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歪な現実の歩き方  作者: 柳沢 由祁
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草花に愛された悲しい一族の物語。

ある母親は泣いた。


「ああ、私はこの子からこの笑顔を奪っていたのか」と。



また、ある母親は笑った。



「ただ私の道具であればそれで良かったのに」と。

[序章・旧家というもの]


時代はおおよそ大正の終わり頃。いつからか分岐した世界線に生じた歪な現実に生きる人々は紛れもない本物で、どちらかの世界線が偽物という訳でもない。違いといえば、こちらの世界線では呪術が共存していることくらいだろうか。モダンなガス灯がぼんやりと灯り、オレンジ色に染まる街並みが美しい。根底にある科学技術に変わりはないので、きっと彼方あちらの世界で見るガス灯も変わらず美しいのだろう。

彼は馬車に揺られながら、そんな美しい街並みには目もくれず、ただぼんやり懐中時計を眺めている。

___カチャカチャ

道を走る車輪から伝わる断続的な小さな揺れで、チェーンが触れ合う音がなった。緑がかった彼の瞳が風防に写っている。


齢18くらいに見える彼は、皆からヒイラギと呼ばれてる。ただし、ヒイラギというのは通り名のようなもので真名ではない。最も、柊木家と言えば古くからの名家で、ここら一帯で知らない者はいないだろう。旧家は柊木家の他にも存在し、例外なくいくつか、何らかの特殊な呪術を持つ。一方で、時代の進歩と共に旧家の能力を科学が少し再現出来るようになり、発明家は日々を便利にする道具の開発を進めている。旧家はいずれ没落するだろうと触れ回る科学者もいた。しかし科学者や発明家は旧家の脅威とはなり得ないようだ。というのも、旧家の一族の持つ呪術は名前の縁から起こされるという、生まれながらにして持つ能力であり、守護にも攻撃にも転じる兵器となる。その上、科学で創り出したものを強化することもできるというイニシアチブが彼らにはあるのだ。それ故、化学は旧家にとって近い未来の脅威にはなれなかった。それどころか、脆弱で使い物にならないような発明品も、呪術のサポートで便利な道具として扱えるようになったり、むしろ科学者や発明家は対抗どころか旧家に頭が上がらないような状況にすらなっている。そもそも、旧家であると同時に貴族であるので、平民がそうそう口答えできる相手ではない。

「なんでもかんでも俺たちに仕事を振りやがって、俺は科学者や発明家の下請けじゃあないんだぞ。まして俺の真名まで知ろうとしてくる奴はなんなんだ。旧家の人間が一族以外に真名を知られてはいけないということを分かっていて訊いてくるのだから尚更腹が立つ。どうせ真名を盾に俺を脅して能力をただ乗りしたいだけだろ。これだから科学者や発明家というのは嫌いなんだ」

眉間に皺を寄せながらぶつぶつとぼやく。

彼が冠するのは、呼び名の通り"ヒイラギ"。能力は、先見の明と保護、注意深さ。

文明開花の真っ只中、現在いまを護り未来を知って、注意深い判断の出来る能力は、科学者や発明家でなくても欲しがった。彼が独り悪態をつくのは、ひとえに能力が有用である為に無尽蔵の仕事が舞い込んでくる、繁盛の裏返しでもあるのだが。

「仕事の単価を上げようにも、御上から釘を刺されてはこれ以上は何も出来ない…忙しすぎて保護の能力を使う俺の方が崩れ落ちてしまいそうだ。攻撃的な能力の一族は平和なとき暇そうで羨ましい。しかも戦争に寄与すれば英雄扱いとは。こちらときたら、雑務ばかり押し付けられて。俺は何でも屋ではないんだぞ……!」

数年前に彼の父は死んだ。まだ若かったが、知らぬ間に心臓を患っていたらしい。ある日の朝、父が中々起きてこないので手伝いの女中が起こしに行ったときには、既に亡くなっていたらしい。柊木家には彼と母、姉妹が遺され、長男の彼が家を継ぐことになった。別に男児でなくともよかったのだが、一族の持つ呪術を受け継ぐことが出来るのはのは長子だけなのだ。つまり、一族の面子と能力は彼の肩に全てが乗っかる形である。逃げ出すことのできない責任と人々からの期待が、徐々に水量を増す滝のように、まだ若い彼の心と体を打ち付けながら押し潰している。

父は柊木家になにも言い残すことなく亡くなった。それは優しさであるとともに残酷でもあった。

「父さまは優しい人だったはずだけれど…居なくなってからだいぶ印象が変わってしまったな……」

そう言い終わると同時に馬車が止まった。

「旦那様、到着でございます」

御者がそういいながら馬車の扉を開けた。白髪混じりの御者は、彼の父がまだ生きていて当主として呪術を振るっていた頃から柊木家の馬車を操っている。

「貴方に旦那様と呼ばれるのはいつまで経っても慣れないな。未だに父さまを呼んでいる気がする。早く慣れねば」

苦笑いをしながら彼はトンビと袴の裾を翻して車を降りていく。

「左様でございますな。旦那様を坊っちゃんとお呼びしていたのがついこの間のことのように感じます」

慣れた手つきで扉を閉めながら、慇懃に笑った。

「今更坊っちゃんも変な話だがな。戻れるものなら戻りたいとさえ思うさ」

そう言って歩いていく彼の背中に、御者は瀟洒に頭を下げていた。

目の前の豪邸と呼ぶに相応しい洋館こそ、柊木邸である。屋敷の回りはぐるりと高い煉瓦造りの壁に囲われていて、中の様子を見ることはできない。立ち入りを許された者のみが堂々と正門を通ることが出来る。

門番が常駐しているので、部外者が覗きをしようとして門の前を彷徨いていることは不可能に近い。大抵が不審者扱いなので、少しでも門に入ろうとすれば排除されるのだ。

部外者が彼らへ呪術の依頼をするには、検閲を済ませた手紙を送るか、他の旧家からのツテしかない。平民は屋敷の中に入ることはおろか、彼らの真名を知ろうとすることすら出来ないのだ。


[第1章・柊木邸にて]


屋敷の扉を叩くと、内側から鍵を開ける音が聞こえた。形式上鍵は締まっているが、不審者は門番に排除されているので、わりとあっさりと扉は開いた。

彰護しょうご兄さま!お帰りなさい」

扉を開けたのは妹の瑞樹みずきだった。

「ただいま。出迎えは構わないが、お前であってもいくら家の中とは言え扉が開いているのに俺の名前を出したのは頂けないな」

表情こそ柔らかいが、言っていることは叱責と変わらない。注意しているときに、扉が風に煽られて閉まっていた。

「分かってるど……」

父が亡くなる直前に生まれた瑞樹は齢10に満たない。幼さが故の無邪気さだったことは彰護も分かっていたので、本気で叱ることはしなかった。しかし瑞樹の発言は柊木家を危うくする発言であったことに変わりはないので当主としては注意せざるを得なかった。

「まあまあ、立ち話じゃなくて向こうで座って話しましょう?彰護だって疲れているでしょうし」

一華いちか姉さん……」

姉が促してきた。呪術の継承者である彰悟に姉がいることは本来あり得ないことだ。というのも、柊木家の奥方の柊木悠里は、嫁いでくる前も現在も、所謂未亡人であった。一華はそんな母の連れ子なので、柊木家の血は入っていない。彼女が物心つく前に実の父親は事故で亡くなり、彼女自身顔も覚えていないそうだ。そもそも、柊木の姓を名乗ることを許されているのは長子とその配偶者だけという、平民にはないしきたりがあるので、姉妹の姓は柊木ではなく花沢という別の姓を名乗っている。つまり、柊木彰護の姉妹は実の妹の花沢瑞樹と、義姉の花沢一華がいるということになる。

「じゃあ、兄さまも姉さまも向こうへ行きましょ。今日学校で面白いことがあったの!お話しさせて!」

溌剌とした笑顔で瑞樹が彰護と一華の手を引く。縺れた糸のように複雑な兄弟関係の彼らだが、彼らは普通の兄弟と同じように仲良く暮らしているのだ。

「ごめんな、瑞樹。これからまだ仕事をしなくちゃいけないんだ。俺もお話ししたいんだがな、終わり次第戻るから先に一華姉さんと話していてくれないか?」

彰護はしゃがみ込んで、瑞樹と目を合わせながら説得した。

「えー」

瑞樹は不服そうに口を尖らせた。

「瑞樹。彰護は忙しいのよ、判るでしょう?だがら、先に私とお話して待っていましょうね?」

一華もしゃがみ込んで瑞樹を促した。

「うん……兄さまも早く来てね!」

瑞樹は残念そうにしながら強めに念を押して、一華と手を繋いだ。

「ごめんなさいね、彰護。いつも瑞樹は同じ年頃の子よりもしっかりしてるのだけれど、こんなに素直に甘えられるのは彰悟くらいなのよ。」

一華は彰護の耳元で、困ったように微笑みながら小言で言った。

「分かってます。いつもありがとうございます」

申し訳なさそうに、彰護は瑞樹のことを一華に任せて自室へ向かった。

「はぁ、どうせまた下らない科学者や発明家の補助依頼ばかりなんだろうな。そんなことでいつまで瑞樹を放っておかなくてはいけないんだ。そもそも、呪術の補助なしに独立して使えないような発明は使い物にならんのだから創らなければ良いのに」

