令嬢は素敵な買い物をする
期間が空いてしまい、申し訳ありません。
なかなか、筆が乗りませんでしたが、ようやく、納得のいくものができましたので上げさせて頂きます。
よろしくお願いします。
浮かない顔をした少女が時々人にぶつかりながら、人混みを掻き分け歩いていく。
本流に逆らう木の葉のようにもみくちゃにされ、さらにげんなりとした顔をする。
3度目の平民街。
まだ少し慣れないながらも、最初に比べて人にぶつからずに歩けるようになった。
実は今、冒険者ギルドに行ってきたところである。
その目的はもちろん、依頼の受注がされているかの確認であったが、浮かない顔をしていることからお分かりだろう。
結果は不発。
さらにはエマが帰ってきているか、ユーナの店に聞きに行ったが、こちらも不発で終わった。
流石に依頼をしてから数日しか経っていないことを考えれば、しょうがないと言える。
依頼内容が内容である。
慢性的な魔法士不足に陥っているこの国において、そう簡単に見つかるものではないのだ。
エマについても、『長ければ一ヶ月以上王都に帰ってこないこともある』とは、ユーナの言である。
王都を出たのは一週間以上前とのことだったので、もう一週間もすれば帰ってくるだろう。
ことごとく空振りに終わり、しょんぼりとしながら平民街を歩く。
しかし、財布は盗られないよう、しっかりと握りしめて。
こういう人混みが一番盗られやすいと忠告を受けたからだ。
とはいえ、ずっと落ち込んでいても時間の無駄なので、3度目の平民街を楽しむことにした。
今まで2回来ているが、まともに平民街を見て回ったことがなかった。
折角なので、今日は平民街探索と洒落込もうではないか。
そう思いなおし、意気揚々と、先程までの重苦しい空気はどこへ行ったのか、歩き出した。
エリザベートにとっては全てが物珍しく、瞳を輝かせながら、店を眺める。
特に、気になった店を見つけ、中に入ってみた。
そこは、アクセサリーなどを売っている店で、エリザベートと同じくらいの年頃の女の子達で賑わっている。
普段エリザベートが買っているような、質の良いものでは決してないが、一つ一つ手作りされたそれらは、非常に温かみを感じるものだった。
たくさんの商品が並べられている中で、ふと心惹かれて思わず手に取る。
それは、細長い棒状のものの片側から細い鎖が垂れており、その先に、エリザベートの瞳と同じ色のガラスがついた繊細なアクセサリーだった。
じっとそれを見つめていると、横から声が聞こえてきた。
「お嬢さん、それは簪というものです。良ければ付けてみますか?」
ニッコリと人懐っこい笑みを浮かべた、中年くらいの女の人だ。
一瞬、キョトンとするも、この店の店員だと気づき、付けてもらうことにした。
後ろで一纏めにしていた髪に、そっと、それを刺してくれる。
鏡に映る簪はガラスがゆらゆらと揺れて、とても綺麗だった。
「よくお似合いですよ。あら?お嬢さんの瞳の色と同じねぇ。澄んだ夏の空みたい。とっても綺麗ね。」
そう言って、うっとりしたように鏡越しに目を覗き込む。
「ありがとうございます。」
急に自分の容姿について、褒められ、照れながらお礼を言う。
「あの、これ、いくらですか?」
「そうねぇ、本当は半銅貨3枚なんだけど、良いもの見せてもらったから、半銅貨2枚でどうかしら。」
「買います!」
即決である。
お金を支払い、髪につけたまま、上機嫌で店の外へ出た。
足取り軽く、歩くたび、揺れるそれは、まさしくエリザベートの感情を表しているかのようだ。
今にも歌い出しそうな程ご機嫌で、他の店を冷やかしながら街を歩いていく。
その後は特に何も買い物はしなかったが、ウィンドウショッピングをしただけでも、十分楽しめた。
もうしばらく、ぶらぶらして帰ろうと思っていた時、向かいから見覚えのある人が歩いてきた。
(あの人、もしかして……。)
その人物の正体に気がつき、思わず顔を隠す。
チラリと、目線だけそちらへやると、目が合ってしまった。
気がつかれたか、と青ざめるも、全く気づかれた素振りはない。
寧ろ、ウィンクしてきた。
そのまま、彼はエリザベートの目の前を通り過ぎていった。
たくさんの女の子たちに囲まれながら。
気づかれなかったことにホッとしつつ、今の自分は貴族令嬢エリザベートではなく、エイミーだったことを思い出した。
