五・無駄に美形は怒らせてはいけない
「巫女様、わざわざお越しいただきありがとうございます」
今日は浅井堂に使用用途不明の品物の鑑定をする為に訪れたのだけど、訪ねるなり下にも置かないおもてなしっぷりに私は内心ちょっと引いていた。確かこの訪問は、隠形の巫女としてではなく、帰国子女が個人的に翻訳のお仕事を頼まれた…態だった筈。でもこの歓迎の様子は、明らかにそれとは違うものを感じる。何でこうなった。
「何でこんなことになってるんでしょう?」
「さあ?オレも分かんない」
客間に通されて、見るからに高級そうなお茶とお菓子を提供される。案内してくれた人が「ただ今主人を呼んで参ります」と去ってから被っていた被布を外したが、ここに来るまでに何人にも「巫女様」と呼ばれていたから、あまり隠す必要はない気がする。
一緒に来た夕顔さんに訊ねてはみたものの、相変わらず飄々とした様子で嬉しそうにお菓子を頬張っていた。
「ここ少し肌寒くありませんか?」
「んーそのうち大丈夫になると思うよ?」
「それって?」
夕顔さんが小さな声で「ここにうっすらかかってる呪詛だね」と教えてくれた。一瞬、何か霊的なものでゾクッとするものかと思ったのだけど、実質的に気温が低くなっているらしい。これ、夏場なら呪詛ってよりはありがたいサービスなんじゃないだろうか。冬場にしたら地味な嫌がらせかもしれないけど。
「大変お待たせ致しました、巫女様。私、浅井堂主の浅井栄宗と申します」
「この度はご足労いただきありがとうございます」
加奈さんと一緒に入って来たこの栄宗さんが加奈さんの父親らしい。薄い色の金髪に緑の目で、加奈さんと似た色合いで何だかとても落ち着く組み合わせだ。大分この世界にも慣れて来たけど、やはり見慣れない色の髪と目はまだちょっとだけビックリする。少々細身で神経質そうな印象だけど、さすがに商売を営んでいるだけあって物腰は柔らかい。
「この度は、巫女が関わることは内密にとお願いしておりましたが?」
「ええ、そのつもりでしたが、なにぶん人の口に戸は立てられませんで…いいえ、誰かに聞かれましたらそこは違うとお答えしていたのですよ」
いつもの気の抜ける口調とはがらりと変わって、夕顔さんは栄宗さんに剣呑な視線を向ける。時々だけど夕顔さんはこうして全然違う顔を見せることがある。栄宗さんの後ろに控えていた加奈さんがビクリと肩を竦ませて俯いてしまった。申し訳ない気持ちになったけど、最初から巫女の身分は内密にして欲しいと頼んでいたので、来てみたら従業員全員に知れ渡ってるというのはやはり問題がある。しかし、そんな夕顔さんの様子にも全く動じた様子は無く、栄宗さんは涼しい顔をしている。
「それではこの話はなかったことに…」
「ゆ、夕顔さん!」
しばらく睨み合うような形になった後、夕顔さんはとびきり綺麗な笑顔でそう告げ、スッと立ち上がった。あまりにもあっさりと言い放ったので私の方が焦ってしまう。
「今、店の者を目付方に走らせております。別の用件で訪ねて来られた巫女様が、たまたま呪詛を発見して、その場で祓っていただけることになった、と」
「そうですか。当方預かりの巫女様は心優しい方ですからね。見逃せなかったのですよ」
栄宗さんの言葉に一瞬だけ夕顔さんの眉間に皺が刻まれたが、何事もなかったように薄く笑い顔を作ると、再び座布団の上に腰を下ろした。何なんだ、この腹黒い感じのやり取りは。
栄宗さんの後ろに控えている加奈さんと目が合ったら、視線で必死に謝罪しているのが伝わって来た。うん、気まずいよね、この空間。
目付方とは、隠形の巫女に気のバランスを整えてもらったりお祓い的なことを依頼する窓口みたいな部署だ。そこを通すということは色々な手続きが必要となる筈なんだけど、完全に事後承諾でショートカットしたってことか。特に私の場合無自覚の自動調整機能付きだもんね。
あれ?でもその場合って、むしろ目付方通さずに黙ってた方が無料になるんじゃないかな。自主的に来て、勝手に呪詛解いて帰った、って態で行くことになってた筈だし…わざわざ公にすることに意味があるってこと?
