無茶振り
次の日。
剣を構えた――持ち方と衣装で分かる――よく来てくれるお爺ちゃんが、先陣を切って魔物の群れを突破する。
頭の上に表示されている「状態」が「疲労」に成っていた。
あたしは飛んで、常連剣士さん――金の鎧さん――の前に出た。役が妖精だから、飛べるのだ。
「ここは突破しました! 休憩したら、どうかな? ほら、疲れてるでしょみんな。……次はもっと恐ろしいのが出てくるかもしれないからね?」
妖精さんだからね。それらしく。なんてことを一々考えているわけじゃない。
あたしのどっかが勝手に考えただろう。
正直に言って、たぶん次は恐ろしい。時計は見なくてもHUDのように視野に表示されている。経過時間も、総合成績も、見る気になれば参加者ひとりひとりの情報も。
――少し、進むペースが早い。
AIが難易度を上げて来そうだった。
あたしには「回復能力」があるけど、追い付かないようなのが出て来れば、一発で全滅することだってある。
前に全滅した時は、埋め合わせに踊ったり、とにかく散々だった。
誰だって死んで終わりは嫌だ。
その回? 幽霊になった参加者の前で踊り続けた。
歌った。
寸劇もした。
視界には終了を急かす表示が出ていた。
あたしは、無視した。
別に喝采されたかったわけでも目立ちたかったわけでもない。
嫌だった。
有名になりたいわけでも、指名されたいわけでもない。
みんなが死んで終わりになるのが嫌だった。
綺麗事に聞こえるだろうし幼い考えに響く。
効率から考えれば次の回に入れ替えた方がいいし、運営のマニュアルにはそう書いてある。
とにかく――変な回はそうだったのだ。
クソ真面目に言うと、これはアトラクションであってゲームではない。
最終的な裁量はナビゲーターにある。
午前の部は順調にこなした。八割くらいは本当にリピーターさんだ。
「風音さん。今日も来ちゃいましたよ」
出番が終われば一瞬で消える――要するに表示されなくなる――のがナビゲーターのあるべき姿だけれど、
ついラスボスを倒した部屋で一息ついてしまっていた。
風音はあたしのキャスト? ナビゲーター名だ。
「(えーっと)雪白さんの護衛さんでしょ」
だいたいこう言っておけば間違いはない。
人気プレイヤーもいるのだ。
撮影は許可があれば――機材はそこそこ高価だけれど――後でDDDNに提出して許可が貰えれば放送していい。
権利はDDDNにある。
雪白さんには、お金を払って宣伝してくれる人が――撮影者が群がってくれるので大歓迎だ。
綺麗だからね。あたしが怪我したらナビゲーターして貰ってもいい。
「まだ力には成ってませんけどね。そのうち」
合っていたらしい。
撮影までする人だろうか。
普通に撮っても――最近は連携するのも増えて来たけれど、自分の部屋が映るだけだ――意味はない。
一度撮影の仕方は教わったけれど、スタジオにいるプロたちには絶対に及ばない。
立体一人称視点だと確実に酔うから、上がった動画はあまり見ていない。
中には完全なデータ入りのもあるけれど幾らかかるんだろう。
要するに――設備はまたお金がかかるけど、遊べるタイプだ。
ここが撮影に緩いのは、毎回、地形から設定から背景からシナリオから配役まで全然違うからだ。
「僕は、でも風音さんのファンなんですよ」
それはどーも。と鏨音は思った。
そろそろ消えようか。
「ナビゲーターのファンブックを、」
買ってくれたらうれしいな。人払い用の台詞。
「全部持ってます。風音さんの写ってるものは」
……よし、消えよう。やばい。
「あ、お昼で呼び出し。ごめんねっ。今度ゆっくり」
――明日にでもメンターに相談しようか。
お昼はいつも通り社食だった。
温玉うどんに、かけ放題の万能ネギを入れる。
何となく物足りない時は卵をもう一つ。
それでも足りなければ、やはり入れ放題の天かすを入れる。
何故か。おいしいから。
安いから。
いっちゃん。ナビゲーター名。から「いつも通り12時15分で」とメッセージが来ていた。どうせ食堂はそんなに広くない。
時間さえ合わせれば会えた。
七味を入れていると、隣に座っている、いっちゃんが辛そうな顔をする。
いっちゃんは甘いもの好きだ。社食で三食ケーキか何かを頼むのは、いっちゃんだけだと思う。
「もうそのくらいにしたら? 喉に悪いでしょう?」
「……丈夫なんだよね。気はつけるね」
いっちゃんはビーフストロガノフ。たまに甘いホワイトシチュー。
「心臓にも……ごめんね」
「動悸には影響しない範囲だと思うよ? いっちゃん気にし過ぎ」
今さら思い出したけれど心臓は機械だ。だから? と思う事にしている。
「今日ね?」
いっちゃんの悩みモードの声だった。
幾らでも聞くけど。
「女を売り物にしてる、って。お客様に」
「あたしも言われるよ。じゃ売り物にもならない男なのかあんたは、って思っとく。別にあんたのために綺麗にしてるわけじゃないから、帰っていいよって。わざわざ言うことじゃないじゃん。そういうのに限って美人と付き合いたいとか思ってるんでしょ。――言い過ぎかな。気にしない。いっちゃんは考えすぎ」
「LGBTとかを含めて、多種多様なんだって思って欲しいの。でもね。うまく言えないから。私は」
「――考えてるんだね。ウチのスタッフなんかカメラさんからARVRの専門家、黒人さんだし。カリフォルニアだもんね。確か。翻訳機能使わないと話出来ないけどさ。あたしは、」
「性別不詳な人ね。そういう人も含めて自由だと……ごめん。長くなるわね」
「あたしら一瞬勝負で一発勝負だから、切り替えて。忘れて。午後まで引っ張らないようにね」
実際、凄く接近してくる人も困るけれど、何か言いたいだけ? の人も困る。
凹んでいる暇がない仕事だから、切り替える以外に、やり過ごす以外にどうしようもない。
「時給高いんでしょ」とかいう人もいる。
そうでもない。
トッププロデューサーの黒人さんは――時給じゃないけど――月に百万以上貰っているはずだ。
条件が最新映像技術とAIを自在に使えること。
絶えず向上すること、とか一杯ある。
給料はもっとか? 倍?
「済まない! 鏨音は?」
食堂を出ようと言うときに、メンターが飛び込んで来る。
「風音でお願いしまーす。もう開演中なんで」
「午後の部を、新人に頼んでいいか?」
「あたし、何かやっちゃいました?」
何にもやらかしてないことはないけど。
「新アトラクション。仮称ブリザード。結氷の致死洞穴、だったかな。そこに抜擢されたんだよ。一時間貰っている。今から説明するが、いいかな」
悪いですと言っても、意味がない口調だった。
こんなことはよくある。
多分、説明を聞いても聞かなくてもそんなに変わらないくらいわからないんだろうけれど、ぶっつけ本番。
一つだけ疑問はぶつけておく。
「あたしの指名でチケット取った人、キャンセルですか? 何の説明もなしに?」
「次回の風音のチケットを渡す。今まで通り怪物狩りもしてもらう」
「……はぁ」
物理的にどうやるのそれ。
「要するに、まだ試験段階だ。かつプレミアムチケット専用のアトラクションだ。人は少ない。両方同時に、」
メンター。どうかしちゃったの?
「無理です。あたしは切り替え効かないですから。二個同時とかできる人に回してください。あと、食堂の出口で話す内容じゃないです」
妬む人はいないと信じたいけど、羽風さんとか西風さんとか、例外はいる。