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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第85話:新たな脅威

 4月6日――僕等は新2年生になるこの日、早朝ランニングである人と顔を合わせた。

 荒い息を吐きながら(おもり)のついた腕を交互に動かし、汗ばんだ体を前に前にと進めて、住宅地を越えた先に、彼女はいた。


 小さな体躯で、白い腕に重りをつけて走った黒髪の少女が。


「――幸矢!!」

「――競華!!?」


 以外の人物と会って、お互いに名前を呼びあう。2ヶ月ぶりに出会うその人は、いつも見たランニングウェアを着て、汗だくだくで走っていた。

 僕はUターンして彼女と並んで走り、荒い息混じりで尋ねる。


「ハァ……帰って……ハァ……きてたの……?」

「ああ……ハァ……つい、昨日な!!」

「そう……ハァ……」


 既に走り始めて20分、初手から全力疾走だから疲労もたまり、会話も辛かった。とにかく、競華も真澄原に帰ってきた。留学という名目の組織帰省にて、彼女も何か得ただろう。それが何かはわからないけれど、それ以前に僕等は友人なのだから、心配はなかった。


「幸矢! アリスは、どうだった!?」

「……どうって、ハァ……何が……?」

「大人しく、してたか!?」

「ハァ……まぁ……多分?」


 ちょっかいは絡まれたけど、それだけだ。椛みたいに爆発させたりしてないし、大人しいと思う。

 それを聞くと競華はニヤリと笑い、僕の腕を軽くはたいた。


「それだけ聞ければ十分だ! またな!」

「うん……」


 競華は次の分かれ道で僕と違う道に行き、やがて足音さえ聞こえなくなった。

 競華がこの街に帰ってきた。ならば、アリスはどうなるのだろう――?


 どことなく残る疑問が頭を支配し、今日のランニングは集中できなかった。




 ◇




 クラス分けの結果が、3階の各教室前に張り出されている。ただ1つ予感していた事だが、僕と晴子さんは同じクラスだった。

 多くの人が予想した事だと思う。運動能力、学力の面で考えればクラスは公平であるべきだし、僕と晴子さんは離れるのが当たり前のはず。


 でも、1年生の時に演技者(わるもの)だった僕を止められるのは、晴子さんしかいない。僕が悪さしようものなら即座に仲裁できる、安定剤みたいなものだ。だから、僕と晴子さんは同じ3組だった。


 それ以外の賢い人はバラバラで、競華は1組、快晴は2組、椛は5組。

 しかし何故か、アリスは1組だった。

 彼女も賢いはずだが、その知能を推し量れるのは3学期の期末試験だけだった。つまり、試験をテキトウにやったのだろう。


 競華とアリスが一緒、その事に不満はなかったが、2人でよからぬ企みをされたら――それだけが怖かった。ともあれ、今日は早朝から構内を見て回ったけど、何も不審なものはなかったから、そんなこともないのだろうけど……。


 2人のことを考えると落ち着かないが、今回の出席番号順で決められた席も、僕をどことなく浮足立たせて、モヤモヤの残るものだった。


「……まぁ、なんとなく察してたよ」


 隣の席の人にそう言ってみる。僕の名字の頭文字は"く"、彼女は"か"。隣の席になる確率もまぁまぁ高いだろう。実際小学生の頃も2回あったことだから。

 目の前で座っている晴子さんは、僕の顔を見ると、苦笑混じりに答えた。


「私も、なんとなく察してたよ。どうだい? 嬉しいだろう?」

「……さて、どう答えたものか」


 学校での立ち位置的に、純粋に「そうだね」と言うのは難しい。人なんて簡単には改心できないということだ。

 僕がため息を吐いていると、晴子さんは僕と逆、左側に座る男子に声を掛ける。前後、斜めとも会話して、"ああ、やっぱり晴子さんだな"と思いながら朝の時間が過ぎていった。


