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十・妹の孤独、姉の失敗


もうすっかり日が落ちて、上空には少し欠けた月が上っていた。


錦乃屋の捕り物も終わって、サクラちゃん誘拐の首謀者とみられる人達は表江戸の番所に連れて行かれ、私を含めた裏江戸の面々と、保護されたサクラちゃん、巫女見習いの女の子、そしてこはるさんはくれない様の伝手で大岩養生所の一部屋に集められていた。くれない様と帯刀さんは事後処理と報告の為にここには居なかった。


巫女見習いの女の子はちなつちゃんといい、額に裂けたような傷を負っていたけれど見た目よりは浅く、手当も終わって今は部屋の隅で眠っている。私も地下で猩々の襲撃を受けた際に少しだけ足を怪我をしていたので、それもついでに手当てしてもらった。正座をしているとちょっと傷に障るので、一人縁側に腰掛けるように座っている。


本当なら赤華寺に戻りたいところだけど、結界ごと建物が一部破壊されてしまっているので、安全面を考慮してこうして一緒にいる。けれど当然会話など弾む訳もなく、皆黙って俯いたままの時間が経過して行く一方だった。


「待たせたね」


廊下の先でザワザワした気配がすると思ったら、すぐに帯刀さんが顔を出した。どうやらくれない様は一緒ではないようだ。


「藩主の嫡男が絡んでいるからね。各所への対応に手間取ってしまった。すまない」


帯刀さんの言葉に、皆が一斉に頭を下げた。


「これから詳しい話を聞かせてもらう。…が、その前に」


帯刀さんはこはるさんに顔を向けて告げた後、私の方を急に向いた。そして少しだけ困ったような笑顔になった。


「鈴華も聞くかい?もし聞きたくないのであれば、別室で待っているといい。ちゃんと護衛は付けさせるからね」

「……差し支えなければ、聞かせてください」

「そうか。分かった」


帯刀さんが頷くと、それを合図にこはるさんが居住まいを正した。そして深々と頭を下げる。


「この度は、一族の不始末により、多大なご迷惑をおかけしました」

「今はそういった口上はいらんよ。確認することが膨大にあるから、本題に入ってくれ」

「はい…」


こはるさんが話し始めると、庭にフワリと二頭の犬が出現した。先程こはるさんが連れていた犬達だ。改めて見ると青い方は長く、茶色い方はやや短いが分厚い毛質のようだ。大きさは茶色の方が一回り程大きい。そして、二頭とも額に赤い紋様のようなものが浮かび上がっていた。


「その…わたくし…いや、()達の一族、錦乃屋の始祖は、憑き物筋だ」


最初は丁寧に喋ろうとしたが、どうにも慣れていなかったのか、こはるさんは口調を変えて話し出したのだった。




☆★☆




「憑き物のおかげで財を成したが、その後は真っ当に商いをしても疎まれ、蔑まれ、大坂(おおざか)から大江戸に出て来て呉服問屋で成功したのが本家、錦乃屋だ。大江戸(ここ)でも憑き物筋の誹りからは逃れられなかったが、表立って言うものは減ったし、随分血も薄くなっていたからな」


憑き物筋って確か、妖怪や神様みたいな異形の者を使役したりする家系のことだっけ…異世界(ここ)でも同じような感じなのかな。

疑問には思ったけど、今は口を挟まない方がいい。多分そんなに私の知ってる知識とかけ離れてないと思う。あとで誰かに確認しよう。


「憑き物持ちの異能は代々女に出やすい。その女は、本家当主を守るために使われるのが一族の盟約だ。最近の異能持ちは、俺と…本家長女のみふゆだった」


その名前を呼んだとき、茶色の方の犬が微かに鼻を鳴らした。その顔はどこか寂し気に見える。もしかしたら、あの茶色い方はみふゆさんの契約していた妖だったんだろうか。


「昔は一族の女全員が持っていたらしいがな。今は大分血が薄れた。そのせいなのか、ただの偶然か知らねえが、本家の次女が隠形の巫女として産まれた。その時は一族あげての祝宴だったよ…ちなつの母親の()()だったのにさ」


こはるさんは奥で眠っている女の子に目をやった。その表情は笑っていたけど、ひどく自虐的だった。


隠形の巫女は特に血筋で誕生するものではないと言われていても、やはり統計的に産まれやすい家系はあるそうだ。そして巫女は幕府に守られて大切に扱われる為、巫女と血縁になりたがる者も非常に多いらしい。反対に、こはるさんのような「憑き物筋」と呼ばれる家系は疎まれ恐れられる異能の能力者として忌避されていた。だから、そこに巫女が誕生したことは一族からしてみれば福音だったのだろう。ひどく残酷な。


「巫女であるちなつはそりゃあもう大切に育てられた。ありとあらゆる危険から遠ざけるように、囲い込んで、滅多に外に出してもらえず…実の姉であるみふゆですらなかなか近付かせてもらえなかった。でも、ちなつはみふゆに懐いて、仲の良い姉妹だったよ」


