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閑話・面影


「仔細は分かった」


長い沈黙の後、帯刀はやっと口を開いた。しかし、座敷に漂う重苦しい空気は一向に晴れる様子はなかった。


「申し訳ありません。勝手なことをいたしました。罰はどのようにでも…」

「罰はない。分かっていて軽々しく口にするものではないよ」

「はい」


帯刀の口調も表情もいつもと変わらない。しかし、その色素の薄い目は完全に感情を失っていて、酷く冷たく作り物めいていた。

帯刀の前で深々と頭を下げたままの夕顔は、一向に頭を上げる様子もなかったし、帯刀からもそれを許す発言もない。


「仕方ないね。顔を上げなさい」


どのくらい時間が経ったのだろうか。帯刀はゆっくりと長い溜息を吐くと、夕顔にそう促した。夕顔はゆるゆると顔を上げる。だがその表情は、未だに緊張に強張っていた。


「己の不甲斐無さが招いたことと分かっていても、遣り所のない感情を処理するのは難しいものだな」


もう少し上手く立ち回るべきだった、と帯刀は苦いものを含んだような気持ちで歯がみした。

最初に止水に発見されて、そのまま帯刀らに保護された異なる世界から来た少女。こちらの世界では希少な能力者である故に、上の見解は何が何でも囲い込みたいということだった。丁重に扱うことに異論はなかったが、本人の意志を無視して自分のいた世界に帰ることを妨害し、傀儡としていいように使うことは承服しかねた。

元の世界に帰るまでは協力を取り付けるという帯刀に対し、一旦上層部は帯刀の言い分を飲み込んだように見せて、裏では画策に動いていたようだ。しかし、帯刀としてもそれくらいは予測していたが、まさかこんなに短絡的に、すぐに別の者に命が下るとは予想していなかった。


「それにしても、上は随分腐ってしまったようだな。もう少し頭を使って動けば良いものを」

「そのおかげでこうしてオレに命が下ったわけですけれど」


夕顔は、見た目の美しさで当代では五本の指に入るという人気役者として名が知られ、役作りのためと称してあちこちで浮名を流している。それ故に口さがない者達には金と女で簡単に靡く享楽者と噂を立てられている。しかしその噂自体、夕顔自身が率先して流していた。


実際の夕顔は帯刀に忠誠を誓い、金にも女にも一切靡くことはない。帯刀を疎ましく思う者や、夕顔を使って悪事を企もうとするものの情報を上手く掴み、その情報を帯刀に流しては未然に防いだり、秘密裏に処理したりすることが彼の本業と言うべき役目だった。その役目は帯刀が上手く後処理をしているので、未だに夕顔のことを扱いやすい小物と誤解している者は多い。


「それで、どう致しましょうか」

「夕顔の思うままにすればいい。その命を下した者はひとまずは私の胸に留めておくが、近いうちに庵主様にまとめて奏上することにしよう」

「はい」


「それにしても」と帯刀は溜息まじりに言葉を紡いだ。

そのまま、庭に目を向けた。ここは帯刀に自宅であるが、仕事で泊まり込みが多いため実質長くいるのは番所の仕事部屋だ。役職付きの特権として個室が与えられているので、自宅に帰る必要性をさほど感じていなかったのだ。一応人を雇って手入れをさせているので、庭も座敷も綺麗に整えられているが、生活感や暖かさに欠けた印象を与える。


「まだ十年しか経っていないのだが、人間歳をとると忘れやすくなるというのは本当だな」

「当時を知っている者は、まだそれほど歳じゃないですよ」


かつて、歴代でも類を見ない程の力を持った隠形の巫女達がいた。彼女達は双子で、一人でも誰よりも優秀な能力者だったが、二人が揃った時は他の全ての巫女を万全の状態でぶつけたとしても到底敵わないだろうとさえ言われていた。そもそも巫女の能力は戦うものではないのだが、双子が揃った時の能力がそれほど桁外れだったと言うことだ。

その双子は、常に共にいることを望んだ。しかし当時の幕府の要職者達は、一点に桁外れの力を集約させるより、個々の能力も高い彼女達を別々に利用しようと目論んだ。


結果、()()()()()が起こり、彼女達は永遠に失われた。


その事故が起きたのはまだ十年前。その際に関係した者達は、人道から外れた望みはともかく、そうでない望みを無碍にするものではないと学んだ…筈だった。


「元いた場所に帰りたい、というのは決して人道にも悖る望みではない。私は鈴華の望みを叶えてやりたいと思ってるよ」

「それがせめてもの()()()への手向け、ですか?」

「手向けにすらならんよ。あの場にいた者は、最早何をしても償い切れない程の過ちを犯した」


帯刀は、異なる世界から来た少女の顔を思い浮かべた。艶やかな黒髪と黒い目。ここに来てからなのか、元からだったのか、同じ年嵩の少女に比べて表情が乏しいように見えた。しかし思考や分析を絶えず行っているらしく、忙しなく視線を泳がせていたと思ったら深い思考に沈む色を見せる。問題なく会話をしているにも関わらず、その目は違う思考に沈んでいるようだった。そしてその思考の大半は、決して表に出て来ることはない。

それが遠慮から来るものなのか、何かしらの謀略を仕掛けて来るつもりなのか、まだ判断はつかなかった。だが、帯刀はその見えない思考は危険ではないと直感的に思っていた。根拠はないが、これまでの経験上の実績はある。


「少々察しが良すぎるきらいはあるが、本人の言う通りあちらでは何の能力もない庶民らしく素直なお嬢さんだ。困っているなら何とかしてやりたいと思うのが人情じゃないか?」

「……そうですね」


夕顔は少し苦笑にも似た笑みを浮かべて、もう一度深々と頭を下げると退出して行った。


一人きりになると、帯刀は目を閉じて脳裏に浮かぶ面影を記憶の中から呼び起こそうとした。決して忘れてはならない筈の顔。

だが、その顔はハッキリとした輪郭を取る前にフワリと瞼の裏で溶けた。その代わり、最近よく見る黒髪黒目の少女の顔が混じる。


「同じ隠形の巫女だと、面影も似るのか…」


帯刀は誰に言い聞かせるでもなく声に出して呟くと、そのまましばらくの間、落ち葉一つ落ちてない程に整えられた庭を眺め続けていた。



十年前のエピソードはもっと後に出す予定でしたので、今回はさわりだけ。


鈴華は基本的に内弁慶で、思考回路でツッコミの煩い系オタクです。思考に沈んでいる、と帯刀さんに評されている時は、大概ツッコミを入れては遠い目になっているだけです(笑)

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