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閑話・黒幕


「止水、あんたは後で説教!」

「はい…」


ずぶ濡れになって完全に伸びている鈴華を止水の手から強引に奪い取ってから、つばきは容赦なく止水の尻に蹴りをお見舞いした。声こそ上げなかったものの、止水は尻を押さえてその場に蹲る。あまり肉付きの良くない体形なので、女の蹴りでも充分に効果はあったようだ。


「まあ姐さん。今回は止水の考えなしが巫女誘拐を未遂で防いだんだから。その辺ちょっとは考慮してあげなって」

「夕顔、この刀バ…()()()()鹿()、庇うわけ?」

「まあまあ。どうせ帯刀様からキツイのお見舞いされるんだから。姐さんは労力を割く必要がないでしょ」

「うえぇ…」


言いたい放題のつばきと夕顔に、止水は情けない顔になって落ち込んでいた。


「それよりもあいつらの動向、見失ってないでしょうね」

「大丈ー夫。オレのご隠居の眷属が張り付いてるよ」


鈴華を攫おうとした妖と、それを率いる黒装束の女。鈴華を奪い返されると同時に即撤退していたが、夕顔が使役する妖の一部に追わせていた。彼らの逃げ込んだ先が判明次第情報が伝えられるだろう。


「ご苦労だったな」

「帯刀様。申し訳ありません」


程なくして、部下を連れて寺に駆け付けた帯刀をつばきが出迎える。深夜をとうに回っていたが、帯刀の姿はいつもと全く変わらない。部下達は慌てて身支度を整えたのが分かる。帯刀は別に自分がそうしているだけで他人にとやかく言うことはないのは分かっているが、つばきは無造作に束ねただけの自分の後れ毛に無意識に手をやっていた。


ずぶ濡れになった鈴華をつばきとツツジで着替えさせ、台所の隣の食堂替わりになっている座敷に寝かせていた。本来ならこのような出入口付近の人の出入りが多い場所ではなく奥の間に寝かせてやりたい所だが、妖が侵入したこともあり安全ではない。この場所ならば男子禁制ではない為、止水も夕顔も護衛で近くに控えることも可能だ。


「いや、鈴華が無事であるならいい。しかし、痛いところを衝かれたな」

「まさか奥の間に女を侵入させて来るとは…」


赤華寺(しゃっかじ)は特殊な位置づけがされている寺である為、防犯の為に寺の敷地、建物に幾重にも結界が掛けられていた。男子禁制となっている奥の間は、規則としてだけでなく実際に男性が立ち入れないように結界が張られている。とは言え、女性なら誰でも簡単に入れるということはなく、幾つかの正規の通路を通らなくては中に入ることは出来ない仕組みになっていた。もし、その通路以外に強引に侵入して来るならば、余程の高い能力を持った女性か妖ということになる。勿論、妖に対する結界も掛けられてはいたが、そちらの結界は女性には通用しない。

今回は女性と妖、双方が侵入した為に対妖用の結界が破られてしまい、更に外から駆け付けようとした止水や夕顔が男子禁制の結界に阻まれて対応が後手後手になっていたのだった。


「やはり『裏』の関係者でしょうか…」

「昨年、狒々(ひひ)との契約に失敗し、『裏』の仕事から外れた女がいた。報告ではその際に狒々に付けられた傷が元で死んだと言われているが」

「生きていた…ということですか」

「まだ分からん。契約失敗(その)程度の力なら結界を突破し且つ妖を引き込む程の力はない筈だが…ただ、亡くなった女の妹が隠形の巫女見習いだとは聞いている」

「巫女見習いなら妖を隠してここに入り込むことも不可能ではないですが…その姉妹がこの件に関わっていると?」


つばきが眉をひそめて訊いたが、帯刀は「夕顔の報告次第だな」とだけ答えた後、何か思案顔でそのまま黙り込んでしまった。つばきも、帯刀の思考の邪魔をしないようにそっと傍から離れると、寝息を立てている鈴華の枕元に座り込んだ。


