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令嬢は前世を見る

よろしくお願いします。

 窓枠に肘をつき、仏頂面で外を眺める令嬢が一人。


「なんで今日に限って雨なのよ。(わたくし)の誕生日なのだから、晴れなさいよ。」


 ぶつぶつと到底無理なことを呟きつつ、手元にあった呼び鈴をけたたましく鳴らした。

 すると、しばらくして、


「お呼びでしょうか。」


 こちらも負けず劣らずの仏頂面が入ってきた。


「遅いわよ!!この(わたくし)が呼んでいるのだから何をおいても飛んできなさい!」


 キーキーと煩い声でメイドを罵りながら、用件を伝える。


「出かけるわよ。さっさと用意をしてちょうだい。」


「…かしこまりました。」


 メイドは決して早いとはいえない速度で準備を始めた。





 身支度も整った頃、馬車の準備をするよう、メイドは厩番の所へと言いつけに行く。


「平民街まで、馬車の準備をお願いします。」


「平民街ですか?あっちの方は貴族街と違い道が舗装されていません。今日のような朝から激しい雨が降っている状態では危険です。」


「お命じになったのはお嬢様です。あの方が言い出したら聞かないことはよく知っているでしょう?」


「はぁ……。お嬢様、ねぇ…。また例の舞台俳優ですか?よくもまぁ、飽きもせず、随分と入れ込んでますね。」


 小馬鹿にしたような表情を浮かべながら、厩番は馬車の準備に取りかかった。





 貴族の紋章をつけた馬車がゴトゴトと貴族街を過ぎ、平民街へと入っていく。


 平民街を観劇小屋の方へ走らせていると、突然馬がすっ転んだ。

 ぬかるみに足を取られたのだ。

 結局、馬車もそのせいで横転する。

 中にいた者はたまったものではないだろう。



 貴族街に近かったこともあり、直ちに気がついた衛兵達が救助に向かう。

 馬車に乗っていたのは御者とメドウズ侯爵家の令嬢のみであるようだった。

 御者は馬が転んだのを見て、咄嗟に御者台から飛び降りたため、大した怪我をしている様子はなかったが、問題は令嬢の方だ。

 どうやら、馬車の中で壁に酷く頭をぶつけ、気を失っているようだった。

 仮にも貴族令嬢に何かあっては一大事である。

 衛兵達はすぐさま令嬢をメドウズ侯爵の屋敷へと運びこんだ。



 衛兵達が屋敷へ着くと、


「先触れにて伺っております。とにかくお嬢様をこちらへ。」


 執事と思われる男が落ち着いた様子で待っていた。

 執事は令嬢をメイドたちが運んでいくのを確認した後、


「わざわざ運んでいただきありがとうございました。後はこちらでしますので、お引き取りください。」


 表情をピクリとも動かさず、そう言ってのけるとさっさと中へ入ってしまった。

 仕えている主人の娘が事故にあったというのに、あまりの使用人達の落ち着きように衛兵達は呆然と見送るほかなかった。

 しかし、彼らは一流の使用人なのだから、表情をむき出しにしないようにしているだけだろうと納得し、それぞれの持ち場に帰っていった。



 時を同じくして、執務室とみられる部屋に、先ほどの執事と中年の男が一人。


「旦那様、お嬢様が事故にあわれました。ですが、医者によると、脳震盪は起こしているものの命に別状はないとのことでした。」


「そうか。だが、わしは忙しい。アレのことは生きてさえいれば問題ない。わざわざ、わしのところまで報告を上げるな。」


「申し訳ありません。以後はそのようにいたします。」






 その後、令嬢が目覚めたのは三日三晩も経った後だった。




 大きな部屋に天蓋のついた立派な寝台がぽつんと置いてある。

 そのベッドの上に、令嬢が一人寝かされていた。

 たくさんの高価な調度品が置いてあるにもかかわらず、その光景は非常にもの悲しさを感じる。

 そんな中、ふと令嬢が目を覚ました。


(ん?ここは?)


 まだ、頭が覚醒していないようなぼんやりした表情でそろそろと首を動かし、辺りを見回している。


(ここは…、私の部屋…。私は確か、馬車に乗って観劇小屋に行く途中…。あ、思い出したわ。急に馬車が揺れてそのまま頭を打ったようだったけど、もしかして、気を失ってた?)


