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五・初めての買い食い


「鈴華ちゃん、あれ食べよう!食べられるよね?」


不意に夕顔さんが私の手を引いて、ある店先に連れて来た。


「ばーちゃん!久しぶりー」

「ああ、(ゆう)ちゃん、いらっしゃい」

「飴せんべいちょーだい。二つね」

「はいよ」


知らなければ通り過ぎてしまいそうなくらい間口の小さいお店だった。店内はところ狭しと小さな箱が棚に並んでいて、その中には色とりどりのお菓子が入っていた。駄菓子屋さんかな?

夕顔さんの顔見知りらしい小柄なおばあさんが、注文を受けて手早く何かを作り始めた。その手際の良さは、魔法でも見ているようだった。


「はい、ちょっと待ってから食べるんだよ」

「はーい」


手渡されたものは、両手サイズの平たい最中の皮のような間に、スライスした果物と水飴を挟んだものだった。果物はリンゴかなにかだろうか。


「少し置いてせんべいに飴を馴染ませないと、隙間から垂れて手がベタベタになるんだよー」

「なるほど…」


言われた通りに少し待ってから…どのくらい待てばいいのかな。隣で夕顔さんが食べ始めたけれど、齧っている反対側から水飴がはみ出して来て「わあ!垂れた!」と大騒ぎしていた。もう少し待とう。


手について開き直ったのか、はみ出して来る水飴をものともせず食べている夕顔さん。時折手に付いたのを嘗めとる姿に、どこかから「はうぅ…」と溜息が聞こえて来るのは気のせいじゃないと思う。うん、ただ食べているだけなのに色気がすごいですよね。遠巻きにしてるお姉さん数人は確実に腰が砕けている。


そろそろ食べ頃かな、と私はせんべいに齧り付いた。せんべいと言うよりウエハースみたいにサクサクの歯触りでほんのりと甘い。砂糖ってよりは、小麦の甘さかな。少し水分を吸った部分は柔らかくなってはいるが、それでもシャクリとした食感は残っている。その中から間に挟まれたトロリとした甘い水飴と、酸味と香りの強いリンゴが爽やかに混じる。シンプルな味だけど懐かしい感じの美味しさだ。


「ご馳走さまでした」


手を汚すことなく最後まで食べ終える。夕顔さんは先に食べ終わっていたものの、手に付いた水飴が気持ち悪いようだ。体から離してワキワキさせている。


「ちょっと手洗って来ていい?すぐに戻るから、動かないで」

「はい。ここに座ってます」


いつもの存在感の薄さを発揮して見失われても困る。一応ここからお寺に戻れなくはないけれど、夕顔さんがお財布を持ってるしね。

小走りに去る夕顔さんの背中を見送ってから、私は路地の一角に積まれている空の木箱に腰を下ろした。


ぼんやりと路地から表通りを行き交う人を眺める。何だか座っている場所と空間が切り離されたみたいで、映画でも見ている感覚になって来る。


色んな髪色の人がいるなあ…でも確かに黒髪の人は見かけない。全体的に濃い色が多いから、そこまで目がチカチカしないのは助かるよね。


「ごめんね、大丈夫だった?」

「はい、特に問題無しです」


去った時と同じように走って夕顔さんが戻って来る。むしろ夕顔さんがいる時の方が周囲に人が多いですよね。まあ近寄って来ないですけど。


「ん?何?どしたのー、オレの顔見つめちゃって」

「夕顔さんってモテますね」

「うん。モテるよー。オレね、女の子には優しくするし、甘やかすのも甘えるのも抵抗ないし、何でもわがまま聞いてあげるし」


そう言いながら、夕顔さんはサラリと顔に掛かった髪をかき上げた。それだけで、一瞬で物憂げな表情になり、口元は笑っているのに儚気な印象にガラリと変化した。


「でもさ、結局オレは都合のいい観賞用なんだな、って思い知らされるんだよね」


おおおおお!完っ璧なイベントスチルいただきました!!

普段チャラい担当が、急にシリアスになって翳りのある表情を見せて来る…普段は軽いけど実は内心誠実でいたい…みたいなイベントだ!(姉調べ)


「……鈴華ちゃん」

「はい?」

「あー…そういう反応が来るかぁー」


見事な美形っぷりだなあ…とぼんやり見惚れていた私に、夕顔さんが一瞬で怪訝な顔になった。おや?あの幸薄そうな悩める超美形はどうなったんだ。


「さっきからオレ、鈴華ちゃんにコナ掛けてたんだけど、反応薄いよねー」


…掛けてたんですか、コナ。


何となくいつもよりは距離感近めかなあ?とは思ってましたけど、まさかわざと狙ってやっていたとは。いや、正しくないな。何か狙ってるな、とは気付いてたけど、それは全部追っかけのおねえさん達に向けてだと思ってましたよ。それに、外出に浮かれてお店の方ばかりに目が行ってて、話も半分くらいしか聞いてませんでした。ええ、申し訳ありませんでした。


「ちょっとは時めいたり、よろめいたりとかしなかった?色々試してみてたんだけど」

「ええと…カッコいいなーとは思いましたけど…」


嘘です。カッコいいと言うより、何と美しいご尊顔だ、とか、目が潰れる、って思ってました、しかしさすがに本人には直接言えない。


「けど?」

「上手く伝わるか分かりませんけど、これがいいよ!って全力でお膳立てされてるような感じがして…そういうのは、カッコいいなーとは思っても…」


ぶっちゃけ萌えません。


そう言いたかったけど、通じなさそうなのでそのまま口を噤んだ。


私は昔から、いかにも「こういうのが好きだろ?」みたいな制作者の意図が露骨な作品が苦手なのだ。それなりに楽しめるけど、心から好きにはなれない。姉は、敢えてその意図に乗っかって楽しむタイプだったが。

だから今日のように、やたら意外性のある表情をわざと見せて来る夕顔さんや、いつぞやのように無駄にカッコ付けて来た止水さんには内心ツッコミを入れて心の距離を取ろうとしてしまうのだ。分かってますよ、厄介な癖なのは。


「鈴華ちゃんの年くらいの()だと大抵夢中になってくれるんだけどねー。よく老成してるって言われない?」

「言われませんよ!」


おや?何か夕顔さんの雰囲気が変わった?何か肩の力抜けたような…


「生まれも育ちも違うんですから。それに私は目立たない普通の庶民でしたよ」

「そっかー残念ー」


夢中にさせてどうするつもりですか。って、この会話、不穏…じゃない?

私を夢中にさせるつもりでコナ掛けてた訳?何の為に?


夕顔さんは、帯刀さんにも信頼されてる優秀な部下だから、私の護衛に選ばれたんだよね…


「あ、ごめんごめん!君が悪い方向に察しがいいってこと忘れてた!」

「何ですか、その私の評価は」


私の心に沸き上がった不信感を察したのか、慌てて夕顔さんが言って来る。


「ちょっと来て」


そう言うやいなや、夕顔さんは私の手を掴んで走り出した。夕顔さんからしたら小走りなのだろうが、まだ着物に不慣れで片手で被布を支えている私には結構なスピードだった。半ば足がもつれて転びかけながら、それでも止まろうとしない夕顔さんに必死に付いて行ったのだった。




ストックがなくなりましたので、更新ペースがちょっとゆっくりになります。

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