七・偉い立場というのも苦労は多いようです
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「最初は、夕顔に懸想したどこかの娘が調べているのかと放置しておりましたが」
ああ、私と夕顔さんがいい感じ作戦のせいですね。とは言っても、たまに外出する時に人目の多いところで強引に手を繋がれるくらいですけど。そんでもってものすごく甘い感じの微笑み顔で話しかけて来るくらいですけど。さすがにその顔は破壊力抜群で未だに直視出来ないけど、話している内容は「今日は肉が食べたい」とかご飯のリクエストですからね。
「しかし集めている情報の類がどうもおかしく、狙いは鈴華ではないのかと更に調査を始めたところサクラが行方不明になりました」
「それってやっぱり私のせいでサクラちゃんが…!」
「そうではないよ」
思わず身を乗り出して口を挟んだ私を、帯刀さんは咎めることなくやんわりとした仕草で頭を撫でて来た。
「本当に狙われていたのはサクラ…いや、庵主さまだよ。鈴華が狙われたのは…おそらく別の者の思惑が動いているのだろうね。サクラを攫った者と、昨夜襲撃して来た者が別々に情報を集めていたことは判明している」
「そうでしょうか」
「ああ。それにもうすぐこちらの手札が揃う。そうすればサクラを救出に動くことができる。だから鈴華は心を落ち着けて待っていなさい」
いつもと変わらない帯刀さんの柔らかい口調に少しだけ安堵する。ふと離れたところにいる止水さんと夕顔さんに目をやると、気付いた二人がニコニコと笑いながら軽く手を振ってくれた。
「伝令じゃ。帯刀」
突然、くれない様の前にこぶし大くらいの炎が出現し、燃え尽きると同時に折り畳まれた紙がヒラリと落ちて来た。まるで紙を燃やすところを逆回転で見ているようだった。
帯刀さんがその紙を拾って広げると、何かたくさん文字が書いてあったのが見えた。でもこちらの文字は私にはまだ読み辛いので、一瞬で内容までは分からない。でもきっと、さっき帯刀さんが言っていた「手札」のことじゃないかと思った。
「行くぞ。夕顔はここに残れ」
「はっ」
「いや、その青瓢箪も連れて行け」
「わあヒドイ言われよう」
帯刀さんが伝令を読み終わってすぐに立ち上がると、呼応したように止水さん夕顔さんつばきさんも続いた。その中で帯刀さんが夕顔さんに指示を出すと、くれない様がそれを遮った。そう言われた夕顔さんが笑って答える。このお姫様の口の悪さはいつものことなのだろうか。
「ここには妾が残る。主らはとっとと片付けて来い」
「しかし庵主さま…!」
「彩椿尼。庵主様の言う通りだ。下手に手を打たれる前に捕らえるぞ」
つばきさんが少々不服げではあったが、帯刀さんに促されて渋々と言った様子で付いて行く。
「鈴華ちゃん、サクラを連れて早く帰るわ」
「みなさん、お気を付けて」
四人は私に笑顔を向けると、壁にしか見えない出入口から出掛けて行った。
そして、部屋の中は私とくれない様だけになった。
一瞬、どうしていいか分からず私は思わず居住まいを正した。え…ええと…何か、喋った方がいいのかな?それとも身分の高い人にはこっちから話しかけちゃいけないんだっけ?