スウスウと規則正しい呼吸を確認して、安堵したようにつばきはサラリと軽く鈴華の前髪に触れた。まだ少し湿っていたが、そう寒い時期ではないので風邪を引くことはないだろう。

ふと座敷の隅に目をやると、ツツジが座り込んだままウトウトしていた。色々と騒ぎがあって安全の為ここに連れて来ていたが、さすがに幼い彼女には辛い時間帯だ。


「あんたも今日はここで休みなさい」

「…あい」


ツツジは半ば意識を飛ばしながら、つばきが並べた座布団の上に横たわるとあっという間に眠りに落ちてしまった。その様子につばきは軽く微笑むと、ツツジの上にそっと羽織を掛けた。奥の間からもう一組布団を取って来て並べるにはここを離れなければならない。傍に護衛の二人は付いているが、一応遠慮して障子を閉めた廊下にいる為、部屋の中を守るのはつばきだけだ。

ツツジには悪いと思いつつ、やはり用心して部屋から離れることは選択出来なかった。




☆★☆




「何か不自由はございませんかな?」


揉み手でもしそうな様子で中年の男に話しかけられて、サクラはムッとしたように眉根を寄せた。


「お食事でございますよ。今日は新鮮な鯛が入りましたので、料理人が腕によりをかけました。お口に合いますかどうか…」


サクラは薄暗く狭くはあるが、一目で贅を凝らしていると分かる調度品の設えられた座敷にいた。しかしその出入口には全て頑丈な格子が嵌められ、窓はあるものの明かりは一切入って来ないので、おそらくここは地下にあるのだろうと考えられた。


その座敷の出入口から、豪華な料理の乗った膳が幾つも運ばれて来る。到底一人では食べられる量ではないが、彼にとってはそれが気配りの証であるらしかった。

膳はすぐには並べられず、最後に入って来た陰鬱な表情をした少女が傍らに座る。そしてサクラに向かって一礼をすると、全ての膳から少量ずつ料理を取って口に運んだ。毒味をさせているのだ。それが済んでしばらく少女の様子を診てから、ようやくサクラの前に膳を並べる。


ここに連れて来られてから、毎食ごとの光景である。この少女は男の娘と聞いていたが、贅沢な暮らしをしているのが一目で分かる恰幅の良い男に比べて、娘の方は痩せて肌艶も悪かった。娘を毒味役として使っていることで忠誠を尽くしている、という建前を演出したいだけにしか見えず、本当の娘ではないのかもしれない。サクラは相手に悟られないよう、内心そっと溜息を吐いた。


「それでは、何かございましたら外に使用人を控えさせておりますので、何なりとお申し付けください、()()


男と少女が出て行き、外からガチャリと重い金属音が聞こえる。


しばらくそのままの姿勢だったが、サクラはようやく膳の料理に箸を付けた。完全に冷えてはいないが、料理はすべてぬるくなっていた。香ばしい風味の潮汁や紅白の目にも鮮やかな鯛なますなど、普段口にしないようなご馳走ばかりで確かに美味しいのだが、どこか気持ちが虚しく感じてなかなか箸が進まない。


ここに入って三日になるだろうか、とサクラは心の中で食事の回数を反芻した。


薬草を届けにいくお使いからの帰り道、裏路地の目立たない場所でお腹を押さえて蹲っていた少女を見かけた。心配になって声を掛けた所、表通りの大店で働いている者だと名乗り、そこまで送って欲しいと頼まれたのだ。頼まれるままに少女を支えてその店の裏口近くまで行ったのだが、不意に数名の覆面の男達に拘束されて意識を失い、気が付いたらこの座敷に運び込まれていた。

常日頃から用心はしているつもりだったが、あの少女の苦しみ具合は芝居とは思えなかったのでつい油断していた。


自分がこうして監禁されている理由は幾つか思い当たったが、絶対につばき達が助けに来てくれると信じていた。それに相手の態度からすると、当面危害を加えられることはなさそうだ。


たとえどんなに味気なく感じたとしても今は体力を維持しなければならないと、サクラは気持ちを奮い立たせて、強引に皿の料理を次々と平らげたのだった。



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