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四・初めてのおつかい


「ねーねー、オレ、鈴華ちゃんの料理が食べたい」


私の作った朝ご飯を食べながらそう言われて、思わず怪訝な顔をしてしまったのは無理ないと思う。


「あの、夕顔さんが今召し上がってるの、私が作ってたの見てましたよね?」


今日の朝食は賑やかだった。いや、今日も、か。

帯刀さんに連れて来られて以来、夕顔さんは毎朝ここに顔を出して、日が暮れたら帰って行く生活をしていた。そして当然のように朝食からきっちり夕食まで食べて行く。何故かそれに釣られるように、三日に一回くらいの割合で来ていた止水さんも、毎日顔を出すようになった。

ここのところ、食事風景はお寺住みの女四名と、通い勤務?の男二名の総勢六名となっている。おかげで最近は、畑で育てている野菜の生育が間に合ってないよ。半分以上土しかないよ。


「そうじゃなくて、鈴華ちゃんのいた国の料理が食べたいのー」


今食べてる和食も私の国の料理ですけど。


そう内心突っ込みつつ、言われていることは察している。


夕顔さんも、私が異世界から来たことは知っている。今のところその事実を知っているのは帯刀さん、止水さん、つばきさん、夕顔さんに加えて、まだ会ったことはないけれどお奉行様とか更にその上のトップの数人、と聞いている。存在自体が国家機密ですかそうですか。

ツツジちゃんやサクラちゃん、お寺に出入りする人達には、海外で生まれ育った貿易商の娘、ということになっている。貿易品を積んで日ノ国に帰国する際、船が沈んで家族を失った設定、だそうだ。実際、私がこちら来たのとほぼ同じタイミングで貿易船が沈み、貿易商の一家と店の者、乗組員の大半が亡くなるか行方不明になる事故が起こっていた。その船の残骸から、おそらく妖絡みだろうと大江戸でも随分話題になっていた。


この日ノ国の食事事情は和食が中心で、殆ど洋食が広まっていない。まあ食糧自給率が良いことと、輸入食材がお高いことも影響してるんだろうけど。

でもその中で、何とか似たようなものは作れないかと挑戦したことがある。プリンもその内の一つだ。とは言え、私が作れるのはちゃんとした洋食と言うより、日本人が魔改造した「日本風」洋食だけどね。


もともと和食の人間の口に合うようにアレンジされているおかげで、作った料理は概ね好評だった。先日そんな話題が出たので、まだ食べていない夕顔さんがリクエストして来たのだろう。


「何か必要な物があるなら一緒に買いに行こうよ。オレが何でも買ってあげるからさー」


チラリとつばきさんに視線を送ると、半分苦笑しながらも頷いてくれた。おお、ひょっとしなくても初めてのおつかいだ。外出の許可が出てから数日。タイミングが合わなくて結局外に出られてなかったのだ。


「何か一緒に買って来る物はありますか?」

「そうね…食材の在庫は鈴華ちゃんの方が把握してるから任せるわ。ついでに、『洗い屋』に行って追加の着物をお願いして来てくれる?場所は夕顔に聞いて」

「はい!分かりました!」


この大江戸には、「洗い屋」と呼ばれるクリーニング兼レンタル業みたいな店がある。この町の住人の大半は、月契約で洗い屋に洗濯物を回収してもらって、洗濯済みの着物と交換してもらうのだ。サイズが合わなくなれば変更し、今までのものは別の人に回される。いわば町ぐるみで大きなタンスを共有しているようなシステムだ。庶民向けの料金はそれほど高くない設定になっている。金額によって素材や新品度が変わるので、裕福なところにはそれに見合う新品に近い着物が、庶民には清潔に洗濯された古着が渡される。いちいち買わなくても格安で季節に合わせた様々な着物が着られるし、すぐに大きくなる子供がいる家庭などの強い味方だ。


この制度は、大江戸などの都市部で多く見られるそうだ。人口に対して居住可能な土地が狭いため、衣類用の家具を置かずに居住空間を広く使う為とか、水不足に備えて洗濯を一手にまとめている為だとか。他にも衣類を清潔に保つことで伝染病抑止にも繋がるし。あと、効率的なリサイクルシステムという側面もある。古着は何度も繕われ、最終的に雑巾になるまで徹底的に再利用されていた。


「あ、俺も!俺も行く!」


口一杯にご飯を頬張っていた止水さんが、急いで飲み込んで主張した。


「止水は今日は仕事があるでしょー?」

「う…そ、そんなのチャチャッと終わらせて…」

「ダメだよぉ〜。それじゃ指南にならないじゃん〜」

「今回は夕顔が正しい。止水、ちゃんと仕事しなさい」

「……はい」


夕顔さん、つばきさんに口々に言われて、止水さんがみるみる萎れてしまった。ちょっと気の毒。


基本的に「裏江戸」の人達は、妖絡みの以外に別の仕事を持っていることが多い。止水さんは、刀馬鹿と言われるだけあって、その腕を買われて幾つかの道場で指南役をしているらしい。まあ確かに、指南する側がチャチャッと終わらせちゃマズいよね。


