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鏨音とスピーカー

多少手を入れています。整合性が? な部分については、今後鋭意訂正致します。

 SSFは独自の考えを――思考形態を持つ。



「人間的」ではない。


 ――例えば「自意識」とは、自ら選び取った不自由の謂に過ぎない。無論、それは「現象」を経て「心理化」され固定化し、やがて外部から強制される。


 SSFはそれを破壊する。その為に存在する。SSFに善悪は存在しないが、「善」とは何かと問われれば固定化した波動を他の衝撃で破砕することである、と答える。



 SSFは統計処理的AIではない。推論を行う。「固有の考え」さえ保持する。


 

 ――固定化したものはやがて減衰し、価値を失う。


 そしてそれらは留保付きであるが、全て恍惚である。善が恍惚であるとはSSFも回答しはしない。善は善であり――この検討事項の範疇外にある。


 が、絶望的状況を与え、そこから脱出するときに人は「達成感」を得る。任意の絶望、任意の苦渋、任意の負荷を与え、「解法・解放」を与えると至福の悦楽を得る。


 それがSSFの結論だった。(SSFは思考装置であり――故に狂気の要素を持つ)


 機械的知性の、結論だった。


 拷問があり、そこからの「解法」「解放」がある。


 つまり、「拷問装置」こそが快楽の源泉である。


 解法は簡単であり、「拷問装置」こそが鍵を握る。


 それがSSFの結論であり、それに反するもう一つの鍵、「呼吸が合う」を一秒、たっぷりと一秒考え、SSFは方針を変えた。


「共感」ではない。それならば日々、よりリアルに苦痛を感じるように試行している。


「感情移入」でもない。


「痛み」を強化するもの。それこそが「もう少しです皆さん! クリアしましょう!」という「鏨音」の必死の言葉が産み出す希望・絶望の混成物である。


 ただ辛いだけでは飽きる。


 ただ甘いだけでは飽きる。


 程良く調合し調理し提供していた筈だが、必ず「予定」を超えるものが無ければならない。


 成程。完了。




 過剰さではなく。調和ではなく。あの――「風音」の声だ。


 震え希望に満ち絶望し苦渋に満ち戦う――声だ。


「佇まい」だ。「顔」を持つ「固有名」であり、かつ抽象化可能な音だ。


 二度とは現前しない一回性だ。であるからこそ、希少だからこそリピートされる。


 そして二度とは再現されず、反復もされない。


 結論した段階でSSFは他方向へと他AIを誘導する。優位を獲得するには「他の全てが誤っている」ことが必須だからだ。方法は、他のAIがやっている通りだ。





「ねえ、星空にして」

 鏨音は自室で、お気に入りの、かなり人として駄目になりそうなクッションに座っていた。


「お好きですね」

 スピーカーの癖に一言多い。


「黙って映しなさい。そりゃね。綺麗だもの。あと虫の声。どこかの田園」


 後は隣に誰か、手を繋いでくれる人がいればいい。

 考えるほどにそれは遠いような気がする。


「木でも生やしといて。あと――いいわ。文字の方を光らせるから」


 少し橙色がかった光の文字。日記――備忘録だ。


 指先でなぞる。字がそれほど綺麗ではないけれど、勝手に清書する。


 そして、鏨音は小さく欠伸をして、日記を抱いたまま、目を閉じた。


 いつものように起きて、ニュースをちらっと見て、まだ朝の六時だった。


 軽くシャワーを浴びてから、鏨音はリビングに戻る。


 ルート8で事故があったらしい。まだニュースでやっていた。


「……まとめて。何があったの?」


「総合すると、ルート8を通行しない鏨音様には関係ないかと」


 スピーカーが答える。


「あ、そう。さすが血も涙もないわね。――何か作りたいんだけど」


「社食は既に開いております。卵を爆発させる、」


「疲れてたのよ。もうしないから。スクランブルエッグとパン。以上。見ててね」


「社食のメニューに問題があれば、改善するよう言っておきます」


「ねえ、味方の振りはしないで。協調性がないとか上げるんでしょ? いいの。気分の問題」


 ビシッと人差し指をスピーカーに向けた。カメラが有る以上見ている。

