新しいお友達ができました
イミル国の護衛兵が再び立ちふさがる。
彼は本当に優秀だ。申し訳ないが、そこをどけてもらおう。
『探しましたよ。レオンハルト様。』
イミル国の護衛兵。なぜこんなところに。
「あなた、懲りずにまた来たのね。」
『それが私の任務ですから。』
護衛兵の立場も理解できる。
かつての私のように、兵士は国の駒だ。
国が私を追えといえば、それに反抗することは許されない。
「私はどうしてもドヴェイクに入らなければならない事情があるの。」
『私にもあなたを連れて帰らなければならない事情がございます。』
しばらく睨み合う二人。
「魔神の復活を目論む集団がドヴェイクにいる。彼らは降臨の儀式を執り行った。」
『魔神教やそれに類する集団はどこにでもおります。それに、我々が対処を行っております。
そういうことであればドヴェイクに通告し、彼らに対処を任せてはいかがでしょう。』
『レオンハルト様には、そのような賊を追うよりも優先するべきことがございます。』
論破されてしまった。
言い合いも私が苦手な事の一つだ。
では、別の方向で攻めてみよう。これでダメなら最後の手段だ。
「ドヴェイクの兵隊さん。私が入国することで問題はある?」
ドヴェイクの飛竜隊は、言葉を詰まらせる。
『えっ、こっちに振るの?』という顔をしていた。
『提示いただいたギルド手帳であれば問題ございませんが、正体がかのレオンハルト卿であるならば国の許可を経なければ・・・。』
「レオンハルトという人はドヴェイクで指名手配されている?」
『いえ、そのようなことはございません。』
「そこのイミルの兵隊が私の入国を拒絶する権利は有していますか。」
『そのような権限もございません。我々はただ”あなたのような方がいれば呼んでほしい”と依頼されただけですので・・・。』
やっとあの護衛兵に言葉で勝つことができる。
少しだけ進歩を感じた。
力を振り回して押し入って、また指名手配されるのは勘弁だ。
「私はハルトという者です。レオンハルトさんというのがどなたか存じませんが、似ているだけではないでしょうか。」
とても白々しいが、私をレオンハルトだと証明するものは何一つない。過去のギルド手帳だってすでに焼き捨てた。
護衛兵を含めた一行は押し黙る。
『私はあなたを絶対に通しませんよ!』
護衛兵は剣を抜き、道を塞ぐ。
飛竜隊は槍を構え、護衛兵を囲む。
本当に仕事熱心で、私のわがままに巻き込んで申し訳なくなるほどだ。
「ドヴェイクの兵士さん。ここに決闘に関する取り決めはありますか?」
兵士の一人が手帳を取り出し、いくつかページをめくる。
『ドヴェイクでは兵士による立会いの下、ワンヒット・マッチによる決闘が許可されています。』
ワンヒット・マッチ。先制して相手に一撃を与えたほうが勝ち。
『武器は竹刀または木刀、魔法は1等級以下のもののみ許可されます。』
護衛兵は目を硬く瞑っていた。
決闘の敗者は法・倫理に背いていない限り、勝者の言い分を認めなければならない。
『わかりました。レオンハルト様に決闘を申し込みます!』
先に啖呵を切ったのは護衛兵の方だった。
木刀を手渡され、お互いに対峙する。
飛竜隊は一通りワンヒット・マッチについて説明を行い、決闘の開始を告げる。
護衛兵の無駄のない構え、鋭い眼光。
それは反撃を狙った構えであり、こちらから攻め込まなければ動かないと察する。
それにしても、この護衛兵は手練れだ。ハンターとして生きれば一生食いはぐれることはないだろう。
伊達に私の護衛を任されているわけではないということか。
私はゆっくりと武器を構える。
“超能力:威圧”。
相手に強烈な威圧を与えるような金色のオーラを纏う。
弱い者なら圧倒されて身動き一つ取れなくなってしまうものだが、この護衛兵は顔色ひとつ変えない。
木枯しとともに護衛兵は姿を消すと、一瞬にして眼前に迫る。
『”超能力:六刀六閃”!』
一呼吸置いて、隙を突くように6つの刀剣が私の体に襲いかかる。
それは高速の6連続ではなく、間違いなく”同時に”6つの刀が存在していた。
“超能力:緊急回避”
体が後方に吸い寄せられ、刀の檻から抜ける。
一瞬で距離を詰める技、恐らく”超能力:縮地”だ。
