08.ダンジョンについて
「さて、魔法にも理解がついた事なので、こちらも簡単に説明しますと___」
彼女は地球の魔力素の凝縮体らしい。
そういう者らしい。否、そういう生き物らしい。
「きーみは、何を言っているのかね」
「事実を申し上げてますが?」
うん、そうかいそうかい。魔法があるし、別に信じられないものじゃないけど、何というか現実からかけ離れた話で何ともなぁ。
地球の魔力素の凝縮体ね……。
感覚で言えばドライアイスか? 固まったら物量を持つし。敢えて言うなら知性はないが。てか、俺にしか見えないってことはないだろう。そう思えて仕方がないんだが……。
「マスター。ダンジョンがなにか、分かりますか?」
急な質問、それに戸惑いながらも答える。
「え? あ、うん。アレだろ、ゲームとかである魔物が蔓延っていて、宝箱のある塔とか迷宮とか」
「そうです」
どうやら間違っていないらしい。
というか、まだ話は続くらしい。ちゃんちゃんと終わるわけでもなくて、普通にもう目がしばしばしてきた、眠い。
「それがどうしたんだ?」
魔力素を動かして魔法を使ったせいか、所謂MPとでも言えるような、別の体力が尽きかけて疲れている。なんか、回してた時から体力を奪われてたけど、ここまでどっと来るものか。眠気も相まって怠い。
俺は冷たく張り付く服が気持ち悪いので、クローゼットを開けて、別のスエットに着替えた。
「エレンちゃん?」
そうした時間の経過があっても、一向に話し出そうとしないエレンちゃんに問いかける。
すると、ちゃんと返事が返ってきた。
「エレンです。それでですが、突拍子もなくすいません。そうですね、少し折り入って話があるんです」
エレンちゃんはそう言った。折り入って話。そこまで固くなる話をするのだろうか。
そしてエレンちゃんはしっかりと俺を見据えて言った。
「もう少しでダンジョンが出現します。従って、マスター、攻略のお手伝いを求みます」
「却下」
なんか一瞬にして面倒臭そうな話が降りかかって来た。
確かに、こんな非現実なイベントが起こってるのだから、訳のわからん事を言われても受け入れることしかできないのは、分かりきっている事。
だが、それを完全に受け入れるかは別としてだ。
ダンジョンが出現だろ? なんかもう面倒臭そうな話だ。俺は暇で刺激が欲しいが面倒は欲しくないんだよな。
「マスター、そこを何とか」
食い下がるエレンちゃん。
「エレンちゃん、拒否する。拒否権を行使する」
「マスター。では、ダンジョンの豆知識といきましょう。ゲームのダンジョンは、本当に存在していたダンジョンの記録を、非現実化させただけなんです」
くっ、コイツ押し通すつもりか。
「お休み、話は明日な」
俺はそう言いながら、布団をバサリとはためかせて被り、枕に頭を乗せた。
はー、ダンジョンね。
なんとも変な話だ。ダンジョンがリアルに存在していた。そんな事があるなら何かしら残るはずだ。ダンジョンとかなら、塔とか朽ちたものとか見つかるはずだし。
魔力生命体とか、魔法とか。今日はなんか凄い一日だった。流石に疲れた。
考えるのは明日にしよう。
「突然ですがマスター。百鬼夜行って知っていますか?」
「本当に突き通す気かよ。眠いよ、俺。別に明日でもいいんじゃないか話ぐらい、俺ニートだし」
小声で消え入りそうな、というか、半分眠りに侵され声が出なくなっていながら、微かながらの声を出した。
「本当に少しなので、もう少しだけなのでお付き合いください、マスター」
……ぁあ、怠い。
「わかったから、聞いといてやるから、ハイどうぞ。百鬼夜行なら知ってるからな」
話がまた長引きそうだったので釘をさす。
百鬼夜行。仮想上、伝説上に存在したという鬼や妖怪が行列を作り徘徊していたという、そんななんとも信じがたい非現実的な記録。
大学の論文で取り上げさせてもらったから、もう内容は全部入ってるし。
大学の論文。それは、百鬼夜行というものに興味を持った俺がそれについての資料を全て読み漁って記憶し、そして、その時代の人たちが、何故妖という存在を恐れたのか、何故そのような存在があるのか、現代的な解釈で、科学的なものと、非科学的なものでまとめて提出した。
どちらも最優秀作品とされ、授与された。
自慢終了。
「それなら余計なものは省きますね。百の鬼、夜を行く。そう詩われた大行列を成している存在、妖怪と呼ばれる存在は、ダンジョンから出てきた魔物たちの事なんです」
「え?」
ダンジョンから出てきた魔物?
