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三・いつ食べたか覚えのない懐かしの味


墨汁事件と言うべきか、二人羽織り総スルー案件と言うべきか、そこから三日程経った頃、加奈さんがお供の女性を連れてお礼ということで赤華寺を訪ねて来た。


「もしかしてこれはクッキー…!あの、これ、今お出ししてもいいですか?」

「あ、はい。やはりご存知だったのですね」


加奈さんの実家の稼業は唐物屋という輸入品販売業だ。きっとお礼ということでお店の商品を手土産に持って来てくれたのだろう。プリンはリクエストが多くてしょっちゅう作っていたけれど、それ以外の洋菓子なんて久しぶりだ。

ウキウキと皿に並べて、座敷で恐縮した様子で座っている加奈さん達にお茶とともに提供する。紅茶が欲しいところだけどさすがにそこまではない。何となく色味が近そうだから、気分だけでもとほうじ茶をチョイスする。


「恐れ入ります…」


加奈さんは多少慣れたようだけど、お供の女性は随分緊張しているようだ。何となく顔色が白っぽい。大丈夫ですよー、私、庶民派の巫女ですよー。


「申し訳ありません。お待たせしました」

「いえ、こちらこそ急に押し掛けたのですから」


つばきさんもやって来ると、四人でお茶会の様相になった。


「懐かしい…」


いただいたクッキーを齧ると、独特のバニラの香りが口の中に広がった。昔の輸入品と言うか…食べ物にこういう表現はどうかと思うけど、どこかアンティークなお店に入った瞬間の古い匂いと言うか…コンビニで買う新商品とは全然違う独特の感じ。すごく食べ慣れてた訳じゃないけど、どこかホッとするような感じ。


口の中の水分が総出で奪われるようなザクザク感を味わいつつ、温かいお茶で潤す。ああ、この全然控える気がない甘さも、歯の裏にくっつく謎ジャムも懐かしさ倍増ですね。


「?あの…?」


ふと気が付くと、加奈さんとお供の女性が私の方をじっと見ていた。何か変なことでもしたかな。


「大変失礼しました。あの、巫女様が異国でお暮らしになっていたと聞き及んでおりましたので、懐かしく思っていただけて良かったと…」

「あ…は、はい。お気遣いありがとうございます」


そう言えば、私は生まれも育ちも異国出身で、つい最近帰国した設定だったっけ。あと、帰国の際に船が沈んで身寄りがなくなったので此処に引き取られたんだった。だったら普通の人は食べ慣れない洋菓子をバリバリ食べても不自然じゃないよね。ありがたい設定を授けてもらった。


「あの、実は…巫女様にお願いしたいことがございまして、本日は参ったのでございます」

「私、に、ですか?」


とても思い詰めたような表情で私を見つめる加奈さんに、思わず隣にいたつばきさんの方に顔を向けてしまった。つばきさんは少し困ったような顔で眉根を寄せている。


「お願いいたします!私共を助けると思って、お力をお貸しくださいませ!」


加奈さんが座っていた座布団から飛び降りるような勢いで降りると、更にすごい勢いで頭を下げた。それとほぼ同時に一緒に来たお供の女性まで、加奈さんより遠くに飛び退いて頭を下げる。ダブル土下座だ。


「申し訳ありませんが、隠形の巫女に依頼を請うお話でしたら、きちんと届けを出していただきませんとこちらでは受けることは出来ません」


私の代わりにつばきさんがやんわりとした口調で断りを述べてくれた。隠形の巫女が勝手にその辺ウロウロして気のバランス調整しちゃうのは自然現象として仕方ないこととしても、ちゃんとした依頼という形で出向くのは正式な手続きが必要だし、そこには対価が発生する。そこから私の生活費が賄われる訳だし。

私自身はこうやって直接頼まれるのは初めてだったけど、上手く丸め込んでただで働かせようという話は実は結構来ているらしい。


「いえ、そうではございません。巫女様ではなく…いえ、巫女様なんですが、その、浅井堂の扱い商品について、何卒お力添えをいただきたく…」

「浅井堂の?」


加奈さんから、予想とは違う依頼が告げられて、私とつばきさんは思わず顔を見合わせていた。




☆★☆




加奈さん達が言うには、浅井堂と取引していた貿易商が、先日商品ごと沈んだ私の実家(仮)だったらしい。その後船が引き上げられたり海岸に流れ着いたりして、辛うじて無事だった商品が色々検疫を済ませ、浅井堂に持ち込まれたそうだ。ある程度の保険は掛けていたそうなのだけど、亡くなった従業員の保証や商品の支払などで浅井堂の儲けは殆どなく…と言うか完全赤字で、お店は今や火の車なのだとか。ええと…何か私の実家(仮)がすみません。元々経営に不安があったところの一発逆転狙いの取引だったらしく、その事故で更なる悪化の一途らしい。


「困っているのが、無事だった商品の使用方法が全く分からず、どう売ったらいいか誰も分からないことなのです」


まだここ日ノ国では販売されていない珍しい商品を取り扱うのを目玉にしていたのだが、商品自体は無事でもそれが一体に何に使用するものなのか、それが書かれた帳簿が駄目になってしまったそうだ。そりゃ海に落ちた訳ですもんね。今まで取り扱っていたものならともかく、見たこともない装置や、無味無臭に加えて何の効果も現れない謎の粉薬とかが大量に残され、店でもほとほと困り果てているそうだ。


「幾つかは異国の言葉が書かれているものもあり、翻訳出来る者に頼んだのですが…翻訳されても何に使うのか要領を得ず…そこで、異国で長くお暮らしだった巫女様ならもしかしてご存知ではないかと…」


……どうしよ。


ものすごく必死な表情で加奈さん達がこちらを見つめて来る。思わず視線が泳いでつばきさんの方を見ると、つばきさんも視線が泳いでいるし!


「ほんの少しでもいいのです。巫女様のご存知の品が少しでもありましたら、見極めていただきたいのです!」


「勿論対価はお支払いします」と深々と頭を下げられる。これは…困ったぞ。異国育ちっていうか、こちとら異世界育ちな訳ですよ。この世界の、日ノ国の文字は多少は読めるけど、異国の文字は見たことがない。仮に英語だったとしても、高校生で…恥ずかしながら英語の成績は中の下レベルだった私の読解力なんて幼児以下ですよ、きっと。


背中がじっとりと汗ばむ気配がするのは、絶対気温のせいじゃないと思う。


「少々特別なご依頼のようですので、お(かみ)に確認してみますわ。ですからすぐにご返答は…」

「そう…ですよね。分かりました」


つばきさんの出してくれた助け舟に私は心底安堵したが、加奈さん達は明らかに落胆したようだった。申し訳ない…が、さすがに実家(仮)の事についての嘘がバレるのもちょっとマズい気がする。


「お役に立てなくてすみません…」


門まで見送りに出た私が二人に頭を下げると、更に恐縮させてしまったようで「こちらこそ不躾な真似を」と謝られた。何だか嘘の設定を頼りに来られただけに心苦しい。


「巫女様」

「あ、あの、鈴華でお願いします」

「……鈴華様。あの、ご家族のことを掘り返すような真似をして、本当に申し訳ありません。あの時、『懐かしい』と仰ったお顔が…その、とても嬉しそうなのにお寂しそうで…お(たな)のことで必死だった自分を今更ながら恥ずかしく存じます」


加奈さんはそう言って、何度も頭を下げながら帰って行った。

その姿に後ろめたさと罪悪感を覚えつつ、寂しそうな顔をしていた自覚もなかった自分に少しだけ胸の痛みを感じていた。


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