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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第86話:後輩

 深夜2時、校舎――


「悠佳、本当にやるんだね……?」

「ウチがやるって言ったらやるの! 清明(せいめい)はいつも通り、アドバイザーになるだけでいいんだから!」

「はぁ〜……こんな事、好きじゃないんだけどなぁ……」


 教室にある机を2段にし、雷汞雷管(らいこうらいかん)と呼ばれる振動・衝撃によって爆発する、400年以上前の銃を飛ばすために使われた爆弾を蛍光灯サイズの管につめた、まさに雷管というに相応しい爆弾を蛍光灯に混ぜて仕掛ける少女、今鐘悠佳(いまがねゆうか)

 それをタブレット片手に見守る少年、天野川清明(あまのがわせいめい)


 2人は明日入学予定のこの学校に、至る場所に爆弾を仕掛けていた。体育館、各教室、職員室や保健室に至るまで、全焼させるつもりで余すところなく仕掛けていた。

 その爆弾は全て、清明の持つタブレットの操作1つで落とすことができる。衝撃で爆破する雷汞雷管はその落下だけで教室を吹き飛ばすだろう。


「神代晴子っていう天才がいる学校なんでしょ? これぐらい止められるよ!」


 悠佳は不明瞭な自信を持って言った。ワイヤーとワイヤーの接点で天井に雷管を繋いで机から降り、その度にスカートが逆さにひっくり返り、清明が目を背ける。


「……何? 文句でもあるの?」

「いや、違うけど……」


 そのことを指摘もしないし、気付かない悠佳も悠佳でチグハグなコンビであった。

 悠佳は大きく伸びをして、振り向きざまに清明に言う。


「とりあえず、仕掛けるだけ仕掛けたから帰ろっか。ウチ来てえっちな事する?」

「また君はそうやって……。明日は早いんだから、帰って少し寝るよ」

「そう? 気持ちよくしてあげるのに……」

「僕は高貴なの。君を抱くのは、僕を惚れたらね」

「律儀だねぇ」

「君を見て育ったわけだし」

「傷つくなぁ」

「ごめんごめん」


 軽口を言い合いながら、2人は廊下を出た。

 静まり返った夜の校内を足音を鳴らしながら歩いていく。しかも、その靴は校長のものと、神代晴子のもの――。

 中には重曹まで蒔いてあり、匂いすら残さないつもりだった。学校の監視カメラは清明のハッキングによって操作を制御され、電源も切れている。熱探知、赤外線も同様に。


 つい1週間前に中学生でなくなった者ではあり得ない手際の良さ、それについて誰もが感心するかもしれない。その知識の使い道が、こんな殺戮へのトラップでなければ――。


「――清明、止まって」

「うん……」


 2人は足を止めた。

 しかし、足音はまだ響いている。


 カツン、カツンと、ヒールのある靴音が響く。それは清明たちの正面からであり、ゆっくりとその姿を現した。


 かたや足を大胆に露出した白黒のゴシックドレス、黒く銀の鎖がまとわりつくブーツを履くその女性はさながら女王様。顔を覆い尽くすどこぞの正義のヒーローを催した機械的な仮面を被り、その素顔はわからない。

 姿だけでも人目を惹くというのに、その女は右手に大きな刀を携えていた。


 日本刀は、全長およそ95cmである。背格好からして大体身長150の少女には、少々不釣り合いな得物であった。


 見るからに怪しい、殺人鬼に見まごうその姿に、2人は驚かなかった。それとは別に、女の首元からぶら下がる黄金のメダルに書かれたアルファベットに驚いていた。


 そのアルファベット、即ち――"S"。


「……"Sランク"!?」

「2位の競華さんが居るのは聞いてるけど、背丈が違う……。誰だ、お前は!」


 2人の声は荒げた。

 "Sランク"――それは、COSMOS計画における頂点に立つ、超常的な力を持った人間の証。この2人もまた、プログラムの参加者であった。

 ただ、競華のように運営側ではない。計画ではランクを把握した1万人に無人島への招待状を送り、理想郷プロトタイプを行わせた。彼ら2人はそれにたまたま参加できただけである。