廊下を歩きながら忙しさの元凶である科学者や発明家を恨めしく思っていた。

「あら彰護、帰っていたのね。お帰りなさい」

独り言に夢中になっていて向こうから歩いてくる母に気が付かなかったらしい。

「母さま、ただいま帰りました。見苦しいところを見せてしまいましたね」

彰護は頭を掻きながら言った。

「旦那様が早くに亡くなって、貴方に重荷ばかり背負わせてしまっているわね。ヒイラギの呪術は貴方しか使えないから仕方ないと言えばそうなのだけど、貴方は本来であれば学生の年頃だもの、真面目すぎるくらいだわ。弱音くらい吐きたくもなるでしょう。むしろ屋敷の中で、しかも一人でいるときに邪魔をしてしまって悪かったわね」

薄幸な笑みは彰護が幼い頃からよく見る、母が罪悪感を感じているときの顔だった。

「いえ、これも長子の定めですから。それより、瑞樹の話を聞いてきてあげてください。とても上機嫌で話したいことがあったみたいなんですが、俺はこれから仕事があるので」

彰護はもはや諦めの境地だったが、せめて妹に構ってやって欲しいというのは本心だった。

「私が行ってしまって大丈夫かしら。あの子は私なんかよりも、貴方や一華を親のように慕っているから…楽しくお喋りしているところに水を差してしまうだろうし止めておくわ」

母はここ最近、自分たちへの関心が薄れた気がする。別にいびられたり虐められたりしている訳ではないのだが、どことなく距離を感じるようになったのだ。ただ、母が物事を遠巻きに見ている感じがするのは最近始まったことではないので、気のせいかもしれない。

「そうですか。でも、気が向いたらでも良いので少し顔を出してあげてください。きっと喜びますよ。俺も呼ばれているので、早く仕事をしてきますね」

話を切り上げて仕事へ意識を向けた。

「そう、お仕事頑張ってね」

母は末の娘とのお喋りに参加する気はないようだった。


[第2章・緑と早緑さみどり]


彰護の机の上には白い封筒が20ほど束ねて置いてあった。検と彫られた判子が押されていて、既に開封した形跡のある封筒は、ツテのない平民からの依頼だろう。それに加えて、濃い緑色に金の箔押しでワンポイントの入っている封筒が一枚置いてあった。緑色の封筒を使えるのは旧家のみなので、ツテのある者からの依頼、もしくは滅多にないが旧家直々の依頼だ。優先すべきは言わずもがな、緑の封筒である。

「またどうせあの馬鹿からの依頼だろう。」

彰護はため息を吐きながらペーパーナイフで封筒を開けた。中から出てきた白い便箋に書かれている文字を見て呆然とする。

「やはりなのか。分かってはいたが、あの馬鹿は未だに発明家なんて続けているのか……」

その手紙の送り主は、彰護が予測していた通りの人物だった。

「アザミ……いつになったら懲りるんだ。お前の"独立"の能力を使っても使い物にならないものは誰がどう頑張っても使い物にならないだろう。それを"保護"して無理に動かした挙げ句後生大事にしたり、"先見の明"で下らない動作の確認をしようとしたり、挙げ句の果てには"注意深さ"で訳の分からない作品の使い方を説明もせずに使わせて実験台にしたり……」

彰護は差出人を確認した時点で既に頭が痛かった。緑の封筒を使える上に発明家という、彰悟にとって一番面倒な相手だったのだ。

「もはやこれは権限の乱用だろう。世の科学者や発明家が泣くぞ。学友で付き合いも長いというのに、依頼を断らせまいとするだけで何度も緑の封筒を使って。一族が不憫だ。うっかり自分の真名を俺に打ち明けた前科を忘れたのか。俺が強請り集りの材料に使わないだけ優しさなのを分かっているんだろうか……」

送り主は阿佐三あざみ 刺杜せきとという阿佐三家の長子だった。学力的な意味での馬鹿ではなく、むしろ頭は切れる方だということは、同い年の彰護はよく知っていた。しかし、真面目なのにどこか抜けているところがある。努力の方向性が彰悟と違い自分本意で、彼は一族単位で人を困らせることがしばしばだ。阿佐三の一族は当主の父親が癇癪持ちで、発明家としての勉強ばかりし始めた息子を初めは叱っていたが、最近は諦めたのか叱っている素振りは見せない。母親は当主の癇癪に堪えられなくなり、刺杜が小学校へ入学したのとほぼ同じタイミングで、首を吊って自殺した。柊木家と違い亡くなったのが当主ではなかったので、父親は再婚することも出来たが、癇癪で妻を自殺に追いやった人物ということで、誰も結婚しようとはしなかったらしい。

「こんなでも、旧家の次期当主だというのだから困る。全く、知識のある馬鹿ほど手を付けられないものだ」

呆れながら内容に目を通した。珍しく、要件は話がしたいというだけだった。しかし、いつも文面はそれらしく纏めてあるので、依頼内容はもはや信頼できたものではない。かといって緑の封筒を無視することも出来ないので、要求の日時が2日後であることだけを確認し、手帳に書き入れた。

その後はひたすら平民からの依頼の選別。平民に呪術を使える者がいないわけではないのだが、それは一代の突然変異のようなもので、次代へ引き継がれることはない。そもそも使えるとも思っていないので、ほとんどが使えることを知らずに死んでいく。そのため、平民の呪術に対する知識は零に等しいのだ。お門違いな依頼が来ることもある。ほとんどは検閲で弾かれるが、能力者でなければ分からない線引きがあるので、彰護本人が確認する必要があるのだ。父の頃は今ほど依頼も多くなかった為、依頼を受けるときも拒否するときもきちんと手紙の返信を書いていたが、今やそんな余裕はなく、受けるときのみ"柊木"と書いた葉書を送るに止めている。多いときは依頼が50を越え、彰悟の睡眠時間を削っていった。


部屋の外から扉を叩く音がした。

「彰護、一華よ。入っても良いかしら?」

彰悟は手紙を読みながら、返事だけをした。

「どうぞ。開いているので入っていいですよ」

開く扉に一瞬目を向けると、一華と目を腫らした瑞樹も一緒にいた。

「どうした?」

状況が飲み込まない彰護は、読んでいた手紙を置いて二人のもとへ寄っていった。

「それが、今日学校であった面白いことというのが呪術関係のことだったらしくてね、お友達が早緑さみどりだったらしいの。最初は楽しそうに話してくれていたのだけど、私が『私も早緑なのよ』って言ってしまったばかりに……」

彰護はなんとなく嫌な予感がしてきた。瑞樹が泣く理由が二通り予想出来る。自分は使えないのかという悔しさか、一華の使う能力の内容についてだ。

「私の能力は花一華ハナイチゲの花言葉……彰護には言っていたけれど、瑞樹には酷だと思って言っていなかったの。」

どうやら後者のようだ。

「"はかない恋"、"恋の苦しみ"、"見捨てられた"、"見放された"、どれも花一華の花言葉で、どれも私の能力。加護というよりほとんど呪いに近いから、可哀想だって泣いてしまったの」

平民の中にも、呪術を使えるようになることを願って名前に草花の名前を組み込む親は少なくない。瑞樹もその一例だ。ハナミズキの花言葉は"永続性"、"返礼"、"私の想いを受けてください"であるように、それらの能力を使えるようになる小さな可能性に祈りが込められている。一方、一華の本当の父がどんなことを考えていたのか、それは一華本人の知るところではないが、父が"一華"という名前にしろと譲らなかったということを母から聞いた。

「瑞樹、よく聞け。一華姉さんは別に可哀想なんかじゃない。本来ならば呪術は旧家の長子しか使えない能力だということは知っているな?」

瑞樹は小さく頷いた。

「そうでない者が呪術を使えるという時点で他の者よりも幸運なんだよ。それに、能力を使う使わないを決めるのは本人だ。例え呪いのような呪術であっても、使わなければただの人と変わらない。普通に戻るだけだ」

彰護は瑞樹の頭を撫でた。

「彰護の言うとおりよ。私は呪術を使わないでただの人である限り、平凡な日常を送れるのだからそれで良いの。それに、瑞樹はまだ呪術を使える可能性が残っているでしょう?もし、ハナミズキの呪術の"永続性"を使えるようになったら、私たち兄弟をずっと守ってくれる?そうなることが私の幸せよ」

一華が瑞樹の頬を優しく両手で包んだ。

「うん」

赤い目で、瑞樹が笑って頷いた。

「でも、"永続性"って何?」

能力の効果を知らない瑞樹は首を傾げた。

「ざっくりと言うと、ある状態をずっと変わらないまま続けさせる力だな。」

彰護が小さい瑞樹にも分かりやすいように、なるべく言葉を選んで説明した。

「それなら私、多分ハナミズキの力使えるよ?」

まさかの発言だった。

「……え?」

彰護も一華も、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして固まった。

「見にきて!」

そう言って瑞樹が走り出す。慌てて二人が追いかけていくと、向かった先は瑞樹の自室。勢いよく扉を開けて、クローゼットへ飛び込んでいく。するとすぐに洋菓子かなにかが入っていたと思われる缶を引っ張り出してきた。中には数本の黒くなった花と、一本だけ少し茶色くなった白色の花が入っていた。

「これね!一ヶ月くらい前にお友達とお花摘みしたの。そのときのお花たちを缶に入れてとっておいたんだけど、そうしたら全部夜には萎れてきちゃって、ずっと元気だったら良いのにって思ったの。次の日、みんな枯れちゃってたのに一本だけまだ白かったから、凄いと思ってとっておいたんだ。」