あの刀の技もかなり珍しいものだ。東方には魔法は扱えないが、独自かつ高性能な超能力を繰る一族がいるらしい。
彼はその使い手なのか。
“低衝撃弾”を発動する。木刀の先に衝撃の弾丸が生成され、射出。
ほぼ不可視の一撃、回避できるものなら回避してみろ。
護衛兵は眼光をさらに鋭くすると、転身して刀を振るう。
“低衝撃弾”を木刀で”受け流す”。
護衛兵の後方に”低衝撃弾”が着弾し、明らかに1等級の規模ではない衝撃波が生じた。
“超能力:烈斬”。
空気の塊が刀身に纏わりつく。
それを振り下ろすと、地を這う空気の刃が護衛兵に襲う。
当然、それは軽くいなされる。
捲き上る砂埃に飛び込み、護衛兵の右足を狙う。
弾かれ、次は首にひと突き。
再び弾かれ、鍔迫り合いとなる。力は圧倒的にこちらが上、強引に押し飛ばす。
“付与:魔力剣”。
高速のエンチャントを施し、体勢を崩している護衛兵に突進する。
護衛兵は超人的な身のこなしで体制を立て直すと、鋭い一撃で私の剣を打ち返す。
だが、私は護衛兵の首に木刀をあてがっていた。
『なぜ・・・?』
護衛兵の木刀は真っ二つに折れていた。
魔力で強化された剣の神速の一太刀。
超能力の域に達した通常攻撃。
それは強化されていない木刀の耐えられるものではない。
魔力剣の木刀を地面に打ち付けると、小さな爆発が発生した。
「お見事でした。あなたは確か・・・コーディという名だったね。」
『はい。』
「今回は私の勝ち。またお相手してね。」
護衛兵コーディに手を振り、ドヴェイクの国境を越える。
『ハルトちゃんって実は結構すごい人なんですか?レオンハルト卿とか呼ばれてましたし、実は貴族のお嬢様とか?』
アイコの言葉に思わず吹き出してしまった。貴族とは真逆の、根っからの庶民気質だ。
アイコに私の今の立場を説明する。
国から逃げ出して生活していること。
身分を偽って暮らしていること。
・・・私が世界から危険視されていること。
『すごいハンターさんかと思ってたけどハルトちゃんがそこまですごい人だったなんて・・・。』
「今までと変わらず接して欲しいな。」
『もちろんだよ〜』
悲しいことに、私のハグはアイコの体をすり抜けた。
しばらく街道を南下する。
なんの特徴もない平和な街道だった。
ドラゴンの咆哮と、草や花の香り、時々すれ違う人との短い情報交換。
アイコは全てに新鮮な反応を見せてくれる。
こんなのどかな日がいつまでも続けばいいのに。と思えるような素敵な一日だった。
『私ね、実はもうどうするか決めてるんだ。』
「えっ。」
『ハルトちゃんを見てると、この世界ってすごく楽しそうだなって思うよ。』
『だから、もう一度生きてみようかなって。』
『普通の人じゃ絶対自分の生死を決めることなんてできないよ。』
『もし元いた世界とそっくりの世界だったら、そんなこと思わなかっただろうな・・・。』
偏った世界を見せたかもしれない。幸せな瞬間だけを見せてしまったかもしれない。
日もすっかり落ちた頃に、ドラレスの街に到着する。
ここは、ダーヴォル渓谷に近い街だ。
宿で簡単な食事を済ませてから、街を軽く散歩する。
「アイコ、本当に覚悟はできているの?」
アイコは即答する。
『もちろんだよ。』
翌日、ダーヴォル渓谷にて。
昼の焼け付くような陽光に、うだるような暑さ。
その渓谷は、強い陽光が射しているにも関わらず、陽の当たらない漆黒の谷を擁している。
谷底に緑色に輝く魔法の目印があった。
それはオリアクがよく使うもので、恐らくそこに廃神殿があるのだろう。
”風王の外套”を発動する。
竜巻のマント(またはロングマフラーに近い)が発生し、空中を浮遊した。
『えっ、何ですかそれ。』
「今から空飛ぶけど・・・幽霊なら付いてこられる・・・よね?」
アイコは恐る恐る谷口に足を踏み入れると、空を飛べることを確認できた。
中々勇気のある子だ。
「じゃあ付いて来てね。」
首元から発生している竜巻を収束させ、1本の竜巻になる。
風王の外套は面白い魔法だ。竜巻を減らせば強い推進力を得られ、複数の竜巻にすると、推進力は減るが空中での安定性が増す。
本気を出せば音速に近い速度で飛行できるが、それはとても危険を伴う。
