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いざ、出陣!

よろしくお願いします。

 馬車が止まったのを確認して、転がり出るように外に降りた。


「ここが、平民街……。」


 平民街に来たことはあったが、それももっと貴族街寄りの方である。

 貴族を相手に商売をしているお店や、観劇小屋に行ったことがある程度で、ここまで、喧騒にまみれた光景をエリザベートとして見るのは初めてだった。


 日本人の記憶として、都会の様子は知っていたが、こうして目の当たりにすることで、実感する。

 やはり、何処か現実味のなかった知識が見ることによって、自分の中に膨大な情報量として入ってくる。

 街の様子に圧倒されながら、店を眺めていた時だった。

 突然、大きな男の人にぶつかられた。

 その反動で後ろに飛ばされ、尻餅をついてしまう。


「あ?気をつけろよな?」


 そう言って、大柄な男は歩き去ってしまった。

 あまりのことに唖然としていると、近くにいた20代くらいの女の人が駆け寄ってきて、助け起こしてくれた。


「大丈夫?」


「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます。」


 お尻をはたきながら、自分の体を確認する。


「そう、良かった。…まさかとは思うけど、お嬢ちゃん、お財布ある?」


「お財布?え、あれ、うそ、ない……。」


「やっぱり。さっきの男だね。ちょっと待ってな。」


 驚いて顔を上げた時には、もうその女性の姿はなかった。


(待ってな、って言われたけど、どうしよう…。)


 少し悩んだものの、しばらく待つことにした。

 お金は財布だけではないし、問題ないのだが、もし、取り返しに行ってくれたのなら、お礼くらいはしなければならない。


 通行の邪魔にならないところへ寄せて、待つこと数分。


 息を切らした女性が帰ってきた。

 その手にはエリザベートの財布が握られており、取り返してくれたのだとわかる。


「はい、お嬢ちゃん。さっきのは私がきっちり締めておいたから、安心して?」


 大変良い笑顔を浮かべながら、財布を渡してくれた。


「あ、ありがとうございます…。」


「いやいや、大したことはしてないわよぉ。それよりお嬢ちゃん、こっち来るのは初めて?なんかのお使い?」


「こっち…?あ、平民街は初めてです。お使いではないのですけど…、えっと…。」


「あ、そうなの。そんな服着てるからてっきりお使いかと。まぁ、いいや、お使いじゃないなら、遊びにでも来たのかな?お姉さんが案内してあげよっか?」


「え、えぇと、案内していただけたらありがたいですけど、何から何までお世話になるのはちょっと、申し訳ないというか…。」


「いいのよぉ〜、気にしないで。あ、私エマ。名前なんていうの?」


「えっ…。」


(うわぁ、どうしよう、本名名乗るのは万が一バレたら困るし、ぎ、偽名?うーんと、えーっと、あ、日本人女性の名前確か詠美、だったよね。よし、それで行こう。)


「え、詠美です。」


(って、しまったぁ!?思いっきり日本名じゃん!!)」


「ん?エイミーちゃん?よろしく。」


 一人脳内でじたばたしていると、いい感じに聞き間違えてくれた。


「…よろしくお願いします。あ、あの、財布を取り返していただいたお礼をさせてください。」


「え、お礼なんて気にしなくて……。いや、やっぱり喉乾いたからお茶でも奢ってもらおうかしら?」


 お礼と言った途端、首を横にぶんぶん振っていたが、はた、と動きを止めると、おすすめのお店があるの、と言って手を引いてどんどん歩きだした。




 しばらく歩いていくと、レンガ造りの可愛らしい建物の前で立ち止まった。

 慣れた様子で入っていくエマの後に続いて、エリザベートも入っていく。

 カランカラーンと涼やかな鐘の音色が鳴る扉を開けると、落ち着いた感じのカフェだった。


「ここね、夜になるとバーになるのよ。どっちかって言うと、私はバーの方にお世話になってるんだけどね…。」


 あはは、と少し恥ずかしそうに笑いながらそんなことを言う。

 席に着きエマおすすめの、ティーセットを注文する。

 すると、注文を受けてくれた店員とは別の人が近寄ってきた。


「あれ、やっぱりエマじゃん。ひさしぶり~。あんたがここに来るなんて珍しいわね。それもこんな時間に。まだ酒出ないわよ。」


「知ってるよ。今日はこの子とちょっとお話ししようと思ってね。」


 少しむっとしたような顔で返事をする。


「そうよね、あんたが一人で来るわけないものね。大体、酒出してる時間だって高いとか言って来てくれないし。いつもは野郎どもがいる、むさっ苦しい酒場ばっかり行ってるらしいじゃない。」


