十一・契約内容の確認は重要です
「お疲れさまでーす」
「お昼どうぞー」
赤華寺の修理を行っている大工さん達に声を掛けると、みんなニコニコとした顔で我先にと降りて来た。そりゃ美少女と巫女(地味顔)が握ったおにぎりですもんね!付加価値高いですよ!
大きなお皿にぎっしりと並べたおにぎりと、おなじく並べた漬物。台の上に置くや否や四方から手が伸びてあっという間に残り僅かになってしまった。ツツジちゃんとサクラちゃん、私の三人で手分けしてお茶を注いで並べていると、おにぎりをくわえたまま手伝ってくれる大工さんもいて、こっちも「行儀悪いですよ」などと軽口を言いながらキャアキャアと楽しく作業をする。
「あと少しですねぇ」
後は細かいところだけと聞いていたので、素人目にはほぼ完成のように見える。真新しい屋根を見上げて、嬉しそうにツツジちゃんが言った。
あの猩々が地下を襲撃して来てから一週間。あの場所に侵入する為に大分暴れてくれたらしく、確認に戻ったらお寺が見事に半壊していて思わずつばきさんと呆然としばし立ち尽くしてしまった。でもさすがに幕府の要人が最高責任者だけあって、今はものすごいスピードで修復がなされている。
「本堂以外の奥の方は完成してますからね。今日にでも荷を運び込んで、明日くらいには皆さん方には入ってもらえると思いやすよ」
「ありがとうございます!」
ここ数日ですっかり仲良くなった棟梁さんが説明してくれる。紫色の髪に白のメッシュが入っているなかなかにロックな見た目だけど、これは単に白髪まじりなだけらしい。この世界でも歳を取ると髪は白くなるのか。
本堂から地下に続く秘密の部屋はさすがに一般の人には任せられないらしく、秘密裏に専門の職人が修復に入っているらしい。使用する壁の板一枚にも魔除けを施す必要があるとかで、あちらはかなりの時間がかかるそうだ。確かにシェルターは頑丈にしないとだよね。
「しかし、嬢ちゃん達の飯がもうすぐ食えなくなるのは残念だな」
棟梁さんはおにぎりを齧って、好物の昆布が入っていたのを確認すると嬉しそうに笑った。
おにぎりの具はランダムにしてあり、時折大工さん達の間で「酸っぱ!」と悲鳴が上がっているのを聞いては、私たち女子三人でこっそりと顔を見合わせてニンマリするのを楽しんでいたので、それがなくなってしまうのはこちらも残念です。
☆★☆
あのサクラちゃん誘拐から端を発した騒動は、先日一区切り付いたと帯刀さんが教えてくれた。
サクラちゃん…というか、くれない様を強引に輿入れさせようとした松野藩の馬鹿息子は、藩主に無断で指示を出していたとして廃嫡となり、国許で蟄居させられたらしい。おそらく生涯監視されて、出て来ることはないだろうとのこと。その時の帯刀さんが、
「嫡男の動向を知らなかった…という程無能な藩主ではなかった筈なんだけどねえ。まあ、耄碌したと言うことにして、とっとと隠居するよう上様から助言していただきますよ」
と無駄に爽やかな笑顔で言っていたのが怖かったです、はい。
その誘拐を実行した錦乃屋の主は、松野藩に賄賂も贈っていた罪により島流しとなり、それに荷担した者は大江戸十里四方の所払い、つまりは大江戸からの追放となった。帯刀さん曰く、かなり軽い罰だそうだけれど、錦乃屋を取り潰すと色々支障のある高官達も多い故の特別措置、だそうだ。腐ってやがる…
ただ跡を継いだ長男は、凡庸だけど手堅い商売をする誠実な人柄だと評判らしいので、今回のようなことはもう起こらないだろうと推測されるのが救い。
そしてこの事件に命じられて荷担させられていたとは言え、罪は罪としてこはるさんとちなつちゃんもこの大江戸から追放となった。でも、あの二人にしてみればそれは良いことなのだと思う。
ちなつちゃんは、最高齢巫女さまのいる箱根元という温泉で有名な土地の神社に引き取られ、こはるさんはその護衛として同行するそうだ。
話によると、ちなつちゃんは姉のみふゆさんが亡くなったことは全く知らないそうだ。熱に浮かされ、その後視力を失ったことから、こはるさんを姉と思い込んでいるらしい。そしてこはるさんも事実は告げず、姉としてちなつさんと生きて行くと決めたと聞いた。
「鈴華?まだ起きてんだろ?」
夕食も終わって自室に引っ込み、ちょっと本でも読もうかと思っていたところ外から声が掛けられた。
「止水さん、何ですかこんな夜中に」
「悪ィな。ちょっと買った土産がまだあったかいからな。鈴華に食わせてやろうと思って」
庭に面した方の障子を開けると、そこに止水さんが立っていた。こんな夜中にレディの寝室の傍に出没するなんて、けしからんですよ!しかもその手に持っているのは、有名店の揚げ饅頭ではないですか!更に更にけしからんですよ!
