七・美味しいものは自分で選びましょう
「かっらあっげかっらあっげ」
鼻歌まじりに、肉に調味料を揉み込む。ここで美味しくなあれ、と念じると本当に美味しくなる…と、信じている。
「鈴華さん、こちらはこれでいいですか?」
ツツジちゃんが茹でて潰したジャガイモを見せて来る。うむ、いい感じに粗く粒が残っている。
「完璧です!で、そこに塩を軽く混ぜて、冷めたらさっき絞っておいた野菜を混ぜておいてください」
「了解です!」
「オレ味見ていいー?」
「「ダメです!」」
すかさず手を伸ばしかけた夕顔さんに、私とツツジちゃんの声がハモる。
これからツツジちゃんにはポテトサラダを作ってもらうんですから。今の時点で味見したらただのマッシュポテトですよ。
今日の夕食のメニューは、私の初仕事祝いに私の故郷の料理を…って、何で私が作ってるんだろうね。私しか作れないからなんだけども!それに、私が食べたいからいいのだ。と言う訳で、私でも家で手伝っていたからどうにかなる唐揚げとポテトサラダとトマトオムレツ。今日の買い物で、輸入品の瓶詰めマヨネーズを発見したのだ!かなり高級品だったので、食材用の予算はオーバーしてたけど、そこは夕顔さんに「何でも買ってくれるって言ったじゃないですか?」と可愛らしくねだってみた。あくまでも可愛らしくおねだりですよ?脅してませんよ?
まだポピュラーじゃない調味料でもあるし、金額的なことを考えると茹で卵を追加してマヨネーズは少なめの方向で。ハムかベーコンも入れたいけど、そのものも代用品になりそうなのも見つからなかった。メインが肉だし、そこはヘルシー志向…どうせ誰も知らないメニューだしね。鶏ハムとか作り方は知ってるけど、冷蔵庫がないからチャレンジするのは怖いよねえ。前につばきさんに訊いたら、それらしきものはあるそうだけど、非常に高価で庶民にはまだ手が届かないらしい。残念。
基本的に和食だから肉よりは魚の方が馴染みがあるらしく、売っている種類も魚の方が多かった。今回はスタンダードに鶏肉の唐揚げだけど、魚も使えばレパートリーが広がりそう。保存方法は未発達だけど、その分流通に力を入れているらしく、新鮮な魚介も入手しやすい。
「これ、止水の注文だよね?」
湯剥きして賽の目に切った赤茄子の入った深皿を、夕顔さんが怪訝そうに覗き込んでいる。こちらの世界のトマトは皮が固くて水分が少ない。栄養価が高いので日ノ国でも栽培されていて、焼いて皮を剥いて食べるのが一般的だそう。
「オレ、赤茄子好きじゃないんだよね」
「夕顔さん、人が食べてるのも許せないとかですか?」
「えー、なにそれ。そんなにオレの了見狭いように見えるー?」
「そういう風には思ってませんよ。自分のいた所にそういう人がいたんで確認しただけです。別に無理に食べなくてもいいですし。食べたい人が美味しく食べればそれでいいかなと思いますよ」
自分で食べない上に、人の食べてる物まで文句を言って来る人は全くの理解不能だったな。そりゃ匂いのキツいものとかはちょっと申し訳ないかな、と思うけど、それなら離れてくれりゃいいだけなのに。アレルギー云々は別としても。
教室でお弁当食べてる時にやたらそうやって絡んで来る子がいたよなあ。シラスの顔なんて気にしなきゃいいのに。
「それしか食べるものがないなら一応勧めるかもしれないですけど、他におかずありますから」
「へー。オレ、作ってくれる娘には『健康の為だからちゃんと食べて』としか言われたことないよ」
「言われて食べるんですか?」
「んー、まあ一応ね。美味しくねーなーとか思うけど、そこはオレも役者だし」
何か悲しくて、作ったものをマズいと思われながら食べられなきゃならないんだ。子供ならともかく、大人なんだから、自分の食べる物は自分で選べばいいじゃない。これは我が神戸家に伝わる家訓だ。
「夕顔さんが食べないなら三つくらい焼けばいいかな」
女四人で半分ずつと、止水さんに一つ分だ。大きなフライパンがあればまとめて焼けるのだけど、ここには小さな丼用の片手鍋?みたいなしかないので、それで代用している。もともとそこまで料理が上手いって訳でもないからね。仕上がりは表面が焦げてたり、真ん中から破れてたりしてるのばかり量産しているが、味は悪くない、多分。家庭料理とはそういうものである!(母談)それにプロじゃないし、誰も完成系を知らないからそれでいいのだ。
そういえば止水さんは、いつも朝食は食べに来るけど、夕食に来ることはあまりなかったことに気付いた。私がここに来てから、片手で数えるくらいじゃないかな。
何かリクエスト受け付けた気持ちになってトマトオムレツ作っちゃったけど、食べに来てくれるかな。
「今日は絶対に来るわよ。サクラと仕事現場が同じだから、きっと付いて来るわ。鈴華ちゃんが初仕事を終えた話は伝わってるだろうしね」
つばきさんに確認した所、そんな回答が返って来た。いつの間に伝わってるんですか、その情報。
だとすると、唐揚げ足りるかな。止水さんも夕顔さんも結構食べるんだよねえ。二人とも結構細いのに。止水さんなんて細いどころか薄いくらいだよ。一体何処の異次元と繋がってるんだ。
下準備を終えて、後は揚げるだけになった鶏肉を見ながら、ちょっと不安になっていた。とは言え、今日買って来たのはこれで全部だ。足りなくなったら…その時はその時だ。無い袖は振れない。
先にオムレツ…という名の卵とじを作って、それから唐揚げに取りかかる。本当は全部同時に完成させて、温かい状態で提供したいところだが、そこまでのスキルは持ち合わせてはいない。電子レンジの存在は偉大だった…焦がさずに温められるって機能だけでも、今考えると奇跡の存在だね。
揚げた後の油を吸わせる更紙を探して台所をぐるりと見渡した時、目の端に見慣れないモノがいたのを発見した。
え?いつの間に?
