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-COStMOSt- 世界変革の物語  作者: 川島 晴斗
第2章:万華鏡
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第84話:帰還

 4月3日。正直、最悪なことになったと思う。


「…………」

「…………」


 スペースの余っている僕の部屋には、懐かしく思えるポニーテールの少女こと美代がベッドの上に座っていた。彼女はこの部屋に来てから何も言わず、正直不気味だった。普段は明るく、ちょっかいばかり出してくる義妹、それがずっと無言でいることが怖い。


 美代自身は昨日帰って来たのだが、帰宅直後に爆睡して今朝まで眠っていた。

 朝から朝食の席で、海外留学出て来た友人の話、英語が難しいということ、ホームステイ先のおおらかな家庭のことなんかを楽しそうに話してくれた。半ば死んでいた食卓が返り咲いた気もするけど、僕には美代の話が虚妄にしか思えなくて、話が楽しいだなんて微塵も思わなかった。


 その彼女が帰って2日目の昼。どういうわけか、僕の部屋で5分ほど座っている。

 いつもは何も言わなくたって駄々っ子のように絡んでくるのに、今日は一際違うようだった。


「…………」

「…………」


 正直、この無言には付き合ってられない。しかし、何も話さずもう5分を超える、無言でいられるのも、迷惑だった。


「……ねぇ、美代……」


 なけなしの情しかない妹に声を掛ける。すると彼女の顔はピクリと持ち上がり、刮目した。

 ……なんだろう、この生き物。天才とかそういうのを抜きにして面倒くさい。こういう奴は基本的に無視すればいいんだけど、家族だからタチが悪かった。


「……。私が……」


 美代が口を開いた。ゆっくり、繊細に声を綴っていく。


「……私が神です」


 頭の病気の自白だった。

 彼女は悪魔に取り憑かれたか、精神的な病気に罹った可能性が高い。僕も鬱だし、この家庭に未来はないようだ。


「……神様、病院行く?」

「お前の願いはなんだぁぁぁぁぁあああ!!!!?」

「煩いよ……」


 義妹の痴態に、僕は苦笑を浮かべるほかなかった。

 僅かに残った良心で彼女に痴態の理由を聞いてみる。


「どうしたのさ、奇声なんて上げて……」

「奇声ちゃうねん! 兄さん、私は怒ってるんだよ!!?」

「はぁ……」


 怒られるような事をした覚えはまるでなかった。今日だって朝ごはん作ったの僕だし、美代もムシャムシャ食べてたし……。


「……どうして?」

「可愛い妹が帰ってきて、全然嬉しそうじゃないし! それでも私の兄さんなの!?」

「……ごめん?」

「そうっすよねー! 私の兄さん、こんな奴でしたぁぁあああ!!」


 落ち込んでるのか喜んでるのかわからない美代は大の字で僕のベッドに寝そべった。椅子に座ってその様子を眺めているが、無遠慮な姿に感服してしまう。


「……そんな事を言うために、5分も黙って座ってたのか?」

「うん。さぁ、兄さん。可愛い妹にハグを」

「……思考がブッ飛んでるね。海外に移住した方が良かったんじゃないかい?」

「そんなこと、言わんといてぇな〜! 日本語が恋しくて恋しくてたまらんかったんよ〜!」

「…………」


 果たして、本当に日本語が恋しかったのか。

 ずっと日本語ばかり喋ってたわけじゃないだろうな……。


「…………」

「…………」


 僕が黙って疑いの目を美代に向けると、美代も黙った。

 そこで僕は自分がしたことに気付く。

 美代を疑う事については、競華と同時期に出て行ったから"同じ組織にいるんだろう?"と聞いているようなもの。しかし、美代は元気を取り戻して立ち上がる。


「一緒に出かけようよ、久しぶりにさ」


 滅多にない事を、彼女は言い出した。これだけ懐いてくるわりには、一緒に外に出たことなど数えるほどしかない兄妹。それは晴子さん達にバレるのが嫌と言う僕の理由があり、美代からして僕がダサい服を着てるというのも要因だった。