 委員会はあっさり決まった、

 当たり前のように晴子さんが女子学級委員、男子は大人しそうな真面目な子が、あとは順当に晴子さんが取り仕切って決めていき、


「黒瀬くん。君も黙ってないで、何か委員会に入り給え。ほら、選んでいいから」


 と、宛ら子供をあやすように言われ、なんて言い返そうか悩んだ挙句、相方の女子がかわいそうだね、と入れてもらえなかった。笑い者にされたけど、これも僕がクラスに馴染むためなのかな――なんて思うと、晴子さんを恨むに恨めなかった。彼女のすることは、いつだって意味がある。


 午前の話し合いだけで今日の学校は終わり、晴子さんは明日の入学式の練習のため、体育館に行ってしまった。暇になった僕は、新しいクラスで浮かれて騒がしい教室を出て、屋上に向かった。


 基本、公立高校の屋上は鍵がかかっていると思うし、うちもそうだ。しかし、鍵を持っている人なら開けられるということ。

 その人物が、スマホにメッセージを送ってきていた。どんな話をするのやら――気だるい体を起こして屋上に向かう。


 重いドアを開けると、サァァと春の暖かい風が流れ込んだ。一瞬目を瞑ったあと、晴れ晴れとした世界にゆっくり目を開く。


 正面には、見覚えのある女性が3人いた。


 1人はこの半年ほど一緒に居た椛。彼女はフェンスに腰掛け、目を伏せて考え込んでいるようだった。


 2人目は競華。おそらく、屋上の鍵を開けたのは彼女だろう。その少女は性格を示すように雄々しく立ち、あるものを踏みつけていた。

 それを見るなり、僕は競華に向けてガラス瓶を投げつける。競華は即座に飛び上がり、ビンを明後日の方向へ蹴っ飛ばす。衝撃と共にビンが破裂し――中に入った水とドライアイスの化合で急激に膨張したCO_2により、破片が爆散した。

 飛んでくる破片をブレザーで顔を隠して防ぎながら、競華の様子を伺う。彼女は一歩も動かず、静かに佇んでいた。飛び散る破片は彼女に当たることなく、彼女を避けるように通り過ぎていく。


 爆発が済むと、僕は腕を振るって飛んできた破片を払い、競華を睨む。彼女は楽しそうに笑ってこう言った。


「随分仲良くなったものだな、幸矢。まさか、貴様から爆弾を投げられる日が来ようとはな」

「……どうせ防ぐと思ったさ。足をどけさせたかっただけだよ……」


 競華の踏んでいたもの――それは、アリスの頭だった。

 横たわった彼女はピクリとも動かず、生き絶えたか気絶したかはわからない。だけれど、酷いことを目の前でされて、黙ってられるほど僕は大人じゃなかった。

 競華は重ねて言う。


「だから、仲良くなったと言ったのだ。たまげたぞ。アリスと仲良くなるとはな。この女は、貴様等にベラベラと喋らなくていい事を喋った。だから興味でも湧いたのか? どちらでも構わんが、この女には少々制裁が必要だと、我々の上層部が判断した。今後も独断で動こうものなら、容赦しないぞ」

「はいはい、わかりましたわ」

「…………」


 気絶したかと思われていたアリスは、突然起き上がり、くるりと回って一礼する。それから顔についた血と泥を(ぬぐ)い、首をゴキゴキと鳴らした。


「ふぅ……私なら平気ですもの、御心配には及びませんわ」

「また演技か、アリス。一応、本気で殴ったつもりだったがな」

「だから、血が付いてますでしょっ? 痛いものは痛いですが、痛いだけですわ」

「そうか」


 異常な会話だった。

 競華は競華でアリスが起き上がったことに眉一つ動かさず、アリスは頭から血が垂れてるのに平気な顔をして競華に接している。世間一般で考えれば、怪我を負わせただけで警察沙汰だが――まったくそんな思考をしていないようだった。