 ちなみに、競華は本来Aランクとして過ごすつもりが、ある理由でSランクとして参加したのは別の話――。


 "新学期が始まるから"と帰宅したい者は帰宅し、戻ってきたのが先日のこと。その彼等は本来、ランクを証明するネックレス、メダルを返却しているし、持ち出すにしても精密な検査で何人も過ちがバレていた。


 しかし、持ち出せている人間が目の前にいる。


 それは彼女が"運営側"だからかどうかは定かではない。だけど――

 ランクを見れば、そんなことが些細な違いだとわかるのだ。


『――"Cランク"今鐘悠佳、"Aランク"天野川清明とお見受けします』


 仮面の下から流れる機械音声。最早男か女かもわからぬが、清明と悠佳はそれぞれの得物を取り出す。

 悠佳はスプレー缶と試験管を、清明はタブレットを。

 しかし、最早それが無意味なのは分かりきっていた。


 Sランクが何故Sランクなのか。


 それは、あらゆるポテンシャルが境地に達しているからである。


 そして――


『"粛清者"ペテン師、其方等の行為を罪と判断しました。これより、粛清を開始します』


 相手がプロトタイプにて、いつ、どこで、誰かを問わずに人を裁くことのできる"粛清者"だというのなら、その実力は他のSランクを凌駕すると、知っているのだ――。


「それでも、ここで負けらんないね!!」


 悠佳は右手に持った塩酸入りの試験管をペテン師を名乗る粛清者に投げる。回転しながら顔面に迫る試験管を、ペテン師は当たり前のようにキャッチした。


 しかし、その間にも悠佳は自前の鞄から水鉄砲を取り出し、粛清者に向けて撃つ。


「ほらぁっ!!」

『…………』


 酸特有のすっぱい匂いが放たれ、そこで漸く粛清者は刀を抜いた。

 ――しかし、納刀されていたその刀は、傘だった。


 鋼の傘が開く。飛ばされた酸は全て受け止められ、沸騰した水のように激しい音を立てて消えていく。

 ペテン師が傘を払うと、次の瞬間に映ったのは両手にスプレー缶を持った悠佳で――


 ベキッ


 ペテン師は容赦なく、悠佳の顎を蹴り上げた。

 的確に、撃ち抜くように、その所作は美しかった。

 頭が後ろに行き、のけぞった形になる悠佳の体に向けて、ペテン師はその腹部に容赦なく踵落としを決めた。


 静かな校舎に耳障りな音が響く。

 悠佳は倒れ伏し、ピクピクと痙攣して動かなくなっていた。


 まるで赤子の手を捻るかのように、いとも容易く化学の天才を倒してしまう。

 悠佳の行動に不備があったわけではない、大抵の人間はあれで殺せただろう。

 だがしかし、相手の格が違うのだ。CランクとSランク、どうして1対1でまともに戦うことができようか。


 そして、次は清明の番だった。

 彼は、悠佳の事を好いている。だからこそ彼女に暴力を振るわれて心底腹が立っていたし、タブレットの画面が強い指圧で滲んでいる。だけど、敵討ちなんて考えはなかった。


 少女を連れ出し、どうやってこの場を逃れるか。その事だけを考えていた。


 彼は幼馴染の悠佳に振り回されるだけの一般人で、勉強ができたり体力、筋力、哲学には通じているものの、対人戦なんて現代で役に立たない技術は磨いてこなかった。唯一持っているのは、悠佳の役に立てそうだからと勉強したハッキング技術、しかしこの場では意味をなさない。だから――


「――粛清者に質問があります」


 清明の言葉に、ペテン師は視線を彼に向けた。傘を閉じて鞘に納め、質問に答える。


『聞きましょう』

「感謝致します。粛清方法が暴力というのは、現代において似つかわしくないし、互いにとって損益かと思われます。そこで、今この場での粛清手段を、対話による粛清に変更願えませんでしょうか?」