私が色々考えてモジモジしていると、くれない様は大きく溜息を吐いた。
「夕顔と瓢箪を掛けたのに、何故通じぬのじゃ…」
「へ?」
「そなたもか…!いや、そなたは異界の出であったから分からぬのも無理はない。夕顔の実と言うのは瓢箪のことで…」
「それ、カンピョウでは」
「へ?」
私がそう呟くと、くれない様の動きが止まった。あれ?私の世界では夕顔はカンピョウになる筈なんだけど、こっちでは違うのかな。
そんなことを考えていたら、くれない様の顔が見る見るうちに赤くなり、耳の先まで真っ赤に染まってしまった。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
あ、間違えたんですね。
さっきまで自信満々にしていた彼女が、今は真っ赤な顔を両手で覆うようにして転げ回っていた。めちゃめちゃ足をバタバタさせて悶えてますね。えっと、何だろう。この急に可愛い生き物は。
くれない様が落ち着くまで、私は何だか微笑ましい気分になってその様子を眺めていたのだった。
☆★☆
「鈴華、そなたは何か困っていることなどはあるか?」
ようやく落ち着いたくれない様が、まだほんのりと赤い顔をしたままそう尋ねて来た。
「今のところは特に。みなさん良くしてくれてますし」
「遠慮はいらんぞ。言うだけなら只じゃ」
そうは言われても、すぐには思い付かない。今回はよく分からない事件に巻き込まれたけど、そうじゃなければ割と毎日のんびり過ごしているし、知らないことが多いので退屈する暇はない。時々、本当に帰れるのか不安になることもあるけど、そういう時は態度に出てしまっているのかみんなが寄ってたかって甘やかしてくれる。もしみんなが保護してくれなかったらどうなっていたか、と思うとゾッとする。
「先代の治世であればもう少し気楽に過ごせたのだがの。今はどうにも危うい世故、そうそう自由にさせられぬのじゃ」
「済まぬの」と言いながら頭を下げられて、どうしていいか分からずオロオロする私を見て、くれない様は少しだけ笑った。
「兄上と妾の血筋は、確かに将軍家の直系ではあるが大分遠くての」
先代の将軍は長く穏やかな治世を築いたが、残念ながら跡取りには恵まれなかったそうだ。そこで分家の中でも血筋の高い者を養子に迎え、自分の娘を嫁がせた。それは私の世界でも歴史を繙けばよくある話だ。しかし、不幸にも流行病と飢饉が同時に起こり、血筋の高い者たちが次々と亡くなってしまった。そして気が付けば、まずは回って来るとは誰も予想だにしていなかったくれない様の兄、正直公に将軍の座が転がり込んで来たのだという。
「兄上もそれなりに優秀ではあるが、後楯が少なくての。苦労が絶えんあまりに、近頃では髪が薄うなってきおった」
「…それは、お気の毒です…」
元々、隠形の巫女は裏江戸と同じ寺社奉行所管轄の身分だったらしいのだが、先代将軍の治世の終わり頃にくれない様の腹違いの姉にあたる人が巫女として生まれたことで権力の構図がおかしくなったらしい。その為今は大老と呼ばれる将軍のすぐ下、言わばナンバー2の役職の管理下にいるそうだ。
「もともと隠形の巫女も妖も人間の欲に利用されやすく、昔から淀みやすい存在だったのじゃ。ま、組織を独立させたところで実質はそうそう変えられんのだがな」
くれない様のお姉さんは、過去比類がない程の高い能力をもった巫女だったらしい。側室の子とは言っても将軍家の血を引き、本人が望まなくても政治的思惑に常に晒されていた。将軍の座に就いたものの立場の弱い正直公にしてみれば、無用な争いの種にならないように厳しく管理せざるを得なかった。
「幼い頃は兄上も姉上も自由に生きられた。じゃが、兄上が将軍になってからは姉上を利用されぬよう、守れるよう、自由を奪うしかなかったのじゃ」
くれない様の口調はあくまでも軽いものだった。でも、その裏には後悔や悔しさが滲み出ているように聞こえた。
「勿論姉上も己の立場を充分承知しておった。兄上の邪魔にならぬように、と、不自由な身の上を受け入れていた…しかしその姉上は、何一つ自由もないまま、ささやかな望みすら叶えられぬままいなくなってしまった…」
不意にくれない様の瞳が揺れ、どこか遠くを見ているような眼差しになった。虹彩まで深い赤のくれない様の目は、まるで宝石のように美しかった。
「それ以来、兄上も妾も巫女達に不自由を強いる分、望みは可能な限り叶えてやると決めているのじゃ。だから鈴華も何かあれば言うのじゃぞ。妾が全力で叶えてやるからの」
「ありがとうございます!」
くれない様が胸を張ってドンと拳で叩いた。その拳は身長に見合って小さなものだったが、私にはとても力強く安心出来るものに映った。
