04.家に帰れば
「おらぁ! せい! はぁあああ!!」
縦横斜め突き。兎に角只管に、買いたての木刀を振り回す。型なんて知らない、ただ振り回すだけ。
縦横無尽に汚く歓喜に満ち溢れた顔を持って、昂ぶる気持ちのままに剣を振り回す。それは周りからすれば危なく、近寄りがたい雰囲気。
公園で遊んで居た子供も、それを見守る親も。
剣を振り出してから10分後には誰もいなくなった。
それでも、気持ちをぶらす事なく誰もいなくなった公園で1人木刀を振り回す。
10分くらいの休憩を挟みながら、完全に暗くなるまで悠夜は剣を振り回し続けた。
「はぁはぁはぁ……」
息も絶え絶え___
鼠のスエットは黒く変色し、足元には砂が纏わりついていた。
これは、楽しかったという一言の感情からのものなのか。それとも、体力の無い身体に有り余るエネルギーを消費したかったのか。
それは結局、どちらでも良かった。
楽しかったから満足していて、身体も適度に動かしたから疲れ切っていて。
汗もべっとりとかいた。
それでも、気持ちがスッキリするような気が。
今まで身体を動かさなかったから固まった何かも、動き出した感じだ。
荒く上がる息をある程度整え、大の字に寝転がるのをやめて公園の時計に目を向けると、もう18時を過ぎていた。
風呂にも入りたいし、帰るか。
暗い公園。街灯も無く本当に真っ暗。でも、家の明かりで何とかだが、分かるは分かる。
ベンチに置いた包丁と日傘の入っている袋を手に取り公園を出た。
暗くなった夜空。今日は月明かりがないのか、雲だけが今日の夜空を支配していた。ゆっくりと流される雲。
アスファルトを住宅街の家の明かりを頼りに、久しぶりに外に出た気持ちを揚々と、一歩一歩踏みしめながら前を歩く。
そして、漸く自分の家が見えたころ。
自分の家の前で立ったまま動こうとしない子供がいた。
「き、君どうしたの? なにかうちにようかな?」
びっくりしながらも、子供だったことに咄嗟にそう答えた。
だが無反応で、何か話す様子も、何かを訴えようとしている様子も見受けられなかった。
うーん。
そう悩んだ時、子供の紅い双眸がキラリと輝き見つめられる。
ただ、こんな子と面識はない。
それも、中学生くらいの女の子となると……。
少し苦笑いながら、自分の家に顔を向けた。
「あ、えーと、お兄さんはもう帰るから」
「じゃ」と、去り際に手を振りながらその場を離れた。
それにしても、あの子は一体何をしにきたのだろう。
「ただいまぁ」
不思議を抱きながらも、玄関まで匂う晩御飯の匂いにゆっくりと腰を段差に下ろす。
そんな時、隣に同じように疲れた顔をした人がいた。
「ん? おお。お前、外に出てたのか。久しぶり」
「え、ああ父さん……久しぶり」
少し長めの黒髪に、キリッとした目、口髭の似合わなさがトレードマークの家の大黒柱、嶋崎健介。
俺は日中部屋に篭りっきりで、部屋から出る時も父のいない時間帯や寝静まった時が多い為、本当にこうして出会うのはレアケース。
父さんからしたら俺との遭遇率はメタルスライム なのでは?