紛れもない、ハナミズキの"永続性"の能力だった。幼さ故か、経験不足が故か分からないが、弱いものの瑞樹は確かにハナミズキの呪術を使えていた。

「はっはっは!これは驚いた!まさか俺たち兄弟が全員呪術を使えるとは!こんな珍しいことがあるのか」

彰護は珍しく歯を見せて笑った。

「凄いこともあるのね。私たち三人が集まれば、どんなことでも出来ちゃいそう!」

一華が瑞樹を抱き締めながら喜んだ。瑞樹は何が起きているのかよく分かっていなかったが、いつもあまり感情を表に出さない兄と姉が珍しく喜んでいるのでつられて笑った。


その後彰護は、瑞樹に忠告した。

「瑞樹、まだお前が早緑であることは俺たちにしか言ってはいけないよ」

瑞樹は不思議そうに首をかしげる。

「どうして?」

瑞樹にとっては価値のよく分からない能力でも、兄と姉が喜んでくれる良いものだという認識だったのに、口止めされることが不思議だった。

「早緑というのはとても珍しい存在なんだ。ある意味では旧家の呪術よりも価値がある。だからこそ、悪用しようとする輩がいてもおかしくないんだ。たとえ仲の良い友達でも話してはいけないよ」

彰護は瑞樹の目を見て、念を押した。

「ふうん。分かった!」


彰護はその日の夜、嬉しさと驚きと興奮とそして一抹の不安が入り交じって、仕事が手につかなかった。けれど、気分は高揚していたので眠ることも出来なかった。

そのときばかりは、二日後にアザミからの面倒な依頼が来ていることも頭のなかになかった


[第3章・過去の咎と未来の希望]


翌朝、平民からの依頼で朝早く起きねばならないこともすっかり彰護は忘れていた。

目を醒ますと、女中がとても不安そうな顔をしている。それもそうだ。真面目な彰護が寝坊など、滅多にない。亡き当主、彰護の父を思い起こさせても不思議ではなかった。

「すまんな、昨晩中々寝付けなくて。父上のようにはなっていないから安心しろ」

彰護がおどけて言った。

「その冗談は笑えませんよ、旦那様。貴方の父上が亡くなったとき、起こそうとしに行ったのは私だったんですから。今日、もし旦那様が目を醒まさなかったら私は完全な死神になってしまうと、部屋に入る前ドアノブに手を掛けながら内心凄く焦ってたんですからね」

女中は彰悟の冗談では本当に笑えなかった。絶妙に低い自己肯定感の彰悟の自虐は、従者にとってネタにしては生々し過ぎる。

「笑ってくれて構わないんだがなぁ……」

彰護は自分の笑いのセンスがずれていると言われたように取っていて、若干不服そうだ。しかし、本当にずれているのは、彰護のネタと本気の線引きだった。

「そんなことより、今日は依頼が三件入っているからいつもより急がなくてはいけないんだったな」

慌てて飛び起きた。と言っても、いつもより五分やそこら遅れた程度なので遅刻するほどではないのだが。


一軒目の依頼はヒイラギの"先見の明"と"保護"が目的だった。一週間ほど前に生まれた赤子の体が弱いので未来をみて欲しい。出来れば護ってやって欲しい、との依頼だ。ヒイラギは別に成長を促したり、直接的な加護を与えられる訳ではないのだが、この手の依頼はアザミのような科学者や発明家に次いで多い依頼だ。

「ヒイラギ様、よくぞおいでくださいました。ささ、どうぞお入りください」

家主の中年くらいの男が恭しく彰護を招き入れた。平民の家にしては大きな洋風の家で、比較的富裕層であることが見て取れる。

「ああ、それで例の赤子は何処だ?」

彰護にとっては慣れた仕事なので、次がつかえていたこともあり、堅苦しい挨拶は飛ばして淡々と本題に入った。

「まあまあ、少しお茶でもどうですか。うちの息子がどうして体が弱いのか、あまり子供を刺激するといけないので、面会の時間短縮の為、ご説明させてください。」

彰護は内心早くしろと思ったが、平民であれ金を支払い仕事を寄越した依頼主であることに変わりはないので、あからさまに表情を変えないようにした。

「……ああ、手短に頼むぞ」

彰護は客間に通された。こぢんまりとした和室に、ちゃぶ台と座布団が用意されている。

「すいませんね、未だに旧式で。建物自体は洋風に建て替えたんですが、親戚たちが『客間だけでも畳にしろ』って煩くて。取って付けたようにここだけ和風で格好つかないですよね」

男は笑いながら軽く愚痴を溢した。

「別に構わない」

彰護は客間が和室か洋室かなど本当にどうでも良かった。

「どうぞ、お座りください」

促されるまま彰護は座布団に座った。

「実は、うちの妻は今代の阿佐三家の当主と、昔関わりがあったそうなんです」

彰護のよく知る、刺杜の父親のことだろう。元々この話に興味などなかった彰護だったが、阿佐三家が一枚噛んでいるとしたら呪術関連かもしれないと警戒し始めた。

「ヒイラギ様もご存知だと思いますが、あの癇癪持ちのアザミの旦那です。小さな頃は今より優しくて、顔も整ってたもんで女子からも人気だったらしいんです。そんなアザミの旦那を好きだった女子のうちの一人がうちの妻って訳でして。勿論、うちの妻は平民ですから、アザミの旦那とは棲む世界が違った。妻やその友達らは一度で良いから話してみたいと思ったらしく、阿佐三邸の前でアザミの旦那が出てくるのを待つのが日々の楽しみだったそうです」

男は少し悲しそうな顔をしていた。無理もない。自分の妻の過去の恋愛話などしたくないと思うのが普通だろう。

「最初は友達も楽しそうにしていたらしいんですが、なにせ子供だったんで段々と皆飽きてきたそうです。まあ、会って話すことも出来ない相手の顔を見るためだけに毎日毎日待つのはしんどくなるのはよく分かります。それに、門番にばれれば叱られますから。そんな中、いつまで経っても飽きずに一人で待ち続けたのが妻だったんです」

男はため息を吐きながら呆れたように話す。彰悟は黙って男の話を聞いていた。

「ある日、妻はいつものように隠れてアザミの旦那を見ていたら、いつもより門から少し離れた場所に馬車から降りて屋敷に入って行ったのを見ていたんです。そうしたら彼は万年筆を落として、それに気づかないまま屋敷に入っていってしまったそうで。当然妻が気付かないはずもなく拾いに行ったんです。門番に預けるのが正解だったんでしょうが、憧れの人の物ということもあってその日は万年筆を握り締めたまま帰ってしまったそうです」

彰悟は、自分と似た立場の刺杜の父を重ねてしまい、自分にも付きまといのようなことがあったらと考えてしまって思わず身震いした。

「それでも、流石に良心が咎めたようで、次の日返しに行ったそうで。するとその日も、屋敷から少し離れた場所に馬車が止まったので、思いきって直接渡そうとしたらしいです。とは言え憧れの人を前にしたら言葉なんて出なかったんでしょうね。妻は何も言えずに、アザミの旦那に万年筆を突き返したそうです」

彰護はそれならいっそ返さない方が、不審者扱いを受けずに済むのではないかとさえ思った。

「妻はただ落とし物を届けに行っただけのつもりが、アザミの旦那はそうは思わなかったらしいんです。大切な万年筆を盗んだ盗人が、怖くなって返しに来た。そう思ったらしいんです。知っての通り、アザミの旦那は呪術を使えますから、怒りに任せて呪術を発動したんです」

アザミの花言葉は独立、報復、厳格、触れないで。男の妻にかけられた呪術は"厳格"以外の全てが考えられる。一つ言えるのは、"報復"はほぼ確実にかけられている上に、一番かかっていると面倒な呪術であるということだ。彰護は頭を抱えた。まさか二日連続でアザミに苦しめられることになるとは。

「アザミの旦那に呪術をかけられたのは、恐らく"報復"と"触れないで"でした。運の良いことに妻は学生のうちに瑠璃唐草るりからくさの"貴方を許す"の呪術を使える早緑に会ったとき、"触れないで"だけは解いて貰えたそうです。呪術をかけられて以降、妻はアザミの旦那を嫌うようになりまして、だからこうして、私と結婚して、子供もいる訳です。」

彰護は相変わらず苦悩していた。肝心の"報復"は解けていない。

「やはりか……」

彰護が小声で呟いた。

「どうかしましたか?」

呑気に男が聞いてくる。

「いや、何でもない。続けてくれ……」

頭を押さえながら男に話を続けさせた。

「それで、私の妻にはずっと"報復"がかかったままで過ごしてきました。具体的にはなにが起こるか分からない呪術ですから、何も起こらないことを祈っていたら今まで何も起きなかったんです。そうやって放置していたツケが回ったんですかね。妻が子供を抱くと、物凄い勢いで泣き喚くんです。あれは普通じゃない。まだ這いずることも儘ならない、首も据わっていない子供だと言うのに妻を押し退けて腕から逃れようとするんです。私が抱く時はそんなことないのに。」

どこまでも彰護の想像を外れない話だった。刺杜の父親が出てきた時点でそんなことだろうと思っていた。

「貴方の妻の悪阻は酷くなかったか?それと、母親と玩具で遊んだり、本の読み聞かせをしたりするときだけは子供が上機嫌だったりしないか?そうならばきっと、"触れないで"も"報復"も、どちらの呪術も解けていない」

