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一・街中での滝行はご遠慮ください


「ちょっとだけ待ってて。すぐに戻るから」

「よろしくお願いします」


慌てて走って行く夕顔さんの後ろ姿を見送りながら、顔見知りの駄菓子屋さんのお店の奥に腰を下ろした。


いつもの夕顔さんとの買い出しで、ちょっとしたトラブルがあっていつも身に付けている被布が汚れてしまった。ちょっとした…と言うか、まあ夕顔さんの女性絡みという奴なんだけど。


夕顔さんのファンクラブ的な追っかけの女性陣はこちらが感心する程に統制が取れていて、夕顔さんの隣にいて手を繋いでいても遠くから二割り増しくらいで熱めの視線を投げ掛けられるくらいなのだが、今回はそこに属してない新顔さんとやらがやらかしたのだ。

先日、急病になった先輩の代役とかで舞台に立った夕顔さんに一目惚れしたお嬢さんが、目が合って思いが通じ合ったと思い込んだらしく、私に向かって「この泥棒猫!」と墨汁をぶちまけて来たのだ。駄目だ、情報が多過ぎる。


まあ、取りあえずその場を収めて早めに帰るか別の被布の調達を…と思っていたら、今度は先日から私の護衛に加わっているふじがやらかした。墨汁で汚れた被布の染みを落とそうと思ったらしく、私の頭上から思い切り水を降り注いだのだ。街中でいきなりの滝行。もう意味が分からない。


そんな訳でずぶ濡れになってしまった私をどうにかすべく、夕顔さんは着替えを取りに行ったのが今である。


『済まぬな…その、我、ちょっと加減が下手でな』


ちょっとかい。


姿は見えないけど申し訳なさそうに呟くふじを軽く宥めて、まだ滴が垂れる髪の毛を借りた手拭いで拭う。寒い季節じゃなくて良かった。


「もう一枚使うかい?」

「あ、ありがとうございます。助かります」


店主のおばあさんが心配そうに乾いた手ぬぐいを差し出してくれる。タオルと違ってそこまで吸水力がないので、この長い髪の水分は一枚じゃ無理だった。今は一応このおばあさんの着物をお借りしているけど、身長が合わないので座っているとほぼ膝丈だ。此処に来る以前は普通だったのに、ここ最近着物しか着ていなかったから久々に足が出る丈に何だか恥ずかしさを感じる。すっかり私も馴染んだもんだ。


表店に客が来たのか、おばあさんは応対に出て行く。奥は障子で隔てられているので向こうからは見えないようになっているので安心だ。水分を含んで重くなった手拭いを一旦絞ろうと、裏口から外に出る。こちらの方はまず人目がないので、この丈の着物でも大丈夫だろう。


土の上でギュッと絞ると、指の間から水が滴り落ちて乾いた地面に模様を描いた。


『今度不審な輩が近付いて来たら、そちらを流すことにしよう』

「そこまでしないでいいですから!攻撃は駄目です!あくまでも受け身でお願いします!」

『ぬぅ…お前が言うなら、仕方あるまい』


多分ふじに任せたら大惨事になりそうな気がする。そんなに多くはないけど少し会話をするようになって感じたことは、わりと大雑把な性格だということだ。いや、大らかだよね、うん。大らか。


ふと何やら人の声が聞こえて、こちらに近付いて来る気配がする。今は被布もないし、この姿を見られるのはちょっとマズい気がする。そう思って引き返そうとした瞬間、物陰から人が飛び出して来た。


「わっ!」

「えっ?!」


ちょうど立っていた私に気付かなかったのか、ぶつかりそうになったが互いに上手く避けて衝突は避けられた。しかし、相手の方が駆け込んで来たため勢いがあったのか、その場で地面に転がってしまう。見ると、同じ年くらいの女性だった。蜂蜜のような濃い金色の髪に、緑の目をしていた。おお、久しぶりに見るビックリしない色の組み合わせだ。


「すいません!大丈夫ですか?」

「え…あの、こちらこそ…」


私が手を差し伸べると、すごくビックリしたような顔で見上げて来た。え?何か驚かすようなこと…


「申し訳ありません!」


その女の人は立ち上がりもせず、その場で見事な土下座スタイルになった。私は頭の隅で、ああ此処に来て何度目の土下座体験だろう…とぼんやりと考えていた。




☆★☆




「あの…?」


どうしていいか分からず、その背中におそるおそる声を掛けた時、表通りの方から「いたか?」「こっちだ!」と誰かを探しているような声が聞こえて来た。その声に弾かれるようにその女性が顔を上げると、オロオロとした様子で腰を浮かせた。

もしかして追われてる?


「こっちへ」


私は反射的にその女性の腕を掴んで立たせると、一緒に裏口に引っ込んだ。そしてちょっと濡れている被布を上から被せて二人羽織風にした。そのまま裏口の戸を閉めようと手を伸ばしたのだが、それと同時に外に数人の足音が駆け込んで来る音が聞こえたので私は動きを止めた。ここで下手に戸を閉めてしまったら寧ろ怪しい。ちょうど戸の影に潜む形になっているので、外からはすぐには分からない筈だ。あとは私のステルス能力に頼れば見つからないかもしれない!…多分。


「どこ行った?」

「向こうの通りだ!行くぞ!」


数人の男性の声だった。しばらく周辺をうろついているようだったが、目当てが見つからなかったのがやがて遠ざかって行った。すぐ傍にどう見ても怪し気な開けっ放しの戸口があるのに、何故か彼らはその中を覗き込もうともせずに立ち去った。


すごいぞ、私のステルス能力!


「あの…行ったみたいですよ?」

「あ…ありがとうございます、巫女様!」

「え、いや、そんな…」


またしても土下座をされてしまったんですけど。これはどうしたらいいですかね。



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