07.俺も魔法を
「それでなのですが、マスター。先ずは魔法から話させて下さい。低脳なマスターでは理解できないと思いますので」
「誰が低脳だ!? これでも京大卒業生だぞ!」
俺は別にそれを自慢したい訳じゃなくて、そういう実績があるという事を、せめてそれだけはエレンちゃんに理解して欲しかった。だからそう抗議した。
だけど、スルッと話を躱される事は、案の定か。
だから俺は黙って別の話に持っていく事にした。
「なぁ魔力生命体については?」
どう見ても、自身は何なのかという最大の謎を説明する所なのに……。
毛布をかけ直し、再び天井を見上げながら言うとエレンちゃんは「馬鹿言わないでください」と、毒を吐いた。
「魔法という前提を知ってもらえないと、マスターの頭じゃ無理ですよ。マスターはスマホを作れないのに、その内容物を言われて組み立てられますか」
何処か癪に触るような言い方で……たしかに無理で出来ないから、余計にムカついた。
そうして、眠気に三度瞬く頃に、エレンちゃんは俺の両手を掴み、目を閉じた。
「私が魔法を使うためのサポートを行います。頑張って下さい」
冷たくも温かくもない小さな手で、軽く握られている自身の手。
「あ、ああ。うん」
俺は流されるままに曖昧に答る。
が、ここで一つ疑問が生まれる。
俺は本当に魔法なんて使えるのか? という、疑念が。
「では早速。先ずは魔力素を動かせるようになりましょう」
「魔力素を動かす?」
結局疑念を抱くも、話は進んでいく。
そう言えば、そんなこと言ってたよな。
確か、感情によって動き出すとかなんとか、体外放出で魔力を生成するとか何とか。
一体どうやるんだろう。
「マスター、今から魔力素を流し込むので順応してください」
「いきなりに無理難題だな。仏様もビックリだ」
「……それ、おもしろいと思っていってます?」
「ほっとけ」
つまらん事の一つや二つくらい流してくれてもいいだろうに……。
何とも言えない空気だ。
時間を見る限り、早めに終わらせて寝たいのだが。まだなのだろうか。
と、そんなものは杞憂だった。
「さて、じゃあ行きますよ。せーの」
「わかった、だけど____ぉおおおおぉおお!!!」
ひっひぃ……。
なにかが身体の中を脈打つ感じで這い回ってる。
気持ち悪りぃ。
「はい、そうですよ。それが魔力素なんです、マスター」
これが魔力? ウネウネと体内を動き回るこの感覚がか? 気持ち悪りぃ、なにこれ、自分の身体が自分のじゃないみたいだ。
それから数分、気持ち悪さのピークを堪えに堪えながら、汗をひたりと落とした。
顔が引き攣り、口が半開き。苦虫を噛み潰したようにも見える。
「マスター、あと少しです」
だが、そんな悠夜の表情は次の瞬間には深く彫りの深い、まるでムンクの様な表情を浮かべた。
ひぃぇええ。
ウネウネしていたやつが、急にカサカサというか、グルグルと身体中を虫が這い回るような感覚に変わりやがった。し、死ぬ。
堪えに堪え切れない、苦しく気味の悪い、地獄の様な時間。
「マスター、あと少しです」
「あんた、それさっきも言った!」
涎が唇を伝い、脳を、目を、口を、手を、舌を、それ以外にも身体全てが機能を失いそうになる。意識が遠のき、力を抜けば今にも倒れそうな、それでいて倒れたら終わりの様な気がして倒れられない。
だが、死ぬと豪語した二歩先の事、悠夜が遂に痙攣を起こしそうになると共に、歪みきった顔から生気が戻ってきていた。
あ……。流れるような、それでいて気持ちのいい暖かな感覚に変わった。やばかった、死ぬかと思った。
「マスターの魔力も、流れるようになったので次は、流れの向きを感じて下さい」
と、地獄の修練を超えて余韻に浸っていると次の工程へ。
エレンちゃんは……エレン?