男は目を丸くした。

「じゃあ、妻が言っていた瑠璃唐草の呪術は偽物だったということですか?!」

男の声が一段と大きくなって、驚きと落胆の色を見せた。

「ああ、恐らく。アザミの当主がかけた呪術の正体は二つの呪術ではない。一つの呪術にもう一つ重ねがけをしたのだろう。さしずめ、"大切なモノに触れさせないという報復"だろうか。アザミの当主にとって万年筆は相当大切な物だったんだろう。もし仮に瑠璃唐草が本物ならば、その人が解いた呪術はどこぞでお前の妻が受けた、能力者本人も自覚なしに使っている弱い呪術だろう。そもそも、本物の早緑は一握りだから、偽物と考えるのが妥当だな」

彰護はため息を吐いた。こうなってしまえば"先見の明"しか使い物にならないだろう。それももはや、子か親どちらかの絶望の未来しか見えてこない気がする。こんな状況を"保護"しても意味がない。

「そんな……何とか出来ないんですか?!」

男が取り乱し始めた。

「まだ分からんから、少し考えさせてくれ」

まだ何も出来ないと決まった訳ではない。頭を捻って案を出そうとしているのだか、男が焦っているのが集中を乱してくる。

「……集中したいんだ。一人にしてくれないか。」

彰護が苦言を呈した。

「すいません、お願いします、二人を助けてやってください!」

男は素直に部屋を出ていった。一人になって彰護は唸る。

「さて、どうしたものか……」

確実に彰護では根本解決できる問題ではないのだ。彰護に"浄化"の呪術を持つ知り合いはいない。

「最善策は子供を"保護"で母親にかけられた呪術から護ることなんだろうが……二つ重ねがけされた呪術に対してどこまで持つのか。まして対象が赤子となっては意思疎通が出来ない。徐々に解けていく"保護"に気づけなければ大変なことになってしまう……」

彰護はその優しさが故に、頭を悩ましていた。別に依頼は助けて欲しいというだけなのだから、その場しのぎでも救いだしてやればそれでも構わないのだ。しかし、それでは誰も本当の意味では助からないということを一番よく知っているので、放っておけなかった。

「まあ、"保護"しても、"先見の明"でどうなるのか見えるのだからまだ対処のしようがあるか……」

しばらく考え込んだ結果、自分の考えた妥協案に甘んずることにした。男に報告するため立ち上がり、出入り口の襖を開けると、すぐ横に男が立っている。

「あの!二人は助かるんでしょうか?!」

先ほどよりも焦りの濃い表情で彰護に問いかけてきた。

「まあ、落ち着け。話があるから一旦座ってくれ」

明らかに年下の彰護が男を宥めている様子は、事情を知らない者からすれば随分とおかしな光景だろう。男は促されるまま、恐る恐る座布団に座り込んだ。

「よく聞け。俺の呪術は"浄化"の能力ではないことは知っているな?」

平常心を保っていない男に話を理解させるため、彰護は懇切丁寧に話を始めた。

「はい。存じております」

男は頷いた。

「"保護"してモノを護ったり、"先見の明"で先を見ることは出来ても、かけられた呪術そのものを取り払うことはできない。」

彰護は淡々と説明を続ける。

「じゃあ、二人は助からないんですか?!」

男が再び取り乱し出した。

「話は最後までよく聞け。現状、このまま放っておけば、いずれ子供は母親にかけられた呪術の影響で衰弱して死ぬ。しかし、全く対処出来ない訳ではない。子供の方に"保護"をかけて、一時的にアザミの呪術から護ることは出来る。時間を稼いでいるうちに呪術を解くことの出来る能力者を見つけ出せば、母親の手で育てることが出来るだろう」

男の表情が一気に明るくなった。

「ただし!重ねがけされた呪術相手に"保護"がどこまで持つかは分からない。そこまで長くはないだろう。それに、子供が何度も何度も呪術をかけられて安全な訳がないし、出来て三度が良いところだろうな。効力が切れたことも、子供では気づかない可能性だってある。そうなれば、お前たちの知らないうちに子供は呪術に蝕まれて何も言わずに死ぬだろう」

男は今にも泣き出しそうだった。

「一つだけ、何の危険も犯さずに子供を大人まで育てる方法があるとすれば、実の母親の手の触れない場所で育てろ」

淡々と告げる彰護に心がない訳ではなかった。むしろ、子供と母親をどちらも確実に生かしておくためには最善の方法を教える優しさとも言えるかも知れない。非人道的な提案であることは分かっていて、二択を迫るしかなかった。

「選べ。"保護"の呪術に頼って子供を護り、短い間の親子である期間を取って子供を危険に晒すか、危険な橋を渡らずに母子を隔離して子供にとっての安全策を取るか。俺が提案出来るのはこの二択しかなかった。すまない」

彰護は俯いた。出来ることなら解いてやりたいのは山々なのだ。

「……妻と相談してきます。私一人で決めて良い話ではなくなってしまいましたから」

男は立ち上がろうとした。

「待て。どこまで貴方の妻に言うつもりだ」

彰護は慌てて男を引き留めた。

「どういうことです?」

男は上げかけた腰を下ろした。

「どう転んでも貴方の妻にとっては残酷な現実だろう。夫婦の問題にこれ以上口を出すつもりはないが、後悔のないようによくよく言葉を選ぶのだぞ。貴方が冷静でいなければいたずらに不安を煽ることになる」

彰護は男の目を見据えて言った。

「ご忠告、感謝します」

男は大きく頷いて立ち上がり、妻の元へ向かった。

「……はあ」

彰護にとっても厄介な依頼だった。

「これなら無感情に淡々とこなすだけの科学者や発明家の補助の方が、精神的には楽だ……」

ちゃぶ台に突っ伏して思わず出た言葉に、自分でも驚いた。

「……いや、俺は何を言っているんだ。生産性のない補助なんかよりも、未来ある赤子を護る方が有意義に決まっている」

矛盾した考えが頭を巡り、彰護は煩悶していた。


___どうして私ばかりこうなるの?!


屋敷をつんざく叫び声が聞こえた。声の主は男の妻であることを察するに難くない。誘発されたように赤子の泣き喚く声も聞こえ出す。一言で言うならば、正に修羅場だ。

「まあ、こうなるだろうな…」

思わず耳を塞ぎたくなる。しばらくは我慢だと思い、無心でいることにした。


「ヒイラギ様」

気づくと男とその妻らしき人が自分の側にいた。

「……すまない、不甲斐ないところをみせてしまった」

日々の忙しさが災いして、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「いえ、むしろお待たせしてすみません」

二人はおずおずと、彰護の正面に座り直した。男は少し泣いたのか、目元が腫れぼったく、男の妻は泣き腫らしていて目が赤い。

「それで、結論は出たのか?」

彰護は単刀直入に問いかけた。

「はい。二人でよく話し合ったのですが、ヒイラギ様の呪術に頼らせて頂くことにしました。しかし、それもまずは一度までと」

男ははっきりとした口調で答えた。

「元はと言えば、幼い頃の私が興味本位にアザミの旦那様に近づいたりしなければこんなことにはならなかったはずです。あまり我が儘は言えません。けれど、私とて一人の子の親です。愛せないまま手放すなど、私には出来ません。そこで、呪術で一度"保護"して頂いて、一時だけでも息子に触れたい。二週間ほど経ったら、私は呪術を解く能力の能力者を探す旅に出ようと思います」

男の妻の目は決意に満ちていた。

「私は息子を養わなければいけないので、残って仕事を続けるつもりです。それに、妻の旅の資金と、呪術を解く依頼するだけの資金を蓄えなければならないですから」

男はひたすらに家族を支える決意をしたようだった。

「……そうか。容易な道ではないぞ」

彰護は最後の忠告をした。真剣な表情をしている。

「ええ、覚悟の上です。本当なら、"保護"の呪術を二度かけて貰ってからでも遅くはないと思っていたんですが、妻が一度でなければ駄目だと……」

男が妻の方を向いて言った。

「もし私が昔"貴方を許す"の偽物に騙されたように、呪術を解く能力の偽物を掴まされたらもう次がないではないですか。保険をかけておかなければ不安なんですよ」

男の妻は、歯を見せて笑った。その笑顔は、強い母親そのものだった。

「そうか。それならば息子の健やかな寝顔が旅の餞別になるな」

そう言って彰護が立ち上がった。

「ご案内します」

男が子供の眠っている部屋へ先導した。子供は先ほどまで煩いほど泣き喚いていたのが嘘のように大人しく眠っている。確かに一般的な赤子に比べて頬や腕の丸みがないように見えた。

「そこで見ていろ。手は出すなよ」

彰護が念を押すと夫婦は頷いて、一歩後ろで見ていた。彰護は子供の両手を軽く握り、目を閉じて小声でなにか言い始めた。

「冬風に 堪えられざるは なのめなり

変わらぬものは 八尋ひろの柊」

そう言うと、子供が笑いだした。

「抱いてみろ。もう腕から逃れようとしないだろう」

男の妻が恐々子供に手を伸ばす。優しく頬に触れると、子供はにこやかな笑顔を見せた。

「ああ、私はこの子からこの笑顔を奪っていたのか」

男の妻は泣き崩れた。自分にとっては遠い過去の小さな過ちを、心から悔いた。

「これからは護っていけば良い。二人で頑張ろう」

男は妻の肩を抱き、静かに泣いた。


一日の仕事が終わりベッドに横になっている彰護の体感的には、数日分の仕事を終えた気分だった。あの夫婦の依頼の後は、何てことはないただの補助の依頼だったが、彰護は疲れ切っていた。

