四・カジュアルな呪詛ってどうなのよ?
「鈴華はどうしたい?」
「私は…出来ることなら協力したい、です」
加奈さんが訪ねて来た翌日、帯刀さんがやって来て私に訪ねた。相変わらず情報の伝達が早いですね。
最初は反対されるかと思ったけど、ちゃんと私の話を聞いてくれる姿勢を取ってくれるのはありがたい。
「そうか。ではなるべく協力する方向で話を進めようか」
「あの…いいんですか?いえ、自分でやりたいって言っておいて何ですけど」
「そこまで制限することはないよ。ただ浅井堂については調べさせるし、その上での判断になるのは承知しておいてくれるかな。勿論関わる際には護衛も付けることになるが」
「それは全然。と言うか、いつもお世話かけます…」
そう言って頭を下げると、帯刀さんは「それが仕事だからね」と優しい顔で頭を撫でてくれた。殆ど引き蘢り状態でお寺の周辺しか知らない私でも、少しずつだけど周囲の状況は分かって来ている。その中でも帯刀さんは、表も裏も部下を持つ管理職でとても忙しい人だというのは分かっていた。それでも嫌な顔一つせずに色々してくれるのはありがたいやら申し訳ないやら。
「あれー?帯刀様、いらしてたんですか」
すごく緊張感のない夕顔さんの声が割って入って来る。ものすごい綺麗な顔をしてるのにこの残念な感じ。
「ああ、先日の浅井堂の件。鈴華は協力したがっているが、お前はどう見る?」
「あ、あの店ならちょっと呪詛されてますけど、問題ないと思いますよー」
待て。「ちょっと呪詛」ってどういうことだよ?!
まるでお天気の話でもするような言い方の夕顔さんの言葉に、即ツッコミの裏拳を入れなかった自分を褒めたい気分になったのだった。
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夕顔さんが言うには、大小さまざまな呪詛は結構そこいら辺にあるらしい。マジか。
「その大半は掛けた方も掛けられた方も無意識だし、何となく終わってるから誰も気付かないことの方が多いんだよねー」
例えば恋敵や商売敵のようなライバル心や、振られたとか負けたとかそんなマイナスの気持ちが呪詛となることもあるそうだ。思ったよりもカジュアルなの…かな?いやいやいや、でも「呪詛」だよ?
「殆どの人間は気持ちだけで終わるけど、中には無自覚で呪詛に発展しちゃう人もいるんだ。とは言っても大した力もないから、せいぜい相手が『今日はちょっと頭が痛いなー』くらいで終わっちゃうし、掛けた方もすぐに他に気を取られるから長期化することはないよ」
そう言うものなのか、と安心した私を見て、夕顔さんは「でも例外もあるんだけどねー」とちょっとからかうようにニヤリと笑った。
夕顔さんの言う例外というのは、自分が呪詛を出来るという自覚のある者が意図的に行っている場合と、妖が関わっている場合だそう。自覚がある者ってのはそれを生業としている人のことで、有償で呪いたい相手と程度を請け負うらしい。うん、そのテの話は陰陽師系とか魔術系のファンタジーものの定番で良くあるよね。
妖が関わっている場合というのは、呪詛に発展してしまった人の気と波長が合う妖とが共鳴し合うような形で力が増幅してしまうというもの。
「浅井堂は、多分妖が関わってるぽいんだよね。店全体と、中にいる人間全員にうっすら呪詛が掛かってる。あの規模で呪詛出来る人間ならもう少し効率のいいやり方するだろうからね」
「効率?呪詛にも効率とかあるんですか?」
「んー例えばだけど、お店自体をどうにかしたいなら、全員を何となく具合を悪くするよりもっと重要人物に絞った方が良くない?」
「あー…そうですね」
確かに、お店を傾けるならそこのトップとか実務担当とか、とにかく中枢を叩いた方が良さそうだ。
「人間同士ならその辺の機微は分かるんだけど、妖は人とは違う常識で生きているからね」
だから漠然と全体に呪詛を掛け、結果的に分散されてうっすらになっているらしい。個人的な怨み的なものではなくて、「浅井堂」という存在を疎んでいる誰かの気持ちに共鳴したのだろうと夕顔さんは見ているそう。
「あれだけ大きなお店だしねー。色々あるでしょ。ま、唐物扱ってるし、もしかしたらその中に曰く付きの物がうっかり紛れてた可能性もあるね」
「え…それって、もしかして私が確認する荷物の中にあったり…」
「かもね」
……今から断ってもいいですか?
「あまり脅すものではないよ、夕顔」
「はーい、すみません。ゴメンよ、鈴華ちゃん」
「え?じょ、冗談だったんですか?!」
「行って見ないと分からないだけだよ」
「帯刀さん、そっちのほうが嫌なんですけど!」
箱を開けたら某チャッ◯ーみたいなのが入ってたりとかしたら嫌だよ!
顔を引きつらせる私を見て、帯刀さんと夕顔さんは面白そうに笑った。あれ?からかわれてるだけ?
「大丈夫だよ。危険なところに鈴華ちゃんを送り込んだりしないから」
呪詛というのも気のバランスが崩れたり捩じれたりして人の心身に作用するものらしいので、呪詛専門の人や妖が関わっていたとしても、気のバランサーである隠形の巫女がそこに行けばたちどころに霧散するらしい。いや、巫女の能力によっては大変なこともあるらしいのだが、少なくとも私の能力なら店に足を踏み入れた瞬間に解決する程度なのだそうだ。相変わらず調整能力は無意識なので良く分からないけど。
取りあえず、隠形の巫女として行くと色々と手続きだの何だのがややこしいので、今回は異国に詳しい帰国子女が相談を受けて店に赴きついでに呪詛を解いてしまった、という方向でいくらしい。巫女が動くと幕府の諸々が動かないといけないんですものね。公人と私人みたいなことですよね。
そして問題の商品鑑定については、異国でも隠形の巫女的な仕事をしていたので稼業の貿易については全く携わって来なかったことと、船が沈んで家族を失ったショックで記憶が曖昧な部分がある為分からないことが多いかもしれない、という設定が付加された。
「後で浅井堂を訪ねる日程は調整しておくね。オレも護衛で一緒に行くから」
「はい、よろしくお願いします」
なるべくなら異国語が英語でありますように、と私は心の中で祈った。そんなに祈るくらいなら最初から関わらないことも出来た。とは言え、あの加奈さんの必死な様子を見てしまうと何かしら手助けになるなら、と思ってしまう。今は皆に保護されて守られているばかりの立場だけど、少しでもいいからここに居る人達の役に立ちたい。迷惑を掛けないように、余計なことをせずに大人しくしているのが本当は正解なのかもしれない。でも、私は周りに居る優しい人達の為に何かしたい。
「心苦しいかな?」
「え…?」
悩みが顔に出ていたのだろうか。帯刀さんが私の顔を覗き込むようにして聞いて来た。見えているのか心配になるほど色素の薄い茶色の目が優しく笑う。私よりもずっと人生経験豊富な帯刀さんのことだ。こんな小娘の考えなんてお見通しだろう。
「そういうところが、鈴華の美徳だよ」
「あ…りがとう、ござい、マス」
そういう台詞をガッツリ目を合わせた状態で真正面から言わないで欲しいなあ…いや、身に余る光栄なんですけどね!
私は、頬が熱くなるのをどうすることも出来ず、ただひたすら心の中でジタバタとローリング状態で悶えていたのだった。




