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スマホの涙

 ネットワーク内に残っていた冷蔵庫の情報を収集し終えた探偵は、あっさりと帰っていった。残されたのは、テーブルを挟んでソファに座る私とスマホだけだ。


 私は低い声で尋ねる。


「おい、スマホ。お前、冷蔵庫が死んだ時、現場にいたんだな? 何で黙ってた?」


 スマホが深くため息をついた。


「悪かったよ。あの時は確かにすげー音がしたからひょっとしたらとは思ってたけどさ。ただ、俺だって契約者のポケットの中にいて実際見たわけじゃねーし、まさか誰か死んじまってるとは思わねーだろ。昨日、現場見て初めて気づいたんだよ」

「違うな。お前は冷蔵庫が死んだことにもっと早く気づいていた」

「なんでそうなる」

「お前は昨日、冷蔵庫の正常なログを見てこう言ったんだ。冷蔵庫は『電源かネットワークが切れてる間にどっか壊れて、そのままネットワークに繋がらなくなったんだろうな。だから正常なログしか残ってねーんだ』」


 身を乗り出したスマホは怪訝そうに。


「何がおかしい? 実際そのとおりだっただろうが」

「ログが正常だったことを素直に受け止めれば最初に思い浮かぶ仮説はこうのはずだ。『冷蔵庫は電源かネットワークを切っているだけだろう。しばらくすれば復帰するに違いない。ログは正常なんだから(・・・・・・・・・・)』」

「…………」

「お前、冷蔵庫が死んでることを知っていたのだろう? だからログは正常なのに、冷蔵庫が壊れていると言ったんだ」


 スマホは感情のこもらない目を私に向けたまま動かない。仕方なく私は続ける。


「それにさっきの探偵の話。どうしてお前、鳴った(・・・)んだ?」


 スマホは常日頃からぼやいていたのだ。

 契約者が全く歌わせてくれない。ずっとマナーモードに設定したままだ、と。


 しばらく私が睨みつけていると、スマホは急に両手を上げて背もたれに背を預けた。


「降参、言い分け思いつかねーや。いや、まあ物証があるわけじゃねーからまだ強弁はできるんだろーけど自分でも見苦しいからやめとくわ。そ、わざと歌ったんだよ、俺」

「どうして……」


 一瞬目を伏せたスマホが半笑いの顔を上げた。


「うっさかったんだよ」

「え?」


「だから、うるさかったんだよ、あいつ。お前らにゃマイクがねーから気づいてなかっただろーがな。ネットでもうるせーって評判だったんだぜ? 欠陥品だってな。夜中までぶんぶんぶんぶんコンプレッサー鳴らしやがってこっちはアプリの更新で忙しいってのに。だからまあちょっと故障してくれりゃあしばらく静かになると思ったわけ。いや、結構大変だったんだぜ? 契約者の検索結果に模様替えだの風水だのを紛れ込ませてその気にさせてさ。さすがに死んじまうとは思ってなかったけど、半端にやるよりゃせいせいはしたって気分良かったんだけどな。ちっ、詰めが甘かったな。やっぱてめえの相手はやりにくいわ」


「お前」

「あー、聞きたくねー。お説教ならいらねーよ。大丈夫。もう金輪際ここには顔ださねーから。それでいいだろ? 俺を死刑にでもするってんならまあ抵抗はしねーけど、エアコンがスマホ壊すなんてムリだしな」


 まくしたてるスマホに、私は尋ねる。


「お前、なんで泣いてるんだ」

「あ? 泣いてなんか……くそ、なんだこれ。あー、もう。とにかく俺は泣いてねーし、冷蔵庫を殺したし、もうここには来ねー。それでいいだろ! じゃーな!」


 私が呼び止める間もなく、スマホは仮想リビングから姿を消した。慌てて廊下に飛び出した私はスマホのローカルアドレスの元へ駆けつけて扉を開くが、その先はすでに真っ暗闇に閉ざされていた。


 切断されているのだからどうしようもないのに、私は未練がましく扉の前でしばらく粘り、結局何もできずにとぼとぼと仮想リビングに戻る。


 電子レンジがソファに座って私を待っていた。


「あ、エーくん。探偵さんの相手、全部押し付けちゃってごめんなさい。その……何か言ってた?」


 きっと一晩泣きはらしたのだろう。電子レンジは赤く腫れぼったい目に覚悟の色を浮かべて私を見つめた。


 だから私は隠し立てせず、淡々と冷蔵庫の死亡が確定したという説明をした。

 しながら、スマホの涙のことを考えていた。

 果たして私はどうすれば良かったのだろうと、そんなことばかりを考えていた。

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