十二・主従はもしかして似て来る?
「あ、でも私が名前知っちゃってる妖もいますよ。それは大丈夫なんですか?」
「たとえば?」
「ええと止水さんとこのふじさんと、くれない様のところの八房さん」
「ああ、そりゃ問題ない」
止水さん曰く、八房さんは妖の中でもトップクラスの大妖な上に、くれない様との契約が深いので他の人間が名前を知ったところで何の支障もないらしい。逆にくれない様や八房さんがあまり名前を呼び過ぎると相手の方に影響が出るそうだ。
「ひょっとしてくれない様が止水さんのことを『モジャモジャ』って呼ぶのは…」
「そういうこった。俺の属性と相性悪いんだよ。とは言っても、連呼されれば夜ぐっすり眠れる程度に疲れるだけだけどな」
こないだ八房さんは火を操っていたし、止水さんは妖の様子からすると水の筈。そりゃ相性は良くないわ。
「俺の方はな……俺は憑き物筋の家系でな」
そう言って止水さんは、少し笑って私から視線を外した。
☆★☆
「鈴華のいたところではどういうものかは知らねえけど、こっちじゃ日ノ国に昔からいた妖、『旧き妖』を使役する一族、って言われてるんだ」
世界を隔てる壁の綻びから流入する妖が実在し、異世界が存在すると確定されるより以前から綻びから流入する妖はいた。一部その中で独自の進化を遂げ、長い時間をかけてこの世界に馴染んだ妖達がいた。それが止水さんの言う「旧き妖」だ。彼らは色々な方法で人と関わりを持った。人間の中でも特に能力の高い者と血の盟約を交わし、この世界に定着する力を貰う代わりに子々孫々に渡り力を貸し続ける。それが今「憑き物筋」と呼ばれる家系なのだそうだ。
ただ、その「憑き物筋」の家系は恐れられ、影に日向に言われのない誹りを受けることが多いと言う。強すぎる力を持ってしまったことで引き起こされたトラブルや、人間とは違う考え方による擦れ違いなどで数々の悲劇が引き起こされた時代があった。その影響は今も続き、憑き物筋は多くの人々の心に畏怖の感情を残しているのだ。
「まあそれでも、この『裏江戸』が結成されて以来、俺らへの風当たりも相当減ったんだがな」
異世界からの使者と条約を交わし幕府が「裏江戸」を作り上げる前までは、流入して来て人に災いをもたらす妖に対して、最も有効な対抗手段を持っていたのが旧き妖、そしてそれを使役する憑き物筋の家系だった。その為「裏江戸」が組織された当初は、憑き物筋の一族だけで構成されていた。やがて時代が下がるに連れて、契約方法の確立や裏江戸に適した人材の発掘などで今の組織体形に落ち着いたそうだ。
それでも、今も憑き物筋で異能を発現した者は、ほぼ全員裏江戸に所属するように通達されるのだとか。
「元からその血に契約がされているから他の奴らよりも簡単で安全に契約が出来るし、妖の使役にも慣れてて使い勝手がいいんだよ。それに憑き物筋にも深い契約があるから名前を知られたところで影響はねえしな」
「何だか生まれながらに幕府に職業が決められてるって、隠形の巫女と同じですねえ」
「お前な…そんな罰当たりなことは余所で言うなよ。口うるせえのはどこにでもいっからな」
「ここでも、ですか?」
「……いや、ここでは、まあ大丈夫だがな」
「それなら良かったです」
先日のこはるさんの話といい、今の止水さんの話といい、憑き物筋のことは想像もつかない程根深い問題があるのだろう。でも、その血筋のことを語る時の止水さんは、何だか自分のことを粗末に扱っているような感じがして胸がチリチリしていた。
「普通なら複数の妖との契約は人の側の負担がでかい。だが俺らは憑き物と同じ筋の妖なら複数と契約するのも問題ない。あのこはるって女も犬を二頭連れていただろ。あれは犬神憑きだな。おそらく猩々に喰われた女の持っていたヤツを引き継いで契約したんだろうな」
「止水さんは、何を連れているんですか?」
「あー…俺はなー」
「あ!もしかして一子相伝の秘密とかですか?そう言えば前に特殊とか特別とか言ってましたよね。スイマセン!今のはなかったことで!!」
「ぶっ!」
慌てて取り消そうとした私の様子がツボに入ったのか、止水さんは我慢出来なかったように吹き出し、そこからは全く堪える素振りも無く肩を震わせて笑い続けた。そこ、笑うとこなんですかね?まあ、いいですけど。
