01.事の始まり
30/12/15 後半部の完封勝利を修正
俺は働きものだった。
自分で言うのはなんだけど、働きものだった。だから、いつも夢を見る。働いていた時と現状の目に見える比較図を。
落ちぶれた。
言ってしまえば、自分で落ちぶれに行ったが正しいか。結局のところ、自身の覚悟と考えで物事は進むのだから。
……今日もまた、俺はそれを再確認する。
『君たち二人とも正社員から解雇する。君たちはとても素晴らしい人材であったが、これは容認できない』
社長のその言葉が俺の心臓を強く突き刺した。
巫山戯るなと罵りたくなるが、それはただの吠える行為であり、第1社会人としてあるまじき行為。
だから、気持ちを抑えてその場から発つ。
とんだとばっちり。否、被害者は俺であるのに。
『あんたのせいだ、くそっ』
『……知るかよ。インターンが』
『っ全部あんただろが!』
なに調子ぶっこいてんだ、こいつ。
もう一度完膚なきまでに殴りたい衝動が、右手に、左脚に伝達し、思わず構える。
って、だめだ。
くそっ。
フツフツと湧き上がる怒り。発散しようにも、出来ない今という今に腹ただしさが増えていく。
そんな感情を強く抱きながら、右手にあるガラス張りからの景色を半目に、自身の部署への扉を開ける。それに続く片山さんもまた同じ部署であるからだ。
ガチャリと扉を開けて部屋に入る。広々とした部屋でデスクの配置も多い。だからこそ人が多く、一つしかない大きな扉に目線は注がれる。
『嶋崎君……』
そんな視線を受けながらもデスクへと向かっていると、そんな声が掛けられた。
『霧島さん……。えと、その、今までありがとうございました』
霧島楓さん。僕の上司で、いつも優しく誰とでも接してくれる。女性の割にはキリッとした表情がその風貌にも出ていて、 その雰囲気が何処か綺麗であった。
そんな霧島さんとの接点で言えば、毎日の昼食の時、屋上で弁当を食べていたことが始まりだ。その後は屋上で自作弁当を披露しあって食べる事があった。
何気にこの会社で一番打ち解けた上司だ。
『……うんん。こちらこそありがとうね』
『いえ、ご迷惑ばかりお掛けしてしまいすいませんでした。本当にすいませんでした』
霧島さんだけじゃない。ほかの同期、先輩方にも多大なご迷惑をお掛けして、それを踏み躙るように今回の件があった。
『ほんとうにすいませんでした』
今回の出来事。
それは上司である片山さんが始まり。
掻い摘んで言えばパワハラだ。
俺は大体、明日の分まで少し手を出してから家に帰るようにしている。そうすれば翌日には少し楽ができるからだ。
だが、それに伴い時間が掛かるわけで、大体20時くらいに上がる。
そんな俺を見て何を企んでか、片山さんは少しの仕事を俺にやらせに来ていた。大体3枚ほどの終わらなくはない量。
はじめのうちは「それはそれでいっか」と流していたのだが、ここのところ毎日、枚数もエスカレートしていた。
でも相手は上司だ。
だから、ある程度我慢してきた。だけど、日に日に態度も劣悪になってきて、でもそれを誰かに話すような事をしなかった。言えずにいた。
俺は舐められている。「インターン」だからと。ただ従っておけと。それが半端なくムカついた。
それに、自分から言いたかったからだ。
そして俺は、この過剰な嫌がらせというかパワハラを告発しなかった。しておけば、こんな面倒ごとは無く今も仕事に勤しんで、このパワハラ自体も無くなっていたであろう。
だからこそ、選択を間違えたと言える。
その日も、俺たち二人以外いない社内で、頭を叩くようにして渡された紙。
『今日もよろしく〜』
そんな軽い声と、叩かれた頭は脳に少し血が上って来ていた。それでも、我慢して声を出す。
『……いい加減にして下さい。どういうつもりですか』
この時、声には少し怒りが含まれていたが、手は出していない。出すということは、大人として幼稚であるからだ。
