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銀の鍵  作者: みすみいく
2/5

バースデー・パーティー

 モンブランで知り合ったエステルにバースデー・パーティーに招待されたアレンは、当日、オックスフォードの友人と共に現れたアウルに出会う。

 彼への恋心を自覚していないアレンは、動揺を理解できない。その上、政敵とも言える黒の公爵に関わりを持たざるを得なくなってしまう。

 アレンは如何にして現状を打破するのか?!

 ともかくも、シャワーを浴びてスキーウェアに着替えると、ロビーに降りた。女の子たちも戻って来ていて、俺を見つけてエステルが飛んで来た。


 「あのね、アレン。お願いが有るんだけど?!」


 腕を取って有無を言わせぬ体制をとって言う。やっぱり姉達と同じだ。

 違うのは女の子としてとびきりだって事。


 見事な波打つ黒髪、ほんのりとミルクに浮かぶ桃の頬、艶やかな紅い唇。中でもラルフゆずりなんだろう銀色に烟る瞳が印象的…だった。


 「お願い?!」

 「今度ね、私のバースデー・パーティーを開くんだけど、招待したら受けて下さらない?!」


 何も無理難題でも何でも無い。女の子のパーティーに鑑賞用の男は不可欠だった。


 「僕で良ければ」


 この場合俺にもメリットが有った。


 「わぁ、嬉しい!約束ね」


 彼女は早速、俺の手を引いてレストランの中へと、父親に報告すべく引っ張って行く。ルイザとクラリスが少し遅れてロビーに入って来たが、腕を取られて曳いて行かれる俺を、あきれ顔で見ていた。


 手をしっかりと掴んだまま、父親の前に引いて行くと、ラルフが思わず失笑を漏らした。

 エステルが誕生日会への招待を告げると、値踏みするように俺の眼に視線を止めて見詰めた。


 そうですよ。貴方の真意を探らせて貰う。

 ふ…と微笑みに替えると、娘へ視線を向けて言った。


 「良かったな。エステル。楽しみだね」

 「ええ。父様。有難う」


 この所パリで流行っているバースデー・パーティーは、従来の友人達が企画するサプライズ的なものでは無くて、祝って貰うべき本人が計画して開催までを指揮する。


 立案だけで、親や友人達が実行役に回ることも有るが、本人が何処でどんな風に主役を張りたいのか具体的にイメージする事が主要となる。


 会費制が多数なので本人の負担は無いが、全くとはいかないだろう。会場に古城やクルーザーを使う場合も珍しくない。


 で、分に漏れず、エステルも父に了解を得に来たと言う訳だった。ひょっとすると俺だからと言う事も有るのかも知れない。


 俺としては、本命のエスコートは別にいるのだろうから、飾りの1つだろうと軽い気持ちで引き受けた。

 プレゼントはステディでは無いので、チョコレートが無難なんだが、何処のにするかな…エドワール、ロジェ、ダロワイヨ…う~ん。


 彼女の誕生日は6月だと言う。メイフラワーの盛りだから、薔薇は欠かせない。2ダズンか3…グロスなんてとんでもない。


 …豪奢な黒髪には、深紅の大輪で無ければ釣り合いが取れない。シェネリンデのパリのテナントに予約を入れておかないと…


 今月…アウルが9月の俺より4ヶ月早く17になる。

 また、俺から遠ざかる。

 …駄目だ。涙が出る。訳が分からん。

 

 当日、元は教会だったと言うレストランを借り切って催されたエステルのバースデー・パーティーは100人もの女の子を集めて大変な騒ぎだった。

 色とりどりだ。凄い。


 順次集まる招待客は分に漏れず女の子達はエスコートを連れている。

 会場に入ってエステルの元へ急いだ。飾りでも彼女から直接招待されてるんだから…あれ?!


 俺が入って来たのを認めると、それまでそばについていた男を別の女の子に引き合わせると飛んで来た。

 

 「誕生日おめでとう。お招き頂いて…素敵なパーティーだね」

 「有難うアレン。貴方のお陰よ」

 「僕のって…あのさ、君のエスコート…」

 「見て!」

 「これだけの女の子が居ても、貴方より素敵なエスコートを連れてる子は居ないわ」


 え~?!君のバースデー・パーティーの企画って、エスコートのコンテストかい?!

 満面の笑顔で振り返るエステルに少々げんなりして溜息が出た。


 「お誕生日おめでとうエステル。」


 エステルに祝福のキスを贈っているのは、とても美しい日本人形の様な女の子だった。へええ、可愛い。


 「アレン。リセのお友達の綾乃よ。綾乃、アレンよ。ソルボンヌの学生なの、私達と同い年なのに」

 「初めまして。アレン」

 「お目に掛かれて嬉しいです。綾乃。」

 「噂の通りにとびきりね。エステル」

 「うふふん。でしょ?!」


 俺は物か。


 「ねぇ。綾乃のエスコート、似てらっしゃるのね?!お兄様?!」

 「兄では無いわ。母が従兄弟を付けてきたの。丁度イギリスに居るからって。直!」


 母親ってのは何処も同じだ。

 手を挙げて招かれて、やはり黒髪の青年が綾乃の方に手を挙げて、連れだろう方に何事か告げた。


 頭が可笑しくなったのかと思った。

 幻覚を見ているのかと…アウル…


 綾乃のエスコートだと言う青年を振り返り、何事か言葉を交わして此方へ視線を向けた。


 驚愕に凍り付いている俺に気が付いた。


 淡いグレージュの麻のソフトスーツ。白いオープンカラーのシャツを覗かせた、見た事も無いコーディネート。見たことも無い柔らかな微笑。


 サーモンピンクの濃淡で纏めたコサージュを手に此方へやって来る。


 オックスフォードの学友だろう鋭い刃のような美丈夫。綾乃のエスコートとしてやって来ていた彼は、ほんの今までアウルをエスコートしていたのに違いなかった。


 俺に視線を据えていたアウルが、間近まで来て何事か言葉を紡ごうと、口を開きかけたその時に、音楽だけが流れていた会場が、女の子達の歓声と驚嘆の叫びとに満たされた。


 どうやらアウルと連れが俺達の傍に近づくのを見た女の子達が、エステルに紹介しろと詰め寄っているらしい。それぞれのエスコートをほっぽって…

 