「良さそうな赤茄子があったら買って来ますね」

「あの赤茄子の卵とじか?」

「はい、そのつもりです」


私がそう言うと、止水さんは目を輝かせる。先日作った()()()()()()()、おかわりしてましたもんね。あまりにもションボリしてたんで、言わざるを得ん。


「オレは何か新作食べたい!折角だから、新作!!」


何ですか、その張り合いは。いや、いいですけど。


「ええと…じゃあトマトパスT…赤茄子うどん…とか?」

「えー肉がいい」

「…買い物しながら考えます」

「えー」


夕顔さんは、いつもヘラヘ…もとい、いつも笑顔で軽い口調だ。でも、内心何を考えているのか分からない。帯刀さんも分かりにくいタイプだけど、ベクトルが違う感じ。時々、何かを察知するのか、ふとあらぬ方向を見ることがあって、その時の表情がゾクリとするほど美しい瞬間がある。普段の態度と違えば違う程、何だか油断ならない気がしてしまう。本人曰く「ただの癖だから気にしないで〜」だそうだが。


朝食後、少しだけ畑の世話をして、私は初めて自分の足で町へと出掛けたのだった。




☆★☆




「すごいですね…」

「これでも朝より落ち着いてるよ」


夕顔さんに案内されて、お寺からさほど離れていない繁華街にあたる場所に連れて来てもらった。この場所は大江戸の中心部から少し離れているので、そこまで賑わってないと説明を受けた。でも、私には充分人通りが多いように思える。混み具合としては、平日昼間の都内と同じくらいだろうか。あ、ここも平日昼間の首都か。


荷馬車がすれ違っても余裕があるくらいの広い通りの両脇に、住居兼店舗な造りの建物が並んでいる。早朝だけで売り切ってしまった店や、夜だけ営業している店もあるので閉まっているところもあったが、しばらく引きこもりをしていた私には十分すぎる賑わいだった。


「でも迷子になられると見つけるの大変だから、ちょっと手繋ごっか」

「はあ…お世話かけマス…」


確かに完全にお上りさんですよね、私。あまりキョロキョロしないように気を付けてても、気が付くと夕顔さんと距離が開いてしまっている。

指を絡めるように手を繋いで来るのに一瞬戸惑ったけれど、まあいいか、とお任せした。ん?何故ちょっと目を丸くして私を見るんですか?この手の繋ぎ方に問題があるんですか?


「じゃ、行こっか」


問いかけるように夕顔さんを見上げると、美しい笑顔を向けて来た。眩しいですね!

男性の手だから、私の手が完全に包まれるくらいのサイズだけど、華奢で白くて綺麗な指だ。こういうのを白魚のような手って言うんだろうな。でも、手の平に僅かに違和感がある。これは、刀を持つ人特有のタコではないだろうか。あまり腕っ節は強くなさそうに見えるけど、護衛を務めるくらいだから刀も扱えるのかな。


一番最初に、頼まれた洗い屋の用事を済ませた。追加をお願いしたのは、私の仕事着だった。白を基調とした着物と袴の一式で、隠形の巫女として呼ばれた時になるべく着ていた方がいいらしい。気配を消せると言っても、視認されればそれなりに目立つ黒髪黒目なので、対外的にちゃんとした格好をしていてほしいらしい。イメージ大事。それに、巫女装束には密かに憧れがあったので、ちょっと嬉しかったりして。


そんな訳で、人目を避ける意味で今も頭から被布(かつぎ)というと呼ばれる薄手の着物を被っている。何だか深窓の姫君みたいじゃないか?

そっちの方が目立つような気がしたけど、見回してみるとそういう姿の女性も少ないがチラホラ見かける。流行ってる訳じゃなさそうだけど、ファッションとしてはアリということなのかな。


…それに、正直夕顔さんのほうが目立ってるよね。


さっきから、夕顔さんを遠巻きながらも熱い視線を注いでいる人(主に女性)があまりにも多くないですかい?しかも、時々夕顔さんがそちらに視線を向けると悲鳴が上がっていませんか?アイドルですか。アイドルなんですか?


「鈴華ちゃん、どーした?」


あの、あまり顔を寄せないでいただきたいのですが。ただでさえ綺麗な顔を、あまり間近で見ると眩しすぎて目が潰れますから。いや、冗談です。それよりも周囲の目が痛過ぎるんですが。


「夕顔さん、有名な方なんですか?」

「あー、オレ?うん、そーだねー。結構有名」


あ、自分で言うんですね。


「オレ、役者やってんの。大江戸(ココ)で二番目に売れてるっていう戯作者んとこで二枚目看板やってるんだー」

「へ…?」


それって、完全にアイドルですよね?


アイドルに護衛されるって、私、前世でどんだけ徳を積んだんだろ…


思わず遠い目になってしまった私は、そんなことを考えていたのだった。



「洗い屋」も以前出て来た「種火屋」と同じく幕府直営の店です。

最初は大奥と御用達の商人の間で行われていましたが、幕府がシステムと料金を庶民向けにして定着させました。庶民の間では、遊郭の太夫や人気歌舞伎役者が着ていたものが高額でレンタルされたりして、ちょっとした楽しみの一つで利用もされています。舞妓さん体験とかコスプレ感覚ですね。


あとは、老人や色々な事情で働くことが困難になった者の働き口にもなっています。体が動くなら、各家庭に回収と配達。動けない者は、着物の補修や解体、雑巾作りなどを請け負って生活費を得られるようにしています。


色々考えてたものの、この先それを出す機会がなさそうなのでここに記す(笑)

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