谷の間を飛行し、魔法の目印を目指す。
眼前に現れたのは、谷の岩壁をくり抜いて造られた神殿。
魔神のシンボルが堂々と入り口と思われる空間に刻印されており、魔神と関わりがあることを明示していた。
しかし普通の人間がどうやってこの神殿まで辿り着けるのだろうか。
カルトが人目につかないところで活動を行うのは珍しいことではないが、
このような大規模な神殿を有していることがあるとは。
神殿に着地すると、影からオリアクが現れた。
「ここが入り口?」
『いや、ここは儀式場とでも言うべきか。』
「じゃあ信者たちはここまでどうやって来るの?」
『街外れの廃倉庫に続く道があった。ここまで掘ったんだろう。』
並々ならぬ努力だ。それほど信奉したいと思わせる何かが魔神にはあるのか。
オリアクはアイコに問う。
『答えは決まったか。』
アイコは私の目を一瞥すると、問いに答える。
『私、生きます。』
オリアクは目を細め、絞り出すように言葉を紡ぐ。
『俺はお前と同じ異世界人だ。だから言うぞ。』
『この世界はこの世界なりに辛いことがある。残酷なまでに弱肉強食で、平等なんてあったもんじゃない。』
『便所は汚いし、便利な機械も、暇を潰せる娯楽も乏しい。』
『お前はそんな世界でも、生きたいと願うか?全ての苦難から解脱する道を閉ざしてまで、生きることを願うか?』
アイコは私を背後から抱きしめ、満面の笑みを浮かべて答えた。
『だって、せっかくお友達ができたんだもの。もう別れるのは寂しいよ。』
オリアクは自身の笑みを、三角帽子を深くかぶることで隠す。
『よかろう。ならばお前のその意思、受肉に足るものか確かめさせてもらおう。』
『レオンハルト。』
「OK、何をすればいい?」
『下に魔神教の生き残りが一人いる。』
『これから受肉の儀式を行うから、その間に頼む。』
『で、始末したらお前もできるだけ遠くに行ってくれ。ドラレスの宿屋で待ち合わせよう。』
理由はわからないが、何かあるのだろう。
私はいつも通り、手を汚すだけ。
儀式場から神殿の内部に入る。右頬に違和感が伝った。
涙か、お久しぶりだね。アイコの言葉はとても嬉しかった。
さあ彼女のために、最高の仕事を。
下階から聞こえる声を頼りに、階段を下る。
蝋燭に照らされた魔神像が真っ先に視界に入った。
古びた召喚陣に、魔神像。
ここは、前に思念視で見た空間だ。
暗がりから、痩せ細った老人が現れる。さながら即身仏のような、ミイラに近い。
これを人間と呼んでいいものか。
魔神像と召喚陣が銀の光を放射する。
『ああ、呼応している。強力な・・・た・・・ま・・・し・・・い・・・。』
銀の光が老人を照らすと、その体は膨張し、人ならざる肉体へ変化していく。
金に輝く三つ目。コウモリのような翼。腹部に巨大な口を持つ、3M弱の悪魔と化した。
『世の幸福のために、私は喜んで贄にならん。』
生物の声とは思えぬ声でそうつぶやくと、
その巨体に似つかわしくない俊敏さで掴み上げられる。凄まじい力だ。
「悪いが時間がないんだ。儀式に私たちはお呼びじゃないんだってっ!」
悪魔の手のひらをこじ開ける。
使い捨ての呪符の束から、”最上位転移”を発動する。
悪魔と私は光の渦に飲み込まれ、ドラレスから少し離れた平原に転移した。
痛いほどの日光は分厚い黒雲に隠され、禍々しい空気を醸し出している。
黒い衝撃弾が飛来する。
盾で防いだ瞬間、盾が吹き飛び、破壊される。
呆気にとられている瞬間に、黒い光弾に直撃する。
それは真っ黒に輝く十字のエネルギーとなり、私の身を焼いた。
なんだこいつは。魔神の卵、魔人とでもいうべきか。
これほどの力があれば異世界から霊魂を呼び出すこともできるだろう。
「ポンポン汚らわしい魔法を連射しやがって。」
久しぶりに受ける痛み。数年ぶりに死という言葉が脳裏によぎる。
その眼が、その闘争心が、本来の超魔導剣士のものに切り替わる。
盾の代わりに呪符を数枚掴み取り、構える。
“風王の外套”、”鬼神の肉体”、”闇魔術への抵抗”、”天使のベール”、”超能力:魔導剣士の開現”を起動する。
左から、移動極限上昇(飛行)、筋力極限化、闇魔法被害半減、神聖なオーラによる呪いや闇魔法の抵抗極限上昇、付与魔法の威力極限化の効果だ。
