令嬢は首を突っ込む
更新が遅くなり申し訳ありません。
よろしくお願いします。
少し短めです。
「メドウズ侯爵家へ」
御者にそれだけ言って、椅子に身を沈め、まだ荒い息を深呼吸でなんとか整える。
はぁはぁ、と息を継ぎながら、手に握りしめられたハイヒールに気が付く。
聞き耳を立てようと忍び寄る際に脱いだのだった。
その時分になり、ようやく今の自分の姿に気を遣う余裕が出てきて、思い至る。
髪を振り乱し、ドレスをまくしたて、裸足で走ってくる令嬢というのを想像して、とんでもない姿をさらしてしまった、と後悔するが、もう遅い。
走ってきたエリザベートを見た御者は、この世のものではないものを見たような形相をしていたことからも、いかに鬼気迫る状態であったか、想像できるだろう。
これでは、すぐに聞き耳を立てていたのがエリザベートであるとバレてしまう。
降りる際に、この御者にしっかり口止めをしなければ、と思いながら、先ほどの、男二人の会話を思い返す。
明らかに怪しげなワードは、帝国と忌子。
帝国というのは、恐らくこのルステイン王国と敵対関係にあるティアナマト帝国のことだろう。
ここ十数年は協定を結び戦争をしていないが、何かしらきっかけがあれば、すぐにでも全面戦争へ移行するだろう。
それほど、緊張状態にある国同士である。
漏れ聞こえてくる話では、最近は帝国は国力を増していると聞く。
もし、帝国とつながっている人物でもいれば、この国はひとたまりもないだろう。
外と内から攻められては、いくら大国とはいえ、無事ではすむまい。
帝国は決して小国ではない、面積だけで言えば、王国以上の広さがある。
ただし、北方にあるため、作物の実りは少なく、国力としては劣る。
さらには、山岳地帯を拠点としている蛮族が帝国内に攻め入るため、警備の手を常にそちらへ取られることになる。
ゆえに、今まで幾度となく攻められてきたが、撃退できていた。
帝国が攻めあぐねていたもう一つの要因として、帝国と王国が直接接していなかったというのは大きい。
つまり、王国に攻め入るためには、周りにある王国の属国である小国を必ず通ってくる必要がある。
膠着状態に陥った帝国に王国側から休戦の申し入れをし、協定が結ばれた。
次に、忌子についてだが、エリザベートは忌子という言葉を聞いたことなどない。
だが、なにかきな臭さを感じるのは確かである。
これらのことから類推するに、計画というのが何かはわからないが、あまり良いことではないだろう。
エリザベートは、どうにかして彼らが何者で、何をする気なのか調べなくては、と息巻いていた。
御者にはしっかりと口止めをし、馬車から降りる。
御者は、あの醜態を周りに知られたくないのだろうと勝手に納得し、口外しないことを誓った。
とはいえ、わざわざ口止めなどしなくても、王宮仕えの者は教育が行き届いており、使用人が客人や主人のことをべらべらと話すわけはないのだが。
屋敷の中へ入り、使用人たちに迎えられながら、上の空で部屋へ入る。
今や、エリザベートの脳内はどうやって彼らのことを調べるかでいっぱいである。
そもそも、エリザベートに調べる伝手などないし、例え、分かったとしても、エリザベートにその対策をとれるほどの力はない。
そのことは重々承知していたが、それでも調べなくては、と謎の使命感に突き動かされていた。
ベッドに着替えもせず、だらしなく寝転がり、どうすべきかと考える。
まず、帝国についてもっと知る必要がある。
これについては、家庭教師から情報を得ることができる。
ついでに、忌子についても聞いてみれば何か知っているかもしれないが、エリザベートが仮にも貴族として、14年生きてきた中で一度も耳にした覚えがないことを踏まえると、あまり人に聞かない方がいいのかもしれない。
安全に調べる方法としてはそんなところだろう。
だが、それではきっと肝心なことはわからずじまいだ。
かなり危険が伴うが、平民街の外にあるというスラム街で情報を仕入れる方法が、有力な情報を得られる可能性が高い。
全くの出鱈目をつかまされる可能性も否めないが。
危険なことは危険なところに聞くのが一番である。
期せずして近々平民街へ行くことになりそうだ。
ちょうど今日の王宮でのパーティーで社交シーズンも終了である。
平民街へ出かける時間も取れるだろう。
早速平民街へ行く計画を立て始める。
(さすがに、いきなりスラムに行くのはまずいわよね。せめて自分の身くらいは守れるようにならないと…。)
令嬢ということもあり、体術は身につけていない。
頼みの綱は魔法なのだが、どうにも上達しておらず、こうなったら外聞を気にせず体術でも習うか、と思ったその時、魔法士が魔法師団以外にも平民で魔法の使えるものがいるかも、と言っていたのを思い出した。
(そうだわ。いっその事平民街で魔法士の先生を探せばいいのではないかしら。冒険者の中にはもしかしたら魔法が使える人もいるかもしれないわね。)
そこまで考えて、はた、と頭の動きを止める。
「冒険者…、冒険者ギルド…、もしかして、冒険者ギルドは何か情報を持っているんじゃ……。」
冒険者ギルドはどの国にも属さないが、たくさんの人がギルドに所属している、それこそありとあらゆる国家の人が。
それはつまり、どの国の情報も持っている可能性があるということだ。
こうして、平民街での一番の行先は決まった。
(せっかくだから、冒険者登録もしてしまいましょう。ロッドを持ち歩くとなると、貴族街へ戻ってくるときに面倒だし。そのギルドカードが身分証になるしね。)
平民の中には実際、身分証として利用するためにギルドに所属する人も存在する。
街や国の移動のたびに、身分証が提示できない場合は税金が徴収されるシステムになっているため、それを嫌がる人たちは、ギルドに所属し、ギルドカードを提示するのだ。
ところで、貴族がギルドに所属するのは大丈夫かというと、問題ない。
事実、所属している者も多々いる。
貴族のボンボンが遊び感覚で入ってみたり、腕を上げるための修行として所属する者も少なくない。
因みに、ここだけの話だが、遊びで入った貴族は毎年、『こんなはずじゃなかった!!』とやめる者がほとんどだそうだ。
ただし、これは全員子息である。
令嬢はいない。
過去を振り返っても令嬢は一人もいない。
つまり、エリザベートが所属すれば初めてとなる。
そんなこととは露知らず、エリザベートはご機嫌で、風呂に入った。
ありがとうございました。
誤字脱字など、気になるところがありましたら教えていただけると幸いです。