 その時俺の手を取るとエステルが言った。


 「貴方にお目に掛かって、今年のパーティーの趣向を思い付いたの。100人の女の子を集めて、エスコートのコンテストをするのよ。私1人が審査員の」


 はは…やっぱり…女の子の発想って凄い。


 「結果は私だけの見解では無くてよ。この騒ぎ。私の貴方が1番よ!」


 そう言って俺の頬にキスした。

 飾りの1部のつもりできたのに。唐突な展開に少しドギマギしたけど。エステルの頬に祝福のキスを返した。


 途端に女の子達の歓声と嬌声で何も聞こえなくなった。少し辟易としたが、エスコートであるうえは、エステルの傍を離れる訳にはいかなかった。


 …離れたくないのか?!

 今日の主役のエステルの傍に、注目を集めているエスコートとしているから自分を保っていられる。


 1人に成ったら…


 音楽がひときわ高くなって、ブッフェにデセールのサービスが始まると、喧騒が少し下火になった。

 アウルが連れに何か言って、エステルのそばへ来て祝いのキスと花束、チョコレートの包みを渡している。


 エステルは頬を上気させてアウルを見詰めている。


 「おめでとう。素敵なパーティーだね」

 「有難う御座います。閣下」


 膝を折った正式なお辞儀で応えたエステルに、アウルが微笑む。


 「アウルと。レディ・エステル」

 「アレンは、私の義理の弟なんだ。宜しくね」


 エステルにそう告げると、俺に微妙に変えた微笑を向け、唇を寄せるようにして囁いた。


 「彼女のエスコートに着いているとは思わなかったな。取り込まれなければ悪くは無い。だが、ラルフ・ストラダには気を許すな」


 言い終えると、何事も無かったようにエステルを振り返った。


 「申し訳の無いことですが、これにてお暇を。レディの御前を辞する非礼をお許し下さい」


 軽く胸元に手を添えて礼をとると、随行しようと動き掛けた俺を目で留めて外へ向かった。


 俺を留めて置いて、気付いて歩み寄った綾乃のエスコートには、背を支えるのも許しかねない様に連れ立って行った。


 堪らずその場を離れ、人影のまばらなテラスへと出た。ウエイターにウイスキーのダブルを作らせて煽ると、喉の奥へ強いアルコールの熱が伝って落ちて行く。


 酒の力を借りてひと息つくと、ようやくラルフが見詰めているのに気が付いた。娘達の喧騒を離れてバーに居たようだった。


 アウルに言われた。ラルフには気を許すなと言う忠告に、判っているとうそぶいて、彼に向かった。


 「オテル・ミルテではお手数をお掛け致しました」


 おや、と言う風に口の端を少し上げると、いやいやと、頭を振りながら言う。


 「何時判ったのかね?!」

 「お名前を伺って漸く。改めて有難うございました」

 「なに。前日お見掛けしていて、少々興味を覚えていてね。偶然通りかかったのだ」

 「相応の礼をお受け頂かねば父に叱られます」

 「父上に報告には及ばんよ。それ程の事では無い。娘にお付き合い頂いて喜んでいるのだ」

 「それは…お付き合い頂いて居るのは僕の方です」

 「碧の貴公子の手前、恰好がついて…かね?!」


 やはり気づいて居たのか。俺がアウルを意識してエステルの傍に居たのを。

 何も言えずにいた。

 言えば涙が零れそうだった。


 アウルは黒い瞳の若武者と寄り添っていた。

 鋼を鍛え上げたような研ぎ澄まされた男と。

 俺では駄目だとたたみ掛けるようなものだった。


 帰って来てくれますよね?!

 判らないな。


 あの時俺を見限って…涙が零れて止まらなくなった。


 「失礼…」


 立ち去りかけた俺の背に、ラルフの腕が回されて、ポンッと胸の中に取り込まれた。思わず見上げた涙目を左手で塞いで、口づけられた。


 …良いや。1人で泣くより良いかも知れない。

 唇を離しても、俺の目を押さえた手はそのままにしているラルフに聞いた。


 「興味とはこう言う事で?!」

 「君の…その蒼い瞳が…かな」

 「礼の積もりで受けて下さっても結構です」


 俺の申し出に、何も言わずに唇を重ね、より深く踏み込まれてだじろいだのを認めると、宥めるように愛撫して言った。


 「続きは君の望む時に」


 初めての深い口づけに蕩け掛けていた俺は、ラルフに殆ど全ての状況を掴まれていることを悟った。


 この人なら測れるのかも知れない。

 俺というものの価値を。

 お読み頂き有難うございます。

 アレンの心情が微妙で、書きにくくて仕方ないのですが、我慢してお付き合い下さいませ。

 宜しくお願い致します!

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