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二・ヒロイン成分はないらしい


ギィギィと耳慣れない音が聞こえて来た。

そこから一気に私の意識が覚醒して、その時になって初めて自分の意識が途切れていたことに気付いた。


何…ここ…?


音ともに揺れを感じた。

恐る恐る目を開けると、何か箱のようなものの中にいた。箱の中は薄暗く、高いところに窓のような穴が開いていて、そこに簾がかかっていて外は見えない。外は明るいのか簾の隙間から光が漏れているので、目を凝らせば箱の中はうっすらと見える。


船…ではないよね…?


どうやらこの箱は移動しているようだ。電車でも車でもないゆったりとした揺れで、今までの体験では船の揺れに近いような気がした。が、それにしては水音がせず、ギィギィと箱が軋む音に混じってゴロゴロと鈍い音がする。車輪の音だろうか。


何か…ヤバいものに巻き込まれた…とか…?


どのくらい意識を失っていたのか分からないが、手足は自由だし、どこか怪我をした感じはない。しかし、異常事態に背筋が冷えて、お腹の底から震えが上がって来る。


そういえばさっきの女の人…


意識を失う前、着物の女性に声を掛けたのを思い出した。そして振り返ったその人の顔は……真っ白だった。


「のっぺらぼう…」


そう呟いたつもりだったが、殆ど声は出ていなかった。ただヒュウヒュウと息が漏れただけだった。


  何か言うたか

     風じゃ 風の音じゃ

  

そんな声が外から聞こえて、思わず体が強張る。その声は私にも分かる言葉を発していたが、まるでエフェクトを掛けたかのように奇妙な響きをしていた。耳を澄ませてみると、ザワザワとした気配がした。この箱の周りに大勢いるみたいだ。気が付いたことが外にバレたらマズい気がする。


それでも外の様子が気になって、思い切ってそろりと壁に手をついて簾に顔を近づけてみた。外が明るいなら、薄暗いこちらの動きは向こうからは分からない筈だ。でも、覗いたことを思いっきり後悔した。



外は、どう見ても人間とは程遠いモノ、いわゆる妖怪と言われるモノ達に囲まれていた。



喉元まで出かかった声を強引に飲み込んで、私はなるべくそっと箱の中央に戻って膝を抱えて小さくなった。あれはドッキリの仮装とかコスプレなんだと思い込もうとしたが、自分が巻き込まれる理由がない。それにチラリと見ただけだけど、明らかに人よりも巨大なモノもいた。

もう後は夢と思うしかない。それなら早く醒めて、と祈りながら。



どのくらい時間が経ったのか、不意に揺れと音がピタリと止まった。



  誰じゃ…

    何奴じゃ…



ざわざわと周囲から声が聞こえる。



「不法侵入者、見つけたぜ」



そのざわめきを切り裂くように、はっきりとした男の声が凛と響き渡った。




☆★☆




箱の外で、大きな雄叫びが上がった。

箱全体がその声で震えた。きっとあの魑魅魍魎達が叫んでいる。恐怖で思わず耳を塞いで蹲ってしまった。


何コレ、何コレ、怖い怖い怖いコワイコワイ


次の瞬間、大きな衝撃を受けた。外から何か大きなものがぶつかったのか、箱が大きく揺れ、掛けられた簾が踊る。


「ひいぃぃぃぃっ!」


三度目の衝撃で箱がとうとう斜めになった時、ようやく自分の口から悲鳴が漏れた。悲鳴と言うよりは、引きつった呼吸音に近かったが。私はパニックになりながらも、こういう時に「キャー」みたいな悲鳴は無理なんだな、と自分のヒロイン成分のなさを自覚していた。


「人かっ!?」


声と同時に、目の前の簾が跳ね上げられた。


逆光で良く見えなかったが、長身の男の人だった。着物のようなシルエットで、強いくせ毛の髪を強引にまとめている。


「憑き物筋か…いや、隠形の巫女か…?」

「ぎゃあああぁぁぁぁ!」


男の人の手には、何か長い棒のようなもの…それが日本刀だと認識した瞬間、私は悲鳴を上げていた。

…大分残念だったけど。




☆★☆




「馬鹿!落ち着け!」

「ひっ!」


その男の人は箱の中に踏み込んで来ると、空いている左手で私の腕を掴んで引っ張り上げた。足に力が入らず、半ば引きずられるように箱の外に出された。


もうダメだ…死ぬ…訳の分からんうちに妖怪にさらわれて辻斬りに襲われるとか…


「怪我はっ?」

「へ…?は、はえ?」

「大丈夫か?」


勢い込んで男の人が聞いて来る。気が付くと、私は男の人に抱きかかえられるようになっている。


顔、顔近い!

生まれてこのかたモテたことない私には刺激が強過ぎるでござる!


応えられずにいる私を、ものすごく心配そうな表情で覗き込んで来る。その目は、見たことがないくらい淡い青で、とても綺麗だと思った。その目の色を見た瞬間、気持ちが不思議な程スゥッと落ち着いた。


「よし、大丈夫そうだな」


私が落ち着いたことが分かったのか、その人がにっこりと笑った。真顔だと一見強面に見えたけど、その笑った顔は驚く程無邪気で子供っぽかった。


「じゃ、ちょっと目ぇ瞑ってな」

「え…?」


私を左腕でホールドしたまま、男の人が右手の刀を構える。目の前にきらめく刀身…これ、本物…?


「さあって、とっとと戻ってもらおうか!」


「きゃああああぁぁぁぁ!!」


あとはジェットコースターのように振り回されて、私の意識は再び唐突に途切れた。

頭の片隅では、今度は完璧な悲鳴を上がられたぞ、と思いながら、遠くでレベルアップの音楽を聞いた気がした。



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