もう驚くことはないだろうと思ってたが、少しだけ驚いた。
「魔物は、ダンジョンから生まれるのですが、ダンジョンから生まれる魔物達は、ダンジョンで増えすぎると、次はその領域を増やそうと出てくるのです」
え、何それ怖い。
つまり、進軍じゃんか。
「そのためには、邪魔な人間を殺す必要がありました。そうして、自分たちの生活区域を増やすために出歩き、人々を襲ったのです」
エレンちゃんは続けざまに言った。
「そんなダンジョンは各地各国で出現し、領域を増やそうとダンジョンからでていく魔物達に人類は、瞬く間に脅かされていきました」
ダンジョンからの魔物か……。
そう言えば大厄災とかなんとか文献に書いてあったっけ。
あ、<尖閣塔>って書いてあったような……もしかして、それがダンジョンの事を表しているのか?
そうして考えて行くと、各国で伝説とされる生き物が何なのかと思い始めた。
伝説上に存在したと言うドラゴンや、醜悪な顔だが、優しい妖精のゴブリン、ツノの生えた馬、ユニコーンなど。外国ではそう言うことも記録にあり、現代でもその情報は生きている。
日本や他国にも魔物が、ダンジョンが存在していた。それを裏付けるような記録。なのかもしれない。
ダンジョンがあるという前提の場合だがな。
「魔物は強いです。人間という貧弱な生き物では敵いません。目で捉えることすら出来ないと思います」
「そんなにか?」
いや、まぁ人類は数が多けれど、弱いからな。強いと思ってても、生身じゃ下手したら蛇にだって殺される。人類は、その弱さをカバーする為に、持ち前の器用さと繁殖力で生きてきてきた。
だけどそれは、増えただけで根本の強さに繋がらないから、そうなるのかも。
エレンちゃんは、少し息を吸い込み、小さく吐くと再び言葉を紡いだ。
「はい。現代の人類は、危機というものにとてもとても疎く、対抗手段をもっていません。今回のダンジョン出現は、確実に人類を破滅へと陥れます」
「破滅って。ちょっと言い過ぎなんじゃないか?」
どんどんと話が変な事になっている。
だから言ったのに、聞いた事が間違いだと自信を恨んだ。だが、後にも引けないのが今だ。
「マスター、これは確かな数値で表せますり86.3412208%の確率、端数を切り捨てて86%で滅びます」
指を立ててそう一言。
「なので、マスターに強くなってもらって、ダンジョン攻略を手伝ってもらおうと考えております」
攻略。そこまできたら次にゲームの話が頭を過る。
俺がやっているNGOにあるダンジョンは、確か最高125階層。魔物も無課金勢には「キツイ」仕様ばかり。そんなゲーム脳を片方置いて、現実に同じようなダンジョンが現れたとしよう。
「……じゃ、拒否するってことで」
もうそんなのやりたかねぇ。めんどくさいのが目に見えてる。
「てか、大体そんなの俺じゃなくてもいいだろ」
そもそもそうだ。俺じゃなくても良いはず。
そう思って聞いたところ普通に即答で、迷いなく言ってきた。
「いえ。暇でイケメン、ニートかつ優秀、人間かつ時間を持て余している。これに当てはまるのはマスターだけかと。例え居ても、とてもとても稀少ですから」
人をはぐれメタルみたいに言うな。
沈黙が訪れる。
それはかなり長い静けさだ。悠夜のうつ、寝返りの繊維同士が擦れる音がそれを物語っている。
……もう寝るか。
「マスター、暇なんでしょ? お願いしますよ、そこんところ。どうせ働きもしないんですから」
「いやだ」
毒を忍び込ませるな。もう寝る。
「ニートだから時間があるんですよ。これは、マスターにしか出来ないんですって」
百鬼夜行については、全てフィクションです。