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六・初めての…が盛り沢山過ぎる


「悪かった!」


やっと立ち止まってくれた夕顔さんは、私の息が整うのを待たずにガバリと頭を下げた。その謝罪の意味が分からず、ついでに息切れして目の前に星が飛んでいる私は、ただ呆然と夕顔さんの後頭部を眺めていることしか出来なかった。


「こんなもんじゃ済まないよな」

「ちょちょちょ、待って、待ってください!」


答えない私が怒っていると思ったのか、夕顔さんは躊躇せず膝を地面について土下座の形を取った。何という完璧に美しい土下座のフォーム…って見とれてる場合じゃない。慌てて夕顔さんの腕を引っ張って顔を上げさせる。


「止めてくださいよ!理由も分からず謝罪だけ押し通さないでください!そんなことされたら、うっかり許しそうになるじゃないですか!」

「それじゃダメ?」

「そうです!ちゃんと説明してください。説明聞いて、やっぱ謝罪の受け入れはナシで、なんて言いにくいですよ!」

「鈴華ちゃんは面白いなー」


生まれてこの方、物心ついた時から存在感が薄くて、色々なことが後回しにされて来た私だ。当事者なのに忘れられて有耶無耶になるのなんて日常だ。だから私は、諦めることを覚えた。少しくらい痛い目に遭っても、許容範囲なら黙っていることにした。だって気付かれないから。気付かれないものは、存在しないのと同じだ。


でも。

どうしても自分の中で許容出来ないことがあった時は、ちゃんと声を上げる。


悩んでいた私に、両親と姉がそう教えてくれた。そして声を上げたら、何があっても私の味方をしてくれる、と。今、傍に家族はいないけれど、問答無用で私の味方をしてくれると信じている。


「あとで怒ってもいいから、話が終わるまで聞く耳は持っててくれるかな」

「善処します」

「いいね、そういう正直なとこ」


私の答えに、夕顔さんはふふ、と満足そうに笑った。


「オレね、鈴華ちゃんをオトせ、って言われてたの」


はい?


「だからね、鈴華ちゃんをオレに惚れさせて、骨抜きにしろってこと」


…頑張れ。私の中の聞く耳。





☆★☆




「隠形の巫女は珍しいって聞いてるよね?」


全国に40人程度なので、それはまあ珍しい方だろう。


その中でも私は非常に珍しいタイプの巫女らしく、気のバランスが非常に安定しているのだそう。この世界の生物が体内に保有している陰の気と陽の気は、環境や体調、気分なんかでもすぐに影響が出るのだとか。基本的に生まれもってのバランスが大きく変動することはないけれど、ものすごく弱っている時なんかは心身に影響があるそうだ。いわゆる「病は気から」みたいなことなんだろうか。


「病になったから気が崩れる場合もあるし、気が崩れたから病になることもある」


それくらい心身と気は密接な関係にあるってことですね。

そして夕顔さんが言うには、私は殆どその影響を受けないのだという。気分が落ち込んでいる時でも、機嫌がいい時でも、気のバランスにほぼ変化がない。こちらの世界にいきなり来てしまった当日でさえ、私の気は凪のように動じてなかったらしい。他の巫女候補は、どんな状況でも動揺して気を乱さないように見習い時代に修行をするのだとか。道理で私は修行もなしでいきなり任命された訳だ。


「だからね、鈴華ちゃんはすごーく貴重な人材ってわけ」

「…みたいですね」


綻びを修正する為に急を要するのに近くに安定している巫女がいない、なんてのもよくある事案らしい。天気が悪い、寒い、眠い、そんな要因でも使い物にならなくなる巫女もいるとか。繊細だな!


「んで、幕府としては、鈴華ちゃんに帰られては困るって考え、分かるよね?」

「あ!それで帰りたくなくなるように夕顔さんに色仕掛けで引き止めろってことですね!」

「あ…うん、まあ、そういうこと」

「えー」

「すごく不満そうなんだけど?」


「傷付くなあ」と全くかすり傷すら負ってない様子で言われた。知らんがな。


「まあオレも女の子好きだし、いっかーって引き受けた訳」


軽っ!