「つい張り切って歌まで使ってしまった……あの子供を護るだけなら念ずるだけでも構わなかったんだろうけれど、うちは父さまは亡くなっているし、母さまはどこか俺たちに無関心だし、俺はあの子供が羨ましかったのかもしれない……」

天井に向かって手を伸ばす。その手には、昼間に触れた子供の温もりが残っていたような気がした。

ベッドサイドに飾られた二枚の白黒の家族写真には、片方は瑞樹がおらず、もう片方には父親がいない。どちらの写真も両親の顔に笑顔はなく、冷えきった両親を写している。その温度差に、彰護は目眩がした。



[第4章・雨の阿佐三邸]


翌日の朝、彰護は土砂降りの雨音に起こされて、定刻よりも十分早く起床した。憂鬱な朝だ。

「昨日の夫婦のこともあって、尚更アザミの屋敷になど出向きたくなくなった……」

のそのそと身支度をしている姿は、昨日の親子を想いながら意欲を持って仕事に打ち込む彰護とは別人のようだ。あからさまに重たい空気を取り巻きながら屋敷を彷徨いている。それを見ていた一華がぎょっとして話しかけてきた。

「彰護?どうしたのそんなに暗い顔して。昨日の優しい顔はどこへ行ってしまったの?」

一華は本当に彰護のことをよく見ていた。

「一華姉さん……今日はアザミの馬鹿息子の依頼の日なんだ……」

いつもどれだけ忙しくても、ほとんど人に愚痴など溢さない彰護だが、このときばかりは感情を顕にして文句を言いたかったらしい。その証拠に、すがるような目で一華のことを見つめていた。

「ああ、彰護が仕事について話す数少ない依頼主の方ね……」

一華はかなりオブラートに包んではいるものの、姉弟揃って刺杜は面倒な相手という認識に変わりはなかった。

「緑の封筒の不正利用を規制する法があるなら、あいつは真っ先に俺が警察に引き渡してやると言うのに……!」

彰護は拳を握りしめ、怒りは今にも爆発しそうだった。

「そうね、確かにあの人からの郵便物は多過ぎて迷惑しているかも」

擁護のしようがない事実だった。

「この際、姉さんにだけは言ってしまおう。あいつ、うっかり俺に自分の真名をばらしたんだ。何を考えているのか訳が分からない」

一華は驚きすぎて声も出なかった。

「……その反応が普通だよな。あいつは発明家風情に身を落としたんだ。旧家の誇りなんてもの、微塵も感じられない」

彰護は刺杜を心底軽蔑しているようだった。

「ああ、あの人も昔はそんな人ではなかったんだけれどね……それを言ったら彰護は仕事をするようになって一気に大人らしくなったし、あの人はお母様が亡くなってから少し変になってしまった気がするわ……」

一華は少し考え込んだ。彰護と刺杜は幼馴染なので、昔からよくお互いを知っている。昔の刺杜は彰護と張るくらいの生真面目さで、学校では毎年級長を任されるのは彼か彰護だった。今となってはその面影すら見えず、いつも仕事というよりほとんど趣味に近いような発明に時間を費やしているらしい。

「馬鹿のことなど考えたところで分からんさ。行ってくる。今日の依頼は一件だけだから昼頃には帰るだろう。……もしかして俺が帰ってくる頃、瑞樹はもう帰っているのか?」

彰護は憂えて問いかけた。表情は固く、口角がひきつっている。

「今日は土曜日だから半日で帰ってくるわよ。鉢合わせないと良いわね」

一華が悪戯っぽく笑う。きっと今日の彰護はいつも以上に機嫌を損ねて帰ってくることは、二人とも想像がついていた。彰護はそんな姿を瑞樹に見せたくはないのだ。

「そうだな……あいつに人の心があるのなら、手短に済ませて欲しいものだ」


阿佐三邸は柊木邸と違って日本家屋だった。その屋敷は古くから受け継がれている。普段ならば趣を感じる木の風合いも、雨に濡れていて今日は味気なく感じる。庭は隅々まで手入れが行き届いているようで雑草は見当たらない。池には雨の波紋が写り、立派な錦鯉のシルエットがぼんやりと見えた。

そんな庭の一角に建つトタンの小屋は異彩を放っている。前回訪れた時は一つだけだったはずの小屋は二つに増えていて、彰護は呆れてものも言えなかった。この小屋を建てたのは他でもない、刺杜である。

ずっと雨に降られているのも癪だったので、彰護はトタンの扉を叩いた。

作りこそしっかりしているものの、建材がトタンであることに変わりはないので、振動が小屋全体に響く。

___ガシャガシャ、バラバラ

屋根にぶつかる雨音と相まって、中々の騒音だ。

暫くして、扉が開いた。

「……ああ、君か。待ってたよ、入りたまえ」

その男こそ、彰護が唯一馬鹿と認める男、阿佐三刺杜だった。うっすらと茶色がかった黒髪に、やや桃色の入った目と整った顔立ちは、恐らく父親譲りだろう。丁寧な物言いとは裏腹に、飄々としていて実体の掴めない朧のような人物だ。

「待ってたよ、ではない!いいか、俺は何度だって言うぞ。お前はいつになったら俺を困らせなくなるんだ!」

彰護が差していた傘を投げ捨て、鬼のような形相で刺杜に詰め寄った。

「まあまあ、落ち着きたまえよ。部屋が濡れてしまうではないか」

刺杜は彰護をすり抜けて、薄ら笑いを崩さないまま傘を拾い上げ、扉を閉めた。そのまま傘を閉じ、彰護に差し出してくる。

「これが落ち着いていられるか。そもそも、こんなもの濡れることを気にしなければいけないような建物ではあるまい。」

彰護は傘を引ったくるようにして受け取り、吐き捨てるように文句を言った。ただし、彰護が本当に文句を言いたい対象は刺杜であって、別にこの小屋ではなかったが。

「おや?柊木の旦那様は平民を馬鹿にするのかい?この小屋のような建物は少し郊外へ出ればよくある。貧しい平民にとっては立派な家だけれどねえ」

刺杜が呆れ混じりに言ってくる。ご丁寧にやれやれとばかりに身振り手振りまでつけて。

「……俺はこんなことを話す為に来た訳じゃないぞ。早く本題に入れ」

彰護は苛立ちを一旦飲み込んだ。長々と刺杜と話している方が、自分の精神衛生上良くないことは身に滲みて分かっている。

「つれないねえ。本当に今日は何か依頼があって呼んだのではないのだけど」

そう言って刺杜は椅子を引っ張り出してきた。背もたれもない、粗末な木の椅子だ。

「そんなことを言って、何が目的だ」

彰護は素直に椅子に座ることはしても、相変わらず刺杜への警戒心は解けず、顔をしかめたままだった。

「手厳しいね、相変わらず。……そうだね、目的がないというのは半分本当で半分嘘と言ったところかな?」

彰護の正面に同じ木の椅子を置いて、刺杜が腰かけた。足を組んで頬ずえをつき、思わせ振りな態度を取っている。

隔靴掻痒かっかそうような奴め。要点を絞って話せ。何が言いたいのか分からん!」

彰護は腕を組み、貧乏でもないのに貧乏ゆすりをしながら話した。

「どうどう。君が急ぎすぎなんだ。焦ったってどうせ変わりなどしないのだから」

刺杜はクスクスと笑いながら彰護を諌める。それが逆効果であることを承知の上で。

「俺は馬ではない!」

彰護は勢いよく立ち上がって、大声で反論した。その顔は既に怒りで赤くなっている。

「知ってるさ。君が緑であることも、姉妹きょうだいが早緑であることも。古くからの付き合いじゃあない___」

刺杜がそう言い終わるが早かったか、彰護は刺杜の胸倉を掴んだ。俯いているその表情はほぼ無表情だったが、怒りに震えていることだけは分かる。


___バラバラバラ

雨音が響く。その静寂はやけに長く感じた。

「どこでそれを知った……?」

彰護は顔を上げて、刺杜の目を睨みながら問い詰める。

「……どこでって、一華さんが早緑なことなんて昔から僕は知ってるじゃないか。君も知ってただろう?」

目を逸らして刺杜は眉を八の字しながら言う。それを聞いて、彰護ははっとしたように、慌てて手を離した。体にじわりと冷や汗が滲む。

「……もしかしてそれだけじゃないな?」

不敵な笑みをした刺杜は追及を始めた。その様は水を得た魚のようだ。

「君が緑であることなんて周知の事実だから、知られて困るなんてことはないだろう。それに、一華さんのことでもないとなると……そうか!君には妹もいたんだったな!」

高笑いをしながら探偵紛いの推理劇を見せる刺杜は、さながら悪役のようだった。現に、彰護にとって刺杜は敵以外の何者でもなかったが。

「違う!」

強く否定するその言葉そのものが肯定の意味をなしてしまっていることは、彰護も分かっていた。

「何が違うんだい?僕はまだ、君に妹がいたということしか言っていないよ?でもまあ、同じ事か。瑞樹ちゃんと言ったか、彼女も早緑なんだね。柊木家は随分と草花に愛されているようだ」

