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09.拒否権は元からないモノ

 あの後、普通に寝た。

 ぐっすり寝た。

 気持ちが良いほどに良く寝た。


 だから起きたのは15時だったりした。


「おそようございます、マスター」


 その幼さを残したかわいらしい声がやっぱりと言わせる。


「やっぱり、夢じゃないよなぁ」


 結局、エレンちゃんも魔法も現実である。そう認識させられる。

 深いため息とともに、肺が重くなる。


 見える天井、それは今日も白かった。どうやら電気を点けっぱなしだったらしい。


 悠夜は、その向ける視線をシャットアウトさせると、エレンの方へ向けた。


「……エレンちゃん。少し考えて気づいたんだけどさ、ダンジョンのモンスターに敵わないのに、俺にどうしろと」


 夢に落ちる際、その点について疑問に思っていた。

 一体、どうすれば良いのだろう。人間が強くなるなんて高々しれているというのに。


 そう思っていると少し口を尖らせて言ったのが、エレンちゃんだった。


「そこですよ、マスター。そこを切られて終わったんですよ」

「あーそれは悪かった」


 と言うが、実は悪いと思っていないのも事実。ダンジョンなんて話、普通に聞いてられなかった。なんか、もう、話聞くよりも拒否がしたい。

 それだけが、その気持ちだけが先行する。

 俺のめんどくさい事オーラ感知lv999が警鐘を鳴らしているせいだと思うが。


 するとエレンちゃんは、お決まりの「では」と始めた。


「マスター。強くなる方法についてですが、それは、広い土地を活用します。詰まる所、山で修行をします」

「何故に山」


 そんな俺の愚問に直ぐに答えてくれるのが、エレンちゃんクオリティ。


「公園で、ひたすら瞑想やら剣を振ってられますか? 警察が来ますよ? 強くなりすぎたら公園破壊しちゃいますよ。それに、土地が狭すぎますよ」

「ちょっと待て。お前はそれらを俺にやらすつもりなのかっ」


「ええ、そうですよ」そんな表情で見つめられても困るのだけど、第1、公園破壊するほど強くなるってなんだよ。


「と、マスターは今考えているでしょう」

「お前は超能力者か!?」


 なんか心を読まれたので反射的に突っ込んでしまった。ありきたりなツッコミだ、我ながら恥ずかしい。


「マスター、その愚問に答えてあげましょう」

「なぁ、それは酷くないか?」


 愚問って心の中で言ったけども、それはそれで傷付く。まるで俺が馬鹿みたいだ。


 だけど、話は続く。


「マスター、魔法というのも一つの「スキル」という括りに存在しています。詰まる所、私が時間がある限り他スキルを教えるのでそれらを習得してください」


 はいでました、スキル。

 まさかのゲーム要素バンバン詰めてくるな。


 スキル、日本語で技能って事だけど、魔法もスキルか。もうなんでもありだな。


「習得したら何になるんだ?」

「公園を破壊する以上に、マスターが強くなれます」


 客観的な物言い。

 別に求めてないんだよなぁ、力。

 ダンジョンによる人類滅亡率86%、そんなの数値だけでわかる。助かる余地なし。縋る藁無し。博打を打つ事すら博打。言いたいことはつまり、何をしたって分かりきった無意味でしかないと、俺は思う。


 だから、どうせ人類滅亡するなら、気ままに滅亡を待とうぜ。俺はひっぺはがした毛布を足にクルクルと巻きつける。俺は冷え性だ。


 そして、だから何度でも言う。


「そう言う話なら尚の事。お断りする」


 魔法とか色々と面白そうな事が脳内にエモーションやらなんやらが飛び交ったけど、無理(ダンジョンの攻略)無理(修行)して無理に(攻略する事を)叶える無理をする程、俺はそんな聖人ですらない。もっと俗欲に塗れた人間だ。


 そう考えだすと一気に冷めた。そう、冷めた。


 欠伸がでて、また目がしばしばと痛くなってきた。眠気も襲ってくる。


「じゃあこの際、ダンジョン攻略しなくていいです」

「本末転倒っ!?」


 だが、ツッコミは健在だった。


「え、なに、どう言う事?」


 趣旨の変わり様に動揺する。しやずにはいられない。さっき……昨日も含めて俺を説得させようと言う事だったのに、ダンジョン攻略しなくていい? 本末転倒だろ、それ。


 動揺に「えぇ……」と漏らす声に続いて、エレンちゃんは言った。


「なら無理強いはしません、そういう事です」


 ですが___そう息を吐いて___


「せめて、周囲の人のためにも、自身の為にも強くなりませんか? ……いえ、マスターは強くならなくていいと言ってますので、もう強さは考慮しないことにしましょう。ならばです。単純に、暇を刺激に変えませんか?」


