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令嬢は現状を知る

よろしくお願いします。

 私室に戻ってきて、エリザベートはようやく一息ついた。

 少しばかり時間ができたので、記憶についてもう一度しっかり考えてみようと、ベッドに腰を落ち着ける。

 ただ、残念なことに日本人女性としての記憶は、霞がかかったように朧げで、先ほど思い出した以上のことは大して思い出せなかった。


 新たに思い出せたことといえば、名前が湯元 詠美(ゆのもと えいみ)だった、ということだけ。

 夫や子供の顔はおろか、自分の顔さえ思い出せなかった。

 しかし、日本語の読み書きはもちろん、計算はできたし、歴史も覚えている。

 他には時事についても語ることはできそうだが、こちらでは歴史同様あまり役には立たないだろう。


 エリザベートには家庭教師がついてはいるのだが、授業をしっかり受けていなかったため、読み書きも怪しい。

 ましてや計算なんてできようはずもないことを考えれば、収穫はあったと言えよう。


 とにかく、こちらの文字を読み書きできるようにすること、歴史についてある程度知っておくこと。

 このくらいは貴族令嬢としては最低限できなければ問題だろう。

 要するに、今までのエリザベートはその最低限すらできていなかったことになるのだが……。


 エリザベートの記憶で有用そうなもの、といえばダンスとマナー。

 さすが貴族令嬢だけあってその辺のことはしっかりと身についていたようである。

 後は、社交界で得た知識だろうか。

 それも大した内容ではなく、誰それがドレスを新調した、だの、何処そこの令息に婚約者ができた、だの、どれも大して有益な情報ではなかった。


 このままではいけないと、これからは、しっかり家庭教師の授業を受けようと決心する。



「ぐぅぅぅぅ……」


 急に静かな部屋に音が鳴り響いた。


(あ、おなかの音…)


 誰もいないというのに思わず顔を赤らめ俯く。

 おなかが鳴るのも仕方のないことと言えよう。

 なんせ、三日間も何も食べていないのだから。

 先ほどのお茶会では食べるものもあったが、どれも食べる気が起きず、手を付けていない。

 使用人達も例え気がついていたとしても、別メニューを考えるようなそんな殊勝な者はいない。

 エリザベートが目覚めた後も、食べ物はおろか、飲み物さえ持って来る者はいなかった。


(まぁ、別にいいけど。飲み物はお茶会で飲んだし、どうせそろそろ夕食の時間になるだろうし。)


 そう自分に言い聞かせるが、残念ながら、この家ではわがままでいなければ生きていけないこともよく知っている。

 今までも、というより、今まではやられてなくてもやり返す、をモットーに生きていたようだが。

 そのおかげか、口癖は、

『貴方なんかクビよ!?』


 まぁ、お察しの通り、あの父親が娘のそんなたわごとを聞くはずもなく、エリザベートにも使用人をクビにするほどの力もなく、彼女がクビ!と叫んだところで、翌日そのメイドは何食わぬ顔で髪を梳いている始末。


 そんなところで生きていくのだから、極力今までと変わらぬ態度でいるのが一番いいだろう。

 急に態度を変えても厄介なことになりそうなだけである。

 当面のやるべきことが決まり、考えも纏まったところで、夕食に呼ばれた。

 待ちに待ったご飯である。



 エリザベートがダイニングへと向かうと、最後だったようだ。

 兄2人は顔も上げず、母はチラリと見るにとどめる。

 父からは冷たい視線と共にお小言をいただいた。


「当主を待たせるとは何事だ?」


 エリザベート自身待たせているつもりなど毛頭なかった。

 そもそも、使用人に呼ばれてすぐに来たはずである。

 仕方ないので、そのまま口にする。


「あら、お父様、お言葉ですがそれは(わたくし)にではなく、そちらの方に言っていただけますか?(わたくし)用意ができたと伺ってからすぐこちらに参りましたわよ。」


 その言葉を聞くと、不服そうに鼻を鳴らし、先ほど示された使用人をギロリと睨みつけるが、そのまま何も言わず食べ始めた。

 それに習ってエリザベート以外の家族が食べ始める。


 エリザベートは手をつけることなく、睨みつけられた使用人に声をかけた。


「ちょっとそこの貴方。細かく刻んだ野菜のスープを持って来てくださる?あとここにあるものはいらないわ。下げてちょうだい。」


「そのようなものは用意してございません。」


「あら、そう。それなら作ってもらって。」


「しかし、それでは時間がかかります。」


「別に構わないわ。」


「で、ですが…。」


「そう。仕方ないわね、厨房借りるわよ。」


 サッと椅子から立ち上がり、厨房へ向かおうとするエリザベートを、慌てて使用人が止めた。


「作らせて来ますので、椅子にかけてお待ちください。」


「あら、ありがと。」


 澄ました顔で座り直して、目の前の料理が下げられていくのを眺める。

 兄、特に次男の方から何やら殺気のこもった視線が飛んで来ているような気がするが、無視である。

 一々その程度で目くじら立てるほど、今のエリザベートは狭量ではない。



 かれこれ待つこと、15分ほどだろうか。

 やっとスープが運ばれて来た。

 その間も鬱陶しい視線は段々と鋭さを増しているが、相変わらず知らん顔をして、スープを食す。


(絡まれるのも面倒だし、さっさと食べて部屋へ帰ろう。)


 有言実行とばかりに、手早く食べ終える。


「まだ気分が優れませんので、(わたくし)は先に部屋に戻ります。」


 父に許しをもらい退席した。

 兄達は何か言いたそうにしていたが、別段こちらから藪蛇を突かなくても良いだろう。

 明日のご飯については、消化のいいものにするように、ときちんと伝えてから部屋へ戻った。

 その辺りも抜かりはない。




 部屋に戻り、塗りたくられた化粧を落とし、鏡を見て思わず笑ってしまった。

 何と情けない顔をしているのだろうか。

 案外、自分で思っているよりもこたえているようだった。

 日本人としての記憶があるとはいえ、精神年齢は記憶が戻る前とさして変わらないのだろう。

 寧ろ、日本人の記憶によって、自分を客観的に見ることで、周りからどのように思われているか、まざまざと感じてしまった、というのは大きいかもしれない。

 ずっと、気を張っていなければいけない、というのは大変精神が削られていくものだ。

 家にいるのに落ち着かない、なんてものじゃない。

 ちゃんと家族はいるのに、まさしく、孤独。

 記憶の戻る前のエリザベートも、その辺りを察してはいたのだろう。

 だから、あれだけわがままを言い、使用人達に対して傍若無人に振る舞っていたのだ。

 そうしなければ、自分という存在を保てなくなりそうだったから……。


「やめ、やめ!こんなこと考えてたってしょうがないわ。」


 ブンブンと頭を張って負のスパイラルに陥りそうな思考を無理やりぶった切る。


(まぁ、とにかく、明日もこの調子で頑張っていかなきゃいけないわけだし、それに明日からは家庭教師の先生からちゃんと勉強しなくちゃ。)


 そう決意すると、早々にお風呂に入って眠りについた。

 眠れないかと少し心配だったが、やはり疲れていたのか、ものの数分で夢の世界へと旅立った。

ありがとうございました。

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