令嬢は策をめぐらす
よろしくお願いします。
※途中で視点がエリザベートに変わります。
エリザベートの記憶が戻った翌日から家庭教師についてみっちり勉強した。
よって、文字の読みは完璧にできるようになり、書く方も粗方書けるようになった。
歴史や今の国勢などについては、まだ、ほとんど覚えられていないが、それは追々。
計算については日本人の記憶でほとんど問題なく、家庭教師の先生にもこれ以上教えることはない、とのお墨付きをいただいた。
この一週間はそんなこんなで、主に勉強をして過ごした。
何せ、他にすることがない。
今までのエリザベートは一体何をしていたのか、と思うほど、暇なのである。
その頃は、お茶会や夜会に毎日のように母と一緒に参加していたり、観劇に行ったりしていたわけだが。
とはいえ、その暇なお陰で勉強が大変捗った。
母が相変わらず、誘ってはきたが、のらりくらりと上手く躱し、夜会に一度参加しただけである。
ただし、貴族令嬢として、最低限の数の夜会や茶会には参加している。
今までが多すぎたのだ。
減らしたところで支障が出ることもない。
どちらかといえば、きちんと勉学に励むほうがエリザベートには必要といえるだろう。
今も、家庭教師について様々なことを教えてもらっている。
「このことは既にご存知かと思いますが、この国には身分というものが存在します。」
もちろん知っているが、頷くだけにとどめる。
今までであれば間違いなく、『そんなこと言われなくても知っているわよ!!』と、怒鳴り散らしただろう。
好々爺もその様を満足そうに頷いて、話を先に進めた。
「さて、その身分を大きく分けると二つに分けることができます。貴族と平民です。貴族は平民たちが働いて得た金を税金としてもらい、その代わりに平民の安全を保障する、というものです。」
「ノブレス・オブリージュですね。」
「その通り。この王都でも平民が住む平民街と、貴族が住む貴族街に分けられています。貴族は王族を除くと上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となります。この中で男爵位のみ世襲ではなく、一代限りです。いわゆる、騎士階級と言われるものですね。」
なるほど、と頷きながら頭の中に叩き込んでいく。
この程度のことは知っておいて然るべきだろう。
「続いて、平民についてですが、彼らは様々なことを生業として生活しています。農作物を育てる者、商いをする者、冒険者として自らの力で身を立てる者など。しかし、この中で冒険者は国に属していません。彼らが属しているのは、冒険者ギルドと呼ばれる、どこの国にも属さない組織です。対魔物に特化しているとはいえ、その攻撃力は大変強大です。ですから、間違ってもギルドにケンカを売るような真似はしてはいけません。このことは、貴族として生きていく上で、必ず覚えておいてください。」
真剣な顔をして強く言い切った後、ハッとした顔をして慌てて言い募った。
「あ、あの、決してお嬢様がケンカを売ると思っているわけではありませんので……。」
苦笑を浮かべて曖昧な返事を返す。
最後の一言は余計だと思いながら、ふと思い至って、平民街へ行ってみたいと、希望を口にしてみた。
即刻却下されたが。
どうやら、父から平民街へは行かせるな、と厳命されているらしい。
その後、家庭教師が冒険者についてもう少し教えてくれた。
なんでも、冒険者は国に属していないため、納税義務はないが、身の安全は国から保証されないそうだ。
誰でも容易くなることができ、自分で身を立てられるとして平民の、特に貧乏な子たちからは絶大な人気を誇っている。
しかし、危険と隣り合わせにあるため、たくさんの志願者がいるが生き残るのは一握りとのことだった。
※
さて、先ほどは即行で平民街行きを却下されてしまいましたが、私は諦めるつもりはありません。
何とかして自力で行ってみようと思います。
そもそも何故、平民街へ行きたいのか。
それは、日本人としての記憶が戻ってからというもの常々考えていたことではあります。
日本人としては、かなり平均的な暮らしをしていたものですから、素人目に見ても明らかに高価だとわかる家具や調度品ばかりに囲まれた生活に耐えられると思いますか。
いえ、私には無理です。