 そう、エレンちゃんは真剣な眼差しを向けて。


 そして俺は、その真意を何となく理解した。


 エレンちゃんは、こう言いたいのだ。

 山に籠る。拒否権は元からないモノだと。俺に断る余地すらないと。さぁ選べ、人を助ける機会を捨て見捨てるか、山に籠るか。


 ……考えすぎか、違うな。拒否権はない。多分、この子と出会った時から。否、出会ってしまった時からだ。

 魔法から何まで、俺が信じないと進まない話ばかり。それでいて今、これも認めないと進まない話。

 つまりはこの先延々と話を続けられる可能性がある。そう考えると背筋がゾッとした。


 だが、身体は正直で。


「……たしかに俺は暇だ。そう、ニートだ。時間を持て余し、たんまりと持て余し、どんどんと持て余し続けている」


 つまりは暇。加えて苦痛だ。確かに刺激が欲しい___


「が、面倒はしたくない。だから俺は寝る」

「……この話の何処に面倒な要素が?」


 てめぇはカミツキガメかなにかかよ。


「だからな、ダンジョンとか修行とか面倒なんだって」


 必死に説得する。


「別に私は面倒を与える話をしているわけではありません。単純に、刺激を与えましょうという話です」


 そして返ってくる2倍返し。

 深いため息はどうしようもないまま垂れ流れる。


「…………」

「多分、この機会を逃したらマスターは今以上に堕落しダメになるかと」


 セールスの押し売りかっ!


 そしてその時深く理解した。


 よし分かった、分かった。もう理解した。もしかしたらの次元の話じゃくて、この先もこの調子でずっとだ、ずっと。予想通りずっと話し続けられる。それは凄く「面倒くさい」事にさせる為だ。


 深読みか? いや、これは相手の戦略だ。如何にニートの心と、人としての良心、器を動かすかという、意地の悪く、汚い話し。


 そうなるとだ、俺はどちらか選ぶしかない。

 延々と続けられる話を、延々と聞き続けるか。

 ここは我慢して、山で修行し続けるか。


 天秤にかけても、どちらも振れ幅は同じ。何せどちらも面倒くさいに尽きるから。


「はぁぁああ……」


 俺はこの時何回目かの溜息を深く、嫌味っぽく、怠そうに、嫌そうに吐いて吐いて吐いて、そして___

 大きく息を吸って言った。


「分かったよ、分かりましたよ。山に籠りましょう。籠もればいいんだろ?」

「はい!」


 何という笑顔。勝利したという悦に浸り気味の、恍惚とした笑顔だ。すげぇ可愛いはずなのに憎たらしかった。




 さて、ここからの話をまとめるとするならばだ。

 今でなら引き返していればと、後悔している。

 だが、結果に今の俺がいるわけだから、もう変えられない。


 その頃、身支度もロクになく大体1週間。


 そして少し遡り、最後の実家暮らしの堪能3日目に、俺はある事を考えていた。それは書き込みだ。有名ネット掲示板にスレを乱立する。


 タイトルは「この地球にダンジョンが現れる」そう言う、馬鹿げた、誰も信じなさそうなスレを俺は立てた。魔法がある事も書いた。

 まぁ、どうなったかは火を見るよりも明らかで、「厨二病」という書き込みの他、「同士」とか「ゲーマー」とかが話に乗ってきていた。


 実際、俺も知らない話でエレンちゃんの受け売りだから、説明力がなく、証拠もない為、見ている人皆、半信半疑以下だろう。


 だが、これを乱立したという事は、殆どの人に知られる事になる。それも同一人物であると。


 それでいい、俺はそれを知っているから教えてあげている。デマで流されようと、知ってもらえるだけでいいんだ。


 そんな事を考えて、スレッドに書き込み続ける中、山に期間未定の修行に行く事を親に話す事もなく___山に修行してくるとか言えない___だから、暫くの間帰らないという置き手紙を残して今に至る。

 俺は「はぁ」と溜息を吐きながら、車検が切れる前の車にパンパンのキャリーバッグを詰めた。


 ガソリンは半分。お財布にはそれを満たすだけの金もなく、それで行くしかなかった。


 そうして俺たちは、人知れず……人知らせず山に向かった。その名は冬架辣山冬架辣森林樹海林、前人未到の領域にある、魔境だ。エレンちゃんが言うには、だが。



 因みに言うとすれば、流石の俺でもこれは知らない山の名前だ。

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