複数の強化魔法により、竜巻のマント、紅に輝く体の輪郭、黒いオーラに金色の光が天から射し込み、
私自身も対峙する魔人と変わらないほど禍々しい姿となっていた。
遊びではない、本当の超魔導剣士の戦闘を見せてやろう。
瞬間、魔人は空に打ち上げられていた。
地面から竜巻が巻き上がり、その中にレオンハルトがいた。
“付与:超高圧魔力剣”
それは剣から青白い稲妻を射ち放つ。魔人の体を容易く貫通し、それは成層圏まで貫く光の筋となった。
あと2手で屠る。地面に叩き落とし、フィニッシュだ。
“公転する砲弾”
天から一瞬強い閃光が煌めくと、魔人の頭部が爆散し、その閃光は地面に着弾し大穴を開ける。
魔人が地面に叩きつけられる直前、紅に輝く極太のエネルギー流がそれを溶かしつくす。
勢い余ったエネルギー流は遠くの山々を両断し、彼方へ消え去った。
残心、完全に消しとばしたことを確認する。
剣を収める。過剰火力で必要以上の影響を与えてしまった。
遠くの両断された山を見て、深いため息をつく。
魔神の力を感じて、それに対抗するための最低限の力を解放したが、それの戦闘力は予想を遥かに下回っていた。
とりあえず、ドラレスの宿屋に向かおう。
-ドラレスの宿屋にて。
ドラレスの街は、近くの平原で発生した謎の爆発や閃光で騒然としており、
再び同じような現象が起こるのではないかと心待ちにしているもの好きが平原に熱視線を送っていた。
宿にアイコやオリアクは・・・いないようだ。
併設の酒場に立ち寄り、目立つ席に腰掛けてはちみつ入りホットミルクを呷る。
儀式がまだ終わってないのだろうか。それとも失敗してしまったのだろうか。
『ハルトちゃーん!』
背後からアイコに抱きしめられる。おお、すり抜けないぞ。
『うーん、ちゃんとご飯食べてる?』
ぐらまーじゃなくて悪かったな。これが私の標準だ。
振り返ると、長い黒髪とメガネが特徴的な少女・・・アイコがいた。
ちょっと背が高く、スタイルも良い。おねーさんのようだ。
霊体ではないためか、ディテールまで鮮明に見える。
『成功したぞ。』
オリアクはさも当たり前といった様子だった。
「アイコ、おめでとう。」
私はアイコの手を握った。
暖かくて、柔らかい。
『レオ・・・ハルト、外で随分激しくやったようだが何があった。』
「あの神殿の地下に魔神のなり損ないがいた。」
オリアクは私の目をじっと見つめる。
何か考え事をしているような、遠い目。
『そうか。ハルトに任せて間違いなかったな。』
「山を真っ二つにしちゃったよ、大事だよ。」
『魔神が復活するのに比べたら大したことじゃないさ。』
あれは魔神にはなれない。弱すぎる。
それとも私が魔神を過大評価しているのか。
『アイコ、名残惜しいだろうがそろそろ行くぞ。学ぶべきことはたくさんある。』
オリアクはアイコの手を取る。
「オリアク、アイコをどうするつもりなの?」
私は友人を取られたようで、いい気はしなかった。
『アイコはお前と冒険がしたいと言っていたが、戦闘はおろか文字の読み書きさえできない。』
発話でのコミュニケーション体系は同一であっても、文字は異なるということか。
『幸い、元の世界と全く同じ文法だから、新しい文字を覚えるだけで済む。
あとは、お前と肩を並べて戦えるような最低限の戦士にする。』
「アイコ、ハンターになるの?」
アイコは笑顔でピースマークを作った。
こんな危険な仕事を、今まで剣の1本も握ったこともなさそうな少女にこなせるのか。
そもそも、素養は・・・。
「オリアク、随分自信があるんだね。」
『儀式に俺の血を使ったんだ。神の加護が入った俺の血をな。』
なるほど、世界最強の賢者の力を内包する戦士か。
自信があるわけだ。
『カーミッシュに行くんだろ?ヘルミナによろしくな。』
「ラブレターはちゃんと渡しとくよ。」
いつぞやに押し付けられた手紙を取り出し、ひらひらと振る。
顔を紅潮させたオリアクは、アイコと共に転移する。
そっかぁ、新しい友達ができたか。
私は、明日の出発に向けて部屋に戻る。
旅のお供がいなくなって、ちょっとだけ寂しいかな。
ちょっとだけ・・・ね。