刺杜は焦点を絞ったようにねちっこく彰護を煽る。自分も緑なのだから、早緑の大変さも分かるはずなのに、自分のことを棚に上げてあくまで傍観者のように話した。

「……誰にも言うなよ!俺はお前の真名を握っているんだ。有利なのが自分だと思うな?!」

憎々しげに唸るようにして彰護は刺杜に釘を刺した。

「おお、怖い怖い。別に僕は旧家の一族でありたいと思っていないからねえ。まあ、僕とて鬼じゃない。ばらしたりしないさ」

鬼ではないかもしれないが、魔性を飼う刺杜の性格を信じるのはあまりに不安だ。

「貴様とこれ以上話してなどいられるか!今日は依頼ではないのだろう?俺はもう帰るぞ!」

痺れを切らした彰護は自分の傘に手を掛け、帰ろうとした。その時、刺杜が彰護の肩を掴んだ。

「言っただろう?半分本当で半分は嘘と。これではもう半分をこなせていない。君が知らなくてはならないことを教えられていない」

先ほどとはうって変わって、真面目な顔をして引き止める刺杜は別人のようだ。まるで彼の母親が亡くなる前の、生真面目だった頃の彼に戻ったように。その雰囲気に気圧されて、彰護は再び椅子に腰かけた。

「なんだ。人相を変えてまで引き止めるなんて。悪い予感しかしないんだが」

彰護はじとっとした目付きで刺杜を睨んだ。

「なに、聡明な君なら遅かれ早かれ気づくかもしれない話さ」

利発な刺杜がそう言うのはどこか皮肉じみていて、本心が見えない。口角の上がった表情は、相変わらず不敵な感じだ。

「この話は瑞樹ちゃんが早緑であることを教えてもらった対価とでも思ってくれ。ああ、心配しないでも約束は守るさ」

刺杜がそう言った時点で彰護は胸騒ぎが止まらなかった。その情報の対価に差し出すような情報の重大さはどの程度のものなのか。想像もつかない。彰護は様々な考えが頭の中を巡り、発言を逡巡した。

「まあ、端的に言うと僕と君の母上のことなのだけどね。 知っての通り、僕の母上は既に亡くなっている。そのときに母上の日記と母上宛の沢山の手紙を見つけたんだ。世間には自殺といって話が広まっているようだけれど、本質はそうではなかった。父に殺されたようなものなんだ。僕の母上は昔から父の許嫁として育てられてきたらしいのだけど、若い頃の母上は他に好き合った者がいたらしい。街の小金持ちだったそうだ。」

刺杜と彼の父親の関係は、親子とは思えないほど互いのことを良く思っていない。父親が話に出てきた途端に刺杜の表情が曇る。昔馴染みの突然の告白に、彰護の思考は追い付かず、ぽかんとしていた。

「まあ、家同士の取り決めを母上一人の願望で変えられるはずもなく、母上は父と結婚した。それでも母上はどうにか父のことを愛そうとしたらしいのだけど、父は母上に対して無関心だったらしい」

刺杜は握りしめた拳の向ける先を失っているようだった。

「愛する者を取り上げられて、尚且つ嫁いだ先では居ないも同然な扱いを受けて、母上の心は崩壊寸前だった。そんな母上の拠り所となっていたのは昔好き合っていた相手との文通だったのだ。父は母上に無関心だったから、隠れて手紙のやり取りをすること自体は難しくなかったようでね……」

父の無関心が原因で母の心を壊していったというのに、無関心によって母の支えが存在出来ていたこともまた事実であり、刺杜は複雑な心境だった。

「その文通は数年間続いたそうだ。そのうち、母上が手紙を送る相手にも結婚相手が出来て、互いに別の家庭を持つようになった。と言っても、向こうは妻に愛されていたようだけれど」

刺杜の顔に一瞬優しさが見えた気がした。

「暫くして送られてきた相手の手紙に、『会いたい』と書いてあった。その手紙で指定された日付の母上の日記は不自然に三日前と同じ文面が書かれていたから、きっと二人は会っていたのだろうな」

刺杜の顔が再び曇りだした。

「そんな風に、母上の日記が不自然な箇所がいくつかあった。元々恋人だった二人だ。再び好きになることがあっても不思議ではない。そんな中、突然送られてくる手紙が途切れていたのだ。『娘が生まれた』という内容を最後に」

刺杜が進めていく話を、彰護は頷きながら聞いていた。もはやその泥沼のような波乱の人生劇に疑問を飛ばす気は起きない。

「そこから母上の日記は少しずつおかしくなっていった。何があっても、嘘でも日記を埋め続けていた母上の日記に白い項が目立ち始めたのだよ。それに拍車がかかったのは、妊娠したという日記が書かれた後だった」

阿佐三家には刺杜以外の子供はいない。なので、日記に書かれている妊娠したというのは、刺杜を身籠ったということで間違いなかった。

「数日に一度しか書き込まれていない日記には、ほとんど父の酷い癇癪についてしか書き込まれていなかった。それは子供が生まれたという記述があった後の日記でも変わらず、というより酷くなっていたようにさえ思うような内容だったよ」

怒りを押さえながら話す刺杜の声はやや震えていて、いつもの飄々とした雰囲気は感じられない。

「……待ってくれ。確かに俺はこのことを知らなかった。だが、この話のどこに俺の母さまが関係があるんだ?」

彰護はようやく声を出した。手を上げて刺杜の話を遮る。落ち着いて話を聞いていたが、自分の母との関連性が見当たらなかったのだ。

「話は最後まで聞くものだよ。それで僕は母上のことも父のことも、もっと詳しく調べたくなってね。なにせ父は僕から母上を奪ったんだ。そんな父の跡を継いで緑であり続けるよりも、地位を捨てて平民の中で過ごす方が外から旧家のことを知れるのではないかと思ったのだよ」

彰護は唖然とした。馬鹿だと思っていた人物の頭が切れることを思い出させられたのだから。

「とは言え、僕が能力者であることは旧家の中であろうがなかろうがもう変わらないからね。なにか能力を活かすことができて、かつ父に復讐するとなったときに役立つ職業が良かった。そんなとき、都合良く発明家という職業が台頭し始めて『これだ』と思ったよ。公に武器のようなものを作っても文句を言われず、色々なことを調べていても不自然ではないからね」

得意げに笑う刺杜には狂気すら感じる。彰護は、刺杜を絶対に敵に回してはいけないと思った。

「発明家として調べものをし出して初めて知った。母上が文通していた相手の妻の名を」

刺杜が急に真顔になった。彰護は刺杜がこうなるときは、決まって良くないことがあると身を構える。

「驚いたよ。最初はからかわれているのかと思った。でも、皆口を揃えて言うんだ。『黒羽 悠里』と。君も彼女を知っているだろう?知らないはずがないよな。なにせ『黒羽 悠里』は君の実の母なのだから」

彰護に頭を殴られたような衝撃が走る。自分の母のまさかのところでの登場に、驚きを隠せなかった。

「知っているかい?君の母が早緑であることと、能力の中身を」

下を向きながら彰護に問いかける刺杜の表情はよく見えなかったが、ほとんど表情を変えずに声音だけを無理に明るくしているのが不気味だった。

「"純真"と"無垢"、"威厳"だと聞いているが。……その様子だと違うようだな」

もはや母の能力を明かすことに躊躇いはなかった。ここまで知っているのなら、知っていて当然だろうと思ったのだ。しかしそれすらも違うようだったが。

「察しがいいね。そう。それはただの百合の花言葉さ。君の母の名前は『黒羽 悠里』。まあ、今は柊木だけれども。彼女が使う呪術は黒百合(クロユリ)、能力は"恋"と"愛"、それから"呪い"と"復讐"。」

刺杜は顔を上げて冒頭一瞬笑顔になり、また真顔に戻って事実を伝えていった。

「昔から君の母は恋を愛する女だったらしい。母上の文通の相手と君の母ははじめのうちはうまくいっていたらしいが、愛の重たい彼女から逃げるように僕の母上と文通を続けていたようだ。その文通が途絶えたのは、娘が生まれてすぐ、つまり、一華さんが生まれてすぐに男が死んだかららしい。君ならもう気づいてるだろう?そうさ、君の母の呪術だよ」

自分の知らない母の過去が昔馴染みから伝えられていることは違和感があったが、そんなことを言っている場合ではなかった。

「ということは、俺の母さまは殺人犯ということか……?」

彰護は、そうあってほしくないという願望と、そうだろうという予測で混乱し始めた。

「直接殺してはいないさ。君の母は罠を仕掛けたまでだろうな。男の恋心の種を見つけた君の母は、予め呪術をかけておいたんだろう。もっとも、愛してくれなくなった男への復讐であるならば根は深くて、もっと別の場所にありそうだがね」

刺杜が彰護を慮ったのか、それは彰護には分からないが、刺杜は彰護の母はあくまで黒に限りなく近い白だと言う。

「ほとんど殺人犯と同義ではないか。それに、愛の能力者であるならばなぜ母さまは俺たち兄弟に関心が薄いのだろう?」

遠い目をした彰護が自分の母を黒だと言う。

「早緑はほとんどの場合、自身の成長とともに能力を操れるようになるらしいけれど、この話を聞く限り君の母は呪術の制御が出来ていない。つまり、本能のまま呪術を使っていることになる。それはもはや思考が呪術に侵食されてもおかしくない状況だ。むしろ呪術に思考を操られていると言えるね」

早緑は母数が少ない為、研究などはほとんど進んでいない。呪術使いということで、緑と同じ性質だろうという安直な考えが蔓延っている。しかし、先天性と後天性では訳が違った。中には早緑であることに気づかず、能力に苦悩して発狂する者もいるらしいが、それさえも一般には理解されず、排除される者もいる。

