令嬢は冒険者になる
よろしくお願いします。
平民街へ行く準備は前回同様、母のいない日を狙い、使用人たちに部屋へ近づかないよう、念を押す。
メイドのお仕着せを着て、メイクを落とし、髪をまとめ、最後に染髪薬を髪に垂らして出来上がりである。
完全に髪色が変わったのを確認して、平民街へ出発した。
平民街に着いて、早速冒険者ギルド探し、と行きたいところだが、メイド服でギルドに入るのは流石に目立つので、服を買う。
もちろん、平民たちが着ているような服だ。
実際にその場で着てみたが、かなりごわついており、エリザベートが普段着ているものとは大違いである。
さらには、今着ているお仕着せと比べても比べ物にならないほど、メイド服の方の品質が圧倒的に良いことがわかる。
そう考えると、お仕着せとはいえ、どれだけ良いものか改めて感じた。
服は調達できたので、屋台で腹ごしらえしながら、ギルドの場所を聞く。
「ギルドだったら、この通りをまっすぐ行って二つ目の角を右に曲がったところにあるよ。でかいからすぐ見つかるだろうさ。」
お礼を言い、そのおじさんの言葉の通りに歩いていくと、すぐに大きな建物が見えてきた。
その建物に少しドキドキしながら入っていく。
中は想像していたよりも綺麗だった。
もう少し雑多なイメージを持っていたが、貴族も所属していることを思い出し、内装の綺麗さに納得した。
きちんと隅々まで掃除が行き届いており、受付が整然と並んでいる。
銀行などを想像してもらうと一番わかりやすいだろうか。
その横にはカフェが併設されており、アンティークな椅子やテーブルがお洒落な雰囲気を醸し出していた。
一通り辺りを見渡してから、受付へと歩いていく。
こちらに気がついた受付の綺麗な女性がにっこりと微笑んだ。
「冒険者ギルド・ルステイン王国・王都支部へようこそ。本日はどういったご用件でしょうか。」
「あ、あの、冒険者登録をしたいのですが…。」
ドギマギと答える。
「冒険者登録ですね。かしこまりました。登録するにあたり、手数料として銅貨一枚をいただくことになっています。よろしいでしょうか。」
「はい。大丈夫です。」
エリザベートの返事を聞き、こくりと頷く。
「では、登録をする前に注意事項をお伝えします。」
そういうと、先ほどまで柔らかい笑みをたたえていた顔が一変し、微笑みが消える。
顔が整っている人ほど、真面目な顔をすると怖いというが、まさにその通りらしく、正直怖い。
声のトーンも少し低くなり、エリザベートも思わず気を引き締める。
「一つ目、万が一命を落とすことがあったとしても、ギルドとしては一切責任は負いません。自己責任です。これは怪我をした時も同様と考えてください。」
いきなり、死について聞かされ、ゴクリと唾を飲み込む。
「二つ目、ギルド内の私闘は禁じられています。これを犯した者は、厳罰が与えられます。ただし、あくまでギルド内ですから、ギルドの外で起こったことについてはギルドは関与いたしません。」
つまり、ギルド外での私闘は黙認されている、と。
「最後になりますが、登録の際、嘘の申告はしないようにお願いします。虚偽であった場合はすぐにわかりますので。では、この用紙に、ご自分の書ける範囲で構いませんので記入してください。」
字が書けないようなら、代筆も可能です、と最後に付け加え、一枚の紙を差し出す。
上から名前、生年月日といった、個人情報から始まり、使用武器や得意技など、戦闘スタイルについて質問事項がズラリと並んでいた。
その用紙を見て、一番最初に困ったことは、名前をどうするか。
家名は書かずに、本名を書くというのも考えたのだが、少しでもバレるリスクを減らしたいエリザベートは、偽名にすべきかと悩んだ。
しかし、つい先ほど、嘘はいけないと言われたばかりで、偽名を書くわけにもいかない。
とりあえず、個人情報の欄は空けて、他のところから埋めていく。
書きながら、一つ、妙案を思いつく。
(もしかして、日本人女性の名前は偽名にはならないのではないかしら。一応、前世だし…。)
そう思い、手を震わせながら、エイミと書いた。
生年月日などの欄は埋めていないが、書ける範囲でいいとのことだったので問題はないだろう。
必要最低限と思われるところだけ書き、提出する。
「ありがとうございます。…ここに手をかざしてください。」
渡した紙をざっと確認し、大きな水晶玉のようなものを指し示した。
それに手をかざす。
すると、水晶玉が一瞬光った。
「はい。嘘はないようですね。これで登録完了です。お疲れ様でした。」
そう言って、また最初の微笑みを浮かべた。
銅貨一枚を支払い、ギルドカードができるまでの間、ギルド内の設備や施設について説明をしてもらう。
便利そうなところでいくと、シャワールームや仮眠室といったところだろうか。
さらに、地下や屋外には広大な訓練場があるらしい。
さすが、冒険者ギルドだ。
ふむふむ、と感心して聞いていると、どうやらギルドカードができたようだ。
カードを受け取り、まじまじと見つめる。
名前の欄には、ちゃんとエイミと書かれていた。
なんだか不思議な気持ちで、いろんな角度からカードを眺める。
ひとしきり眺めたところで、ここに来たそもそもの目的を聞いてみた。
「あの、ここって情報の売買などはされているのですか?」
「はい。取り扱っております。どういったことでしょうか。」
「えぇと、帝国について少し知りたいのですが…。」
言ってから、この王国とは敵対関係にあるし、聞いてしまって大丈夫なのだろうか、と不安になった。
「情報を買いたいということですね。ここで立ち話もなんですから、奥へ移動しましょう。」
そう言って、受付の奥にある、個室へと案内してくれた。
そこは、簡易なソファとテーブルがあるだけの部屋だった。
ソファに腰掛け、改めて帝国について知りたいと、切り出す。
「帝国について知りたいのですが…、この国とは敵対関係にありますし、聞いて大丈夫、ですか?」
オズオズと顔色を伺う。
「あぁ、そのことでしたら問題ありませんよ。ここ、冒険者ギルドはどの国にも属していませんから。」
エリザベートを安心させるように柔らかく笑う。
「ですが、気にする方もいますから、あまり公には聞かないようにしてくださいね。」
(やっぱり気にする人いるんだ…。)
「それで、帝国について知りたいとのことですが、具体的にどういったことですか?」
「情勢について…、えっと、もっと具体的な方がいいですか?」
「いえ、大丈夫です。ただし、開示できる情報には限度があります。今エイミさんは冒険者として最低ランクですから、それに見合った所までしか開示できません。それでもよろしいですか?」
「はい。見られる所までで結構です。」
どこまで開示してもらえるかはわからないが、とにかく、見る価値はある。
やや食い気味に返事をする。
資料を取りに行った受付のお姉さんが帰ってくるのを胸を高鳴らせ待つことしばし。
すぐに分厚い書類の束を持ってきた。
「これが帝国について書かれているものです。この中で、エイミさんがご覧になることができる部分は、ここまでですね。これは持ち出しできませんので、ここでご覧になってください。」
書類を受け取りすぐにページを繰ってみる。
一通り目を通して見たが、あまり有用な情報は得られなかった。
書いてある内容のほとんどが既に知っている事ばかりで、新たにわかったことは、特になかった。
ありがとうございました。
誤字脱字など気になる点がありましたら、教えていただけると幸いです。