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五・チートが過ぎるのも問題でした


目を覚ました時は、もう日は大分高い所まで昇っていた。


起きると目の前にはつばきさんがいて、それはもうギュウギュウに抱き潰されて、そのままお胸で溺死するかと思いました。それはそれでありがたいことかもしれないけど、折角助かったのでもうちょっと長生きしたいです。


私がもがいているのに気付いたつばきさんが解放してくれたので、ギリ川の向こうに行かずに済んだ。そして身支度を整えながらつばきさんが昨日の夜のことを説明してくれた。お寺の敷地内に妖を引き連れた賊が侵入して、私を連れ去ろうとしたこと。そして止水さんの連れている妖の力でそれを阻止したものの、うっかり止水さんが私を手荒く扱い過ぎて昏倒させたこと。


はっきりと鮮明ではないけれど、大体のことは覚えている。そして、体の内側にこびり付いたような恐怖も。


「その…具合はどうだ?」


障子を開けるとすぐ外には止水さんと夕顔さんの姿があって、私は心底安堵した。まあ話によると、私に止めを刺したのは止水さんみたいだけど。そのことについては、つばきさんと帯刀さんにこっぴどく怒られたらしい。私の顔を見るなり、バツの悪そうな顔をして尋ねて来たのだった。


「まあ、大丈夫そう、です。何か、記憶がごっちゃになってて、何となくしか覚えてないですけど」

「本当に悪かった!」


ガバリと止水さんが頭を下げる。おお、こちらも見事な土下座。しかも立ち上がった姿勢からですから、ほぼジャンピング土下座ですね。夕顔さんといい、止水さんといい、こんなにもイケメンに土下座される人生が待っていたとは思いもよらなかったですよ。


「あの…でも、止水さんが助けてくれたんですよね?ありがとうございます」


こちらも同じく正座をして深々と頭を下げた。


「それも俺が勝手にやったことだから、礼なんて必要ねえよ!」

「それでも助かったわけですし!」


もうそこからは二人して土下座合戦の様を呈していた。あまりにも互いに頭を下げ合ってるものだから、しまいにはつばきさんに「土下座禁止!」と怒られてしまった。


みんなはとっくに朝ごはんは済ませていたので、私の為に作ってくれていたおにぎりと味噌汁をいただいた。例のガツンと来る梅干しと、出汁を取った後の昆布を刻んで佃煮にしたものが入ったおにぎり。そして大根の味噌汁。一口ごとに心と体がほぐれて行くような気がする。お米セラピー万歳。


「食べ終わってすぐだけど少しいい?」

「はい」


食後のお茶を啜っていると、少し申し訳なさそうな表情のつばきさんに声を掛けられた。付いて来るようにと促されて、私はつばきさんの後を追う。


「ここは奥の間の境だけど…何か感じる?」

「え?…ええと…」

「やっぱり最初に聞いておくべきだったわね」


つばきさんが言うには、この奥の間に続く廊下の入口に男性は侵入出来ない結界が張ってあるそうなのだ。それもかなり強力な結界で、あまり能力の高い者でなくても感知出来るのだとか。そう言われたけど、私にはさっぱり分からなかった。結界も基本的には陰陽の気が関わるらしいので、それを調整する隠形の巫女に対しては効果は薄いそうなのだ。

更に私は自動調整機能が強力すぎて、結界に触れる瞬間に体の周辺だけほぼ無効化しているらしい。自覚ないけど。幸いなことに?なのか、それは私のごくごく近い身の回りだけなので、あちこちの結界に穴を開けて回っている存在にはなっていないらしい。


「敷地全体には、正規の入口以外から入ろうとする者を排除する結界が張ってあるし、奥の間にあたる建物全体には妖避けもしてあるのよ」

「そうだったんですか…」


このお寺は敷地面積の割りに住んでる人数は少ないし、女ばっかりで防犯は大丈夫かと思っていたけど、そういう仕組みになってたのか。


「あ、それで私を攫おうとした人は女の人だったんですね」

「そうなんだけど…いくら女と言えどもそうそう簡単に突破されるような結界ではなかったのよね」


確か妖は障子で遮られていただけなのに、建物内に侵入して来なかった。妖避けの結界の効果だろう。でもあの黒装束の人は、いとも簡単に障子を蹴破った。そこから妖が入って来たので、つまりは結界を破ったということだ。