言い方も軽いがこんなに口が軽くていいのか。帯刀さんも部下の評価ちょっと見直した方がいいんじゃないのかな。


「それで、その作戦は誰からの依頼ですか?」

「お?さっきは帯刀様を疑ってるみたいだったけど、そう来る?」

「まあ最初はそう思いましたけどね。夕顔さんは帯刀さんの『優秀な』部下だそうですし。でも、よく考えてみれば、私を帰したくないなら帯刀さんが『綻びが繋がらない』って言えば済むことじゃないですか」


最初から、帰れる可能性はあるけれどいつになるかは分からない、と言われていたのだ。もし仮に元いた世界と繋がっても、その情報を私に回さないようにすればいいだけだ。その綻びの情報は、私が直接受ける訳ではない。情報統制なんて簡単なお仕事だ。


「それに、人間の気がちょっとした要因で崩れるんなら、感情が動きまくる恋愛沙汰は止めといた方がいいと思うんですよね。それくらいなら信頼関係築いた方がよっぽど安定しません?現状、みんなとはそれなりに良好な信頼関係っぽいのが築けてるかと思いますし、帯刀さんなら敢えて波風て立てなくてもいいって判断するかと」

「それに関しては、前例があるからだと思うよ」


今から十年くらい前にいた能力の高い巫女が所謂「恋愛体質」というやつだったらしく、誰かに恋をしていた方が精神的に安定していたそうだ。そういうのは一様に対処じゃなくて、個別に見極めましょうよ。いや、私ももしかしたら意外にも恋愛体質なのかもしれないけどさ。でも今安定しているものにチャレンジする必要はないと思うんだ。


「まあオレも、それくらい考えれば分かるんじゃないかと思うけどね。上のお歴々は前例が大事だから」

「上って…帯刀さんよりも、ってことですよね?」

「うん。この作戦はね、最初帯刀様にも命が下ってたんだ。でも帯刀様は断ったみたいだよ」


おおう…ひょっとしたら私は帯刀さんからも色仕掛け攻撃を受けてたかもしれないってことか。お断りいただき、ありがとうございます!


ほら、なんせ存在感…というか、気配のない地味女子ですからね。自慢じゃありませんが、そういった華やかなエピソードとはとんと無縁でしたからね!それがいきなりイケメンに色仕掛けされたら、慣れてなさすぎて恋よりも先に意識がオチますよ!


「それで帯刀様を飛ばして、護衛に任命されてたオレに直接命じて来たんだ。勿論、帯刀様には内密で、ね」

帯刀さん(上司)を裏切れってことですか。で、夕顔さんはそれを受けた、と」

「まあね。ひいては帯刀様と鈴華ちゃんを守ることになると思ったからね」

「守る…ですか?」


話が飛躍し過ぎて分からなくなって来た。帯刀さんの断った件を、部下が勝手に受けるのが守ることになる、とはどういう謎掛けだろう。


「この大江戸…いや、この国はね、能力も性格も平凡な人間が暮らして行くには平和なところだよ。能力のある者が、その裏に淀むドロドロしたものを引き受けているからね。君のいた場所では分からないけれど、この国の闇は結構深くてえげつない」


私のいた世界も、私のような一般庶民、ましてや未成年の学生ごときではよく分からないけど、きっとドロドロした駆け引きが行われているところもあるんだろう。伏魔殿、なんて言葉があるくらいだしね。


「そうでなければ幕府も四百年近くは維持出来ないよ。清流の中にいるだけが最良じゃない。今はまだ実感はないだろうけど、君は普通の人間より幕府の中枢に近い立場にいる。その内嫌でも淀みを見ることになると思うよ」

「…なるべくなら遠慮したいですけど」

「善処するよ」


さっき私が言ったことを得意気に真似ないでください。


「ま、取りあえず、オレが鈴華ちゃんをオトせれば、帯刀様の目も届きやすいと思ったんだよねー。オレ、帯刀様以外の下に付く気はないし?」


今のところ私の存在は未知数な部分が多いし、ひとまず元の世界に帰りたがってトラブルを起こすことがないように動向を押さえて置きたいのだという。その為この世界の人間に惚れさせて繋ぎ止める作戦ですか。何かお偉いさんが出すにしては緩くない?


「今はまだ様子見で緩いけどね。でも鈴華ちゃんの能力に影響がないと判じられたら、人格や思考は無視していくらでも言うこときかせる方法はあるよ」

「うぇ…」


環境や感情の変化に能力の揺らぎがないっていうのは、操り人形にしても問題ないってことか。そんな方向にチートが発現してもありがたくない。いや、そもそもそんなステルス能力がチート化しても嬉しくないし!


「だからね、まだ手緩いうちにオレが主導権取って、帯刀様に丸投げしようかな、って」


それ、イイ笑顔で言う台詞じゃないですよね。

でも今のところは、帯刀さん側についていた方が多分安全だ。


「ええと、てことは、表向きは私が夕顔さんに惚れたことにしておこうという作戦ですか?」

「察しが早くていいね!うん。ホントに惚れてくれても大丈夫だよ」


やっぱり軽いな!

軽くウインクしながらそう言われたけど、そんなことをされてもサマになるってすごいな!普通なら笑うところかドン引きする場面だ。美形って万能だな。


「じゃ、よろくねー」


そう言って、夕顔さんは私にヒョイ、と腕を差し出して来た。ええと、それは腕を組めってことですかね?