『…………』


 粛清者は少し野間を置いてから、こう答える。


『其方の身の上については調べがついている。その女によく見られたいがため、こんな非道な事であっても付き添っているのだと』


「……ええ。仰る通りです」


『であるならば、いま其方は自ら共犯を認めたわけだが? ならば、粛清の仕方は私が決めるのが正当であろう?』


「異議を申し立てます。それはつまり、罪を行なった者全てに自分が都合の良いように制裁を下す、と言ってるようなもの。それはつまり、貴方の私情が粛清に含まれているのではないですか?」


『ならば罪人か、丁度都合良く居合わせた第三者に罪を決めてもらうというのか? 罪人が自らの刑を決めるなど、腹がよじれるほどの笑い話。それに、Sランクが粛清者として人を審理・執行できる理由は、Sランクが戦闘で負けないという理由だけではない。道徳において認められたからである。私はあの小さな世界において、司法を司るにふさわしいという判断を受けている』


「それでも、私情がないとは――」


『そんな僅少なことはよかろう?』


 不意にペテン師は会話を切り、嘲笑うかのように問いかけた。このような問答が無意味なことは、わかっていたのだ。なにせ――


『この国で戦った以上、我々はただの犯罪者に過ぎない。ランクなどゲームでの話だ、今は一切合切関係ない。私が貴様の言葉に耳を貸す意味がどこにあろう?』

「…………」

『話は終わりだ』


 ペテン師は再度傘を抜いた。鋼鉄の傘を天に掲げ、鞘を動かぬ悠佳に投げつける。その行為にも意味があった。

 これで無反応ならば、もうこの女は動かない。しかし、少しでも力が入るのが見えたら、不意打ちをされるかもしれない。それを確認した。


 結果は無反応。ピクリとも動かぬ悠佳を一瞥し、ペテン師はカツン、カツンとブーツを踏みならして清明に迫った。

 一歩、また一歩、靴音がなる度に恐怖心が広がり、清明の瞳孔は絞られていき、目を見開いて――


「……で、その2人をどうするつもりだ?」

『…………』


 しかし、聞こえてきた第三者の声にペテン師の足も止まる。彼女が振り返った先には、小さな少女が壁に寄り掛かり、腕を組んで震える少年たちを眺めていた。


『――競華先輩』


 その人物のことは、理想的プロトタイプにおいて知らぬ者は居なかった。なにせ、16歳総合ランキング2位の少女なのだから。


 目標として、年齢別に総合評価の1位から3位までの人間がプロトタイプでは通達されていた。

 そして、年齢混合の総合評価も。


 競華は大人の理想郷メンバーを差し置いて、5位にまで入っていた。

 グル級とも称されるプログラミングとハッキング技術、及びドローン操作、その他勉学、運動能力、道徳等において実力を示した。


 その齢16の競華に、先輩と言ったSランクのペテン師。つまりは年下であることを清明は瞬時に察した。

 だから、ペテン師が競華の言葉に従うということも。

 清明の処遇は、競華の言葉次第である。プロトタイプではその若さで1万分の5に入る実力を示し、名を広めた少女。

 その天才が語る言葉は――


「明日の朝に我々が始末するつもりだったものを、邪魔してくれたな」


 絶望的な言葉であった。始末する、その言葉に清明はブワッと身体中から汗が噴き出す。

 ペテン師はクスクスと笑いながら、機械音声で言う。


『早い者勝ちです。悪は早く止める方が良いでしょう?』

「こちらにはこちらのシナリオがあるんだ。それを邪魔されるのは困る」

『もう手遅れです。貴女の出る幕はありませんよ』

「雷管の回収ぐらいは手伝ってやる」

『ありがとうございます』


 短く礼を述べると、ペテン師は再び清明に近付いた。

 痛みこそ恐怖の象徴、これから嬲られると考えれば震えるのも無理はなかった。そんなつまらぬことを見守ることもなく、競華はドローンを1機その場に残して雷汞雷管の回収作業に向かった。


『……さて』

「ひっ……」


 ペテン師は、ゆっくりと清明の前に腰を下ろした。そして――


『君みたいに、生意気で小細工の得意な駒を探してたんだ。私に協力してみない?』


 間近にいなければ聞き取れぬ声でもって、少年に問いかけるのだった。

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