「う…こんな寝る前にカロリーの暴力を…」
「かろ…?じゃあいらねえのか」
「いただきます」
間髪入れずに返答した私に、止水さんは破顔した。だって、滅多に手に入らない揚げ饅頭ですよ!幻と言われるくらいなんだから、カロリーゼロに決まってます。
「ありがとうございます」
手渡された包みの中の饅頭はまだ温かかった。ぱくりと齧り付くと、中から香ばしい胡麻の香りのする餡が熱々で流れ込んで来る。それを息を吸って冷ましながらサクサクの皮と一緒に咀嚼する。
「旨そうに食うなあ」
「おいひぃでふ…」
「そりゃ良かった」
昨日からようやく生活空間である奥の間の修繕が終わり、ここに戻って来ていた。そして先日の襲撃の問題点の改善と言うことで、結界の位置が変更されていた。建物には男性と妖避けの結界を張り、庭や畑などの敷地内は、悪意を持っていない人間なら立ち入ることも可能となった。だからこうして庭先まで止水さんが訪ねて来ているのだ。
「止水さんは食べないんですか?」
「猫舌なんだよ…って俺の分まで狙うなよ!」
「…何故バレたんですか」
ちっ、勘の良い奴め。
「ところで、何の御用ですか?」
「饅頭届けに…だけじゃダメか?」
「ダメですね。帯刀さんのお話で分からないことが沢山ありましたから。そのフォロ…ええと、補足に来てくれたんですよね」
「相変わらず察しの良いことで」
やれやれ、と言わんばかりに止水さんが頭を掻く。
もし結界の位置が変わったことを確認するなら止水さんは昼間に来ると思うし、こんな夜に私が一人で居るところに饅頭を届けるだけの為に来る筈がない。一応ジェントルなのは信頼してるんですよ。それに、この訪問はつばきさんも知ってて放置してる。知らなかったら絶対殴りに来る。そのくらいつばきさんはオカン属性の過保護な人だ。
「で?何から聞きたい」
「んー…そうですねぇ。沢山ありますけど…『ふじ』さん?ってこの前私を助けてくれたんですよね?お礼とかどうしたらいいですかね?」
「礼って…面白いこと考えつくな」
「いや、助けてもらいましたし」
狒々に連れ去られそうになるのを阻止してくれたのは止水さんの妖のおかげですよね。まあ大分強引というか豪快でしたけど。
「まあ、伝えとく。……ありがとな」
お礼を言うのはこっちなんですけど!何で止水さんが嬉しそうに私の頭をポンポンするんですか!?