「やっぱ抵抗あるかー」

「ええ…まあ」

「いきなりだとそれはそれで怪しいもんなー。じゃ、順調に攻略中、ってことで報告しとく」


どうすべきか戸惑っていた私の様子を察して、夕顔さんは手を繋ぐことに切り替えた。さっきは迷子になると困るからだろうな、と思い込むことにしていたけど、目的が変わるとこれでも緊張するなあ…なんか、急に手汗が気になって来たぞ。


「帯刀さんには何て言うつもりなんですか?」

「えー?ちゃんと報告するよー。だってオレ部下だもん」

「怒られませんか!?」

「怒られるねー。すっごい穏やかな顔しながらすっごい圧力掛けて来るんじゃないかなー。わー、怖いね」


最後の方棒読みですよ。役者と兼業がそれでいいのか。


「あ、夕顔さんって人気役者なんですよね?大丈夫なんですか、こういうの…」

「へーきへーき。いつもの役作りなんだ、って思ってくれるから」

「ソウナンデスカ」

「オレの贔屓筋はいい()達ばかりで自慢なの」


手を繋いだまま表通りに戻ると、確実に視線が刺さった。ああ、遠巻きに見られてますね。普段ひっそりと生きてる身としては、こんなに注目されるだけでいたたまれません。


「ああやって遠巻きに見てるだけで近寄って来ないでしょ?オレ、裏江戸で護衛もしてるって公表してるから、邪魔する娘はいないよー。いい娘達でしょ」

「はあ…」

「もし、誰かが鈴華ちゃんに何か言って来たら教えてね。多分その前に別の娘がオレにご注進に来るかな」


何ですか、そのシステムは!


夕顔さんは、役作りと称して次々と贔屓筋…ファンクラブ的なところの女性と浮名を流しているのだとか。で、その時に邪魔をしたりすると「君は絶対に選ばないから」と冷たく言われるそうで。そしてそれは本当に実行されるので、大人しく応援してればワンチャンあるってことで一定の距離で統制が取れている…らしい。すごいな、そのシステム!


嫉妬の視線を向けるのは、直接何かしてるって訳じゃないからセーフだそうな。いや、結構キツいんですけど。


「言っとくけど、深い関係になった娘は一人もいないよ。ちゃんと節度を持って、優しく甘やかしてあげてるから基本的に厄介なことにはなってないしね」

「基本的…ってことは、多少はあったと」

「さあ?どーだろうねー」


…あったな。


その辺は追求しないこととして、私を惚れ…させる?作戦が進行しているうちはそれ以上の手は打たれない筈で、一応私を守っていることにはなるのかな。


「ああ、止水には内緒にしておいてね。あいつ、腹芸が出来ないただの刀馬鹿だから」

「そうします」




☆★☆




あちこち見て回りながら、足りないものや、新メニューで出せそうな食材を買い込む。結構な量になったけど、全部夕顔さんが持ってくれた。申し訳ないな、と思いつつ、両手が塞がっているので手を繋がなくて良くなったことに安堵している自分もいた。


「片栗粉がある。じゃあ唐揚げにしよっかな」


確か菜種油はまだ沢山あった筈だ。夕顔さんのリクエストは肉だったしね。鶏肉は少し戻ったお店で扱ってた。一度素通りして来たので、夕顔さんがちょっと悲しそうな顔をしていたのを見逃しませんでしたよ。形はどうあれ、私を守ろうとしてくれてると信じてる…ということで、お礼の意味も込めてリクエストにお応えしましょう。


戻って鶏肉を買ったら、見る見る表情が明るくなったよ。そんなに好きですか、肉。


「ねーねー、何作るのー?」

「唐揚げですよ。ええと、鶏肉に下味を付けて、衣を付けて揚げるんです」

「天ぷら?」

「それとはちょっと違います。んー…まあ、食べる時のお楽しみってことで」

「やったー」


あれ?唐揚げじゃなくて竜田揚げっていうんだっけ?ま、どっちでもいいや。美味しく出来ればそれが正義。


「鈴華ちゃんおかえりー。色々買えた?」

「ただいま帰りましたー。沢山お店があったから色々買ってもらっちゃいました!」

「ただいまー、つばき姐さん。無事仕事も終わったよー」

「仕事?」

「そ。すごいんだよ、鈴華ちゃん、五つも綻び塞いで来たよ」

「へ?」


最初に飴せんべいを買ったお店。夕顔さんが手を洗いに行った時に待ってた路地。疲れてるだろうと立ち寄った茶屋…夕顔さんは、綻びが出来ている場所にさり気なく誘導して、私が無意識に気を調整して綻びを塞ぐのを確認していたそうだ。



いつ巫女姿で初仕事になるのか、ちょっと緊張して待ってたのに、知らない間に初仕事が終了してたよ!!


私の覚悟をどうしてくれる!!



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