二・気配を消すのは忍者だけではないらしい
朝食が済むと、つばきさんは書類仕事や檀家さんの用事、妖絡みの呼び出しに応じて外出したりと色々忙しくしている。サクラちゃんはもうすぐ見習い卒業するらしく、妖以外のことは大分任されていて、つばきさんの補佐をしていた。
なので、そういった仕事には携われない私とツツジちゃんは、本堂の掃除をしたり、書物の虫干しをしたり、裏庭に作ってある畑の世話をしたり、主に家事担当をしている。最初の頃は完全なる足手まといでツツジちゃんに迷惑をかけまくったけど、最近はちょっとマシになって来た…はず。目指せ一人立ち。
「鈴華ちゃん、今日は午後から帯刀様が顔を出すそうよ」
帯刀さんは、私のことを上司に報告しなければならないそうで、週に二、三回はここに来てくれる。でも、話していることと言えば半分世間話のようなもので、調書的にはいいのか疑問である。私としてはその世間話の中に、この世界の常識や制度なんかを織り交ぜてくれるので非常に助かっているのだけど。
そして私の世界のことも、いつもニコニコ耳を傾けてくれる。ただ、質問されても答えられないことが多いのが申し訳ない。スマホの使い方は知っていても、構造とかについては知らないように、自分の知識の薄さに心の中でスライディング土下座を繰り返している。
一度、あまりにも申し訳なくてつばきさんに相談したのだけど、曰く「自分の知らない話ならどんなことでも聞きたがる業を背負って生まれて来た」らしいので気にしなくていいとアドバイスされた。そこは信じることにします。
「今日はあたしもサクラも出掛けるから、お昼は支度しなくていいわ。でもあの…『ぷりん』?は残しておいてね」
「かしこまりました!」
「私の分も、お願いシマス…」
「勿論です!」
殆ど語尾は消え入るようだったけど、サクラちゃんからもお願い入りましたー!
サクラちゃんって、甘い物好きなのに何故かそこで妙な照れを発揮するんだよね。どう見ても美少女ですぞ?甘い物好きって普通に似合いますぞ?
ま、可愛いから無問題!
牛乳を持って止水さんが来るのは何時くらいかなあ。いつものパターンだと、お昼の支度をし始める頃だけど…。
もしそのタイミングで戻って来るのであれば、午後から来てくれる帯刀さんにもプリンをお出し出来るだろうか、と思いを馳せていた。
☆★☆
「ずっと寺の中にいて窮屈な思いをさせていたが、外出の許可が下りることになったよ」
「わ、嬉しいです。もっと町の中見てみたかったんです!」
帯刀さんにこう告げられて、私のテンションが一気に上がった。
このお寺に連れられて来て、この敷地から外に出たのは実は一回だけだ。人別帳と呼ばれる戸籍謄本的なものに仮登録する為に役場に行って、その帰りに生活に必要な物を揃えるという名目で特別に商人街へ寄り道してもらった。その時見て回った町並みは何でも珍しくて、テーマパーク感覚で楽しかったのだ。
この髪色は不必要に目立つと言うこともあって、移動は何と駕篭だった。時代劇でよく見るヤツだ!と最初は喜んだけど、実際乗ってみたら滅茶苦茶揺れて酔うわ、お尻が痛いわで、出来ればもう利用したくない。
とは言え、もともとインドア派だったし、このお寺の敷地も畑が作れる程充分な広さがあるので、別段窮屈な思いはしていなかったのだけど。
「ただ、その為には鈴華にしてもらわなくてはならない仕事がある」
「仕事ですか?私に出来ることでしょうか…」
今、「もらわなくてはならない」って言ったよね。帯刀さんの言い方は柔らかいけど、強制力発動されてるよね。帯刀さんのことだから、そこまで酷いことにはならないと思うけど…
「隠形の巫女、は聞いたことはあるかな?」
「オンギョウノミコ…あれ…?どこかで聞いたような…」
元の世界では聞き覚えがない単語だけど、初耳な感じもしない。こっちに来ていつ耳にしたんだろう?