作ったオムレツを皿に乗せて一旦座卓の上に置いておいたのだが、その座卓にちょこんと小柄な人物が座り込んで、作り立てのオムレツをモグモグしていた。その人物は老人のようにも見えたが、明らかに人類では有り得ない後頭部が背中の方に伸びた独特のフォルムだった。これは…ひょっとして某妖怪アニメで有名なあの方なのでは…
「あの…どちら様…」
『おう、やはり性質が近いと見つかるのも早いの、娘御よ』
恐る恐る声を掛けると、向こうはニコニコした様子で答えた。表情だけ見ているとただの好々爺にしか見えない。いや、頭部のフォルムはおかしいけど。そしてそう言いながらも箸を止める気はありませんね。見事な箸さばきで柔らかいオムレツを切っては口に次々と入れていますね。
「あーご隠居、来てたのー?」
『童、この娘御の料理は心意気が良いな』
夕顔さんとお知り合いのようだ。何か料理褒められてるみたいですね。一応喜ぶべき…?でもそのオムレツ、止水さんのなんだけど…もはや半分以下しか残ってませんよね。
「あーご隠居。いらっしゃませー」
「いらしてたんですか?ご無沙汰ですね」
ツツジちゃんとつばきさんも、ようやくこの「ご隠居」の存在に気付いたようだった。
ええと、私のざっくりした妖怪知識でも知ってる。でも、この世界では何て呼んでいるんだろう。
「あの…夕顔さん?この方は…」
「オレの契約してる妖。みんなご隠居って呼んでる」
「私のいたところでは、『ぬらりひょん』と呼ばれていた妖にそっくりなんですけれど…」
「あ、同じだー」
嬉しそうな様子で夕顔さんが肯定した。
某妖怪アニメとかでは悪の親玉みたいな扱いだったけど、確かいつの間にか座敷に上がり込んで家人のように振る舞ってる謎の性質…だった気が。一時期お母さんが妖怪マンガにハマってたからなあ。今、こんなところでその知識が役に立つとは。
夕顔さん曰く、このご隠居ことぬらりひょん氏は、妖にしては珍しく、気を自在に操れるのだとか。勿論陰の気しかないけれど、近くに陽の気が多い人間がいれば、余分な気の量に合わせてバランスを取り隠密行動が取れるらしい。綻びや妖を感知したり、周囲に危険が潜んでないかを探る夕顔さんのサポート役には最適な妖だそうだ。
で、止水さん用のオムレツ、完食しましたね。
「ご隠居は珍しいもの好きだから、鈴華ちゃんの料理が珍しくて出て来ちゃったみたいだ」
「はあ…」
完食したと言うことは、満足していただけたと思っていいんですかね。トマトも卵もまだあるし、追加で作りますか。
もしかしたら唐揚げも食べるかな…?いよいよ数が不安になって来た。
『娘御…スズカ、と言ったか』
「は、はい」
『あの赤茄子の卵とじ、まことに美味であったぞ。あれなら夕顔も喜んで食すであろう。作ってやってはくれまいか』
「へ?」
『彼奴を育てのは儂じゃぞ。好みくらいは把握しておる』
「育ててもらったこと無いよ!まあ付き合いが長いから、ご隠居の言うことは多分当たってるけどね」
何故か夕顔さんにまでトマトオムレツの追加リクエストいただきました。もうね、こうなったら沢山作りますよ。唐揚げが足りない分はトマトで補ってもらうことにしましょう。
☆★☆
その後、つばきさんの予想通り止水さんとサクラちゃんが一緒に帰って来て、そのままちゃっかり居座ったご隠居も含めて、今までで一番賑やかな食卓になった。
『これは童どもには口に合わんものじゃ』
「嘘言わないでよー。絶対旨いから独り占めにしようと思ってんのすぐに分かるんだからね。どんだけ付き合い長いと思ってんの」
気が付いたらつまみ食いされて真っ先に味見をしていたご隠居が、ものすごく渋い顔でいうもんだから一瞬ヒヤッとしましたよ。そこをすかさず夕顔さんがツッコミ入れてましたけどね。見た目は老人で長く生きていそうに見えて、やり口は子供か!
結果的に、初めての唐揚げは予想通り大好評で、止水さんと夕顔さん、そしてご隠居も奪い合うように食べていた。勿論女性陣にも満足いただけたようで、特につばきさんはいつもより明らかに酒量が多かった。
そしてすっかり忘れていたけれど、私の初仕事成功のお祝いということで、止水さんから桜餅の差し入れをもらった。ピンク色に染めた餅米を茶緑の桜の葉で巻いたものと、白い餅米に鮮やかな緑の葉を巻いたものの二種類。よくお祝い事に食べられるそうで、わざわざ買って来てくれたそうだ。嬉しい。
今まで、私の為にわざわざ何か持って来てくれるのは家族くらいしかいなかった。
離れてしまって寂しくないと言えば嘘になるけど、ここにも家族みたいに心配して、構ってくれる人達がいる。
何だかんだありつつ、私はしっかりこの世界に居場所を見つけているのだった。
第二章、初仕事編はここで終了です。
次章は来週半ばくらいから開始予定です。




