03.一つの木刀
眩しい……熱い。
俺は、気づけば家の近くにある公園で、大樹によって出来た木陰のブランコに座っていた。
あー……。
俺はどうやら闇と同化して吸血鬼にでもなったらしい。4月のはずなのに身体が溶けそう……。
それが、三十路を間近にする男の発言で良いものなのか。
目の前で楽しそうに走り回る子供達を見て、俺は少し悲しくなる。
若さっていいよなぁ。
あんな元気に走れないよ普通。
ボール遊びなんて、何が楽しいのかも分からないし。
なにより、陽の下で良く活動できるな。子供は大人と別種なんじゃないか……?
ひと間、空を仰ぐ。
「暑いなぁ……」
燦々と天下を照りつける、熱すぎる太陽。手で光を遮り睨みつけるも、眩しさに目は閉じざるを得ない。
1万円……。
包丁を買わずして帰るという選択肢は無いんだよな……。
でも、熱いし……。
「ねぇおにぃさん。ボール取って」
舌足らずな声。見上げた顔を下ろせば、丁度このブランコの下にボールが止まっていた。
「これでいいかい?」
ブランコ下にあったボール。それを持ち上げて聞いてみれば、女の子は「うん」と頷いた。
なので、ゆっくり下に転がして返すと身体と両手を使って受け止めた。
「ありがと、おにぃちゃん!」
「おう」
ボールを抱ながら友達の下に必死に走る姿はやはり元気で、健全な子供って感じがする。
「子供って、やっぱり凄いな……」
肩を軽く叩けば、それをより感じるようになる。大人の貧弱さが。
はぁ……ニート最高……。
溜息を吐いてまた空を見上げれば、鈍色の大きな雲が太陽に差し掛かっていたところだった。
奇跡的に「ゴーナン」が近くにあることをありがたく思おう。
悠夜はブランコを一度漕いで降りると、ゆったりとした足取りでゴーナンへと向かった。
<ゴーナン>
日本各地に点在する、大手のホームセンター。
品数が多く、その種類も豊富。さまざまなニーズに応えた商品を多く取り扱い、大手として登りあがった万屋だ。
そして、ゴーナンといえば入り口近くにある鯛焼きだろう。定価の18円安い142円の鯛焼きは、意外にも身が詰まっていてイケル。今回はアンコを買ったが、カスタードや抹茶なども美味しそうだった。
最後に残ったたい焼きの尻尾を口に放り込み、入り口から中を一瞥。前に来てから何ら変わりのない内装に「そりゃそうか」ツッコミを入れながらエレベータに乗った。
刃物系は確か3階のはず。
そんな微かな記憶を頼りにボタンを押そうとすると、オレンジ色のランプがすでに点いていた。
『ドアが閉まります』
そしてアナウンスがなると、ゆっくりドアが閉まった。
……ほんと、久しぶりだ。最後にに来たのって5年前くらいで、椅子を作るためじゃなかったっけ?
なんも変わってなかったな……。
でもそれってら俺が子供の時から言えることか。
少し昔の思いに馳せていると直ぐに3階についていた。
『三階です』
その音を聞きながらエレベーターを降り、近くにある構内案内図を見ると、たしかに3階は日曜大工用品と日用品だった。
小銭に大きく膨らませたポケットを軽く叩いて、日用品エリアへと歩いて行く。
包丁はどれにしようか。
出来れば刃毀れしにくくて、切れ味の良い包丁の方がいいよな……。でも、その好条件になると、最近の包丁と言えど万は超えるだろう。
やはり、ある程度で妥協するべきか。
「赤田包丁」という木の箱に入った包丁。興味本位に手に取り、売り文句を見てみると、包丁屋さんの手作り包丁らしいく、生カボチャでも力いらずでスパッと切れるらしい。
お値段なんと398。
3万超えるとは……。
興味本位は身を滅ぼすわ。
それから暫く刃物のコーナを歩き回った。安ければ刃こぼれも切れ味も悪く、高ければ比例して良くなって行く。中々良い包丁は見つからなかった。
だが、漸く気になった包丁が見つかった。
プラスチックカバーの箱を手に取って値段を見る。
498。
高い気もするが、これの方が良さそうだ。
なにより、隣にある商品紹介動画が流れていて、トマトを綺麗に切れているところなんかを見ると、そう思えて仕方がない。
それに、もう歩くの疲れたからこれでいいだろう。
いや、これにしよう。
4980円の包丁。
時間はかかったものの、これと決まったので、俺は次に日傘コーナーに向かった。理由は単純明快、熱さに俺が溶ける。
そんな理由で何でもいいと安い日傘を手に取ったのだが、少し驚いた事があった。
日傘一つ2980円。普通の傘が100円で売っているのに、2980円は少しの抵抗を生んだ。
だが、日傘が無いと帰れない為、割り切って買うことにしてレジに向かう途中の事だった。
「ん?」
平日の昼時にも関わらず、行列を作るレジを見ながら長いそれを手に取った。
「木刀……」
何十本と入っていたのであろう筒の中で残った一本。
なんとも少年心が擽られる、日本刀を模した木の刀。
でも、それを手に取ったところで別に必要が限りなく無いので手放そうとした。
だが、何か抗えないような心の高揚が、それを買うという衝動に走らせた。