05.猿でも分かる筈がない高度な話
あの後のことを言うとすれば、ご飯の味がしなかった。と、いうか生きている心地がしなかった。
ただそれだけだ。
そして今、食事中もそうだったが自室のベッドに寝転がる今も、近くで俺を見つめながら佇んでいる。
怖いから、今日は珍しく部屋の電気はつけているのだが、点けた時から見えていたから余計に怖い。
「なぁ、お前は一体何? 幽霊なの? おばけなの?」
枕に顔をうずくめて、女の子の顔を見ないようにして聞く。が、やはり無反応。チラッと目線を配るが、瞬きはあるもののずっと俺を見つめていた。
これは一体何プレイなのか。
「なぁ、なんか喋ってくれよ。わかんないって、何か言わなきゃ」
「……了解…マスター」
すると、女の子は漸く喋り出した。
声に関しては、この部屋には俺とこの女の子の二人しかいないので間違いない。
で、少し気になるのだが……マスターってなんだ?
「なぁ、マスターってなんだ」
「マスター……。少し……待って」
「いや、だからマスターってなに?」
「待って……」
「何を待つんだよ」
相変わらずくぐもる声で聞き続けていると、ツンツンと肩に突つかれた感覚があった。
「マスター……。少し……待って」
ツンツン、ツンツンツンツン
「こちょばいわ!!」
「ぶあふぇ」
枕を投げつけた、反射的に。
彼女はそんな俺に、恨めしそうな顔をして鼻を抑えた。
「マスター……痛い」
「通り抜けているのに何を言う!?」
この子の怖いところその2。
俺がさっきみたいに触られるか、触るか以外ではこの女のコに触れることができない。
「はぁあー! ……ほんと、何がどういう話なんだよ、全く」
突然現れた女の子。俺以外には見えず、触ることも触られることもできない。精神学的に言えば単なる妄想異常で、幻視幻覚状態に陥っていると片付けられるが……。
なんなんだろう、それだと腑に落ちない。
不思議を解決する手段が見つかっているのに、それはなんとも自己中な欲求である気もする。
それとも、欲求が故に腑に落ちないのか。
もしかしたら俺は何か別の見解を望んでいるのかもしれない。
例えば、幽霊であるとか。
例えば、俺だけに見える恋人とか。
例えば、スーパーパワーを持っているなにかとか。
例えば、etc etc etc etc etc
兎に角沢山の可能性を、俺は望んでいるのかもしれない。
逆に俺は今、考えたく無い。寝て「未解決」のまま忘却したいのかもしれない。
また逆に、寝て覚めて忘れてるなんて出来るわけがないと、諦めをつけているのかもしれない。
そして今、考えているから寝ていないとわかる。寝て忘れたのだとすれば今考えるということもないはず。
詰まる所、「寝て忘れることすらさせてくれない」のが「現状」な訳だ。
俺がニートだから時間がある訳で、常人なら発狂もんだろ。なんだって、とうとう精神に異常が来しているわけで、それがずっと付き纏うんだから。
ただ、そうと分かろうとしても何処か気に食わない……腑に落ちないのもまた「現状」。
この子が俺になにかを伝えようとしているのは何となく分かる。待ってというからにはそうに違いないだろう。
「……君、喋れるよね?」
待ってと聞いてから何十分経っただろう。気づけば声を掛けていた。
「喋れませんが?」
「高度なボケは未来永劫求めない」
なんだこいつ、どう返せばいいの。普通に喋れてるのに……そのボケの難易度が高いって。
「じゃあ、喋れてるから聞くけど、君はなに。なんていう存在?」
そして考えるだけ無駄だと気づいたのは、考え出してから1分ほどしてからだ。
俺は目の前の女の子に、簡潔な答えを求めた。
必要な話だけを聞けたら豊作である。
「私は<エレン>です。マスターにお仕えする魔力生命体です」
「君はエレンという。それはわかった。他の言葉はなに? どういう事?」
豊作である。そう企んだのだが……この会話、要領が掴めずさっぱりわからん。
「嶋崎悠夜。貴方が私のマスター。私はマスターにお仕えします。私は人間ではなく、マスターの幻想に模られた魔力生命体です」
「余計分からない」
さっぱりわからんからと聞いてみれば、難解用語を突きつけやがって。
「えーと、俺なりの解釈だとなぁ、エレンちゃんはマスターである俺に従う、別細胞組織によってできた何かなんだけどこれでいいかな?」
「普通に間違いです」
普通に間違い……。
もう、何を理解すれば良いんだ。
そろそろ息が苦しくなってきたので、この際怖がるだけ無駄だと妥協して、仰向けに身体を変えた。
天井は白かった。
いつもみる色は黒色なのに、白いほうが見なれた気がして、何処と無く尊く感じた。
一呼吸落ち着かせて、目を瞑る。
これで眠れて、夢オチならいいのだけど……。
悠夜は、スエットのポケットに入っていたレシートをクシャリと潰すと、再びポケットに戻した。
はぁ、眠れない。まったくもって眠れない
「ですが、一つ正解です。そうです。私はあなたに従います。拒否権を持つ従僕、僕です」
半目を開けて聞けば、そんな声が聞こえた。だが、何処と無く表現が間違っている気がしたので否定する。
「いや、拒否権あるなら従僕じゃないよね?」
「いえ、従僕です。そして私は歴とした生物です。魔力により構成された生き物とでも言いましょう」
そしてここに来て、俺は悟った。
「ごめん、俺は君と話せそうに無い」
「マスター……___なら仕方がないので、猿でもわかるように説明します。ではまず、魔力についてお話を」
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