内心焦っている私を気にも留めずに、止水さんは手にした揚げ饅頭にようやく齧り付いたけれど、まだ熱かったらしく「熱っ!」と慌てていた。
☆★☆
「鈴華には妖との契約については詳しい話はしてなかったよな」
「多分…すごく手間のかかる手続きがあるとか、たまに失敗することがあるとか、一人一体まで、とか…って、あれ?」
自分の知っている情報を指折り数えながら挙げてみたけど、何だか色々矛盾点があることに気付いた。あの巫女見習いのちなつちゃんは気付かれないうちに複数と契約してしまって死にかけて、それを救う為にみふゆさんが自分の妖との契約を解除してすぐに猩々と契約を…って手続きは?命の危険があるから一人一体まで、って決まりを作ってるのは分かる気はするけど…
「妖との契約ってのは、鈴華が思ってるよりも簡単に出来ちまうんだよ。実際な」
「それって…危険じゃないですか」
「だな」
普通の人間ならばまず有り得ないのだけれど、妖の好む陽の気が多い人間と妖の波長が合っていて、更に人間と妖がお互いに望んだ時は簡単に契約が成立してしまう場合があるらしい。
「その妖によって違うが、互いの『名』を交換したりってのが多いな。こっちが使役する立場をハッキリさせたい時は、妖の名を奪うか、上書きするか、血を与えるか…あちらさんが気に入って名を捧げてくれることもあるな」
「名前は一番基本の呪縛だ…って聞いたことがあるんですけど、そういうことですか?」
「お前本当にすごいな。お前の居たところには妖は御伽噺の中にしかいなかったんだろ?」
「まあそう言われてますけど、居ること前提で研究している人もしますし、絶対居ないってことも証明されてませんから」
あと、オタクの基礎知識、通過儀礼みたいな分野ですので!ありがとう、お母さん、お姉ちゃん!
「でもそんなに簡単に契約出来るのって怖いですね。うっかり知らないうちに契約しちゃいそう」
「だからお前にちゃんと教えろってさ」
「お気遣いアリガトウゴザイマス…」
とは言え、名の交換については、互いに能力や波長の合った者同士が意識して契約するものなので、全くの無知でなければ大丈夫だそうだ。あのちなつちゃんは全く知らないところを言葉巧みに狒々達が契約に誘導していたのではないかと思われる。血を貰うという行為は、簡単だけど強力な支配下に置かれることにもなるので、妖も選択しないという。
契約は割と簡単だけど手続きに手間がかかるというのは、契約者同士が能力と波長が合うかどうかを確認することなのだそうだ。もし合わない場合は妖に喰われたり、逆に支配されて破壊行動に出る事故も稀にある。それを防ぐ為に妖との契約は幕府の許可が必要で、何重もの精査が行われるということだった。国が保証する妖とのマッチングってとこか。
そう考えると、妹を救う為に相性も能力差も関係なく猩々と契約をしようとしたみふゆさんの気持ちが痛い。
「自分の気配が消せるから巫女と契約したがる妖も多い。お上では巫女の契約は禁じているから、うっかり名を貰わないように気をつけろよ」
「努力シマス…」
いかにもな妖が「名を捧げます!」って勢いで来てくれたらいいんですけどね。人間ぽいのが日常会話風な名前で来られたら避けられる自信が…
「そんな顔すんなって。もしそうなっても俺達が気付く。だからお前も変だと思ったらすぐに相談しろな。溜め込むなよ。誰も迷惑だなんて思わないからな」
「はい…」
何だろう。この止水さんの台詞はすごく頼もしくて惚れてしまいそうなくらい男前なんだけど、まるで私を通して違う誰かに言っているみたいな気がする。ううん。私に言ってくれてるんだ。でも、それは別の誰かに対して言いたかった言葉なんだ。
悔しいな…
もしかしたら、此処に来る前にゲームをプレイしていたら分かったかもしれない。みんなそれぞれ過去がある筈だから。ゲームをしてたら、どんな過去か知ってたら、いい答えが言えたかもしれない。
そんなことを思ってしまうくらい、その時の止水さんの目は寂しそうだった。
妖「どうも『こんにちは』です!」
鈴華「?こんにちは」
契 約 成 立
ということにもなりかねないと言う鈴華の想像。