人間関係も気が休まるのは先ほどの家庭教師との授業だけ。
それに加えて、高価な調度品を万が一壊したらと思うと気が気ではありません。
あ、きちんと睡眠はとれていますし、食事もしっかり食べていますので、その辺はご安心を。
と、まぁ、こんなわけで、息抜きを兼ねて平民街へ行きたかったのですが、正式にダメ判定を食らいましたので、自分で行ってみようという結論に至りました。
無謀だと言われそうですが、案外勝算はあります。
勝算についての詳しい内容は省きますが、この家から抜け出すだけであればそれほど難しくありません。
しかし、今の私は平民街についての知識がかなり乏しい状態です。
"無知は罪である"
まさしくその通りです。
今の状態ではあまりにも平民について知らなさすぎます。
行こうとしている場所がどんな所であるのか、もう少し調べてから行くべきです。
とにかく、あの家庭教師から聞けるだけ聞いてみようと思います。
非常に残念ですが、しっかり平民街について勉強できるまでは、おあずけ、ということですね。
※
平民街へ行くと決意してから一月ほどだった頃。
ようやく、平民街へ行く日がやってきた。
この一月で平民街についてわかったことは、スリなどが横行しており、安全とは決して言えない場所だ、ということ。
持ち物には細心の注意を払っておくべきだろう。
平民街までは歩いて行けなくはないが、少し遠い。
辻馬車が運行しているので、それを利用する予定である。
交通費分は何があっても盗まれないようにしなくてはならない。
靴下の中や、お腹に布を巻いてその中にお金を隠すことにした。
因みに、これは日本人としての記憶から参考にしたものである。
いよいよ、考えていた計画を実行に移す時である。
まず、エリザベートの持っている服では目立ち過ぎるので、事前にこっそり拝借しておいたメイドのお仕着せを着る。
次に、コテコテの化粧を落とす。
今日は、巻かずにおいた髪を後ろで一纏めにする。
すると、あら、不思議。
そこには何処にでもいそうな、メイドの出来上がりである。
これで、恐らく家の中でもバレる心配はない。
まさか、あのわがまま娘が使用人の格好をしているとは誰も思うまい。
という、心理的なことも過分にあるのだが、単純にエリザベートのすっぴんを知っているものが極端に少ないのだ。
エリザベートは自他共に認める地味顔である。
しかし、あの妖艶美女が嫌がるため、基本的に人前では必ずバリバリに化粧をして美人顔にしている。
化粧を施すのは使用人の中でも決まった者だけ。
気づけ、という方が難しい。
持ち物の準備をして、いざ、出陣!
部屋の扉を少しだけ開けて廊下の様子を伺うと、タイミングよく誰もいない。
静かに扉を人一人通れる分だけ開けて、部屋から抜け出した。
あとは使用人が使う裏口まで行き、何食わぬ顔をして外へ出れば完璧である。
子爵位の家々が立ち並ぶ辺りまで歩いて行くと、辻馬車が止まっていた。
それに乗り、貴族街を抜ける。
馬車に揺られながら、いつもは気にしていなかった、街並みの変化に気がついた。
王都の中心から離れるほど、建物が地味に貧相になっていく。
ついに、石畳も終わり、衛兵の横を通り過ぎて平民街である。
平民街も中心から離れるほどに、上品で高そうな店構えから、露天のような形になり、賑やかさも増してきた。
あちこちから、店の呼び込みが聞こえてくる。
初めて見る光景に胸を高鳴らせながら、周りを見渡し、馬車が止まるのを今か今かと待ち構えていた。
~エリザベートが平民街へ行く少し前〈エリザベート視点〉~
お屋敷から抜け出すのは良いとして、私の部屋に誰もいないのではまずいわね。
どうしたものかしら……。
お父様とお兄様たちが私の部屋に来ることはありえないからいいとして。
問題はお母さまだけど、いつ私に興味を持つか読めない人だから…。
そういえば、お茶会に参加するって言ってたわ。
その日にしましょう。
多分お茶会に行きましょうって誘ってくるでしょうけど、うまく断ればなんとかなりそうね。
使用人には出る前にでも具合が悪いから部屋に入るなって言っておけばあの人たちのことだから、仕事が減ったとでも喜んで近寄らないでしょうし。
こんな感じで、しっかりいない間の対策はしています。
ありがとうございました。