「俺のところのは、一代に一人だけ異能持ちが発現するんだ。でも一子相伝なんて大層なモンじゃなくてな、本家だろうが末端の分家だろうがお構い無しに選ばれるんだ。好き嫌いが激しいんだと」
「へえ……で、やっぱりこれは何の妖か紹介してもらえない流れです?」
「あ…と…」
ひとしきり笑い終えた止水さんが話を続けてくれたが、私の問いかけに言葉を詰まらせた。
「ダメならダメでいいんですよ?別に無理に聞き出す気はないですし」
「まあ、駄目ってことじゃなくてな…」
「もう!何なんですか!はっきり言ってください!そんなに見せられない妖なんですか?トレンチさんか何かですか!」
「とれんち…?」
「そこは言葉のあやです。忘れてください」
「すげぇ気になる…」
そこ、首を傾げない。きっぱりとダメならそう言ってくれれば済む問題なのに、何を躊躇っているのやら。これ以上勿体付けられると、私の頭の中で露出狂認定しそうなんですけど。
私が穴の開く程止水さんの顔を見つめて圧力をかけても、たっぷり数分はモダモダしていた。そんなに言い出しにくい妖ってどんななんだろう。
「その…蛇、だ」
「は?」
「だから、蛇だよ!蛇神憑き!!」
「はぁ」
「何だよ、その気の抜けた返答は!」
だって、私の中ではどんなに凄い妖か、めっちゃ期待が膨らんでたんですよ。さすがに露出狂はないかも知れないから、ギャグ方面とグロ方面まで最大に振り切ったタイプを想定してた訳ですよ。英才教育を施されたオタク知識総動員させてたんですよ。
もう!ガッカリだよ!!
☆★☆
「はい、蛇のふじさんですね」
「……ひょっとしてお前」
「はい?」
「蛇、平気なのか?」
「割と」
そんなに崩れ落ちることですか。さっきから笑い転げたり、色々感情が忙しいですね。
「あの…もしかして私が蛇苦手だと思って教えてくれなかったんですか?」
「鈴華…お前本当に平気なのかよ」
「食べ物と思われて襲われたりするのはあんまり得意じゃないですけど、そうでなければ。あ、ついでに同じ条件でならカエルとかの両生類も大丈夫です」
しゃがみ込んだ姿勢でこちらを見上げる止水さんに気付いて、心の中で「レアスチルいただきましたー!」と脳内スクショが捗りました。背の高い人の上目遣い…これはレア。なんて言うか、普段は馬系イケメンなのに、こうやってるとションボリ大型犬にも見えてきますね。
「昔…」
「はい?」
「昔、幼馴染みにさ、『蛇がいるかと思うと絶対無理!近寄らないで!』って言われたことがあってな。その後も蛇神憑きって分かると敬遠されて…」
「…その幼馴染みって、女の子ですか?」
「?…ああ」
「初恋の子だったり?」
「ぐっ!」
藤波止水は瀕死のダメージを受けた!
すみません、露骨に言い過ぎました。まあ蛇がダメな人って一定数いますよね。
「その幼馴染みのヤツも体質的に妖に狙われやすくて、こっそりふじを護衛に付けてたんだよ」
「そしたら蛇は無理と拒否られた、と」
「お前はさっきから人の古傷を的確に抉るのな」
すみません。ものすごいタイプの妖を期待していた反動で、つい。
前に止水さんが私に妖の名前を教えてくれたのが、護衛対象を決める儀式的なものだったそうだ。普段言葉に出すだけなら何ともないけど、ちゃんと意識して妖と共に声を重ねて名を預けると一時的に護衛をしてくれるとか。
あのとき止水さんが私に護衛を付けてくれたのは、別場所での「裏江戸」の仕事が夕顔さんも一緒に入っていて、私の護衛が薄くなることを用心してのことだったらしい。ありがたいけど、その辺はちょっと説明して欲しかったような…あ、でも幼馴染みに拒否された件があるからこっそりにしたのか。
「蛇神様ってことは、白蛇様だったりするんですか?」
「白というか…白っぽいというか…変わった色だな」
『他に言いようはないのか』
「あ!おい!」
止水さんとの会話に、唐突に男とも女ともつかない声が割って入った。この声は、前に止水さんが妖の名前を教えてくれた時に重なるように響いた不思議な声じゃないだろうか。
