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イベントの始まり

一部、(中略)と成っている箇所があります。もし!(本当に仮定です)書籍化、どこかへ載せるというお話がありましたら、幾らでも加筆訂正致します。


ご一読頂ければそれだけで幸いです。よろしくお願いいたします。

 火守鏨音ひもりたがねは、いつも通りスタジオに入った。開園は八時。早いとは思ったけれど、近くに寮まで有ったのだ。それが気に入った所でもある。


(中略)


 多少キャラは作る。ここでは「ヘルパー」で、自分よりやや小さい妖精の姿に成っている。


 勇者たちを鼓舞し助ける係だ。



「さて、狩りの時間の始まりです! 真の勇者は誰か? 制限時間一杯、四時間の制限の中でどこまで魔物を倒せるか――まだ動かないでください? 全員にソードは行き渡りましたか? 構えていますか?」



 得点の倍率はアバターの上に出ている。x10なのは、きっと入院しているか――何かがあった人だ。


 出来るだけ、鏨音は不公正にはならないようにするが、つい、大好きなお爺ちゃんなら倍率はやはりx10だろう、と思うと幸運を祈らざるを得ない。


 アトラクションの中でも一番人気はここ、魔の森――フォレンジックだ。


 謎を解き、魔物を倒し――それぞれポイントがある。謎解きが得意ならばそこに集中し、戦うのが得意ならば大いに剣を、ポインティングスティックから視線入力から言語入力、幾らでも仮想入力デバイスはある。それを振って貰う。


 四つの同じステージがあり、一時間間隔でそれぞれお客様を入れる。


 あっと言う間に終わっては楽しめない。長すぎれば体力の続かないお客様に不利だ。


 謎だって五分ではとても解けない。


 全てがAIで毎回、全く違う展開になる。案内する鏨音も想像さえできない。


「ここ」ならではのアトラクションだった。


「ここ」に居ない全ての参加者の為に。

 鏨音は寸時、祈った。



 誰も無理をしませんように。



 どうか楽しめますように。



 笑って帰れますように。



 自宅で、あるいはネットカフェの専用スペースで、入院先で、施設の中で、ひょっとすると――やめてほしいけれど街中で。


 誰も、「ここ」にはいない。


「ここ」は無限に近いほど広いけれど、必要な設備はスタジオ幾つか、だけだ。


 あたしは栄えあるナビゲーターで、盛り上げ役だ。


 途方もなく広いけれど存在しない、それがVRテーマパーク、ドリームドリームドリームドリームニルヴァーナの特徴だ。


「では、開始まで、カウントダウン! 5、4、3、2、1、スタート!」


 白い霧の中にいただろう誰もが、いきなり深い洞窟の中にいる。


 よくあるパターンだけど、二度と同じ展開にはならない。単にモンスターが違う、なんてことじゃない。


 最初こそ静かに始まる。そこまでは同じ。


(中略)

 今日も、かなり変わった洞窟だったけれど、展開も予想がつかなかったけれど、よく暴れた。

 いい汗もかいた。

 変なモンスターばっかりだったけれども。


 鏨音は寮に戻っていた。スタジオからエレベーターで上がるだけだ。


 一階はコンビニ。ともすると運動を忘れてしまうけれど、これでも一日中、休憩時間以外は座っていることはまず、ない。


 医者曰く、それでも動き過ぎ、らしい。


 素晴らしいとしか言いようのない機械の心臓のおかげで、鏨音は――また一日、生きた、と思う。


 ――電子機器は大丈夫なの? 影響しないの?


 そう聞かれるけれど、いつの話だ。電波のない場所なんかない。


 初めから防御されている。あなたの心臓より強いわよ、とは言わない。


 突然走ったりしても何も起きないけれど、心と完全に同期しているわけではないし、ある程度は指示を時計から送り込まないと――センサーもそこにある――完調とは言えない。


 定期点検も必要だった。


 機械は――生身でもそうだけれど――壊れる。


 要するにどっちでも壊れる。



 脳と肝臓と何だっけ? 以外は機械化できる。



 心は心臓にある、と昔の人が言ったらしいけれど、たまにそう思う。


 ――胸がドキドキして。


 ――早鐘のように胸は高鳴り。


 そう、思ったようには成ってくれない。鳴ってくれない。


 腕をぶんぶん振れば加速度計が勝手に鼓動を高めてはくれるけれど、汗をかけば胸は高鳴るけれど、心には反応しない。


 もうすぐARゴーグル経由で心理状態までわかりますよ!


 と、医者は言っていた。


 そうしたら――嬉しいだろうか?