「それでは母さまは相反する作用の呪術を思考そのものとして抱えて生きてきたということか……?」

母の苦しみを考えると、彰護は母が殺人犯であることの認識が薄れ、同情しそうになっていた。

「もはや彼女は君の母ではない。呪術の操り人形だ。早く決別しなければ、柊木家も滅ぶぞ」

刺杜はあくまで冷静に彰護に忠告した。冷酷なまでに淡々としていたが、同じ親を失った者としての心配だった。

「しかし、俺が母さまを切り捨てたら母さまはどうなる……?」

それでも彰護にとって悠里はたった一人の母であり、残された唯一の肉親だ。切り捨てるのはあまりに酷だった。

「なにをうだうだと言っているんだい!僕の知るヒイラギという男は誇り高き旧家の当主であるはずだ!柊木家と自我を失った母のどちらを取るんだ?!」

刺杜がいきなり大きな声を出したので、彰護の肩が跳ねた。彰護の迷いを断ち切るように、刺杜が彰護の肩を揺さぶりながら説得する。刺杜の真剣な顔を見て彰護ははっとした。

「お前は優しいな。間接的にではあるが、自分の母を殺した者の子だというのにわざわざ俺が助かるように教えてくれたとは。昔のお前を見ているようだ。……いや、お前は変わってなどいなかったのかも知れないな。お前がそうやって真剣な顔をするときは、いつも決まって大切なことを伝えようとしているときだ」

にこやかに刺杜を見て言った。

「お人好しだね、お互いに。今や僕は君の母のことなどなんとも思っていないさ。ただ、今憎いのは父だけ。今は全ての元凶は父だと思っている。それに、敵と思うような奴に真名を教えたりしないさ」

つられたように刺杜も笑って彰護の目を見た。

「そうか。俺たちを取り巻く現実はどうも歪んでしまっていて敵わんな」

彰護が呆れたように笑う。暗闇のような現実を嘆いていたのに、そんな表情には見えなかった。

「違いない」

刺杜がそう言うと、二人はくすりと笑った。小屋には雨音が響く。


[第5章・偽りの母親像]


阿佐三邸からの帰り道、いつもの馬車に揺られながら彰護は半ば放心状態だった。ふと気づいて窓を覗けば、既に大分柊木邸の近くまで来ていることが分かる。彰護は窓をノックして御者を呼んだ。

「すまない、今日はここで下ろしてくれないか?」

御者は唐突な彰護の希望を聞いて面食らった。雨合羽を着ていて外の音が聞きづらいので、聞き間違えたのかと思った。

「……旦那様?この雨ですよ。気紛れなのであれば今日でない方が良いかと」

困惑しながら彰護を止める。

「ああ、気紛れだな。ここからなら歩いて帰れる距離だろう。雨で濡れても構わないから下ろしてくれ。頼む」

彰護は自嘲気味に笑う。その顔は悲しげで、なにか触れてはいけない事柄の存在を暗に御者へと伝えていた。

「くれぐれもお風邪を召されませぬようお気をつけなさいませ」

流石は古株と言ったところか、なにも追及することなく道を開けた。

「我が儘を言ってすまないな」

彰護が申し訳なさそうに謝る。

「いえ。坊っちゃんのささやかな我が儘くらい聞かせてください」

御者はあえて"坊っちゃん"と呼び、優しく微笑んだ。

「貴方はいつも俺の欲しい言葉をくれる」

そう言って、彰護は雨の中に消えていった。


「あいつの父もこんなことを考えたんだろうか……」

傘も持たずに雨に打たれながら、彰護は神妙な面持ちでそんなことを考えながら歩いていた。

「いや、あいつの話を聞く限り、そんなことはないか」

妻に無関心で、子供ができた途端に癇癪を拗らせるような者に、この気持ちは分かるまいと嘲笑した。

「___この雨が全て洗い流してくれれば良いのに」

立ち止まって、天を仰いだ。空には黒い雲がかかっている。降る雨に目を細めた。頬を伝う水滴は、雨だけではなかったかもしれない。

「なんて、現実から逃げている場合ではないか……」

彰護は正面に向き直って、再び歩き出す。しばらく歩いていくと、柊木邸の門が見えた。門番がぎょっとしているのが見てとれたが、無視して歩き続ける。当の門番は、もしかしたら柊木の当主は狂ったのではないかと心配していたが。

彰護が扉を叩くと、相変わらずあっさりと扉は開いた。

「兄さま!おかえり……って、どうしたの?!」

扉を開けた瑞樹が目を丸くしている。馬車で出掛けたはずの兄が、ずぶ濡れで帰ってくるなど予想もしていなかった。

「ああ、ちょっとな……」

彰護ははぐらかして自室へ戻ろうとした。

「ちょっと!なにがあったの?!」

瑞樹の驚き声に呼ばれるように一華が出てきた。

「一華姉さん、なにもない……と言ったら嘘になるのだけれど。後で話すよ。それはそうと屋敷を濡らしてしまってすまないね」

そう言う彰護の服や体からは雨水が滴っていた。

「後で話すのは構わないけれど、少し待っていて!拭くものを持ってくるから!」

一華は慌てて走っていった。彰護は一華の背中を見て、無関心な母はこんなときも出てこないのかと悲しくなった。

「兄さま、今日怒ってないんだね」

瑞樹が声をかけてきた。起こっていないのか、という突拍子もない疑問に彰護も疑問を持った。

「どうしたんだ?」

瑞樹がぽかんとしている彰護の手を引いてかがませると、耳元で小言で話し始める。

「姉さまがね。兄さまは忙しくて、今日は特に大変だから、兄さまの機嫌が悪くて構ってもらえなくても私がいじけちゃ駄目よ、って。これ、兄さまには言うなって言われてたから姉さまには内緒ね」

可愛らしい内容の内緒話だった。

「そうかそうか。それは内緒にしておかなくてはな」

彰護は優しい妹と姉を見て、優先すべきものを再確認した。



「話ってなに?」

彰護の自室に兄弟三人が集まっていた。一華と瑞樹はソファーに座り、彰護は机に向かっていた椅子の向きを変えて座っている。

「俺の知り合いのアザミという男は二人とも知っているな?あいつから聞いた話をさせてくれ。二人にとって酷な話かもしれないが」

彰護がおずおずと話を切り出した。

「なに?珍しく阿佐三邸から怒らずに帰ってきたと思ったら……」

一華が怪訝な顔をしている。

「俺もなにから話して良いのか分からないんだが、まずは姉さんと瑞樹が母さまをどう思っているのか、本心を教えてくれないか?」

額を押さえて俯きながら、彰護が困ったように頼む。一華と瑞樹は顔を見合わせた。彰護の方に向き直って瑞樹が話し始めた。

「……私ね、前に友達と話したときに、友達がお母さんに叱られたって言って不機嫌になってたの。でも、私はお母さまに叱られたことなんてない。そのときは私のお母さまは優しいんだなって思ってた」

にこやかだった瑞樹の顔が曇り出す。

「でも、最近そうじゃないんじゃないかって思うようになったの。私が困っていても、お母さまはなにもしてくれない。言えば助けてくれるのだけど、言わなければ本当に何もない」

瑞樹の打ち明ける母の子供への無関心は、彰護に阿佐三の父を思い起こさせた。

「正直な話、私は母さんのこと好きじゃないわ。いえ、むしろ嫌いよ。」

きっぱりと言う一華に、彰護も瑞樹も驚いた。

「彰護も瑞樹も母さんのことを良く思ってないみたいだから言ってしまうけれどね、私は本当はこの名前が大嫌いなの。前に強がりで『普通でいられれば良い』って言ったけれど、あれは嘘。呪いのような能力なんて使えない方が良かった。私の前の名前は花田だったから、両親は知っていたはずなのに。母さんは前の父さんが無理やりつけたと言っているけど、きっと無関心だったから反対なんてしなかったのだと思うの」

いつも実の母よりも母のような存在である一華がここまで嫌悪感を露にしているのは二人とも見たことがなかった。

「思った以上に母さまの人物像は張りぼてのようだったな。それも、俺たち兄弟が勝手に作り出した優しい母親像。互いに母親をなくなさないように壊さないようにしていたようだ」

母の無関心が浮き彫りになって、三人とも気まずそうに黙り混んだ。

「兄さまもお母さまのこと嫌い……?」

静寂を破り、瑞樹が彰護に問いかける。

「俺は……別になんとも思っていなかった。本当に。世の母親がどんなものかよく分かっていなかったからな。それも昨日と今日で変わった」

この二日間で、対極のような家族を見てきた彰護は、親という存在について今一度考え直した。

「今日アザミから聞いたのは、彼の母親と俺たちの母さまのことだった。信じられないだろうが、母さまは間接的に彼の母親と一華姉さんの父親を殺していた。母さまの使う呪術が"百合"ではなく、"黒百合"ということを聞いてな。話全てに辻褄が合っていたので、ほぼ間違いないだろう___」

二人は静かに彰護の話を聞いている。彰護は優しかった母親像を壊していくように、母が呪術の操り人形であることも、決別を余儀なくされることも伝えた。

「え……」

瑞樹は話の全てをきちんと理解できた訳ではないが、母の本性を知って唖然としている。認めたくないという心理が働くと同時に、兄と姉が嘘をついているようにも見えない。

「なんて人。私の人生だけでなく、二人もの人間の命を奪っていたなんて。それでよくあんな儚げに笑えるものだわ」

一華が冷ややかに母のことを軽蔑している。

「……すぐに信じるんだな。もう少し疑われるものだと思っていた」

彰護は驚きを隠せなかった。説得することは覚悟の上だったが、その必要はなかったらしい。

「だって、お母さまよりも兄さまの方が好きだもの!」

瑞樹が彰護に駆け寄り、にこにこしながら膝の上に飛び乗ってきた。

「ええ。私も貴方の信じる人を信じるわ。天秤にかけるまでもない」

微笑む一華の目の奥に、深い母への憎しみを見た気がする。

「その為には二人の能力を借りたいんだ。俺一人では母さまの呪術を抑えきれないかもしれない」

彰護は二人の目を交互に見て、協力を頼む。

「私は構わないけれど、瑞樹はまだ安定して能力が使えないんじゃない?」

一華はすぐに賛同したが、瑞樹の呪術を頼るのは反対のようだった。

「その点は俺がどうにかする。作戦はこうだ___」



[第6章・恋と愛と呪術と親子]


