レベルアップとステータス 2
あぁ、どうして、どうして私は襲われている?
「はッ、はッ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ!」
分からない分からない分からない。突然訪れた未知の事象。出会った瞬間から感じる死の臭い。
私は今、三途の川を目の前に立ち尽くしていた。
「――あっ」
運悪く地面に横たわっていたゾンビに足を引っ掛けてしまい、ごろごろと盛大に転んでしまう。
「あぐっ、あ……あぅ……」
顔から流れ落ちるのは、一筋の真赤な滴。顔面を強打した影響で鼻からは大量の血液がぼたぼたと白いシャツを真紅に染める。
「誰か……誰か助けて……ッ! いやぁぁぁァッ!」
まだ死にたくない、だからお願い神様。
私を、助けて下さい――
✴ ✴ ✴ ✴ ✴
俺はその声を聞き即座に行動を始めていた。下の階へ向かうと、そこには複数体のゾンビ。そして視界の先には死の淵まで追い詰められていた少女の姿。
「――おォォッ、らァッ!」
凄まじい気を纏わせ、少女に襲い掛かるゾンビを蹴り飛ばした。
「ぎゃアウゥうッ!」
一度、二度。三度目を喰らわせたとき、ようやくゾンビは俺のほうへ振り返った。
「チッ……面倒くさい事になったな」
この状況は圧倒的不利。俺が最も恐れていた事が現実となってしまった。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございます……」
そう言ってお礼の言葉を述べた少女。穢れのないその瞳からは透明な雫が頬を伝ってゆっくりと流れ落ちていく。
身長は俺より10センチくらい低く茶髪にツインテールといった、どこにでもいる普通の少女。
「生きてる人間を見捨てるほど落ちぶれてはいない。……当たり前の事をしたまでだ」
優しい言葉を投げかけ、俺の後ろに引き寄せた。
決してやましい気持ちがあって助けたわけじゃないと、これだけは言っておく。
だがまあ――
「取り敢えず、コイツらを何とかしないとな……」
目の前に広がる絶望。正気を失ったヤツらに慈悲は無い。せめてもの救い、一撃で仕留めてやる。
「あぁあァアアアッ!」
焦点の合わない虚ろな目をした男子生徒は、わけもわからず、ただひたすらに手をぶん回し適当な攻撃を仕掛け――
「甘いんだよッ!」
――カウンター。
そんな攻撃、たかが知れている。お鍋のフタを強く握りしめ、ゾンビの顔面に俺の拳を全力で叩き込んでやった。
「あが、ヴッ!?」
ゾンビになったからといって身体能力が飛躍的に向上しているわけではないと、先の戦闘ですでに経験済み。ヤツらの能力は生前の頃とたいして変わらない。
だがひとつだけ生前の頃と大きく違っていたのは――理性というリミッターが解除された事による凶暴性の開花。
「おいおい、胴がガラ空きだぜ?」
所詮はゾンビ。武器を手にした俺にとって、やつらはもう敵ではない。俺のレベリングを大いに貢献する雑魚どもだ。
故に――
「死ねッ!」
この絶望的な状況で救いがあるとすればただ一つ。やつらがゾンビだということ。
考え無しに突っ込んでくる馬鹿ばかり。ゾンビに知能があったらそれこそ大変な事になりそうだけど、まあ今はそんなことどうでも良い。
「あぁアウァァァぁ!」
早々にコイツら仕留めよう。俺の勝利条件は一つ。素早く穏便に、時間を掛けないこと。
「耐久物は嫌いなんだ。一瞬で終わらせる――」
ゾンビの数は五人。対してこちらは二人だが。実際、戦えるのは俺一人だ。
一対多、どう見ても分が悪い。しかも相手はゾンビ、何をしてくるのかが分からない未知の生物。だがそこが俺が付け入ることのできる穴。
「……」
大丈夫だ、落ち着け。心を鎮めろ、相手は人じゃない。
殺らなきゃ殺られる。
そんな世界に変わってしまったんだから――
------------------------------------------------------------
あなたは運命の選択を迎えようとしている。
・決意を固める
・躊躇う
------------------------------------------------------------
「――は?」
右目の端に不可解な選択肢が現れたと同時。
世界は色を失った。
「なんだこれ……?」
辺り一面灰色のセカイ。この中に存在出来るのは……いいや、動く事が出来るのは自分のみ。後ろにいる少女だけではなく、ゾンビ達も動こうとしない。
「時が、止まっている……?」
目の前のゾンビ達を凝視した。
いったい何が起こっているんだ……立て続けに事が進み過ぎている気がする。
「いやはや、察しが良くて助かりました。流石は"選ばれし勇者"様でございますね」
背後から、全身を舐めまわされるような気味の悪い声が聞こえてきた。
「――ッ!?」
こいつ、一体どこから……?
突如として現れた存在。まさにこいつは――不吉そのもの。
「おっと、これは失礼致しました。ワタシの名前はMr.ファット。ファットマンとお呼び下さいませ」
ぺこりと一礼する。ものすごく胡散臭い。ファットマンと名乗ったコイツからは底知れない闇を感じられた。
「―――」
無駄だと分かっていても。体が、心が勝手に動き出す。ファットマンに向けて全力の殺意と敵意を分かり易いほど露骨に剥き出してやる。
「あははっ、そんな身構えないで下さい。ワタシはただ貴方に挨拶をしに来ただけですよ」
そう言って軽快に笑い飛ばす。
「挨拶だと?」
それでも尚、不信感を拭えない。
「このくそったれな"ゲーム"の管理者兼"ラスボス"として貴方に挨拶をしに来ました」
言ってニヤリと笑う。紳士服を身にまとうこの男――だが中身はぐちゃぐちゃのどろどろ。言葉では表せないほどにヤツの心は腐り切っていた。
「――は?」
「察しが良いのか悪いのかよく分からないお方ですね。では、簡単に説明して差し上げましょうか。この世界の新たなルールを――」
そう言って語られる物語説明。
だが俺は、世界の法則が書き換えられるという事態の深刻さに、このときはまだ気づくことができなかった。
お読み下さりありがとうございました。