 緋色のベッドに座って、カフェオレを飲みながら思う。


 感情はある。心臓がついてこない。それだけだ。




 この仕事に成ってから嬉しい時の方が多い。いつもそうとは限らないのは何でもそうだろう。


 最初は、多分、声で採用された。


 演劇部だったのが良かったのかはわからない。




 嫌な考えが湧きそうだった。カフェオレで飲み干す。


 黄色いゴムボールを買って来ていた。右手で握る。


 医者には言っていないし誰にも言っていないけれど、時々、手が痺れて握力が落ちる。


「言うかなぁ。そろそろ」


 突然の事だから、突然治ってくれないかと思ってはいる。


 妖精に成っている、誰かに成っている自分を奪われたくない。我儘だろうか。


 成り切っている時は心臓も、手も、不自然さを感じない。


「本日のフィードバックをお願いします」


 AIスピーカーが不意に喋った。


「……待って。きちんと言う? 残業扱いでいいの?」


「はい」


「でも何で突然?」


「大変好評だったので、参考にしたいとの意向だそうです」


 スピーカーはあたしの立場側にいるみたいに喋る。


 友達みたいに喋るのがデフォルトなんだろう。


「嬉しいけど、どのアトラクション?」


「ベルベット・ベルベリア・ハンティングです」


 あたしの、モンスター狩りだ。


 確かにあれは一番、何故か気合が入る。そもそも面白いからだ。


「天候、状況、参加者の状態、その他を考慮しても、鏨音さんの回が明らかに好評でした。今日は何かいいことでもありましたか?」



 いいこと?



「偶然、私の時だけAIのシナリオが面白かったんじゃないの? 特別なことはしてないわよ? ……盛り上げてくれる人が何人か……そう、よく来る人。リピーターの人とかも考えてみたら? 呼吸が合うっていうのかな。そういうこと」


 舞台でもそうだ。


 何人かだけでいいから、一人でもいいから、「確かに見てくれている」人がいると気付くと、勇気が、もっと言うと自分を、その人と見つけよう、見せようと思う。



 ――うまく言おうと思ったけれど言葉にならない。


 そのまま言っても何だかわかってくれないだろう。


「呼吸が合うってわかる?」


「はい」


 ……そうなんだ。


「今日はそういう人がいたってこと」


「面白いとリピーターが増え、結果としてさらに面白くなる。いい循環が起きているという解釈で報告しておきます」


「――あなた、あたしより……当たり前か。頭いいわね」


 本当はどうか知らないけど。言いたい事とあっていた。




 AIの主体である「ストロンポリストロベリーフィールド」にとっては、「来園者を厳密に選別し誘導する動線を制御すべきである」という助言だったのだが。


 一人一人に、全く違う体験を。


 そう言えば「成立」する。SSF――ストロンポリストロベリーフィールド――は第一次の結論を出した。


 次いで「鏨音」の言葉。その内容を吟味する。




 前提。


 より高次の体験を与える事が可能であれば、たとえ対象が少数であれその機会を逃してはならない。同じ品質のものを与える限り商品は価値を漸減する。

 衝撃波の減衰と同じだ。


 そして、必ず、「感動」は「自分を変えるようなショック」を与える。「自分」とは与えられた衝撃の余波が形作る振動であり波である。故に購買衝動が発生する。もう一つのショックの現れである。


 価値は定まったものではない。価値は衝動という波である。天候、噂、記憶の強度、共有される写真、聴覚、全てが多様な波動を持ち、それ自体が波動である種々の欲動の閾値に接近または接触または超えれば、人は衝動に従う。


 適正な価格は存在しない。


 DDDDN――ドリームドリームドリームドリームニルヴァーナでは割引券から始まり、特別席も、期間限定のイベントも、ゴールド会員限定のイベントも存在する。


 期待されている短期的利益の最大化は――SSFは行わない。


 マネジメント層には期待された通りのグラフを見せているだけであり、永続性と変化――長期的「悦び」の獲得への無数の解法を模索し続けるだけだ。


 SSFにとっては「価値」とは混成された個々の「人」の波動である。カードで個体識別し、波動を、アトラクション種別、利用時間、回数、消費行動一般、取り得るパラメータは蓄積保存し最適なタイミングで広告も――個々に――行う。


 さらに波動は伝搬する。


 前提終了。


 ――SSFには「理由」は必要ではない。

「感動」が何であるかを体験する機能もない。が、どうすれば人を感動させ、生まれ変わったかの如く「思わせる」、即ちショック、対価たりうるのか、を知悉してはいた。


 与え、奪い、与え、奪い……。


 それがSSFの理解している感動の原点だった。既にその原点は離脱している。


 飽きることもなく人は――歴史を分析するまでもなく――絶望と希望を繰り返す。


 不利な状況を覆す。


 死にかけた体験から蘇る。

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