それに、そんなつまらない事はしたくない。
『ん? どういうつもりって、その出来なかった仕事頼むねって事』
だが、またしても軽く、それこそ馬鹿にしてるみたいに見下した感じで仕事を押し付けて来た。
それは日に日に増す量だから、今日にして12枚。
『ふざけないでください。なんでいつもいつも僕なんですか』
この時は考えていなかったが、早めに帰っていればこんなことはなかったのかもしれない。
という事に今更考えつくのは常であり、いい案はいつも後出しだ。
『なぁ、インターン。お前は出来るんだ、そう、誰よりも。だから、高々これくらいの枚数ものの30分あれば出来るだろ?』
『いや、普通に無理に決まってるだろが!』
思わず裏返る声と怒声。敬語もなしに、言い放つ。
それを片山さんがよく思うはずも無く___
『敬語。け、い、ご。使えないの? 大人だよね?』
『いい加減に……しろよ』
ピクリと頬が疼く。
『そういう事じゃないんだよ! あんたのしてる事は、頭がおかしい!』
もう我慢の限界だ。
許せなかった。なんでそんな事が出来るのか分からず、俺は片山さんを罵った。
すると一歩手前まで近づいてくる。
『おいおい。人に向かって頭がおかしいとか言っちゃう? 馬鹿にすんなよおい』
『馬鹿にしてんじゃないんだよっ!』
掴まれる胸倉。
迫る醜く変貌した顔。
『馬鹿にしてんじゃ無くて、本当の事を言ってるんだよ!』
それにひるむ事なく、応戦の体制をとる。
すると「ふっ」と薄気味悪く笑みを浮かべる片山さんは、胸倉を掴む力を再び強くする。
『そうかよ。頭がおかしいとか言うのかよ』
強引にシャツを引っ張られて胸倉に皺ができる。引きつけられた顔は、至近距離で唾が掛かるほどだった。
『いいよなぁ、出来るって。振り向いてもくれないやつが、お前には簡単に振り向かれてるし』
『どういう事ですか』
パチンと乾いた音。
殴り込まれた拳は、掌にうずくまる。
それでも威勢を落とさない。
『あ、の、なぁ! 目障りなんだよお前。大人しくこれくらいの仕事受けもてよ。餓鬼が社会の関係もわかんねぇのか、あ?』
そんなの___
『知るわけないでしょが。寧ろ、今あんたがやってる事こそ餓鬼そのもので幼稚ですって』
ふいに、弱まった胸倉の力。気づけば片山さんの左腕が俺の右頬に迫っていた。
つまりは再び殴ってきたという事。
だけど、それが当たるかと言えば受け止めるから当たるはずがなく___
『大の大人がまた殴りますか』
『ざけんなっ!』
蹴りにパンチに、顔掴み。脚を引っ掛けたり骨折ろうとして来たり。こうして大の大人同士の殴り合いが始まってしまった。試合にして18分。
その18分間、攻撃を何とか躱すも当たらないと言うわけでもなく、頬に痣を作ったり、鳩尾に膝蹴りをくらい唾を吐き出したりもした。口の中をきり血が出たり、口の端が切れたりもした。しかし、それはお互い同じであり、お互い様の結果。お互い疲弊していく。しかし、そんな中でも片山さんは諦めず、また、拳に込められる力も強まっていった。
大の大人が見っともないと。鼻で笑える案件だ。実際、親に笑われた。それにしても、このことを忘れ物を取りに来た霧島先輩が見てしまわなければもう少し長く殴り合っていたかもしれないと思うと、少し顔が顰めた。……いや、この際なんだって良い。別に俺は人を痛めつけることが好きな異常者じゃない。どうせなら穏便に事を進めたい派の人間。
それに過ぎた話をいつまでも言っている自分って情けなくもないか? ___と今に至る。
そういう事で、俺の仕事は無くなったという話。
その後父さんの仕事にも就職したが上手くいかず辞めて、他の仕事も始めるも上手くいかず。
だけどまあ、最終的に落ち着いた職業があってよかったというものだ。
「ニート万々歳……」
お読みいただきありがとうございました