しかし一年程前、恐ろしい事実が発覚したのだという。

そのことを続けようとしたこはるさんが、不意に喋るのを止めた。ぎゅっと固く目を閉じて、ゆっくりと何度か深呼吸を繰り返している。帯刀さんはそんなこはるさんを急かすでもなく、ただ同じ姿勢で待ち続けていた。


やっと少し落ち着いたのか、こはるさんは再び口を開いた。


「自由に外に出ることも、友達を作ることも…姉と頻繁に会うことも出来なかったちなつは、多分寂しかったのだと思う。その隙を突かれたのか、発覚した時はちなつは複数の妖と契約していた」


最初のうちは、友達と約束をするような気軽さだったのだろう。妖の言葉が巧みだったのか、彼女から持ちかけたのかは分からないが、いつの間にか狒々五体と契約を交わしていたそうだ。しかし、彼女は巫女としての潜在能力が高すぎた。その五体の契約の時点で身体に異常が出ていれば明るみに出ただろうが、気付かれないまま、更に上位の妖である猩々を呼び寄せてしまったらしい。


「ちなつが倒れたと聞いて駆け付けた時には、もうあいつらと契約していた。すぐにどうにかしないと早晩にも命は尽きる。誰かに知らせるにも、時間もなかったし…多分、許されもしなかったろうな。その時、みふゆが契約換えを行うと言い出した」


一番高位の猩々を引き離せば命までは落とさずに済むと判断して、みふゆさんは自分の契約していた妖を解放し、新たに猩々と契約を結ぼうとしたそうだ。だけど結果は…さっき対峙した猩々を見れば分かってしまう。みふゆさんは、契約に失敗して猩々に喰われてしまった。

ただ不思議なことにその後の猩々は、何故かそのまま動きを止めて庭の隅に蹲っていたという。その姿は殆ど影と同化していて、見えているのはこはるさんと契約している犬二頭だけだったそうだ。もしかしたら、みふゆさんの強い思いが猩々を妹の傍に引き止めていたのかもしれない。


「猩々だけは引き離せたおかげで、ちなつは一命は取り留めた。でも、その時の高熱のせいで、髪と目から色が抜け落ち…巫女の資格と視力を無くしちまった…」


こはるさんの目から、幾つも涙の粒が零れ落ち、畳に点々と染みを作った。帯刀さんの後ろに控えているつばきさんが何か言いた気に視線を彷徨わせていたが、夕顔さんがそっと肩に手を置いて首を横に振った。この場で一番偉い帯刀さんが動かない以上、部下であるつばきさんが行動するのは良くないことなのだろう。


「資格を無くしたことはお上には報せなかった…報せられなかったんだろうな。あの離れに押し込めて…いつかはバレることなのに…当主はごまかし続けた。どんなにごまかしても、ちなつが十になったらバレちまうのに…」


事態は膠着したまま、約一年が過ぎたそうだ。それが今から数ヶ月前、降って湧いたような話が持ち込まれた。


「松野の馬鹿息子から、申し出があったんだ。()()()()()()()()()()()()()高貴な姫君を輿入れ準備を整えられるなら、同時に側室として巫女のちなつを迎えよう、と。そしてそれが上手く行ったあかつきには、()()()()()()()()()()側室との間に子をもうけると」

「何それキモい」

「鈴華」

「あ…すみません…」


口を挟んじゃ行けないとは分かっていましたよ。でも思わず心の声がノーブレーキで漏れてしまったんですよ。


「側室との子は跡目争いの元になるから、縁を切って実家に下賜するとまで言われて…当主は何としても別の巫女を仕立ててすり替えようと躍起になっちまった」


何だ、それ。私が生きていた現代とは違う世界だし、いや、異世界だし、考え方が違うのは分かってたつもりだけど、無理無理無理。血筋が大事な文化圏なのかもしれないけど、百歩譲って頭では理解出来なくも…絶対出来ないけど!実の娘をそんな風な扱いをされて、何とも思わないの?いや、思わないから葬式で祝宴なんてするんだ。

聞いているだけで胸がムカムカして来る。


「それで調べさせられているうちに、姫君を預かっている寺に、異国から来たばかりの巫女見習いも預けられているという噂を聞いたんだ。巫女見習いということは、ちなつと年も近いし、すり替えられるんじゃないかと思ったんだ」


姫君っていうのはくれない様で、その巫女見習いは私ですね。私の場合途中からいきなり巫女指名でしたからね。でも世間的には十歳かそこらと思われたのか。


「でも話を聞くうちに、どうも見習いくらいの年のヤツは髪色が違うし、間違いじゃないかと思ったよ。そうしている間に姫君の方の勾引しは成功しちまうし…その上、松野の藩邸の方が妖に襲撃されたとかで俺に招集がかかるし」


こはるさんが松野藩邸に駆け付けてみれば、妖ではなく目付方が詮議のため屋敷内を制圧していた。訳が分からないまま錦乃屋に戻る途中で、そちらに向かっている猩々を見つけて合流する形になったそうだ。


「その後のことは、旦那方がご存知の通りです」


まだ目の端に残っていた涙を乱暴に拭って、こはるさんは再び深く頭を下げたのだった。



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