「……いいの? 僕と一緒で?」

「ん、たまにはね。私にとって、幸矢兄さんは素敵な兄さんだって、ホームステイしてて思ったから……」

「……何か酷いことでもされたのか?」

「歩きながら話すよ。着替えてくる」


 そう言って美代はさっさと部屋を出て行った。何かあったとするなら聞くのも吝かではないけれど、その内容が怖いな。




 ◇




 僕の故郷、真澄原の街を2人で闊歩する。散歩するには程よい気候で、天気もいいし、春の暖かさもある。

 美代もピンクのワンピースの上から白いニットカーディガンを着てるだけのラフな格好で、春だなぁと感じさせられた。


「……兄さんはどうせ、ご飯の時に私が話してたことなんて聞いてないでしょ?」

「……一応は聞いてるけど?」


 昨日も今朝もしていた、ホームステイ先での話。30代の夫婦と17歳の男子が住む家だった。

 父はおおらかで快活、母はツッコミが主でちょっと口うるさい。17歳のマイクくんは真面目で努力家だが、親が親だけにユーモアがある、と……。


「じゃあ家族構成ぐらいはわかってるね。よかった」

「……それで、なんなのさ?」

「んー、どう言えばいいのかな」


 美代は顎に人差し指を当てて考え、言葉を整理すると、僕に伝えた。


「マイクとは口論ばっかりしてたから、この家にいると落ち着くなぁ〜って。気を張らなくていいし、気楽に話せるし」

「……口論?」


 何を話して居たのか。何のための口論なのか。それが気になって尋ねるも美代はニヤリと笑って、一つトーンの下がった声で呟いた。


「――他愛のないことだよ」


 重い話をしてきたのだと、わからないほど馬鹿じゃなかった。しかし、深入りできないのだろう。僕もそれ以上は追求しなかった。


 美代は住宅街の往来で足を止め、僕の顔を見て話を続ける。


「家族だけでも大変だった。でも、外に出るともっと大変だった。毎日毎日、寝る時以外はいつもいつも周りを見て、必要があれば口を開いて、体を動かして……とっても疲れる場所だった」

「……未だに聞かされてないんだけど、君はどこの国に行ったのさ?」

「…………」


 尋ねると、美代は悲しそうな顔をした。今にも泣きそうなぐらいな顔で、それだけ海外が嫌だったのか――それとも、聞かれたくないのか――。


「ダメだよ、兄さん……」

「……何が?」

「聞いたら、普通の家族じゃ居られなくなっちゃう……」

「…………」


 それがどういう意味かはわからないけれど、美代には特別な意味があるのだとわかった。

 …………。

 色々と、考えることはできる。

 行ってた場所、おそらく国名も教えてはくれないのだろう。


 もしかしたら、理想郷とかいう場所かもしれないから――。


「……わかったよ。君が嫌だというのなら、僕も深入りしない」

「ありがとう、兄さん……」


 憂う顔を伏せ、僕の方に歩み寄ってその顔を僕の胸に(うず)めた。

 抱きつく妹を優しく抱きかえし、優しく頭を撫でる。こうしていると、普通の女の子で、可愛い妹なのかもしれない。


 でも――


「……シスコン化計画、第1段階完了」


 そんな事を言うあたり、彼女はまだまだ余裕があるみたいだった。

 撫でて居た手を握りこぶしに変え、軽く下ろす。


「Oh……」


 痛がりながら僕の体に(すが)ってくる。僕はため息を吐き、美代を引き剥がす。


「君が家族を大切にしたいという気持ちはわかった……」

「おー。ということは?」

「だからって、何かあるわけでもないだろう……。僕は今もこうして、君と一緒に出かけたりするし、部屋に来ても、出て行けとは言わない。いつも、相手してるじゃないか……」

「今まででも十分家族、ってことだね」

「物分かりがいいね……」

「天才だから!」

「……あ、そう」


 この子が言うと、なまじ笑えなかった。本当に天才なのか、それとも普通の女の子なのか――本性を出さない限り、推し量るには時間がかかる。

 観察眼なら晴子さんの方がいい、美代が晴子さんと知り合ったなら、そこでわかるだろう。


「……で、話は終わり?」

「いやいや、終わらんのよこれが。というか兄さん? なんで私が、兄さんが良い人だと思うのかって、考えないの?」

「……まぁ、それは思うけど……」


 中学の頃は一緒に登校しなかったし、普段からそっけない態度をとるから、嫌われるのが普通だと思う。なのに僕を好く理由というのは、些か疑問だった。

 美代はニコリと笑い、こう言う。


「兄さん、いつも嫌そうな顔をしてるけど、家庭が崩壊しないように我慢してるでしょ? 私にはわかるよ、妹だもん。お母さんは家事もしないし、兄さんは料理を作ってて、ストレスも溜まってると思う。それでも何も言わないのは――優しいからでしょ?」


 彼女ははにかんで僕に笑みを見せた。確かに、僕はもう家庭のトラブルは懲り懲りで、家の中で軋轢をうみたくなかった。それを美代が知ってるかはわからないけれど、少なくとも言っていることは当たっていた。


「兄さんは私に興味なさげだけど、嫌いとは一度も言わなかったし、勝手に部屋に入ってベッドに座っても怒らないし、私のこと、本当は受け入れてるんだなーって、わかったよ」

「……よく見てるね」

「当たり前だよ。私だって、兄さんと仲良くしたい。せっかく同じ家で暮らしてるのに、仲が悪いなんて、嫌だもん……」


 僕は、空に向かってため息を吐いた。


 ああ、それが本心ならどれ程嬉しいことか――。




 理想郷のことで忘れそうだが、義母は将来有望な僕に美代を押し付けて老後を安泰に暮らしたいらしい。それを何年も前から知ってるから、美代の言葉が満足に喜べなかった。


 どこまでが虚偽で、どこまでが真実なのか。


 利を求めているのか、優しいだけなのか。


 わからないから、こじれていく。


 狂った家族だ。そして、僕も家族を壊せるほど強くないから――


「僕も……仲が悪いのは、嫌だな」


 狂っていても、家族という形だけのものに縋ってしまうのだった。


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