「仕事お疲れ様」
「ああ、そーだな。疲れたよほんと。午前中は畑に出て、午後は書類仕事。起業するのも大変だよ」
「ふぅ」と息を吐く姿に顔を向ければ、タオルは泥だらけ、手もタコまみれだった。
起業したとは言え、機械を買えるほどでは無い家の畑は全部人の手でやっているらしい。
「ほんと、おつかれ」
家の父は米で起業している。
経歴は今年で4年。会社維持にも慣れてきた頃らしい。出しているコメの名前は「輝泉米」。起業仕立てで試行錯誤する期間なのだが、実はこの米、既に当たりを引いていた。特Aランクの判定をもらっている。
「さて、飯を食お、久々に親子水入らず」
少しの沈黙の後、重たそうに尻をあげ立ち上がる父は、そう言って柔和に笑った。
「そうだね。でも先風呂入る」
一緒に食べるのは構わないが、どうしても先に風呂に入りたい。汗臭いしベタベタしてる。
そんな俺の内情を理解したのか「分かった」と父さんは頷いた。
「ありがと。あ、これ渡しといて」
袋から日傘と木刀を取って、包丁だけ入った袋を渡した。
「何だ、これ?」
「包丁、お使いの品だよ」
「ほーん。了解だ。お疲れ」
父さんも腹が減っているだろうと思い、さっさと自室に今日買った物を置いてから、着替えを持って風呂に入った。
顔からシャワーの水を浴びて、髪をわしゃわしゃと掻き立てる。
「ふぅ」
そう言えば、今日は珍しく帰ってくるのが早かったな、父さん。いつもなら22時とかなんだけど。
身体中の汗を隅々まで落とし、シャンプー、ボディソープと、身体を洗っていく。
そうしてシャワーで泡を洗い落とせば、後は風呂に浸かるだけ。今日は10分までにしよう。
「はぁ……生き返る……」
心地のよい暖かさに頬が緩む。
……それにしても、こんなに疲れたのはいつぶりだろう。少年心がくすぐられたとはいえ、ここまでするつもりじゃなかったんだけど。
でも、楽しかったな……。
筋肉痛じゃなかったら、また明日もやろうかな。なんて。
肩まで浸かるようにして天井を見上げると、湯気で視界が少し曇る。
……そう言えばだけど、あの子供はなんだったんだろう。いや、ただの子供だろうけど、紅い目をした人って普通にいないよな……。カラコンの可能性もあるけど、子供がする理由が分からないし。
「考え過ぎなんだろうか」
少し考えつかなかったが、丁度10分が過ぎた頃なので風呂から上がり脱衣所に向かった。
その時だった。その人影が俺の動きを止めた。
その人影は父さんというにはあまりに身長差があったし、母さんと言うには、やはり身長が足りない。
なにかの物陰にしては手足がはっきりとしており、また、それは動いたりもした。
そしてなにより、少し紅く見える二つの丸がある。
二つの紅い丸。
紅い双眸。
辿り着く先は、さっき出会った子供。
ん? お客さんだったのか?
だが、あの子は全く話すそぶりも見せなかった。そんな事を思いながら浴槽に腰掛ける。
全然動かない……。
脱衣所と風呂場を隔てるドア。横スライド式のドアだが、今は関係ない。開けた先に人が立っていると言うのはおかしな話だけど、でも立っているのは確かだ。
俺を待っているのか、それは何故脱衣所なのかわからない。
「あ、あのー、出られないんだけど」
声に反響がかかる。
それに対して帰ってくる言葉はなかった。
このままじゃ埒があかない、頭もクラクラしてきたし。
「母さーん、ちょっとこの子どうにかしてくれ」
話すことが出来ないようだったので、母さんに頼る事にした。
すると、直ぐに母さんは脱衣室に入ってきた。
「悠夜、どうしたの?」
「え、いや、その子、そのドアの前にいる子」
「……?」
こてん。
そうして首を傾げる母が見えた気がした。
「ちょ、ふざけるなって。ドアの前にいる子だって」
「? そんな子いないわよ」
「は?」
訳がわからず、俺もまた首をかしげる。
「はぁ……。もういいや」
恐る恐る脱衣室への扉を開けると、145センチくらいの身長で、外国人なのか、綺麗な白髪で少し長めのショートボブ。
女の子であることがわかる長い睫毛をした紅眼。
そして色の白い肌。
「ほら、やっぱりいるじゃん。ごめん、ちょっと退いてもらえる?」
そう言うと女の子は退いてくれた。
「母さん、大丈夫か?」
「何がよ」
「え、何がって、この子見えるでしょ。お客さんならリビングでもてなしなよ」
そんな俺の疑問に帰ってきたのは、全く予想のつかなかった言葉だった。
「この子って……誰の事?」