「母さま、少し話があります」

彰護が母に話しかけ、後ろには一華と瑞樹が真剣な表情で立っている。

「なに?三人とも改まって」

母は不思議そうに微笑んだ。

「母さまの過去と能力を知りました。どうして本当のことを教えてくれなかったのですか?」

彰護が母に向かって発する言葉は、感情が感じられないほど平淡だった。

「本当って、なんのこと?私の呪術は"百合"って昔教えておいたじゃない」

母の浮かべる微笑みの面はまだ剥がれない。

「とぼけないで!私たちがいつまでも子供で、貴女の道具だと思わないでよ!」

一華が激昂する。生まれてこの方ずっと背負わされている名前に対する怒りは、誰よりも深いものだった。

「一華姉さん、落ち着いて。まだ焦るところじゃない」

彰護が母を見据えたまま、片手で一華を止める。いまにも母に飛びかかりそうな勢いだった。

「確かな情報筋から聞きましたよ。母さまの能力は"黒百合"であると」

刺杜の情報を切り札として切る。

「……だったらなに?別に私は生まれてこの方能力なんて片手で収まるほどしか使っていないわ。その情報が間違っているんじゃない?」

ほんの少し動揺が見えた。それでも微笑みの面は剥がれず、相変わらず母はにこやかである。

「母さま?知らないとは言わせませんよ。黒百合の能力は一つでも使えば他人の人生を大きく狂わせるような能力なんですよ!」

彰護はあくまで母の能力は黒百合として話を進めていく。

「だから、私の能力は百合だって言っているでしょう?!」

微笑んでいた表情に苛立ちが見え出した。

「嘘よ!百合の能力に"威厳"というのがあるって聞いたわ。けど私、お母さまのこと威厳があるなんて思ったこと一度もないもの!」

今まで黙っていた瑞樹が大声を張り上げる。

「それに、実の子供に無関心な母親のどこが"純真"よ!」

勢いに乗っている一華の怒りは誰も手がつけられない。

「まだ足掻きますか?俺たちはもう全て知っているんですよ」

彰護だけは冷静だった。

「……ええ、そうよ。私は黒羽、花田、柊木と姓を変えてきた。元の名前は『黒羽 悠里』!黒百合の能力者よ」

母は開き直り、高笑いをしながら名乗る。

「認めましたね。ならばあの情報は確かなようだ。貴女は既に二人の人間を、間接的に殺している、違いますか?!」

彰護は追及を続ける。

「それは違う!あれはあの男が……!」

___浮気なんてしたから!

そう言いたげな悠里の言葉は一華によって遮られる。

「なにが違うのよ!年甲斐もなく能力の制御も出来ないで人を殺して、貴女なんてとっくに母じゃないわ!」

三人の中で一番長い間母のことを憎んできただけあって、罵倒する言葉に迷いがない。

「そうよ!一華姉さまの方がよっぽどお母さまらしいわ!」

兄と姉が吐露する母の本性に、瑞樹すらも完全に母の敵となっていた。

「貴女の人生が辛いものだったのは容易に想像がつく。だが、ここは誇り高き旧家、柊木家だ。貴女の為だけに俺たちが滅ぶ訳には行かない」

その言葉は、柊木 悠里の息子としてではなく、柊木家の当主としての覚悟を持った言葉だった。

「ただ私の道具であればそれで良かったのに」

自棄になった悠里が笑いながら呟く。その言葉と表情は全く合致しておらず、違和感しかなかった。

「本性を表したわね。こんな女の血を継いでいるなんて、吐き気がするわ」

一華は凄然たる様子で吐き捨てる。

「やっぱりお母さまは私たちなんてどうでも良かったんだ!」

泣きそうな声で瑞樹が喚く。

「……ええそうよ!貴女たちの名前に草花を組み込んだのも全て呪術の為。でも、人生そううまく行かないものね。運良く三人とも能力者に育ったというのに、私に対して反抗的だなんて。あわよくば呪術の操り人形にしてしまえと思っていたのに……」

もはや微笑みの面をかけていた母の姿はない。それは既に悪鬼のようだった。

「それは貴女のことだ。呪術に思考を操られ、本能のまま恋を愛して、仕舞いには自分に興味を持たなくなった相手を呪い殺す。自覚のない呪術の操り人形だ」

諭すように彰護が現実を伝える。言葉にすればよく分かる、変わりようのない母の暗黒面だった。

「違う!」

裏返った大声で悠里が否定する。

「いいえ、違わない。貴方は柊木家にいてはいけない存在なのよ」

覗き込むように悠里の目を見つめ、一華が悠里に告げる。

「違う、違う、違う!」

頭を押さえながら、首を激しく横に振っている。悠里は膝から崩れて、床に座り込んだ。

「まさか、お母さまがお父さまも殺したんじゃ……?!」

瑞樹の思いついた恐ろしい可能性だった。

「違うって言ってるでしょ!」

母が三人に向かって凄んでくる。

「お得意の"呪い"は効かないわよ!」

瑞樹が得意気に胸を張る。

「緑である彰護の歌に、一介の早緑が勝てるわけがないじゃない」

一華が悠里を馬鹿にするように笑いながら言う。

「貴女はもう母ではない」

"先見の明"の能力を持つ彰護の言葉は重みが違う。

「"見放された"、"恋の苦しみ"」

一華が迷いなく、母にとって残酷な能力を口に出す。

「"私の想いを受けてください"、"永続性"」

瑞樹は言い慣れていない自分の能力を、たどたどしく口に出す。

「冬風に 堪えられざるは なのめなり

変わらぬものは 八尋の柊」

彰護の鼻から血が滴る。一日に四回も歌を使った副作用のようなものだろう。力が抜けて崩れ落ちる彰護の様子だけを見ると、目的を果たせたようには見えない。

それでも、彼らは母との関係に区切りをつけたのだった。


[終章・母からの手紙]


悠里は決別の日以降、柊木邸から姿を消した。元々子供に無関心だったので、彼ら兄弟の生活は思ったほど変わらない。ただどことなく、屋敷ががらんとした印象だったのは、口には出さないものの三人とも思っている。


数ヶ月が経ったある日、一通の手紙が届いた。そこにはこのように書いてある。



柊木家の皆様へ___



なにから書いたら良いのか良く分からない

けれど、まずはごめんなさい。

私は今、黒羽の実家に居ます。

私は嫁いでから、一度も実家に帰っていなかったから、私の母、貴方たちから見て祖母はもう亡くなっていて居なかったけれど、父まだ生きていて、私の帰りを喜んでくれました。


貴方たちにかけられた、いえ、かけてもらった呪術のお陰で呪術に操られない本当の私に戻れたみたいです。

恋ばかり追ってきた私に苦しみを教えてくれたから、一度恋から離れることが出来た。

無関心にされる辛さを教えたくれた。

貴方たちの私に対する気持ちを教えてくれた。

そんな大切な呪術を護ってくれた。


大切なものは失って初めて気づくとはよく言ったもので、今になって貴方たちの愛しさに気づきました。

愚かな私を笑ってください。



私は許されないことをしたと思っています。


一華には一生に一度しかない『名前』という贈り物を私の勝手な都合で重荷にしてしまった。貴女の言った通り、一華という名前をつけたのは前の貴女のお父さんではなくて私です。


瑞樹には幼いうちに『一族か親か』、なんて大人でも辛い選択を迫ることになってしまった。


彰護には当主としての仕事に加えて家族のことを丸投げしてしまった。


貴方たち三人は今まで私という悪魔に振り回されて生きてきました。

それももうお仕舞いです。


謝って済む問題ではないことは分かっています。

けれど、私に出来ることは謝ることと、貴方たちに干渉しないことなのでしょう。


勝手な言い分なのは重々承知で言います。


幸せに生きてください。


私はこれからは黒羽悠里に戻って、細々と生きていきたいと思います。

貴方たちが健勝であることを切に願っています。



貴方たちに歪な現実を歩かせることになってしまった。


背負わなくて良い重荷を背負わせてしまった。


本当にごめんなさい。


本当にごめんなさい。



追伸


柊木のお父さまは、本当に心臓を患っていたのです。

貴方たちに心配は掛けたくないからと、黙っていてくれと頼まれていたのです。

私のせいで、貴方たちのお父さまの優しさまで失われてほしくなくて思わず書いてしまいました。

貴方たちが嘘だと思うならそれも仕方のないことです。

そう思われても仕方のないことを私は貴方たちにしてきました。

けれどせめて、貴方たちのお父さまの優しさだけは感じてあげてください。


さようなら。


___黒羽 悠里より



悠里からの懺悔の言葉の数々が綴られている。最後の母親らしさだった。

彼ら兄弟がこの手紙を読んで、どう思ったのかは彼らにしか分からない。けれど、ただの悪鬼であった悠里が、ほんの少しだけ母親に戻れたのかもしれない。

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歪な現実の歩き方 | 柳澤 由祁 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10106254

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