(そういえば、あの人には化粧をいつも以上に塗りたくった時しか会ったことなかったわね。)
エリザベートがいつも以上におめかしする相手。
つまり彼は、エリザベートが以前熱を上げていた舞台俳優である。
皆さん、覚えておいでだろうか。
お忘れの方がほとんどだと思うので、ちょっとばかし説明をば。
実は、エリザベートが頭をぶつけた時に会いに行こうとしていた相手である。
話数で言えば2話に一瞬、本当に一瞬だけ空気みたいに、と言うより空気よりも薄かったかもしれない……、出てきた人物だ。
彼は、最初の方こそ、貴族令嬢に気に入られた、と嬉しそうに甘い言葉を投げかけていたが、次第に、エリザベートを邪険に扱うようになり、最後の方は顔すら見なくなった。
何故、彼がエリザベートを毛嫌いするようになったのか、貴族に気に入られることは一種のステータスになるというのに。
貴族社会は基本的に政略結婚がほとんどだ。
その中で恋愛結婚をするカップルはなかなかいない。
そうなれば、他に相手を見つけようとするのは人間の性なのかもしれない。
故に、外に愛人を作ることは黙認されている、というのが現状なのだ。
だから、そのことを上手く利用すれば、玉の輿を狙える可能性だってある。
さらには、自分の資金源になってくれるかもしれない。
それなのに何故か。
単純にエリザベートが重かったからだ。
ほとんど毎日のように観劇小屋に来て、劇が終われば、当然のように楽屋にやって来る。
どこからどう見ても恋をしているのが分かるほど熱い視線を送り、必要以上にベタベタとボディタッチをする。
例えば、相手に好意を抱いていたとするならば、その相手からも好意を向けられたら、きっと嬉しいことだろう。
しかし、問題は別段好きでもない相手から寄せられる好意である。
さらに言えば、貴族と平民というひっくり返っても越えられない壁のせいで、帰れ、などといった日には最悪首が飛ぶ。
そんなストレスに苛まれ、いつしか舞台俳優はエリザベートの顔を見ることさえ苦痛になった。
そういった経緯があるのだが、以前のエリザベートはそんなことにはもちろん気づいてなどいなかった。
寧ろ、顔を見てくれないのは照れているのだろう、などというとんでもない勘違いをしていた訳だが…。
しかし、彼の転機は突如訪れる。
そう、エリザベートが頭をぶつけ、記憶が戻ったことで、観劇小屋に来なくなったのだ。
例え、記憶が戻っていなかったとしても、父親が平民街へは行かせるな、と使用人達に口酸っぱく命令していたため、行けなかったと思うが。
外聞を気にしてのことであったが、確かに、自分の娘が、婚約者のいる身で、平民の舞台俳優にうつつを抜かし、会いに行く途中に事故にあったなど、あまり体裁を気にしない人であったとしても、知られたくなどないだろう。
兎も角、エリザベートが観劇小屋に近づかなくなったことから、伸び伸びと羽を伸ばし、街の女の子達を誑かしている、という訳だ。
そこそこ顔の良かった彼は、エリザベートから猛アタックをされる前にも、同じようにハーレムを築き上げていたので、元に戻ったと言えるのかもしれない。
ところで、変化したのは彼だけではなかったようだ。
エリザベートは以前あれだけ熱を上げていたものだから、出会ったら、また燃え上がるものがあるかと思っていた。
しかし、なんの感情も浮かんで来ることはなかった。
客観的に物事を見ることが出来るようになったお陰か、以前のエリザベートは恋に恋していただけらしい。
さらによくよく考えてみると、演技も大根、女ったらしの、顔だけ男のどこが良かったのか、と疑問に思うほどだった。
顔だけ男といっても、婚約者の方が整っているし、兄達と比べれば霞んでしまうほどだ。
(あら、よく考えたら、本当に何が良かったのかしら?)
エリザベートは、首をひねりながら屋敷へ帰るのだった。
サブタイトルを舞台俳優絡みでつけようかと少し迷ったのですが、彼にはそのまま空気でいていただくことにしました。
ちなみに、物凄い蛇足ですが、エリザベートと目があった時、の彼
(あの子、絶対俺のこと好きでしょ。めっちゃこっち見てるし、でも、恥ずかしくて、声掛けられないんだろうなぁ。俺やっぱかっこいいし。)
とか思ってるんだろうなぁ、と思いながら書いてました。
ありがとうございました。
誤字脱字等、気になる点がありましたら教えていただけるとありがたいです。