 ゆっくりと体を起こしつつ、自分の置かれている状況を思い出す。

 頭が冴えてきたところで、改めて周りを見回す。


「やっぱり、こんな時でも誰も私のことを気にかけてくれる人はいないのね。」


 酷くしゃがれた声で、皮肉気にそう呟き、はたと気が付いた。

 今まで自分は、こんな風に自分の置かれた状況を客観的に把握することはできただろうか、と。

 そう実感したことで、今まで釈然としなかったもやもやがなくなった。


 自分はメドウズ侯爵家令嬢エリザベートである。

 それは間違いない事実であるが、それと同時に、地球という惑星で日本で暮らしていた記憶があった。

 日本人として、日本で一般家庭に生まれ、就職して結婚して、子供が生まれて、子供たちに見守られながら死んだ、割と普通の人生。

 一つだけ違うことといえば、少しばかり早世したというくらい。

 いわゆる、前世の記憶といわれるものだろうか。

 しかし、日本人女性としての記憶は本で読んだような、どこか実感の湧かないものだった。



 そんな風に、前世の記憶に想いを馳せていると、コンコンと扉がノックされた。

 思わず返事をすると、勢いよく扉が開きメイドが駆け込んでくる。


「お目覚めになられましたか!」


 そう言いながらエリザベートが起きていることを確認すると、


「旦那様と奥様にご報告して参ります。」


 また慌ただしく部屋から出て行った。

 入ってきたとき、少し嬉しそうな表情を浮かべていたが、まさか心配してくれたのだろうか。

 そうだとしたら、少しばかり嬉しい、と思いつつ、それはないだろうと、すぐに首を振った。

 そのエリザベートの判断は正しい。

 メイドは、自分が止めなかったことでエリザベートが怪我をした、と筆頭執事から叱られたのだ。


『このまま、お嬢様が目を覚まさなければ、あなたにはそれ相応の措置を取ります。』


 それ相応の措置、つまり、クビ。

 最悪、物理的に首が飛ぶ可能性もある。

 その状態が、三日も続いたのだから、メイドとしては気が気ではなかった。

 たまたま、部屋をのぞきに行ったら、返事があり、自分の首がつながったことを心底嬉しく思っただけである。



 メイドは嬉々として筆頭執事に報告をした。


「旦那様へは私から伝えておきます。貴女は奥様に伝えてきなさい。」


 その言葉を聞き、早速メドウズ侯爵夫人へと伝えに行く。

 娘の無事を聞いた夫人は娘の部屋へと、急襲した。





 エリザベートがぼんやり座っていると、扉の前が騒がしくなった。

 ノックもされぬままバァンと扉を開け放ち入ってきたのは、妖艶な美女。

 香水の匂いをぷんぷんさせ、アクセサリーをジャラジャラとつけた、派手な女の人であった。


「まぁ!エリザちゃん!目が覚めたのね!良かったわぁ。心配したのよ?……あら?エリザちゃんえらく()()()お顔になったわね。まぁ、いいわ。これからコネリー夫人とお茶会なの。うふふ。エリザちゃんも()()()()いらしてね。」


 鼻にかかった様な声で言うだけ言って扉を開けっぱなしのまま去っていく。


「さっさと用意をさせなさい。間違ってもあんな地味顔で出すんじゃないわよ!?」


 去り際にはヒステリックにメイドを怒鳴りつけることも忘れない。



 先ほどまで意識を失っていた娘をとっ捕まえて、言うことではないが、自分の母親が一度言い出したら聞かないことは生まれてからよく知っている。

 抵抗することを早々に諦めて、さして楽しくもないお茶会に参加することとなった。

 メイドにされるがまま、フリフリのピンクのドレスを着せられ、顔に化粧をがっつり塗りたくられ、髪の毛をぐりぐりの縦ロールにまかれると、そこには、金髪碧眼の美少女がいた。

 美少女といっても、悪役令嬢もかくや、というほどのきつめの美人ではあるが。




 エリザベートは話には参加せず、三日ぶりの水分摂取に勤しむこととなる。

 エリザベートにとっては、退屈極まりないお茶会であったが、有益な情報も分かった。

 自分がどれほど気を失っていたのか知らなかったが、三日前が誕生日だったようだ。

 さらに、別段聞きたくもなかった母の心情も聞くことになったが。


「ねぇ、コネリー夫人、聞いてくださる?エリザちゃんね、この前事故にあって、気を失ってたのよ。いつだったかしら?」


 小首をかしげると控えていたメイドが耳元で囁く。


「あ、三日前ね。もう心配で心配で…。」


「まぁ!それは大変!大丈夫なの?」


 最後の問いかけは明らかにエリザベートに対してのものだったが、答える前に、


「えぇ、大丈夫よ。気を失ってすぐお医者様に見ていただいたもの。それよりねぇ、今度エリザちゃんと一緒に行こうと思ってた夜会に行けるか心配で。」


 口をとがらせ、幼い子供のような表情を浮かべる。

 どうやら、彼女の心配事は娘と一緒に夜会に行けなくなるかもしれないこと、だったようだ。

 さすがに、その発言にはコネリー夫人も少しばかり頬を引きつらせていたが、話の内容が変わり、それに相槌を打っている間に、先ほどの話は意識の外へと押し出されていった。





 結局、コネリー夫人とのお茶会はメドウズ侯爵夫人の一方的な自慢話で時間となり、お開きとなった。

ありがとうございました。

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