レベルアップとステータス 1
色々と書き直している部分がいくつもあります。
しんっと静まり返った廊下。恐らく俺以外の人間は律儀に体育館へ向かったのだろう。
一人寂しく上履きの音が廊下に響き渡る。辺りは無音。昼間の学校とは思えない静けさに、高揚感を隠せずにいた。
だがその時、
「なん、だ? これ……?」
五つ目の教室を通り過ぎようとする刹那、鼻を覆いたくなるような異臭に襲われた。
嗅ぎなれない強烈な悪臭。これは――
「血の臭い……?」
気分を憂鬱にさせる不愉快な臭い。鼻を押さえ、五つ目の教室を覗き込んだ。
「――ッ!」
瞬間、呼吸の仕方を忘れそうになる。
「……」
深呼吸。再び俺は地獄の景色を垣間見る。さきは衝撃で一瞬だけしか目に映らなかったが、今回はしっかりと観察する。
よく見るとそれはただの血液だけではなかった。飛び散るのは人間の内臓。腸や胃、そして肝臓や心臓。それら全てをミキサーにかけたような、真赤な海が教室内に広がっていた。机や椅子は投げ倒され、その中央に下半身を失った二人の女子生徒が血まみれになりながら倒れている。
「うわっ、グロ……」
見るに絶えない無惨な光景。俺はそっと視線を外し、家庭科室に向かって歩き出した。
ひたすら長いこの廊下を一歩一歩踏みしめながら歩いて行く。もう二度と平凡な日常には戻れないと分かってしまったから。
✴ ✴ ✴ ✴ ✴
そして俺は無事に家庭科室へと到着していた。
道中、何クラスか覗いて見たけれどやはり、認めざるを得ない。恐らくもうこの世界は終わったと思われる。
これはよくある創作物、ゾンビの襲来というやつだろうか。
昔、なぜ海外の映画は惨たらしい演出に力を入れているのかというありきたりな内容が書かれてある本を読んだことがあった。
その時は馬鹿馬鹿しい。などと楽観していたが、まさか本当に起こるとは夢にも思わなかった。
そしてその問に筆者はこう答えている。いつ如何なるときに非現実的な事が起きても、慌てず冷静な対応ができる力を身に着けて欲しいと。
「ふむ……」
慌てず冷静に行動、ね。その点に関して俺は合格点なのだろうか。
「―――」
否。自己を評価したところで得るものは何もない。さっさと武器を取ってこよう。
どこもかしこも静かで学校とは思えない不気味さを感じさせる。無音という空間ほど恐ろしいものはない。何も見えない、聞こえない……そんなところに一時間放置されてみろ、俺は間違いなく三十分も経たずに自壊衝動に襲われるだろうよ。
「グチャ……グチャ……」
家庭科室の扉を開けようとしたとき、後ろの方から総毛が逆立つような捕食音が聞こえてきた。その距離僅か五メートル。意外と遠いと思われがちだが、この危機的状況下でそのような常識は通用しない。
殺らねば――殺られる――
そう知っているからこそ、俺は素早く次の行動に移せた。
「ギュアがああァァッ!」
怪物らしい雄叫びを上げ、ゾンビは襲い掛かってくる。やはり所詮は五メートル。その程度の短い距離、たったの五歩で追いつかれてしまった。
「うぐッ……!」
元は普通の人間だったとしても、今では食欲の塊。そんな知性の欠片も残っていないゾンビに本気でタックルされたときの痛みといったら尋常じゃない。衝撃を緩和しようにも痛みという感覚が嫌でも仕事をこなしてくれる。
「くっそ……あと少しだったのに――」
状況は絶望的。今ここに武器となる物は何一つとして存在していなかった。来る途中、この廊下にも気かけてはいたがそのようなものは何もない。
というか廊下に武器が落ちてたらそれはそれで問題だろ。
前回の戦闘では机や椅子が心強い武器となってくれていた。やはり身を守るためにはそれ相応の装備が必要。教室から箒でも持って来ればよかったと、今更ながらに後悔している。
「っ、しゃーない。扉…ぶっ壊すしかねーな」
目の前には目的となる家庭科室。頭の中で籠城という考えも浮かんでいたが、そんな我儘を優先している場合じゃない。いのち大事に、これが新しい世界での作戦だ。
「グュウガグアアぁあぁぁッ!」
再び襲い掛かってくるゾンビ。知性が無いゆえに攻撃はワンパターン。殴ってもびくともしない頑丈な扉のもとへといとも簡単に誘導することができた。そして。
――ガッシャァァンッ!
耳を劈く爽快な破壊音。それは二階層分を響き渡らせるには十分すぎる音だった。
「ったく、何でこんな頑丈に作ってあるんだこの学校。というかこの扉、鍵が無いと入れなかったんじゃ……?」
余計なことを考える時間はあと。今は目先の目標をどうにかする。そのためには――
「お、あったあった」
何としてでも武器を入手する必要があった。幸いにもゾンビは気を失っている。まあ、あれだけ派手に頭から突っ込んだらそうなるわな。
「おらっ、よっとッ!」
――ザシュッ!
力いっぱい、おでこの真ん中辺りを鋭い包丁で突き刺してやった。
――ザシュッ! ――ザシュッ! ――ザシュッ!
何度も何度も何度も何度も。
病的なまでに、俺はゾンビの醜い顔面に何度も包丁を振りかざしていた。
刹那――
『テレレ テッテッテ~ッ!』
「はぁ?」
あまりにもお馴染み過ぎる効果音のせいでつい間抜けな声を出してしまった。
「なんだよこれ、レベルアップ?」
あの国民的ゲーム。ドラ○エを模したようで似てない音。若干イントネーションが違う。
「……強くなった気がしないんだが?」
言うなればレベル2。スライムをやっと一体倒した程度の経験値しか取得していない。つまりスライム、この世界ではゾンビを倒していけば強くなれると……そういうことか。
「まあ言ってもレベル2だしな。筋力とかのステータスにちょっとばかり補正がかかったくらいだろう」
因みにゾンビたちを人間だと言うのは筋違い。喰われそうになったのを防衛してるだけ、つまり正当防衛だ。だから殺しても問題は無い。
「……はずだよな」
勝手な理屈を並べてみたけど。だがそれでも自分が生きるためだ、死んだやつらの事なんか気にしていられない。
取り敢えず武器になるような物は持ったし後は、集団で襲われないことを祈るしかない。一対一の状況なら勝ち目はある、それはさっきの戦いで確認済みだ。
「さてと、じゃあ戻るか。これだけ持ってれば何とかなるだろ」
右手には包丁。左手には鍋のフタ。
この場面を見られていたとしたら、間違いなく通報されてもおかしくない。
だが、今は非常事態。少しくらい大目に見てくれ。
「ははっ、これじゃあドラ○エの主人公みたいだな」
某RPGに匹敵するであろう雑魚装備。だがしかし、これでも無いよりはマシだ。
「……」
ゆっくりと今来た道を引き返す。
この先にどんな困難が待ち受けようとも、武器を手にした俺に怖いものなんかない。
「あ……?」
そして来たときと同じ階段を十分に警戒しながら降りようとしたとき。またしても異変に襲われる。
「だ、だれか、助けてッ! い、いやぁぁぁあァッ!!」
俺が今いる直ぐ下の階段で、女の子の助けを求める声が響き渡った。