あれ?さっき隠形の巫女は結界の効果が薄いって…


「つばきさん、ひょっとして…」

「今はまだ調査中」


開きかけた私の口を、つばきさんの人差し指がやんわりと止める。


はい!憶測でモノを言うなってことですね!!言いません、言いませんとも!!こんな美女に唇に触れてもらえるなんて体験、なかなかありませんぞ!


…いかん、興奮し過ぎた。


「まあ結界は掛けた術者以上の力が加われば解けてしまうから、絶対的に安心というものではないからね」


つばきさんは話ながら、奥の間の更に奥へと私を案内する。


「もし外側の結界が破られたら、こっちへ逃げて来て。奥に行けば更に結界が強力になるから」


本来なら、みんなこの奥に強力な結界があるのをだいたい感知出来るそうなのだ。結界の存在を知っていなくても、本能的にそちらへ向かえば安全であるという意識が働くとか。でも、私は結界オールフリー状態の為、本能も何もない。私の本能、ちょっとは仕事して。


「知らせてなくても分かるものだと思い込んでたのよね。ごめんなさいね」

「いいえ!私もいざと言う時の避難経路くらい確認しておくべきでした!」


もし知っていたら、あの妖に遭遇した時点で奥に逃げておけば良かったのだ。怖いことが通り過ぎるまで頭を抱えて蹲るだけじゃダメなんだ。運良く今回は助けてもらったんだから、ちゃんと次に活かさなければ。


「そして、ここが」


つばきさんは本堂まで私を連れて来ると、ご本尊に裏手に回って柱の一つに手をかけた。


キィ…と微かな音を立てて、柱に人が通過出来るくらいの穴が開いた。これはアレですか!忍者屋敷的な抜け穴ですか!


「これは限られた人間にしか開けられないの。後で鈴華ちゃんも開けられるように手配しておくから。そうそうないと思うけど、もしこの本堂も突破して来るような厄介な相手が追って来たら、迷わずここに飛び込むのよ」

「が…頑張ります」


何かもう、襲撃イベントのフラグみたいな台詞が怖いんですけど。もうホントに、ゲームをやっておけば良かったよ…せめてどんなイベントが用意されてるのかくらい把握したかった。


「こっちへ」


つばきさんに案内されて穴をくぐると、下に向かう階段があった。当然薄暗いのだけれど、等間隔に蛍石が設置されていて足元が見えない程ではない。それに、何と言うか地下特有の埃っぽさとか湿っぽさはなく、少しだけひんやりとした…そうだ、本堂と変わらない清浄な感じがする。勿論つばきさんが先導してくれるというのもあったけど、私は全く不安を感じないでその階段を降りて行くことができたのだった。




☆★☆




「ようやく妾に面通しさせるか」

「えっ?!」


階段を降りきった所の扉を押し開けると、本堂に良く似た作りの部屋があった。そして本堂ならご本尊が設置されているような場所に御簾が掛けられていて、その奥に人影が見えた。うっすらしか見えないが、赤い着物を着ているのか全体的に赤っぽい人影で、その影が唐突に声を掛けて来た。少し高めの、ハッキリとしたよく通る女性の声だった。


「庵主さま」

「待ちかねたぞ!」


影が動いたかと思うと、御簾を勢いよく跳ね上げて一人の女性が飛び出して来た。勢いがあり過ぎて、上から掛かっていた紐が外れてドサリと御簾が落ちた。だが、彼女は欠片も気に留めず、私の目の前まで一直線に迫って来た。


(ぬし)が異界の巫女か。思ったよりも似てないの」


……すごく派手な美人だ。


「庵主さま。あまり驚かせては」

「妾の何処に驚く要素があると言うのじゃ」


奥から出て来たのは、後ろで一本に束ねたストレートの長い真っ赤な髪に真っ赤な目、おまけに全身赤の着物を纏った、火の化身みたいな女の人だった。すごく小柄だけど、顔立ちも大人っぽく可愛いよりは圧倒的に美人顔。スタイルだって出るとこは出て、細い所は細い。つばきさん程のけしからんボディではないにしろ、迫力美人だ。