「以前説明したけれど、この世界には黒髪、黒い瞳を持つ人間は稀でね」
「はい。そういう人間は、高い能力を持っている、と」
「そう。鈴華も、この世界の人間ではないが、同じように高い能力を有していると判明してね」
「は?」
いやいやいや。私、そういうのの才能ゼロですよ?霊感的なの、全くありませんよ??
「この世界は陰の気と陽の気の均衡で成り立ってる話は覚えているかな」
「あ、はい。その均衡が崩れると綻びが出来やすいとか、妖は陰の気だけで出来ているから、陽の気に惹かれやすいとか」
「よく出来ました」
ここに来た時に聞いたことを思い出しながら答えると、帯刀さんは私の頭をポンと撫でた。
おおおおおおおお。これは何のイベントですかー!?
「妖と違って、この世界の生物は皆、体内に必ず陰と陽、両方の気を持っている。ただ、必ずしも均衡な訳ではない」
気のバランスは生まれつきなもので、6対4とか7対3とかが一般的なバランスらしい。陰キャとか陽キャみたいな感じだろうか。世界全体から見てバランスさえ取れていれば、一固体の差は些細な誤差範疇で問題はないそうだ。
そして陽の気の割合が8以上の人間が対妖に有効的な能力者として、妖と契約が成されれば幕府から「裏江戸」の任を受けるのだとか。
「隠形の巫女はね、気の割合が完全に均等な能力を持ち合わせているんだよ」
「えと…気の割合が均等だと、どんな能力が…?」
「気配が消せる」
「はあ!?」
帯刀さんの言葉に、ちょっと強めな疑問系を発してしまったのは仕方ない…と思っていただきたい。
「気配」という言葉があるように、生き物は陰と陽の気の差で気配を感じるように出来ているらしい。そして隠形の巫女はそれが完全にプラマイゼロになるらしく、余程気を察知するのに長けた能力者でないと気配を読むことが出来ないという。それ、巫女ってよりは忍者のジョブですよね。この世界は忍者いないんですか。
もっとも気配が分からなくなるのは遠くにいた場合で、さすがに目視可能な距離であれば存在は分かってもらえる。
んんん?もしかして私が昔から存在感が薄いと言われていたのって、そのせい…?
「更に効果範囲は個人差に因るが、周囲の気を均等に調整することも可能だ」
どうやら隠形の巫女は、バランスの崩れた気を自動的に調整する能力があるのだそう。小さくてすぐに修正される綻びならともかく、大きな綻びや妖が出現するにはマズい場所など、自然に塞がるのを待てない場合、そこに赴いて気を整え、強制的に綻びを閉じる役目を担っているのだとか。
あとは、稀に陰の気が強い人が妖の気に当てられて正気を失う事例もあるので、それを落ち着かせたりもするそうだ。
どちらもお祓いっぽい感じだな。それなら巫女扱いでも納得が行くか。
「ええと、能力があるのかどうかは自覚ないですけど、私が行くことで何か役に立つのでしたら喜んで引き受けますよ?」
「んー…仕事的にはそう難しいものではないんだが、少々問題があってね…」
やけに歯切れの悪い言い方をする。多分、私のことを案じて本来は受けさせたくない仕事なんだろうな。でも、きっとお奉行様とかもっと上とか…なんだろ、老中とか?そういうところから圧力が来てたりするんだろう。
部下である止水さんが私を拾ってしまった以上、ちゃんと責任を持って面倒見ようとしてくれているのは分かっているつもりだ。
「問題を聞いて嫌だったら断れるんですか?」
「それは難しいね」
「ちゃんとお受けしますから、全部教えてください」
きっぱりと言い切った私に、帯刀さんは「しっかりもののお嬢さんだ」と呟いて、再び私の頭をポンポンとした。
だからこれは一体何のイベントですか?!
どうも帯刀さんが出て来ると説明多めです。説明係担当。