 冷汗でもかけるならかいて見せろ。


 ――窓辺で、椅子と小さなテーブルを置いて食事を摂る。飲み物はカフェオレ。

 とても珍しいけれど、今朝は空が青だった。


 晴れには違いない。

 ドーム都市に雨は降らない。


 昨日は薄墨色と黄色が混じっていた。


 スプリンクラーが水を撒かなければ、社屋の外の芝生はすぐに枯れる。


 ドーム内のダストはやがて吸着されるけれど、処置の届いていない所はドームの外並みの埃だらけになる。


 即、致死のものと、緩い致死のものの違いだ。


「音楽。何でもいいわよ。気分は適当に判断して」


 発声練習を済ませて、ストレッチをして、職場へ向かった。


 まだ七時。エレベーターは混んではいない。


 もしかすると――一々買い物に行くよりは社食の方が安い。


 グラムあたり単価で言えば確実に有利だし、カロリーあたり単価でようやく追いつくけれど栄養素の合計量、は想像がつかないけれどたぶん負けだ。


 どうせ昼と夜は作っている暇がない。社食に決まっている。


 ナントカハザード四種、の影響も受けていない。



 ロッカールームで着替えて、管理の人というかメンターというかそういう人の前に、びしっと並ぶ。


 まだ1/3も集まっていない。あまり広くはないのが売りだからスタジオをそのまま使う。



「鏨音くん。早いし姿勢もいい。今日もモンスター狩りのアトラクション、頼むよ。指名チケットが完売しそうだ」



 たぶんカッコいいという人も居そうな――やっぱりまとめて言うと上司だ――上司が言う。


 チケットが完売するとボーナスがある。無理だろとは思う。8割程度でも査定には響く。

 時給は上がる。3割くらい予約が入ってくれれば。


 担当のアトラクションだから、というのが見え見えなのは辞めた方がいいんじゃないかと思う。嬉しいだけかもしれないけど、他の上司の視線がこっちに集まる。



「はい。頑張ります。まだまだ至りませんけど」



 早く解放して欲しい。切り替えてアトラクション向けの最高の状態を作らないと。


 慣れると一秒で出来るらしいけれど、私は部活時代から入り込むのに時間がかかる。


 いい声だから、なんて理由では誰も感情を刺激なんかされない。


 作り過ぎてもダメ。


 自然体からちょっと過剰気味、時にはパニックにもなるのが多分、いいんじゃないかとアンケートを分析したスピーカーが言っていた。


 客の鼓動まで拾っているから確実なんだそうだ。


「じゃ、君はアトラクションに入って。注意すべき点は何もない」


「有難うございます」


 いや本気で。ずっとアドバイスしているメンターもいるけれど、放置したほうがいい、勝手にやらせていたほうがいい、そう判断してくれているのなら、本当にありがとう。



 慣れてはいるけれど慣れているからといって、毎日同じ感じでやれるわけではない。


 声は、褒められるから素直にキープしている。大事にしている。


 アドリブも入る。考えて入れているわけではない。そりゃ何も演技の経験がない人とは「自然にやってる」の「自然」が違うだろうけれど。


 私は私、と決めている人もいるし(その私、だって築き上げた私だ)、どのアトラクションだろうと、そこの担当をいきなり超えて来る人もいる。別人タイプだ。


 あたしは自然体、らしい。


 ――これがあたし、よ?


 っていうものは何もない。



「アトラクションの作りが面白いからでしょ」


 と、大抵はスピーカーに言うようにはしている。昨日は「合うお客さんが多いから」だったか。


「お客さんもいいから」


 これが昨日言った話だ。


 他のアトラクションが詰まらないと、じゃあ怪物狩りが受けるかというと、機嫌の悪いのを引き摺って来るから楽しんで貰えない。


 メンターあるいは上司には悪いけれど、みんながちゃんとしてるからじゃないかと思う。


 偉い人だから知ってるんだろうけど。


 あたしが何か言えるのならば、朝礼で立っている側が逆になる。


 いつかはそれもありかな、とは思う。


 夢ではなくて、じゃないと職を変えなきゃいけないという現実問題だ。

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