☆★☆
それからくれない様と取り留めない会話をし、何となく喉が渇いたな、というタイミングで部屋の隅に用意されていた茶器セットを発見した。早速お茶を煎れようとしたのだがお湯を沸かす道具がなくてどうしようかと思ったのだけど、くれない様の契約している妖は火を扱うらしく、ビックリするくらいあっという間にお湯を沸かしてくれた。
「八房、お主も飲むか?」
『……その名で呼ぶな』
くれない様が声を掛けると、そのすぐ後ろから溶け出すように白い着物姿の人物が浮かび上がった。顔の半分を隠すように狐面を付けていて、見えている方の顔は人形のように整った無表情だった。姿は細身で色の白い男性に見えるが、この登場の仕方からすると妖なのだろう。
「ええと…お茶、如何ですか?」
『…いただこう』
その人?は少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、それは一瞬のことですぐに無表情になった。そしてスッと音も無く私の近くに座り込んだ。すごくキレイな人?だけど、明らかに漂う空気が人間じゃない。漂う、というか、全く空気を動かさないで移動しているような印象だった。
「…どうぞ」
お茶を煎れて二人の前に置くと、ほぼ同時に手に取った。姿形は全く似てないのに、何故だか動きそのものはよく似ていたのでちょっと微笑ましくなってしまった。
「くれない様と契約されている…方ですか?」
「そうじゃ。もとは尾が九本あった化け狐なんじゃが、妾との契約を交わす際に抵抗しての。その時に一本毟り取ってやったので今は八房と呼んでおる」
もしかして九尾の狐…ってあの有名な?一本毟り取ったって…
くれない様の衝撃発言に、彼を不躾なまでにまじまじと見てしまった。彼はこちらには目も向けず、無表情のまま茶を啜っている。
「契約って、結構危険なんですか?」
「場合にもよるの。より力が強く智恵のあるものはその矜持も高い。相性が良ければ向こうから望んで契約を持ちかけて来ることもあるが、彼奴のように抵抗して捩じ伏せられることもある」
『逆にこちらが殺すこともある』
冷たい感情のない声でそう言われて、一瞬背筋にヒヤリとしたものが走る。今まで見て来たつばきさんや夕顔さんの契約している妖とは随分違う。くれない様とは契約は結んではいるけれど、仲は良くないんだろうか…
「そんなことは稀中の稀じゃ。大抵の者は、己の実力と相性に合った妖と契約するから失敗することはほぼない」
『紅は実力も考えずに吾に挑んで来たな』
「それは当時のことじゃ!今なら契約など雑作もないわ」
あ、そこまで仲が悪いわけじゃなさそうだ。この妖さんのくれない様の名を呼ぶ声が何となくニュアンスが違う。それに、その名前を呼ぶ瞬間だけちょっと視線が優し気になる。態度では分かりにくいけど、多分ちゃんとした信頼関係は結ばれてる。
「帯刀さん達、大丈夫ですかね…」
「心配はいらぬぞ。あの者らが動けば解決せぬことはないからの。特に帯刀とモジャモジャは裏江戸の中でも実力は随一じゃ」
「え?帯刀さんもですか?」
「何じゃ、見たことないのか。…まあ確かにそんな危険なところへそなたは連れて行けぬな」
止水さんは周囲から「刀馬鹿」と言われる程刀での戦闘に長けた人だとは聞いているけど、帯刀さんは頭脳担当の後方支援なイメージがあったよ!あれ?よくよく思い出してみたら、止水さんの戦いも途中で意識なくしてるから実際見たことなかったっけ…。うん、まあ出来ればそんな現場には出くわしたくはないな。
「勿論、一番強いのは妾じゃがな!」
すごいドヤ顔ですね!
でもそれよりも、その隣で座っている妖さんもほんの少しですがドヤ顔してません?やはり自分の契約者が一番だと主張しているのは嬉しいものなんですかね。
信頼関係どころか、予想より遥かに仲良しなのでは…と私は更に微笑ましい気持ちになって二人を眺めたのだった。
「?」
『紅、来るぞ』
二人が急に弾かれたように立ち上がった。
「鈴華、来い!」
その反応に一瞬付いて行けなかった私を、くれない様が腕を掴んで引っ張り上げた。
次の瞬間、今まで私が座っていた辺りの天井がビシリと音を立てて亀裂が入り、太い梁が砕けて真下に落ちて来たのだった。
「八房」は南総里見八犬伝より。こちらの世界にも同名小説があり、くれないが無表情で可愛げのない八房に対して意趣返しのつもりでわざと犬の名を付けています。が、彼自身はそんなに嫌がってませんが、くれないの反応が面白いのでちょっとだけ抵抗する振りをしています。
いつか契約時のエピソードが入れられたら…