んー、エレンちゃんは向きを聞いてきたので、取り敢えず感じるように努めた。
「向き」
体内を循環するような感覚。
血とかよりも、より鮮明に動きを感じ取れる。
「右に回ってる」
「……了解しました」
それにしても、なんとも不思議な感覚だ。
回っている方向まで理解できるとは。
あー、でも、ウネウネしてからカサカサしてたし、不思議でもないか。
腕でかいた汗を拭い、息を整える。
「じゃあ手を離すので、その感覚のままを維持して下さい」
「え、ちょ」
そう言って手を離すエレンちゃん。
すると、身体を回っている魔力素の速度と勢いが落ち、回り方も途切れ途切れになった。
それでもまだ感じ取れるので、言われた通りに感覚を保つ。
それから何分間経っただろう。
回りは相変わらずではあるが、自分の意思で動かせられるようになった。
そして、やはり汗が時間と比例してダラダラとかきはじめた。
「なんか意識的に動かさせられるようになったよ」
少しずつ感じてくる疲れに抗いながら、その事をエレンちゃんに伝える。すると彼女は「了解しました、マスター」そう言って魔法について軽く教授し始めた。
「ではその意識を、リズムを刻む感じで止めて、動かしてを繰り返して下さい」
「わかった」
この流れを、止めて、動かす。
止めて、動かす。
脈を打つようなリズムでそれを繰り返す。
「はい。じゃあ次はその感覚を思考と結びつけます」
いきなり難しい話になってきたな。
「一体どうやるんだ?」
「そうですね。先ず、その流れが来た感覚に、言葉を当てはめて下さい」
「言葉?」
脈を打つようにして流している魔力。
その魔力が流れた瞬間に言葉を当てはめてみる。
「暇」
すると、言葉にした文字が目の前に、青く仄かに光るようにして現れた。
「スゲェ!」
急に現れた「暇」という文字に驚き、動かすのを止めると、文字は霧散するように消え去った。
「マスター。それが魔法を具現化させる一つの工程。放出させ、思考と結びつける<スペル>と言うものです」
「スペル……」
現れた文字もそうだったが……これ、ゲームみたいだ。
NGOとかのMMO RPGでいた、魔法使いの魔法を使うときに似ている。つくづく非現実だ。時折夢のように感じるのも仕方ないというものか。
「マスター。そこで豆知識です。そのスペルというのは最高で、10章まで結びつけられ、1章につき100節まで発言することが可能で、それが1列1万文字までです。それまでなら幾らでも発言できます」
「んー、とな。取り敢えずは沢山唱える事が出来るんだな」
確か、10章まであって、1章につき100節ある。その1節が100列あって、その100列のうちの1列が1万文字までと。
考えてみるとすごい壮大じゃあないか。計算すれば幾らだ、大体1000億くらいか? どれだけ呪文唱えるんだよ。
少し突っ込みつつ、重要情報として頭に入れておく事にする。
「では、マスター。スペルを構成して見ましょう」
俺は胡座を組んだまま、その教えを聞いた。
「分かった。と、言ったけどどんな風にしたら?」
「はじめに見せた氷の魔法でいきましょう」
エレンちゃんはそう言って喋り出した。
「じゃあ、始めますよ。スペルは「我、氷を操る」「氷一角」「事象となり」「顕現せよ」「氷塊」の1章5列です。氷の塊を想像しながら発言してみてください」
なんか一気に厨二病臭くなったな。
「<我、氷を操る>」
魔力の感覚を体に這わしながら、途切れ途切れになる。その瞬間に言葉を当てはめる。
「<氷一角>」
言葉にしたスペルは、空中に、仄かに青く現れる。
「<事象となり>」
そのスペル達は、次に俺を中心に回り出した。
「<顕現せよ>」
そして、スペルは動きを止め、強く発光した。
「<氷塊>」
そう唱えた瞬間、現れたスペルは霧散し、その代わりに氷が目の前に現れた。
「うわぁ」
目の前に現れた氷の塊を突く。
物理現象が放置されたかの如く、中に浮き続ける氷の塊は、確かに冷んやりと氷のように冷たかった。
違うな、これは本当の氷。
これが魔法…。