「それでは、蔵にご案内致します」
色々と疑問符が浮かんではいるけど、まずは本来の目的を済ませてしまおう。
栄宗さんに促されて、私と夕顔さんは店の奥にある蔵へと案内されたのだった。
☆★☆
蔵の中は、更にひんやりとしていて少し寒いくらいだった。壁に取り付けられたランタンのようなものに灯りを点すと、ふんわりとしたオレンジの光で中が照らされ視覚的に温かくなったような気がして少しだけホッとした。
周囲を眺めると特に埃が積もった様子もなく、整理整頓されていてイメージしていた蔵とは随分違っていた。大体一抱えくらいの木箱が棚に並んでいて取り出しやすく、人が行き来可能なスペースも確保されている。蔵というよりも図書館の方がイメージに近い感じだ。
「ええと…どちらを確認すればいいんでしょうか?」
「こちらと、隣の蔵になります」
「結構ありますね…」
詰め込んでない分多く見える気がするだけ…と自分に言い聞かせたけど、明らかに蔵一つでも結構な量だったよ!それが二つか!
「今日見られるだけでいいよー。それで目的は終わるし」
「え?でも…」
「今日は巫女のお仕事。でしょ?」
本来は、商品の鑑定をする目的で来て呪詛を解くのはあくまでもついで、と最初から浅井堂と取り決めてあると聞いていた。しかし実際来てみたら、巫女が呪詛を解きに来たことがメイン扱いになってしまっていた。どっちにしろやることは同じなんだけど、夕顔さんからすると色々不満なようだ。さっきからニコニコしてるけど夕顔さんの周辺の空気が黒い。美形が機嫌が悪いと迫力が違うなあ…。
「それでは、後は娘の加奈に任せておりますので」
栄宗さんはそう言い残すと、加奈さんだけを置いてさっさと戻ってしまった。いや、これだけ大きなお店のご主人ですから、色々お忙しいのは分かりますけど、この状況で加奈さん置いて行きます?!すごく加奈さんが気まずそうなんですけど!このままだと、多分アレが来ますよ!
「大変申し訳ありません!」
予想通り、半ば額を床にぶつけるような勢いで加奈さんの土下座が来たのだった。
☆★☆
ひたすら謝り倒す加奈さんをどうにか宥めて、謝罪の合間の話を統合してみると、どうやら先日加奈さんと一緒に来た女中さんから話が広まったらしい。念の為その女中さんの名誉の為に言っておくと、別に隠形の巫女が来て呪詛を解くとかという話をしたのではなく、加奈さんと一緒に赤華寺を訪ねた後に、これまでずっと不調だった体調がスッキリしたことに気付いたというのだ。実は加奈さんも同じように思わしくなかった体調が、私と会ってから治ったとか。つまり、浅井堂のうっすら呪詛が私の自動調整機能によって解けてしまったのだ。
ここ半年ばかり、うっすら呪詛の影響からか寝込む程ではないにしろどことなく不調を感じていた者達が藁にも縋る思いで、その話を聞いて赤華寺周辺をうろついていたらしい。そうしたら半数くらいの者が体調が改善したとか。赤華寺に預けられている隠形の巫女がいるのはオープンな情報だから、その時点で店の者達は浅井堂が呪詛を受けているのではないか、と思い当たったらしい。
そういうオカルトを迷信と扱う世界にいたので、そこで呪詛って思考になるところが文化の差なのかな。呪詛ってここではカジュアルみたいだしね。
「あんまり大事にしたくないって言っておいたんだけどなー」
「私もそう言ったのですが…父が、どうしても呪詛の相手を炙り出すと言って…止められませんでした」
「心当たりがあるけど証拠がないから、巫女を利用して尻尾を掴みたい。そゆこと?」
「は、はい…おそらく…」
「あー、面倒だなー。やっぱ帰ろうか?」
「すいません夕顔さん。話が見えないんですが」
夕顔さんの態度から、どうにも厄介な思惑に巻き込まれてるのは分かるけど、その巻き込まれてる渦の正体がさっぱり見えない。そしてサラッといい笑顔で帰宅を促さないでくださいよ。取りあえず鑑定の仕事はするって決めたんですからね。