「……(あき)れるよ、君達には」

「あら、心外ですわね。私はこれ以上暴力を受けても仕方ないから、死んだふりをしてただけですわ」

「私はコイツの丈夫さを知っている。この程度では制裁にならんのはわかっていた。……だから適任も呼んである。今夜会いに行け」

「お説教は嫌ですのに……仕方ないですわね」


 暴力なんてなんのその、親しげに話す2人を見ると安堵した。競華が暴力的になって帰ってきたのかとも思ったけど、2月前にも会った、いつもの競華と変わらないようだ。


「さて……で、貴様等を呼んだ理由を話そうか」


 2人の会話をそこまでとし、競華は僕と椛を交互に見て、主題を話し始める。


「新入生に、ウチの組織の奴が1人居る。そして、それとは全く関係ない天才が2人、晴子と会おうとして入学する。そのうちの片方がな、北野根と同じ化学の天才なんだ」

「……へぇ?」


 艶やかな笑顔を浮かべ、椛が相槌を打つ。化学の天才――それがどういうことかわからぬ椛ではない。なるほど、今日は何もなかったけど――


「明日、朝6時には学校に来い。そいつが爆弾を持ってのこのこやってくるはずだ。何処かの誰かみたく、体育館を全焼させるかもしれないし、校舎を焼くかもしれん。止められそうなメンバー――貴様等には声を掛けさせてもらった」

「……君1人で事足りるんじゃない?」


 僕は反射的にそう答えてしまう。一対一なら、競華が負けることは殆どないだろう。技術者でありながら化学にも詳しい、大々的な爆発なら犯人も近くにいれないため、遠隔か時限式。遠隔操作なら妨害電波を飛ばすだろうし、時限式は悠々と探して解除するだろう。複雑に入り組んだ回路じゃなければ、ヒューズを飛ばしたり電池を抜いたりすればいいはず。中学生の工作物だ、その程度でなんとかなるはずだけど――


「ダメだ。誰と手を組むかわからん。うちの組織の奴も、何をするかわからん」

「……君でも制御できない子、か」

「ネット環境について語るならいざ知らず、普段の私の言うことを聞く奴は、組織には少ない。実力は認められてるんだが、私やアリスみたいなのばかりの組織だからな、個性が強くて敵わん」

「楽しそうね。私でも入れるかしら?」

「瑠璃奈に聞いてみろ」

「あら、怖いわね」


 椛は残念そうに言っていたが、顔は(わら)っていた。入っても、組織を壊しそうだ。


「正直なところ、明日会う後輩は北野根ほど厄介ではない。知識は劣らないだろうが、些か子供染みた奴でな、証拠が残ろうが残らなかろうが御構いなしの奴さ」

「……それが、なんで普通に公立高校に入学できるのかしらね。ふふっ、もう1人の方かしら?」


 椛の言葉に、僕は我に帰るように思考が逡巡した。競華は一度も、1人だけが明日仕掛けてくると言っていない。2人同時だったようだ。


「――その通り。もう1人の方がどっちかというと厄介でな。哲学と道徳に精通しておきながら、化学のバカに付き合ってる。後処理はそいつの仕事、そして我々が相手するのは基本的に彼だろう」

「……男の子なのね?」

「ああ。ま、性別なんてものは関係ない。女は男より平均200gは脳が小さいとされるが、私がそこいらの男より頭が悪いなどありえんしな」

「そうね。男だからって女を見下してる奴は最低ね」

「幸矢様、まさか貴方は……違いますわよね?」

「……息が詰まりそうだ」


 女性だからって理由で人を見下したことはないのに、厳しい視線が集められる。男1人というのは辛い立場だ。ここに居る面子は男女差なんて気にも留めないだろうに、冗談でも責められると勝てない。


「ともあれ、だ。後輩には晴子以外にも天才がいると知らしめる必要がある。先輩として、いろいろ手ほどきしてやろう」


 競華がニヤリと口元を歪めて宣言する。

 上級生に脅威となる人は居なかったけど、後輩には入ってきたか。手ほどきというほどのことができるかわからないけど、僕もお手伝いするとしよう。

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