日常は幻想の侭に 2
「いや、死体が再生するなんてあり得ないだろッ!」
平静を装っていた俺だが、どうやら気が動転していたらしい。通常の思考回路を持ち合わせることが出来ないくらいパニックに陥っていたみたいだ。
思えば、さっきから意味の分からないことを口走っている自覚は十分にあった。
「生きてるってことは、流石に無いよな? 動くなよ? いいか、絶対に動くなよ?」
これはフリでも何でもない。ゆえに、分かるだろう?
「――うおォッ!」
死んでいたはずの山田の体は突如として痙攣を始める。ビクンビクンと気持ちの悪い動きを繰り返し――
二本の足で立ち上がった。
「うそ、だろ……? コイツ、マジで動きやがった」
芸人のネタって死者すらも動かせるんだな、すげぇ……って感心している場合じゃない。
「あれ、ちょっ。マジで……?」
遊びの雰囲気はもうおしまい。これは冗談などではなかった。
生まれて初めて、体験したことの無い、未知の事象へと突入する予感。
「お、おい? 山田、ごめんって俺が悪かった。流石に死体をずっと眺めるなんてするもんじゃないよな? ははっ……マジかよ」
そう言った不吉な予感はどうしてこうも的中する?
「――ッ!」
死んでいたはずの山田が突然フラフラと立ち上がり、こちらに向かって歩き出す。
学年でトップクラスの頭脳を持っていた山田。だがしかし、目の前にいるコイツに知能なんてモノは存在していなかった。
本能のままに、自分の思いなど関係なしに――ただひたすら己の欲求を満たす喰鬼となる。
「……ッ!」
「ああ、ぁあァアアッ!」
これはガチでヤバい、どうすればいいんだ。最悪な事に俺には武器となるものが無い。あるのは一つ、自分の拳。ゆえに素手だ。
山田、もとい"ゾンビ"との距離はおよそ一メートル。ヤツの攻撃範囲がどれくらいなのか分からない。
ゾンビになった事で特殊な力に目覚めたり、腕が伸びたりと、そんな事が起こらない限り俺にはまだ生存のルートが残されている。
僅か一メートルの攻防戦。虚ろな瞳をした山田とじっと見つめ合う。
「グギャあうううぅぅッ!」
そして遂に、命を賭けた死合は山田の先手によって動き出した。
「――く、そォッ!」
近くにあった机を持ち上げ、虚を突かれたヤマダに向って全力で叩き込む。中には大量の教科書やらが入っており、かなりの重量を保っていた。
「グガッ!」
そのまま全体重を掛けて全身全霊、力の限りに押し潰す。首からはぐちゃぐちゃと、毛が逆立つような気色の悪い音が鳴り響く。
脳漿、眼球、鼻や口。ヤツの顔面全てを全力で押し潰していった。
「あああァァッ!」
それでも尚、山田は全力で俺の攻撃に抗う。俺とてこの程度殺られる相手ではないと直感的に感じ取っていた。
「はぁッ、はぁッ……!」
息切れ。目眩。動悸が激しい。
スポーツなどとは比べ物にならない程の精神的重圧。齢十七で本物の命を賭けた殺し合いに参加させられるとは思わなかった。
「うがァあぁッ!」
醜い呻き声を上げながら突進してくる山田。意外にも俺を吹き飛ばす程度の力は持ち合わせいないよう。ゾンビになったからといって能力が急激に跳ね上がるということはない。それが確認できただけで十分に勝機はある。
「――ッ!」
再び机を持ち上げ、山田の後頭部へとフルスイング。
――ガンッ!
という小気味の良い音を立てその場で顔面から崩れ落ちた。
「やった、か……?」
恐る恐る、机を退かしヤツの安否を確認する。
「ぁが……ぅう――」
白目を向いており、どうやら気を失っているよう。だが、恐らくまだ死んではいない。
「っと、……早めに仕留めとくか。またいつ襲われるか分からないし」
下向きに押さえつけられていた山田を仰向けに寝かせ。さっきよりも少し離れた位置でヤツの状態を見る。
さて。コイツの弱点は何処だろう。
首か? 頭か? それともやっぱりココか?
「……」
いや、流石に止めておこう。いくら山田がこんなんになろうとも、男として絶対にやってはいけない事の一つだ。
とすれば弱点は二つに絞られる。
頭か首。
このどちらかを壊せは死ぬ。
「んじゃまあ、手っ取り早い方法で殺すか?」
人殺し未満の行いを、小さな虫を殺すかのような勢いで軽々しく言ってのける。
だがここで一つ新たな問題が生じてしまった。仕留めるとは言ったものの、学校に人を殺すための武器があるとは考え難い。
「いや一つだけあったな」
それはここから一つ上の階にある特別教室。生き残るために必要な装備や食料が置いてある。
このふざけた世界で生き延びるために、唯一武器となるものが存在しているであろう、その場所とは――
「まあ、家庭科室しかないだろ」
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