そんなことを考えていると、止水さんの背後から白い靄のようなものがユラリと浮かび、見る間に巨大な蛇の形を取った。
「わぁ…」
「ふじ!いくら平気だって言ってもいきなり出て来るな!それで前に失敗してるだろ!」
「キレー…」
「へ?」
とぐろを巻いた状態で出現したので長さは分からないけど、3メートルはありそう。胴体の太さは止水さんより幅がある…というか、止水さんが薄いんだけど。全体的に白っぽい色をしてるんだけど、尻尾の方に向かって淡い若草色のグラデーションが付いている。更にランダムに薄紫の鱗が胸?の辺りから背中の方に掛けて散っていて、それが花びらのようにも見えた。そしてその目は止水さんと同じ薄い青い色をしていて、とても穏やかで理知的な印象を受ける。ただ、額に契約している妖の証の赤い紋様が色味的に浮いていてちょっと残念。
「お美しいですねぇ…」
うっとりするようなフォルムに、思わず口から溜め息が洩れる。怖がられるって聞いたから、蝮みたいな模様とか、凶悪なご面相かと思ってたよ。白蛇信仰とか知ってたら、これは神々しい部類のヴィジュアルですよ。
『娘、分かっておるではないか』
「あ、お名前が『ふじ』さんなのはもしかして藤の花からですか?」
『ほう…これからはそのように名乗るのも悪くないな』
「違いましたか」
『こやつの兄も大概な朴念仁でな。我の座っている姿が不死山に似とるとか抜かしてな』
「おい!」
止水さんが慌てたようにふじさんの口を塞いだ。
「お兄さん、いたんですか?」
「…あ、ああ。まあ、な。今はその…引退してる」
「そうですか。……あ!じゃあ私が『ふじさん』って呼ぶとそのまんまになっちゃいますねー。ええと、他の呼び名の方がいいですか?」
『ふじ、で構わんぞ。娘のことは気に入ったでな。今後も我が丁重に守ってやろう』
「ありがとうございます!」
「どっちが主人だよ…」
私とふじとのやり取りに、止水さんが苦笑している。良かった、ちょっと苦しいけど話題を逸らせたみたいだ。
さっき止水さんは「一代に一人」だけ異能が発現すると言っていた。この異能っていうのは、一族に憑いている妖を使役することなんだろう。止水さんのお兄さんてことは、そんなに歳を取ってるってことはない筈。でもこのふじを使役出来なくなったてことは…うん、気にならないと言えば嘘になるけど、踏み込んで聞かない方が良さそう。話してもいいと思うなら、すぐに答えてくれただろうから。それに、お兄さんの話を聞いた瞬間、さっき私を通して誰かに言いたかった言葉を発した時と同じ目をしていた気がした。
『普段からこの娘の守護をするなら、人型で抱えておった方が良いのではないか?』
「人型?」
そう聞き返すよりも早く、ふじの姿が揺らいだかと思うと、目の前にスラリとした背の高い男性…?の姿が出現した。いや、多分男性…だよね?それくらい顔立ちが整って美しい。夕顔さんも美人顔だけど、夕顔さんはそれでも男性寄りの顔立ちで、ふじの方はもっと中性的だった。
身長は2メートルくらいありそうだけど、線が細いので威圧感がない。長いストレートの髪は、体色と同じで毛先に行くに連れて若草色になっている。蛇姿の時にあった額の赤い紋様は、左手の甲に刻まれていた。
『これならば人の世に紛れることも出来よう?さすれば娘を守ることも容易いぞ』
「え、蛇の方が好みです」
いやいやいやいや。こんなに謎の美形がいたら目立ってしょうがないですよ。ただでさえ夕顔さんとイイ感じ作戦中ですからね。これ以上変に目立ちたくないですからね。
それに、ここまで周囲が美形揃いなのも疲れますしね。コース全部がメインディッシュなのは胃もたれします。たまにはお茶漬けを下さいよ、お茶漬け。
ついうっかり即答で本音を答えてしまったのがショックだったのか、ふじはがっくりと膝をついてへこんでしまったいた。申し訳ない。つい。
私はその姿を見て、へこみ方も主従は似るもんなんだなあ、などとぼんやりと思っていたのだった。
補足として。
止水、夕顔が「くれない様」呼びをするのも、属性の相性が悪い故の仮名だからです。本名「紅」を呼べるのはごく僅かな人(&妖)のみ。
そして鈴華は無属性なので誰にでも呼ばれるし、呼ぶことが出来ます。