「あの…こちらの方は…」

「この寺の庵主、紅梅尼(こうばいに)じゃ。あのモジャモジャとヒョロヒョロは『くれない様』と呼ぶがな。主も好きに呼んで良いぞ」

「モジャ…?」

「止水と夕顔よ」


一瞬誰のことか分からなかった私に、つばきさんがそっと耳打ちしてくれた。わあ、端的で分かりやすいですね!


「何なら『紅蓮の赤猫(あかねこ)』でも構わぬぞ!」


何ですか、その黒歴史を生み出しそうな二つ名は。


「庵主さま!彼女に紹介させてください!」


つばきさんが口を挟むと、彼女はケラケラと笑いながら最初に座っていた場所に戻ってドカリと座り込んだ。何と言うか、すごく奔放な…というよりじゃじゃ馬という言葉がぴったりな(ひと)だなあ。喋りや動きに勢いがあるので分かりにくいけど、こうして黙っていれば小さくて細身のお人形さんのように綺麗な容姿だ。

…あれ?髪と目の色のせいかな。表情が動かないと何となくサクラちゃんに雰囲気が似ている。


「鈴華ちゃん。こちらの紅梅尼様は、この赤華寺の庵主さま…つまりここでの最高責任者にあたる方よ」

「は、初めまして。神戸鈴華です」


このお寺の一番偉い人は滅多に顔を見せないので、実質取り仕切ってるのはつばきさんだと以前聞いたことがあった。尼寺の一番偉い人ということで、勝手に穏やかなお婆ちゃん的な人をイメージしていたので、実際のギャップに頭がついて行かない。ここまで強烈なパワフルタイプとは予想もしてませんでしたよ。年齢的には私よりは年上だけど、つばきさんよりは若そうな印象だ。


「紅梅尼様は…」

「くれないじゃ。そなたには『くれない』と呼ばれた方が良い。今後、そう呼ぶように」

「あ、はい…」


さっきは好きに呼べと言われたような気もするんですが…ご希望とあらば。


何だろう、この口調ってお姫様みたいだよね。ひょっとしてこの若さで最高責任者ってことは、結構身分が高いとかだろうか。


「あの…くれない様は、先程『似てない』とおっしゃいましたが…」

「姉上じゃ」


くれない様は、少しだけ口の端を上げるように笑うと「妙な所に引っかかるのだな」と言った。まあ確かに他にも聞きたいことや突っ込みたいことは満載ですけどね。


「妾の姉上も隠形の巫女であった。どうにも巫女は皆黒髪黒目で、印象が薄くぼんやりとした顔をしているから、姉上以外はだいたい似たように見えるのじゃ」


すみませんね、地味顔で。


「ただそなたは死んだ姉上と同じ歳じゃと聞いておったから、少しは似てるかとちょっと期待しただけじゃ。気を悪くするなよ」

「はあ…」


いきなりサラリと重い話を混ぜ込んでませんか?これはどう答えたらいいんですか?


返答に困っている私を見かねて、つばきさんが口を開く。


「この庵主さまは、この寺の責任者だけでなく『裏江戸』の長でもあるのよ」

「え!そうなんですか?」


てことは、帯刀さんの上司ってこと?いや、詳しい組織体形は聞いてないから上司よりももっと上なのかもしれない。社長さんみたいなポジションだろうか。おお…女社長か。


「更に付け加えるなら、妾は現将軍徳田正直(とくだまさなお)の同腹の妹、紅姫(べにひめ)じゃ」


リアルお姫様でしたかー!!


私でも分かる突然の殿上人との出会いに、思わず軽い目眩を覚えたのだった…。




やっとレギュラー予定の最後の一人が出て来ました。

どこかで登場人物一覧的なページを作ろうかな。自分の備忘録的な意味も込めて(笑)

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