 せっかくの美女が…、と最後の方は少しばかり演技がかった様子でよよよ、と泣き崩れた。


「あーあーあー、もういいだろう。ちょっと外してくれないか?」


「あら、失礼。どうぞごゆっくり。」


 先ほどまでの涙はどこへ行ったのか、けろっとした顔できれいにお辞儀をしてバックヤードの方へ消えた。

 席から離れる前に、エリザベートにだけにっこりとほほ笑んで、ゆっくりしていってね、と小さい声を落としていく。

 店員が離れていったのを確認してから、エマが申し訳なさそうに口を開いた。


「すまない。ややこしいのに付き合わせて。」


「いえ、楽しい方ですね。」


「そう言ってもらえると助かる。さっきのはここの店長で、旧知の仲なんだ。」


「え、店長さんなんですか?すごいですね。こんな素敵なお店を経営しておられるなんて。」


「ありがとう。あいつもそれを聞いたら喜ぶよ。」


 嬉しそうに、とても柔らかい笑顔を浮かべた。



 そうこうしているうちに、頼んでいたティーセットが運ばれてきた。

 紅茶と日替わりのケーキがついているものだ。

 紅茶はケーキに一番合うものを店長が選んで出している。

 今日はクリームたっぷりの甘めなケーキに、ミルクティーである。


「エイミーちゃんの口に合うといいんだけど…。」


 心配そうにエマがそうつぶやいた。

 紅茶でのどを潤してから、ケーキを一口サイズに切っていただく。


「お、おいしいです!」


 クリームにミルクティーと少し重そうだと思っていたが、意外にもミルクティーはあっさりしており、口の中の濃厚なクリームをさらりと流してくれ、最後までくどくならずに食べ終えることができた。



 食べ終えて、一息ついたところで、改めてお礼を口にすると、


「気にしないで。でもエイミーちゃんも気を付けないと、ああいうの平民街ではものすごく多いから。」


 続けて、声のトーンを落としながら、


「それと、あまり平民街のこと詳しくないようだから言っておくけど、絶対に裏路地とかに入り込まないようにね。大通りはスリ程度で済むけど、裏道に入ったら、誘拐、殺人何でもござれだから。あぁ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。大通りにさえいればそういうことはないから。」


 それでここからが本題なんだけど、と前置きして、ぐっと顔を近づけた。


「エイミーちゃんって、貴族だよね、それも高位の。」


 あまりにもあっさりと自分のことを見破られて思わず二の句が継げずに絶句する。

 しかし、それに構わずエマは話を続ける。


「最初合った時からそうじゃないかと思ってたんだけど、今の食べているところを見て、ほぼ確信したよ。話し方や仕草がすごく綺麗だし、何より、その()()()()。」


 そう言われて、自分が大切なことを失念していたことに気が付いた。


(私、平民街に行くことで頭がいっぱいで、こんなことを忘れていたなんて…。浮かれすぎにもほどがあるわ。)


 この国では、位が高ければ高いほど髪や瞳の色素が薄くなる傾向があり、それはエリザベートも例外ではない。

 更に悪いことには、エリザベートは、顔は美形な家族の中でただ一人地味であるが、髪色と瞳の色は一番明るいのだ。

 茶色の中に混じる鮮やかな金。

 目立たないわけがない。

 状況が理解できたところで、少し落ち着いた。


「エマさん、それは勘違いですよ。平民でも色の薄い人は生まれますよね?私は、ある屋敷で働いているメイドにすぎません。仕草や言葉使いはメイドとして働いているうちに身に着いたものです。」


 エマが悪い人ではないことはわかっていたが、そうホイホイと自分の身分を明かす気になれず、嘘をついた。

 そう簡単には納得してもらえないかもしれない、その気持ちとは裏腹に、案外あっさりとその言い分を聞き入れてくれた。

 さらに、エリザベートのことを心配してアドバイスまでくれた。


「そうね。確かに、突然変異で平民でも色の薄い人が生まれることもあるって、聞いた気がするわ。でもそれならなおさらね。髪は染めておいたほうがいいわ。色の薄い人=貴族、っていう認識がほとんどの人にはあるから、そういう人はとても狙われやすいのよ。私が知っている店で髪を染める薬剤を置いているから、そこへ行きましょう。」


 そう言うと、さっとお会計を済ませて外に出ていこうとする。

 お礼だから支払いはする、と言ったが、受け取ってもらえなかった。

エマさんイケメンです。

でも、しゃべり方はおばさんです。

まだ、20代なのに…


エマに会計支払われてエリザベートはきっとこう思っていることでしょう。

(お礼だって言ってんのに、ナチュラルに支払い済ませないでよね!?)



ありがとうございました。

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