スマホにはカメラとマイクがついている
冷蔵庫のアドレスの前に座り込んで動かない電子レンジをどうにかこうにか説得した私は仮想リビングに戻る。私たちの姿を認めたスマホは舌打ちをしながら、
「おせーよ」
「悪い」
急かされた私と電子レンジはスマホの横に座る。テーブルを挟んで反対のソファに座っているのは自走式掃除機と洗濯機だ。二人とも電子レンジの大声で起こされたのだという。
「じゃあ事実だけを言うぞ」
電子レンジから距離を取ろうというのだろう、ソファから立ち上がったスマホは仮想リビングの端まで行ってから振り返ると、
「冷蔵庫がネットワークから切断されてる。俺とエアコンと電子レンジで確認した。で、サーバーに残ってたログがこいつ」
スマホが人差し指で空中に長方形を描き、映像が浮かび上がる
冷蔵庫の自己診断チェックリストらしい。私は冷蔵庫に何が起きたのかを読み取るべく、隅から隅まで目を通して推測を働かせ、こう結論する。
「――正常に見えるんだが……」
「だろーな、俺にもそう見える」
そのまま私とスマホが黙って見つめ合っていると、
「あのあの、つまりどゆこと?」
自走式掃除機が手を挙げながら、こてんと首を右に傾げる。スマホは肩をすくめて、
「分かんねーってこと。冷蔵庫のやつ、電源かネットワークが切れてる間にどっか壊れて、そのままネットワークに繋がらなくなったんだろうな。だから正常なログしか残ってねーんだ」
スマホらしからぬ早とちりした結論だった。
案外スマホも動揺しているのかもしれないと思いながら、私は別の可能性について述べようとする。が、それよりも早く電子レンジが立ち上がった。
「じゃあ確かめよーよ!」
言う通りだった。
どれが正しいと結論の出しようもない推論を並べ立てるよりも、現実を確かめる方法について論じるべきだ。思い直した私は、冷蔵庫の状態を確かめる手段について考える。
冷蔵庫は現在ネットワークに繋がっていない。となると、現実経由で情報収集しなければならないということになるが、
「皆は現実の方でどんなセンサを持っている? ちなみに私には温度センサと赤外人感センサくらいしかない」
「私も温度センサだけ」
と、これは電子レンジ。続けて元気よく手を挙げた自走式掃除機は、
「ボク、測距センサ持ってる! 使える? 使える?」
使えない、と心の中でメモした私は、一応洗濯機にも目を向ける。
いつも通り視点の定まらない目で私をぼんやりと見つめ返した洗濯機は、
「あー、……水位センサ?」
これも使えない。となると。
みんな同じことを思ったらしく、私を含めた四人の目がスマホへと向けられる。
「あんだよ」
嫌そうな顔をするスマホに私は、
「カメラと照明、持ってるな?」
「移動手段がねーよ。今見えるのは天井だけだぞ、おら、見てーんなら見せてやんよ」
スマホがもう一つ長方形を描き、映像が浮かび上がる。暗闇の向こうにうっすらと天井らしき壁が見える。それだけの映像だ。
私はため息をついて、
「天下のスマホ様は歩くことも出来ないのか」
「出来てたまるか、くそが!」
と、私の対面のソファに座っていた洗濯機が不意に立ち上がった。どうしたのかと目をやると、洗濯機はふらふらとスマホに向かって歩き出す。その右手ががっしりと握るのは自走式掃除機の襟首だ。引きずられるようについて行く自走式掃除機はなぜか楽しそうに笑う。
「なになに、洗濯機ちゃん、なに?」
そのままスマホの元へ辿り着いた洗濯機は、その隣に自走式掃除機を並ばせた。
「あ? なんだよ」
不審げにスマホが問いかけるが、洗濯機はそれを完全に無視して私を振り向く。
「ん」
「なるほど。やってみる価値はあるな」
並び立つスマホと自走式掃除機を見て私が頷くと、洗濯機は満足気に頷き返してからソファに戻ってきてストンと座った。
遅れて察したらしいスマホがやめろやめろとわめきだす。が、ムダなことだ。
なぜなら、たった今、私の隣で電子レンジが息を飲んだからだ。おそらく洗濯機の意図に気づいたのだろう。
ここでスマホが断ったらどうなるか。それはスマホが一番分かっているはずだ。




