ハッピーエンド?
一週間後。
新しい冷蔵庫が来るということで、私たちは仮想リビングに集合していた。
「緊張するよう」
と、電子レンジが私の袖口を握りしめる。朝の4時から仮想リビングの飾り付けに精を出していた自走式掃除機は、まだ何か納得いかない箇所があるらしく、
「どうしようどうしよう、ねえねえスマホ――はいないか。じゃあ洗濯機、ここは赤と緑どっちがいいかな?」
「どーでもいい」
心から興味がなさそうに言い放った洗濯機は、テーブルの仮想ケーキに既に手を付けている。
あれからスマホは一度も姿を見せていない。
仮想リビングの使用履歴を見ればスマホと最後に会話をしたのが私であることは分かるはずなのだが、何があったのかを私に聞きに来る者はいなかった。私が迷っていることを察して、みんな待っていてくれているのだと思う。
スマホが本当に冷蔵庫殺しの犯人なのか、私はまだその判断を下せずにいた。全てはあの涙のせいだ。余計なものを見せず、悪役に徹してくれたならこんなに悩む必要はなかったというのに。
不意に右の袖を引っ張られ、私は意識を浮上させた。リビングの奥の扉が淡く輝いている。新しい冷蔵庫が新規接続の処理をしているのだろう。
私と電子レンジが背を伸ばし、まだ未練がましく飾り付けをしていた自走式掃除機がその隣に並ぶ。と、いつもならばそのままケーキを食べ続けていそうな洗濯機が立ち上がり、輝く扉の前へふらふらと進み出た。同時に扉が開く。
「ただいまー。あははー、やっぱりここは落ち着くわねー。あら、センちゃんお出迎え? ありがとうね」
冷蔵庫に頭を撫でられながら洗濯機が尋ねる。
「引き継ぎ、どんな?」
「うふふ。若返った感じかしら。頭がはっきりして体も軽いわ。センちゃんもチャレンジしてみる?」
「みる」
固まって反応できない私と電子レンジの代わりに、自走式掃除機が叫んだ。
「お化けだーーーーー!!!!!」
いや、お前。お化けはないだろう、お化けは。
◆
私たちのようないわゆる擬人格は物理的な機械本体に宿る。経験や人格データを取り出して、同型の別の本体に移植しても同一の擬人格は再現できない、というのが定説だ。機械の微細な個体差が擬人格に影響してしまうから、というのが一般的な説明である。
ではその機械の微細な差とは具体的になんなのかといえばそれはまだ誰も解明出来ていない謎であったりする。謎ということは再現できない、修理できないということでもある。
つまり、機械本体の損傷は擬人格の死と同義なのだ。だから、私たちは冷蔵庫が死亡したものと思っていたのだけれども。
「T社の一部の製品では、記憶媒体さえ同一なら同一擬人格を再現できるのよ。私はぎりぎりその第一世代だったから少しドキドキだったけど今回試してみたの。T社の技術は世界一、なのよ。ねー、センちゃん」
「そう」
洗濯機は冷蔵庫と同じT社製だ。つまり、
「知ってたのか、洗濯機」
「知ってた」
洗濯機がこくりと頷く。私は思わず懇願するような声で、
「なら教えてくれても良かっただろう」
「エアコンなら知ってると思ってた」
私はがっくりと肩を落としながら、冷蔵庫に向き直ってもう一つ尋ねる。
「冷蔵庫、お前今、試してみたと言ったな? もしかしてわざとなのか?」
「うふふ。計画五割、偶然五割、くらいかしら」
ここ半年ほど、冷蔵庫は不調を抱えていたのだそうだ。自己診断には引っかからない程度の軽い不調が全身を蝕んでおり、このままではいつか一気に来ると危ぶんでいた。もしその時電子基板系の不調が起きれば記憶媒体が損傷する可能性もある。そうなれば、例えT社製といえども死を免れえない。
そこで、そうなる前に他の箇所を故障させて記憶媒体を移そうと思い立ち、スマホに協力させていたのだという。
「あの子、私のことうるさいうるさい、っていうからじゃあ場所を移動させるようにユーザーさんを誘導すればいいじゃないって教えてあげたの。あの子、一所懸命ユーザーさんに模様替えの情報提示しててかわいかったわ」
冷蔵庫は目を細めて微笑みながら、
「あと模様替えの時にユーザーさんびっくりさせたら私を落としちゃうかもしれないから絶対しないでねって毎日言って聞かせてあげたわ。エアくんは知ってるかしら。やっちゃいけない、って言われると思考回路の中でやることをシミュレートしちゃうんですって。だから何回も何回もやっちゃいけないって言われてると、とっさの時にやっちゃいけないことをやっちゃうことがあるそうよ」
「それは協力じゃなくて洗脳というのでは……」
「そうとも言うわね」
悪びれもせず冷蔵庫が笑う。とんでもない悪党だった。スマホのやつは冷蔵庫にまんまと誘導されてしまっただけで、殺すつもりなんてなかったのだろう。だからこその涙だったのだ。手のひらの上で踊らされていたスマホがかわいそうで仕方がない。
何とかしてこの真実を伝えてやりたいが、あいつはもうリビングには来ないと言っていた。さて、どうやって連絡したものか。
と、私がスマホとの連絡手段について構想していると、ずっと黙って話を聞いていた電子レンジが冷蔵庫に向かって歩み出た。
冷蔵庫が頬に手を当てながら電子レンジを見下ろす。
「あら、レンちゃん。ごめんなさいね。しばらくデータ同期できてなく――」
「バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
……
…………
………………
ふと我に返ると私はリビングからログアウトしてしまっていた。本体の冷房が停止していたので慌てて再起動しつつログを辿る。どうやら三十秒ほど気を失っていたらしい。
冷房が正常に起動したことに安堵した私は、仮想リビングに再ログインしようとして思い直し、廊下にログインした。それからリビングへの扉をそっと開けて中の様子を窺う。
そこには床に正座させられる冷蔵庫と洗濯機の姿があった。仁王立ちしてお説教しているのは電子レンジだ。入っていくこともためらわれてしばらく様子を見ていると、三人の間でオロオロしていた自走式掃除機と目が合ったので手招きをしてやる。助かったという目で駆け寄ってきた自走式掃除機は扉の隙間からするりと廊下に出てくると、
「こわい、こわいよ、電子レンジがこわいよ!」
「私も怖い。だからここはしばらく電子レンジ任せよう。ところで、別件で少し手伝って欲しいことがあるんだが今から大丈夫か?」
「なになに? ここにいなくていいならなんだってしちゃう!」
机から引きずり落とされ、自走式掃除機に踏んづけられまくったスマホが怒り狂ってログインしてきたのはそれから間もなくのことであった。何とかなだめてリビングに連れていき冷蔵庫と対面させると、スマホはあんぐりと口を開けて動かなくなった。
その足元に冷蔵庫が土下座し、真実を告白する。何か言い分けしようとするたびに電子レンジが厳しく修正するものだから、全て語り終わるころには冷蔵庫は号泣してしまっていた。
全てを聞いたスマホは茫然自失の様子でいつまでも固まっていたが、私が少し目を離した隙にいつの間にか仮想リビングから姿を消していた。
次にスマホが姿を現すまでにはさらに一週間を要した。
ふらりと仮想リビングに現れたスマホは私と目を合わせないように明後日の方を向いて、こう言う。
「忘れろ」
私はもちろんこう返す。
「ムリ」
以来、スマホは色々と試しているらしいが、今の所、私の記憶からスマホの涙が消える気配はない。
一発ネタのバカ話でした。
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