が突如現れたり…そういう御伽噺や伝説などは君のいたところにもあったようだね」

「はい、ありました」

「そういった現象は昔から世界各地にあってね。今はそれの大半は此処ではない『異なる世界』と繋がったからだとされている」


帯刀さんはそこまで言って、止水さんに視線を向けた。それに釣られて目を向けると、中庭の中央に止水さんが立っていて、片手に薪を持っていた。

そして一瞬、こちらに向けてニヤリと得意気に笑うと、薪を空中に投げ上げた。


その先は、何が起こっているかサッパリ分からなかった。


何かキラリとしたものが二、三回閃いたかと思ったら、カチリと金属の触れ合うような音が聞こえた。

そして、投げられた薪が地面に落ちた瞬間、バラリと何枚もの輪切りになっていた。


「ふぁ…」


え?今、何が起こった?


気が付いたら口が開いてたよ。

そんな私の様子を見て、止水さんがすごいドヤ顔しながら輪切りにした薪の一枚を拾い上げ、帯刀さんに向けて放り投げて寄越した。何だ、そのいちいち絵になるポージングは。確かにカッコいいんだけど…何か…何かだよ!


「相変わらず刀馬鹿ねえ」

「姐さん、もう少し言い方があるんじゃねえの」


つばきさんにそう言われて、さっきまでのドヤ顔がたちまちヘニャリとした情けない顔になる。うん、そっちの方がイイな。カッコ付けてる時は、何となく無理してるっていうか…そんな印象を受ける。


「止水は刀だけは天下一品だからね。刀以外はてんでなってないけど」

「だけって…」


どうやら、止水さんは居合い?みたいなのを披露したらしい。全く見えなかったけど。一瞬にして太めの薪をお刺身みたいにスライスしてしまうのだから、とんでもない腕前なんだろう。


「次は、この世界の成り立ちの話をしようか」


スライスされた薪を目の前に置いて、帯刀さんはその断面にスルリと指を走らせた。




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